ファーストラヴ
島本理生(著)
/文春文庫
作品情報
夏の日の夕方、多摩川沿いを血まみれで歩いていた女子大生・聖山環菜が逮捕された。彼女は父親の勤務先である美術学校に立ち寄り、あらかじめ購入していた包丁で父親を刺殺した。環菜は就職活動の最中で、その面接の帰りに凶行に及んだのだった。環菜の美貌も相まって、この事件はマスコミで大きく取り上げられた。なぜ彼女は父親を殺さなければならなかったのか?
臨床心理士の真壁由紀は、この事件を題材としたノンフィクションの執筆を依頼され、環菜やその周辺の人々と面会を重ねることになる。そこから浮かび上がってくる、環菜の過去とは? 「家族」という名の迷宮を描く傑作長篇。
第159回直木賞受賞作。
※この電子書籍は2018年5月に文藝春秋より刊行された単行本の文庫版を底本としています。
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商品情報
- シリーズ
- ファーストラヴ
- 著者
- 島本理生
- 出版社
- 文藝春秋
- 掲載誌・レーベル
- 文春文庫
- 書籍発売日
- 2020.02.05
- Reader Store発売日
- 2020.02.05
- ファイルサイズ
- 1MB
- ページ数
- 368ページ
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この作品のレビュー
平均 3.8 (447件のレビュー)
-
タイトルの「ファーストラヴ」。
これが何を意味するのか。
由紀の大学時代のことか、と思った。
けれど、環奈とその母親の背景を知ったとき、一番最初に愛情をもたらしてくれる存在、もしくは、由紀の夫・我聞…さんのような、一番の愛情をもたらしてくれる存在。
そういう意味合いが込められているのかなと。
この作品が、第159回直木賞を受賞した意味合い。
2018年という現代に、受賞した意味合い。
それに大きな価値があるのではないかと思って選評を見ると、ごり押しで受賞された、という感じではなかったようで、それはそれで、隣接している職業をしているわたしにとっては、ちょっと残念な気持ちにもなった。
朝井リョウさんが解説で述べているように「想像するしかないのだ」。
この作品の世界の中にあるのは、おそらく、がっつりとした共感、ではない。
曖昧でぼんやりとした、理解と合点。その理解と合点の程度は読者の想像力に拠るものなんだろう。
途中、わたしも物語のペースと想像のペースが合わなくなってしまった。こんな感覚に陥った直木賞作品は初めてだ。朝井氏は続ける。「簡単に理解できないものに出会ったときこそ、断絶を感じ距離を取るのではなく、想像するスイッチを授けられた幸運を噛み締めたい」。
曖昧なものに、境界線をつくり、そこに名前をつける作業。
対人援助職というのは、そういう仕事なのかもしれない。
臨床心理士という主人公の職業を目にした時、若干の不安を感じた。わたしは多くの素晴らしい臨床心理士を知っている。しかし、彼らが作品の中で描かれる時、とてもうさん臭く描かれてしまうことがある。今回、そんな不安がよぎりもしたけれど、作品全体として、その職業の専門性は伝わった気がした。
ネタバレ含みます。でも、この点に触れざるを得ないので、書きます。
全国にある児童相談所の相談種別の中で、性的虐待というのは、ダントツで認知・対応件数が低い。しかもそれは、性的虐待が児童相談所に発見され、対応された件数にすぎない。しかし、実際にはものごい数の性的虐待が、存在している。
スーザン・フォワードが、「毒親」という言葉を定義づけて約30年。
日本では、2008年頃から、信田さよ子さんや上野千鶴子さんによってその言葉は広められ、2015年頃からブームとなって、漫画や書籍などを目にする機会が増えた。(Wikipedia)
