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謎のアジア納豆―そして帰ってきた〈日本納豆〉―(新潮文庫)
高野秀行 / 新潮文庫
シルクロードならぬ納豆ロードを行く
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日本では米よりも早くから納豆が食べられていたのかもしれない。東アジア原産の大豆を煮るか蒸して柔らかくする。麹菌で発行させれば豆豉や味噌や醤油になり、納豆菌で発行させれば納豆だ。
味噌が中国からや…って来たのはほぼ間違い無いのだが納豆はよくわからない。中国では一般的には食べられていないからだが、日本でも普通は東の食べ物とされている。アジア納豆の分布を調べていくと日本から朝鮮半島一体と貴州、雲南からタイ北部、ミャンマー北部の山岳地帯からブータンやネパールまでの分布が見えてくる。なんというか山の食べ物なのだ。
普通は納豆は干した藁についた枯草菌の1種である納豆菌による発酵と思うだろう。しかし実は納豆菌自体はそこらにいる。金沢上空3000mので取れた黄砂に付着した納豆菌で作られたそらなっとうもある。茹でた大豆を葉っぱにくるんで保温しておいておけば条件が合えば勝手に納豆ができてしまうというわけだ。アジア納豆ではシダやバナナなど使いやすい葉っぱが使われている。藁包の場合は包む手間は大変だけど通気性がよく保温性に優れできた納豆が傷みにくい。仕込みの時期は元々は冬なので比較的涼しく、使える葉っぱがあると同時に優先されるタンパク源(魚など)があまり取れないところで食べられて来たのだろう。稲作の伝播とはどうも一致しないのだ。
探偵ナイトスクープ発の日本全国アホバカ考では新しい言葉は京都を中心に同心円状に広がっていく様子が丁寧に調べられている。言葉はだいたいこれに当たるが納豆はどうも当たらない。日本の納豆の発祥の地は秋田ということになっている。
大豆は優秀なタンパク源としてだけではなく味噌や醤油など調味料として使われて来た。そしてアジア納豆も同じく調味料になっている。乾燥した納豆を焼いた納豆せんべいを割って砕いたり、汁物にペーストを入れたりという使い方だ。日本では味噌が好まれたため調味料としての存在感はない。この本の素晴らしいところはアジア納豆が日本でもできるかを再現したところだろう。さらっと読めるが十分論文が書ける調査だ。続きはアフリカ納豆が待っているらしい。 続きを読む投稿日:2020.12.29
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中国の行動原理 国内潮流が決める国際関係
益尾知佐子 / 中公新書
陰謀論と家父長制
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多くの中国人は、近隣国が中国の文化にひれ伏して朝貢してきたと信じている。そして道徳的な優位性や文化の力によって世界からリスペクトされたいと言う願望が強い。経済力や軍事力によって大国の地位を得ることは、…中国人にとって十分ではない。
中国人の世界観では陰謀論がきわめて強い。そして中国共産党は人類の明るい未来「和諧世界」実現のための崇高な任務を負っているということになるのだが70年経っても国内に多くの問題点があるとすれば理論上、「人類の不満」の主な源を国際情勢に求めざるを得ない。
尖閣諸島秋の漁船衝突に端を発する日本に対するレアアースの禁輸やTHAAD配備に対する韓国への不買運動など中国はそれが制裁だったとは認めていないが近隣国は中国の意に沿った行動をとるべきとの考えが強まっている可能性は否定できない。この辺りの感覚は親日的な中国人でもアメリカの陰謀説を唱えたりするので自分たちがどう見られているかに無自覚なのだろう。
中国社会の組織は伝統的な家父長制、強い権威を持つ父親と平等な兄弟という構造を持っている。これは政府にも会社にも共通する。共産党中央が親で党と軍と国家行政系統が兄弟に当たるが兄弟間では組織的な協力関係はなくそれぞれが親の権威に従う。胡錦濤政権では家父長の力が弱いと見られたため軍の突き上げに合い対外関係はむしろ緊張した。弱い家父長の下では兄弟達は自分たちの利益確保に走る。これは会社でも同じことが起こる。中国のリーダーとは恐れられ嫌われる存在なのだ。そして強い権威に対しては忖度が兄弟達の行動を決める原理となる。
2017年ダボス会議の基調講演で習近平は「グローバルで自由な貿易と投資を発展させ、開放性のなかで貿易と投資の自由化と簡便化を進め、保護主義反対の旗を鮮明に掲げていく」「中国の発展は世界のチャンスだということ、そして中国は経済グローバル化の受益者であり、さらにそれに貢献する存在だということだ。」中国共産党の最大のオリジナリティは、共産党の名前を掲げながら計画経済をあきらめ、自由主義経済ー彼らの伝統的な呼び方では資本主義経済ーに走ったことであろう。習近平は強い権威で国内を押さえて、国際的に尊敬される存在を目指している。真面目にだ。恐れられ嫌われることと尊敬されることは中国の組織では両立する。近隣国が中国をおそれ嫌うのは尊敬される過程ということになってしまう。
