スウェーディッシュ・ブーツ
ヘニング・マンケル(著)
,柳沢由実子(訳)
/東京創元社
作品情報
小島に一人で暮らす元医師のフレドリックは、就寝中の火事で住む家も家財道具もすべて失った。その後警察の調べで火事の原因が放火であったことが判明、フレドリックは保険金目当ての自作自演だと疑いをかけられてしまう。ところが、火事はそれだけではおさまらなかった。付近の群島の家々が続けて放火されたのだ……。幸い死者は出ていない。犯人の目的はどこにあるのか? 〈刑事ヴァランダー・シリーズ〉で人気の北欧ミステリの帝王最後の作品。CWAインターナショナルダガー受賞。
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商品情報
- シリーズ
- 〈フレドリック・ヴェリーン〉シリーズ
- ジャンル
- 小説 - ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
- 出版社
- 東京創元社
- 書籍発売日
- 2023.04.14
- Reader Store発売日
- 2023.04.11
- ファイルサイズ
- 1MB
- ページ数
- 478ページ
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この作品のレビュー
平均 4.3 (13件のレビュー)
-
人生終焉前の寂しさと恐怖… 価値観の偏りや歪んだ欲望の醜さが悲しい #スウェーディッシュ・ブーツ
■きっと読みたくなるレビュー
既に現役の医者をリタイヤして、静かに暮らしている主人公。しかし胸に秘め…た人間性は、なかなかのキモさと偏見で形成されている。
年甲斐もなく色恋沙汰を期待したり、嘘をついたり、人の領域に土足で踏み込んだり…
動機は自らの寂しさや恐れからの回避なんでしょう。人生を悟るべき年齢にもかかわらず、あまりにもカッコ悪い。正直読んでいると嫌な気分になってくることも多々あります。
しかし、気持ちは痛いほど分かる。
私も年齢を重ねてきました。どんなに頭でわかっていても、価値観の偏りや歪んだ欲望を正規化できないことがあるんですよね。ただ甘えたいだけなんです。
主人公が過去のことを思い出すシーンが度々登場するのですが、これが胸に沁みるんです。私も人生を重ねれば重ねるほど、遠い昔のことを思い出すんですよ。まるで昨日のことのように明確に。
楽しい思い出ではなく、むしろ何でもない日常のことや不安だったことが目に浮かぶ。読めば読むほど彼の人生に引き込まれてしまうのです。
そして人生の終焉にある、目に見えない境界線の向こう側に行く恐怖。どうすれば死を学ぶことができるのか…私も知りたい。
マンケルの遺作である本作ですが、作者の苦しみとむせび泣きが聞こえてくるようでした。
また本作の謎解き要素は、放火犯が誰なのかを探っていくことになるのですが、これもただただ切なくなる真相です。
強く、正しく、人に優しく生きるべきなんて正論は、いくらでも言えます。世界から忘れ去られた人間の悲しみ、たどり着いてしまった孤独の闇は、まさに死の恐怖と重なるのです。
■ぜっさん推しポイント
自分の不利益になっても、価値観と違っても、面倒でも手間でも、人の不幸を受け止めてあげる。どんなに弱い人間でも、唯一できる愛情表現だと思います。
物語の後半、リーサが過去の痛みを初めて語った場面…主人公が行った言動は、悲しくそして許せなかったです。作者からの最期のアンチテーゼとして、しっかりと嚙み締めなければならないと思いました。続きを読む投稿日:2023.06.14
マンケル作品として個人的には初となる『イタリアン・シューズ』を読んでから5年。スウェーデン・ミステリーの代表格的存在である刑事ヴァランダー・シリーズは第一作と最終作しか何故か読んでいないという体たら…くでお恥ずかしい限りなのだが、作者の遺作となる本作は『イタリアン・シューズ』とセット作と言いながら、さらに厚みを増して、なおかつ描写の丁寧さ、深さを考えると人生を振り返る作者と本作の主人公フレドリック・ヴェリーンは、分身ではないかと推察される。しかし、ヘニング・マンケルには『流砂』というノンフィクションの遺作が遺されていて、これが彼の<白鳥の歌>として死後に出版されている。
故に本書はフィクションとしては最後の作品である。『イタリアン・シューズ』を継いでの物語となるのだが、作者自らはそれぞれ独立作品として読んで頂いても一向に構わないという立場で本作に臨んだらしい。時制が一作目と矛盾したりするなど、確かに連作と見るには不確かなところもあるらしいのだが、読んだ印象としては登場人物たちも、舞台となるフィヨルド地方にしても両作共通する地平にあると見て構わないというところだ。
内容もまた『イタリアン・シューズ』の正当なる続編と見て良いと思う。但し、本作には謎の火災により島の家が全焼するといういささかショッキングな導入部があり、その犯罪的要素から鑑みて本書は『イタリアン・シューズ』に対し、ミステリーとしての性格を多分に孕む。そもそも刑事ヴァランダー・シリーズがミステリーと言いながら相当に人間の心を描いてしまう純文学的小説としての要素を孕んでいる作品であるように思う。
本書では、主人公フレドリック・ヴェリーンには存在すら知られていなかった実の娘ルイースが登場する。前作『イタリアン・シューズ』の終盤にも登場する娘だが、彼女との改めての関わりの時間が生まれてゆく様子、彼女の秘密などをパリを舞台に描くシーンが挿入されるなど、前作に比べるとバラエティに富んでいる。
しかし、老いたるフィヨルドという舞台は相変わらず静謐過ぎて、孤独を際立たせる舞台である。その中で病や老いによって知人が死んでゆく。全体に初冬から真冬までの時間を設定した一人称小説であるのだが、その中で大きな流れとしての時は過ぎ、家族というこの物語の中では変則的な人間関係、そこに入り込む新しい女性キャラクター、リーサ・モディーンというジャーナリストと年齢差を往還する二人の微妙な恋愛感情なども、どことなくリアルで危うい。
大きな物語としては、家が焼けることで生まれる疑惑。解決しない捜査活動は地味でありながら、フィヨルドの孤島の家が結果的には数棟全焼するに及ぶ。緊張を孕んだフィヨルドの村と美しい冬の景色、そして老齢の主人公の孤独がきんと響いてくるヒューマン・ノヴェル。ヘニング・マンケルでなければ作り出せない空気感と危うい人間関係の紋様を読みながら、この小説の持つ不思議な魅力に強く惹かれつつ、美しい言葉で満ちた一ページ一ページを味わった。
どの作品も優れた小説であり、完成度も高いように思うが、何よりもデリカシーと感性に満ちた一人称文体が味わい深い。ストーリーに派手な動きがなくても、しっかりとしたページターナーと言える辺り、名手ならではの作品である。ヴァランダー・シリーズの未読作についても、じっくり時間をかけて味わってゆきたいと思う。続きを読む投稿日:2024.03.05
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