親の言動や行動に、どこか責められているような気持ちになったり、自分が悪いわけではないのに罪悪感を抱いてしまったり、親の機嫌にものすごく敏感になって大人の顔色ばかりを窺う。
違和感も、理不尽も、全部飲み込んで「悪いのは自分なんだ」と、そう思うことで、自分を納得させる。
そうした環境で育った人にとって、「毒親」という言葉の登場は救いになったのではないだろうか
近年、直接子どもが親に暴言を吐かれなくても、親同士が喧嘩をしている姿を目撃する、ということも心理的虐待として定義づけられるようになった。そういった状況もあって、近年の心理的虐待の認知件数は多く、身体的虐待、心理的虐待、ネグレクト、性的虐待、全ての虐待種別の中で、心理的虐待が最も多く、数値としてもあらわれている。
子どもに「バカ」「死ね」というわかりやすい暴言を吐くのは虐待としては分かりやすい。
ではしかし、「あなたは決めるのが苦手だからお母さんが決めてあげるわね」という言い方はどうか。
この表現に、虐待性を感じるかどうか。
この表現は、子どもの主体性を奪っている。子どもが意見を言えないことを利用した支配。なぜ、意見を言えないのか。それは、意見を言ってもお母さんに理解してもらえないからだ。過去に、そういう出来事を体験しているからだ。その時学んだんだ。「この人にはわかってもらえない」と。だから、口をつぐむ。すると支配が続く。これが、子どもにとって、毒以外のなんだというのだ。心理的に支配しているという点では心理的虐待ではないのか。それなのに、上記の表現は、「子どもを思う親」としてとらえられがちで、虐待であると認識されにくい。
性的虐待は、親が子どもに性交を行う・胸や性器を触る、親同士の性行為を見せる、性器を見せる、とよくイメージされる。
しかし、以前テレビで見て気になっていた、わたしが思う性的虐待がある。
ある俳優さんの娘さんが、成人してからもずっと父であるその俳優さんとお風呂に入っている、という話をしていて、周りは驚きつつも笑い話のような雰囲気になっていた。このレビューを書くにあたって再度調べてみたら、父親の、娘の彼氏に対する拒絶感がとても強く、さらに彼女は父親が亡くなる直前に入籍をしていた。
わたしは、成人してからも娘とお風呂に入る、という出来事そのものを性的虐待だと思ったし、それを止めなかった母親も、子どもを守ることができない加害者だと思っている。そして娘の入籍が、父親が亡くなる直前だというのも、ざらりとした気持ちにさせられるのである。
あの時彼女は、どんな思いでテレビで暴露したのだろうか。SOSだったのではないか。笑って済ますことは、他に同じ状況下で苦しんでいる人たちの声も、閉ざしてしまうのではないだろうか。
こうした、人によって受け取り方が異なる曖昧な性的虐待は、ものすごい、ありふれた日常の中に埋まっている。しかもたくさん。
毒親、モラハラ、という比較的新しい言葉の登場。昔はそうじゃなかったことが、今はセクハラになる。
昔から、毒親もモラハラもセクハラも存在していた。しかし、日常の中にある、曖昧に呑みこんでいた出来事が取り出され、名付けられ、再定義されたのだ。
性的虐待にも、同様のことが言えるのではないか。
家庭内に存在する「なんか変だな」が、もっともっと名付けられるといい。そのためにはまずはそれらが取り出されなければならない。
「そんなことがセクハラなの?」「そんなことが性的虐待なの?」やった方としてはそうだったのかもしれない。時代背景もあったのかもしれない。でもそんなのは言い訳だ。いつの時代でも、嫌なものは嫌だ。それに名前があったか、なかったかの違いだ。起きていることは同じで、それが嫌なものは嫌。名付けようのない出来事や感情は、人を不安にさせる。自分が悪いような気がしてくる。
わたしがかつて、虐待対応の仕事をしていた頃。
寝室が父親と同室の、不登校の中学生女児がいた。
あくまでその時は、彼女が学校へ行けるようなフォローをしていたのだけれど。