習近平体制は相当長期に続く可能性はあるが、強力な家父長を失ったあと中国社会は必ず拡散の方向に向かう。そして何がどうなるかだ。 続きを読む投稿日:2020.08.18
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アストロボール 世界一を成し遂げた新たな戦術
ベン・ライター, 桑田健 / 角川書店単行本
サイン盗みさえなければスカッとした話なのだが
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2014年シーズンのヒューストン・アストロズは過去半世紀で最悪のチームだった。過去3年で324敗、この年も最下位争いをしていたがスポーツ・イラストレイテッド6月30日号の表紙は新人外野手ジャージ・スプ…リンガーの写真とともにYOUR 2017 WORLD SERIES CHAMPSと予想がのった。この本はアストロズがそれをどのように達成したかを追ったものなのだが、問題はこの本に書かれていないその後だ。この本の主役達GMのルーノウ、ベテランのベルトランそして監督のヒンチはサイン盗みを主導した。クライマックスとなる2017年のワールドシリーズではベルトランがダルビッシュの癖を読み攻略したことが描かれている。第3戦ではシーズン中26%の空振りを取るダルビッシュの49球に対しアストロズは25回バットを振り空振りは2回、わずか8%だった。
「実際のところ、アストロズの打者たちには読めていた。」
第7戦でダルビッシュは癖を修正したがやはり2イニングで5点を失いSIの予言は達成された。
サイン盗みはさておき、アストロズの再建はドラフト戦略から始まった。メジャーでプレイできる選手は1割にも満たない。セイバーマトリクスと従来のスカウトを組み合わせ、スカウトの直感まで数値化しようとした。真に価値のある情報と認知バイアスを分けるためだ。背景にはGMのルーノウが2009年セントルイスのスカウト部長時代に1巡目19番目でなぜもう1人の候補を選ばなかったか何度となく振り返ることになる後悔がある。逃したトラウトは大きかったのだ。
2012年のドラフトでは全体1位で全米最高の逸材と言われたバイロン・バクストンではなくプエルトリコの高校生カルロス・コレアを指名した。試合成績についてはどのチームも同じ情報を持っているがアストロズが重視したのはコレアの性格や成功したいと言う強烈な意思を持って努力し続けたことなどだった。また、契約金が安めに上がり下位指名選手への契約金上積みが可能になると言うことも後押しした。
チーム内の評価方法を変えたことでアストロズはスプリンガーやダラス・カイケルを見出だし、さらにホセ・アルトゥーべは長打を打てる打者に成長した。だが成功ばかりではない。
2013年シーズン終了後J・D・マルティネスはスイング改造に取り組んだ。いわゆるフライボール革命に適したアッパースイングを取り入れベネズエラリーグではOPS957と成果を出した。しかしアストロズのアルゴリズムは27歳の選手に他の打者の半分しかチャンスを与えず、20打席の内半分が代打だったこともありヒット3本で春季キャンプを終えアストロズはマルティネスを解雇した。それから4年間打率3割、平均32本のホームランを打つ選手に対し何の見返りを得ることもなく。
アストロズのドラフト戦略の成功や2017年夏のドラフト期限残り2秒でのジャスティン・パーランダーの補強、ベルトランがもたらしたチーム内の好影響などはノンフィクションとしては良いエピソードだ、サイン盗みさえなければ。 続きを読む投稿日:2020.08.16
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女帝 小池百合子
石井妙子 / 文春e-book
小池百合子を作り上げた数々の「物語」
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この本の多くは小池が語った言葉、小池の「物語」でできている。そしてこのレビューはその言葉を切り取ったものだ。
「ちょっと自慢になりますが、カイロ大学では、主席で卒業したんです。で、帰国のために乗…るはずだった飛行機が、都合が悪くてキャンセルしたら墜落しちゃったんです。同じようなことが、もう一度ありました。わたしって、本当に強運なんです」
