プロ野球選手の戦争史 ――122名の戦場記録
山際康之(著者)
/ちくま新書
作品情報
昭和11年、プロ野球旗揚げとほぼ同時に二・二六事件が起こり、日本は戦争へとなだれ込む。日中戦争、太平洋戦争、そして終戦。引き分け禁止や日本語化といった影響を被りながらも断続的にリーグ戦を行い、野球界も戦渦に巻き込まれてゆく。特攻に志願する者、病いや飢えで命を落とす者、帰国して活躍する者――人生の数だけ戦争の記憶がある。プロ野球草創期に生きた122名の選手たちの体験談や秘話をもとに、新たな視点で戦争の悲惨さを伝える。
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戦争は人々から夢や希望を奪い去る。そして時には生きることさえも許さない。日中戦争から太平洋戦争に拡大していく先の大戦においては、時を同じくして立ち上がった職業野球、現在のプロ野球の多くの選手たちも兵士…として戦場に向かい、短い人生の幕を下ろした。
日本で職業野球が発足した昭和11年2月。それは正に2.26事件が起こり軍部が政治に大きく関与しながら、日本が軍国主義に駆られ、やがて大陸での侵攻を開始する時期とほぼ同じだ。それ以前に野球は国民の間でも人気のスポーツ競技で、アメリカの大リーグの選抜チームと日本の選抜チームが対戦するなど話題に事欠かない競技であった。現代野球にも賞として名を残す沢村栄治も17歳でアメリカチーム相手に力投し、圧倒的な力の差で連日負け続ける日本野球に於いて一石を投じたピッチャーだった。当時そうした状況で新聞社をはじめとし各地の有力企業がプロ化を目指してきた中ではあるが、戦争へと突き進む日本社会で野球界とそこにプレーする選手の多くは戦争の惨禍に巻き込まれていく。
本書はそうした野球人122名の選手としての活躍と戦場での戦いを追う。前述の沢村栄治も日中戦争から戦死した太平洋戦争まで3度の招集を受けたのであるが、他の選手たちも多くが招集され球界を去っていく。あまりに多い招集でチームとして成り立たない球団まででてくる。そうした中でもチーム再編や移籍などで選手を確保しながら日本のプロ野球は確立していく。戦争ともあれば敵性言語である英語は使用できず、ストライクもセーフもそれぞれ「正球」「安全」など置き換えられていく。それでも尚、野球の火を消さない為に軍部に服従しながら粛々と生き延びる道を選ぶ野球界。それとは逆に戦地で散華していく選手たち。戦地では肩の強い野球選手は手榴弾投げにおいても模範となり、体力や瞬発力のある選手は危険な中で伝令に走るなど、戦場でも野球で磨きあげた肉体が役にたつ。尤も彼らはそれを望んで厳しい練習に耐えてきた訳では無いだろうが。誰もが白球に想いを託して、将来の野球人生を描いたであろう。それも戦争という残酷な現状によってかき消され、無念のうちに亡くなっていく。
本書ではその後を生き延び、戦後も活躍した選手も多く登場する。よく知った名前も出てくるので、今更ながらそうした過酷な状況を乗り越えて、日本球界を発展させてきた事を知ることができる。それだけでなく、自分が学んだ大学からも多くの野球人が輩出され、学徒出陣により、中には特攻隊として散った人々がいた事も知った。偶然にも後楽園(東京ドーム)近くに学校はあったから、しばしばドーム近辺で遊んでいたが、その場所に慰霊碑が建てられている事も初めて知った。個人的に野球に対して特別興味がある訳ではなかったが、そうした場所を訪れてみたいと思うきっかけになった。
当たり前だが、戦争は野球選手だけでなく、国民全員にとって身内を亡くした悲しみ、怒り、食料不足による飢え、家屋を失えば耐えられない寒さまであらゆる困難を招いた。選手であれば沢村栄治の様に投げられない身体になったり、四肢の一部を失ってプレーする事も許さない人生をもたらした。その様な中でも戦後早々に復活を試みた野球界は、野球という夢と希望に溢れたスポーツで、人々の心を明るく照らし、熱狂と興奮を呼び起こしてきた。戦後復興と共に、チームも選手たちも様々な歴史を辿り、今でも尚、私たちを興奮させるスポーツとして発展を続けている。そこには多くの戦争による犠牲があった事を私たちは忘れてはならない。
今日も大谷選手の打席に期待し、ニュースでホームランが流れるだけで辛い仕事も前向きになれる。疲れ切った身体に力が漲る。野球だけでは無い。スポーツとはそういう見えない力を持って私たち現代人を繋ぎ、そして支えている。続きを読む投稿日:2024.05.13
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