未だに、どうしても消えない違和感が残っている。
そこには何もなかったかもしれない。でも、何かがあったのかもしれない。
部屋数の問題もあるかもしれない。だとしても。
「父親と同室で寝ている」
その事実だけで何かを断定できない。けれど、そこにある様々な人間関係をパズルのように組み合わせていくと、時折、性的虐待という事実が浮かび上がって来たり、欠けたピースに性的虐待を当てはめると、きれいなパズルが完成したりすることがある。
何かがある。そう感じた時の、うまく言葉にできない違和感。それを放置することの危険性。
その「何か」に、しっかり向き合った時、事実から芋ずる式に感情が吐露されることがある。それはとても曖昧で、不明瞭で、すぐには理解できないことがある。それはそうだ。たぶん本人もわかっていない可能性があるし、何よりもこれまで一度も表面化されていない感情なのだから。でもそれを、絶対に逃しちゃいけないんだ。その曖昧な輪郭の感情を、キャッチした大人はしっかりと向き合って、境界線を作らなくてはならない。その状況を無視したり、子どもの言うことを嘘だと断定する前に。しっかりと子どもの話を聴いてあげること。子どもの口を閉ざさないで。これ以上、子どもを苦しめないで。
わたしはきちんと彼女に向き合ったつもりだけれど、彼女を救えたのだろうか。
最後に。
わずかながら、児童相談所が対応する性的虐待の対応件数が増加している。
わたしも経験があるけれど、性的虐待の対応って、とにかく大変なんだ。
それが増加しているのは、児童相談所や自治体のソーシャルワーカーが、戦っている証だ。児童相談所は、よく敵とみなされがちである。でも、国の第一線で子どもの命を救っているのは、彼らなんだ。それを忘れちゃいけない。続きを読む投稿日:2020.11.23
このレビューはネタバレを含みます
2020年(発出2018年) 367ページ
レビューの続きを読む
第159回直木賞受賞作です。
アナウンサー志望の女子大生・聖山環菜が父親殺しの容疑で逮捕される。この事件を題材にノンフィクションの執筆を依頼された臨床心…理士の真壁由紀が、国選弁護人の庵野迦葉とともに事件の真相に迫っていく、という小説です。
実は『ファーストラヴ』という題名だけの印象で恋愛小説と思い込み、積読状態にしていたこの本。なんでこんなにおもしろいのに今まで読まなかったのか!と思いました。キャッチコピーに『なぜ彼女は、父を殺さなければならなかったのか』とあるにもかかわらず、この文章も見ていなかったんですね。
小説を読み始め、主要登場人物がみな不安定さを感じさせるのに気づきました。環菜、由紀、迦葉ともにトラウマとなる過去を抱えています。そして由紀と迦葉の間には妙な緊張感があり、過去に口にはできないような関係があったと思わされます。それは由紀の夫・我聞にも秘密にしているような。
そして、物語の中で安心感を与えてくれる人物が、由紀の夫の我聞と担当編集者の辻です。物語の張り詰めたような緊張感が和らぐのです。2人とも誠実さが滲み出ているからでしょうか。
性的虐待や児童虐待、親子関係、家族関係をテーマにした重い物語でした。臨床心理士の目線から語る内容は私にはドンピシャでした。私は実務経験はありませんが心理学の資格を持っているからです。環菜の父親との関係、母親との関係、虚言癖、罪悪感、自傷癖、デッサンモデルをしていた過去、出会った大学生との関係、あらゆる角度から環菜の心理を分析していく過程にのめり込んで読みました。
裁判で、環菜の罪はどうなるのか? 由紀と迦葉の過去の関係とは? 最後は伏線がきれいに回収されて、環菜の心も救われました。
最近は直木賞受賞作品にはまって読んでいますが、芥川賞とは違って自分に合わないハズレという作品は今のところないですね。
続きを読む投稿日:2024.04.19
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