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湯澤規子 / 光文社新書 (6件のレビュー)
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わっさん
●=引用 ●それは例えば「信濃屋」「近江屋」「磐田屋」「出雲屋」「上総屋」「三河屋」「伊賀屋」といった類の名を持つ食堂である。(略)地名食堂の命名の背景にも旅人の心理をつかまえる、これと同じような原…理があるように思える。店主自身がその地域出身者であるアイデンティティティの表明であるという場合もあるが、地名はそれに親しみのある人が(例えば出身地である)、数ある店舗の中から店名に惹かれて立ち寄ること、彼らがその店の居心地の良さを判断するための一種の「記号」となるからである。 ●今では各地で、「その土地でしか食べられない郷土料理」が観光客たちの一つのお目当てになっているが、このさんなみの事例に見るように、1970年代以前には、郷土料理に価値が見出されていなかった。(略)郷里を出て、新しい暮らしへと転換することを目指した人びとが、自ら残してきた郷里に価値を見出さなかったのは、もっともなことだともいえる。郷土料理を「光」だと認識する価値転換には、都市人口が増え、郷里を離れた世代の次の世代が地域の「当たり前」で「平凡」な味に新鮮な驚きと興味を持つ状況を待たなければならなかったからである。これは日本に限った状況ではなく、リゾート文化の歴史が長いヨーロッパなどではもともと、旅先で地元の食をたべることは稀であったという。地元の食、郷土料理が発見されるようになったのは、フランスなどではようやく20世紀に入ってからのことであった。 ●コンビニエンスストア、ファミリーマートの総菜ブランド「お母さん食堂」が誕生したのは2017年のことである。おふくろの味の現代版への転換を感じさせるネーミングに「食事を作るのはお母さんだけですか」と批判が集まり、論争になったのは2020年であった。結果的には翌年には「お母さん食堂」という名前は新しいプライベートブランド名「ファミマル」へと転換した。この論争の背景には、現代社会に広がる「味」に対する認識の一つのパターンが垣間見える。つまり、ブランド名を立ち上げ、ジェンダーバランスに配慮しようと割烹着を着た男性芸能人をイメージに掲げた企業側も、性別分業の議論へと結びつけた批判側のいずれもが、食や味がつかさどる世界をかなり限定的に、女性と男性、そして家庭へとつないで描き、評価している点で共通しているのである。 ●「おふくろの味」は、人びとが伝統的と思っているものの多くは「創られた伝統」であるというエリック・ホブズボウムらが提唱した概念にも通じるところがある。実際、書籍のタイトルを指標にしてみると、1960年代に初めて料理本に「おふくろの味」と冠されてから、わずか40年の間に増幅し、定着し、錯綜し、減少していった言葉であることがそれを物語っている。 紅白歌合戦と日本人(2013) 郊外の社会学(2012) 盆踊りの戦後史(2023)参照続きを読む
投稿日:2024.02.17
国立女性教育会館 女性教育情報センター
国立女性教育会館 女性教育情報センターOPACへ→ https://winet2.nwec.go.jp/bunken/opac_link/bibid/BB11541513
投稿日:2023.12.11
魚雷屋阿須倫
「おふくろの味という実体のないイメージ。メディアによって作り上げられてきたいわば「神話」とも言える。それも時代とともに変化してきた。また、おふくろの味とは、母親の作った味、家庭の味、地域(ふるさと)…の味といった様々な「持ち味」とても使われているそうだ。続きを読む
投稿日:2023.05.11
izumowol
「肉じゃががおふくろの味の代表のように扱われるのはなぜか」というような軽い読み物かと思って読み始めたのだが、その実様々な論点を含む奥深い本であった。料理を作るのは母親=女の役割というジェンダー論。女中…や食客まで含んでいた様態から核家族、独り身世帯といったものに変化してきた家庭論。都市集中に伴う変化を扱う社会論。おふくろの味というものを作り出しかき乱してきた経済論、メディア論。そしておふくろの味の歴史論。考えれば考えるほど着眼点は多岐にわたる、そういうトピックであったのだ。その中でも最も重要な指摘は、伝統的と捉えられがちなおふくろの味それ自体の歴史はたかだか数十年に過ぎない、ということだろうか。続きを読む
投稿日:2023.04.19
gakudaiprof
料理とジェンダーの専門家であるので、もっと鋭い分析があるかと期待していた。今までの料理人の説明よりも詳しい。光文社新書ということで料理の世界に遠慮をして分析が鈍くなったかもしれない。料理人について知り…たい人は軽く読めるが、ジェンダーから考える論として読むための本としては役不足であろう。続きを読む
投稿日:2023.03.04
ほのか
このタイトルを見た時に、「なんて著者は冷たい人なのだろう…。この人の真意はなんだ?見てみよう!」と思い、この本を手に取りました。 しかし、この本を読み進めると、「おふくろの味」を解明する中で、日本に…おける食事の価値や家族のあり方、さらにはその背景にある社会情勢を感じとることができ、「おふくろの味」という言葉から壮大な世界に連れて行かれた気がしました。 特に印象に残ったのは、私たちが食べ物をいったいどこで食べているのかについて、 “つまり、戦前期と戦後すぐの時代はとにかく空腹を満たすために「胃袋」で食べ、次に戦後になって美味しさを味わう余裕が出てくると「舌」で食べ、さらに見たmの美しさや珍しさを「目」で食べ、そして最後に食べ物の成分や昨日や栄養などを理解し、選別しながら「頭」で食べる時代へと移り変わってきた“ という部分です。 私も実際、ダイエットのために栄養面を重視して、毎日同じような食事を摂ってしまっている事が多く、本当は食べることが大好きなのに、食事の楽しみの面に目を背けている自分がいることにはっとさせられました。 「おふくろの味」は確かに幻想であり、これといった定義もなく、時代や年齢、ジェンダー、地域、これまでに育った生活環境によって異なるものであるし、それに対して、安心感を求める人もいれば、プレッシャーになって呪縛のように感じる人もいる。ですが、「おふくろの味」という幻想は、誰の心にもある孤独感や、閉塞感を解放して、地元や家族のような心がほっとするような空間で、ゆっくりと食事を味わうことで心を満たしていく、そんな思いが詰まっているという考えを著者から感じ、人々の幸せや安らぎを食を通して感じて欲しいという思いが込められていて、決して著者は冷たい人ではないと反省しました。 私の中にある「おふくろの味」をみつけたいと思える本でした。続きを読む
投稿日:2023.02.28
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