小池はアラビア語学校に一、二回通うとスクールを辞め、そこで中級コースに通う山本と出会って2か月で結婚を決めた。だが結婚生活は長続きしなかった。留学生の中ではアラビア語がうまいと言われた山本もカイロ大学の授業についていくには充分ではなかったようだ。
小池のアラビアでの生活はガイドのバイトや駐在員との社交が中心であった。73年2月に父親についてリビアに行くエピソードが出てくるが後にこう語っている。
「私は中東にいて、国際政治の冷徹さや二枚舌外交、また領土に対する認識の強さを現実に見て学びました。最も肌で感じたのは、たしか七三年の五月、商社マンの通訳としてトリポリに行った時のことです。 リビア石油公社との交渉だったのですが、結論は出なかったので、乗る予定だった飛行機をキャンセルして一日滞在を延ばしたんです。飛行機は地中海の上を通ってシナイ半島のところで南下し、最後は北上してカイロ空港に到着する予定だったのですが、その途中で、イスラエルの上空を侵犯したとして戦闘機に撃ち落とされました。 あの時に、背筋が凍るとはこういうことだと実感しましたね。領空、領土、領海は主権そのものです。『一歩足りとも自分たちの領土には踏み入れさせない』という意識を、身をもって学んだんです。
小池と同居する早川さんの当時の手紙にはこうある「リビアでお父様に結婚を許してもらったと百合子さん、とても幸せそうでした」
「私は1971年から5年間、中東にいた経験がある。その間、通訳や取材者として、数多くのアラブの政治家たちに会った。」
信じる方がどうかしている「物語」だが、大学が公式に認めた以上カイロ大学は卒業したということなのだろう。ただ選挙活動での嘘はそれでは済まない。二十歳の留学生を商談の通訳に雇う商社などない。観光ガイドはできても政治家の取材に使うこともない。そこにいるだけではアラブ通にも外交通にもなりはしない。
「私が権力者のところに渡るのではなく、私のサポートでその人が権力者になるんです」
「あまりに細川さんが頼りなく見えたので、自分が助けてあげるしかないと思った」「私は、細川さんの役割は、もう終わった、と思っているんです(中略)『僕ちゃん、偉いんだもんね』をもう一度証明したいという自我だけなら、私が支える必要はない。」
「新生党に懐疑的です。かつては自民党の中枢にいた人たちの集団で、その清算はまだ終わっていません」「小沢さんを私が悪役からヒーローにして見せます」『小沢さん、自民党とは別れましょうよ、私たちだけで小さくてもやっていきましょう』『自由党から比例で当選者が出ると思ってるんですか』
「自民党を外から壊すのではなく、内から壊すほうが早いと思った。小泉総理が自民党をぶっ壊すと言っている。小泉総理でなければ自民党には入らなかった」「東京でアベノミクスをより強く実践するために都知事になりたい」「東京から日本を変えるほうが改革の早道」「思うような都政をするには、国政を変える必要がある」
小池百合子の本質が伺えるのはむしろ自分より下とみなしたものの前でだ。
「もうマニキュア、塗り終わったから帰ってくれます?私、選挙区変わったし」阪神淡路大震災被災者の陳情に対して
「あった-、私のバッグ。拉致されたかと思った。」拉致被害者家族会見会場にて
「イケメンの自衛官を15人集めて頂戴」防衛大臣就任時のPR写真
「ほかの候補も改革というが、中身が違う、覚悟が違う、ジャンヌ・ダルクは最後は火あぶりになるが、それでも結構でーす!」総裁選立候補そして「ジャンヌ・ダルクはね、火あぶりになるからイヤ」築地の小池を応援する仲卸の女性に対して
そして、希望の党と民進党の合流の時にこれが出た。『排除されない』、ということはございませんで、排除します。
おそらく小池百合子には政策に対する思い入れはないのだろう。「政治こそマーケティングであります」「国民の皆様の共感を呼び起こし、大義を達成する」と言うのは何を言えば受けるかでしかない。
東京大改革の7つのゼロはほとんど達成されていない。そしてコロナ下の東京で小池百合子は新しい「物語」を語るのだろう。 続きを読む投稿日:2020.06.20
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囲碁ライバル物語
内藤由起子 / 囲碁人ブックス
ライバルのいた時代の物語
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第1局 石田芳夫-林海峰
23歳で林海峰を破り本因坊を5連覇した石田だが7大タイトルは9つで挑戦手合は19回。林との対決では5-1とかもにした。年齢的には加藤正夫がライバルのはずだが、加藤の活躍は石…田の5連覇の終わりと入れ違いのため0-3で加藤と対決は少ない。一方で6歳年上の林は2001年に59歳で依田に挑戦するなど息が長い。
林海峰の対戦成績は対坂田6-2、対加藤2-5、対小林2-3、対趙2-2
昭和40年代は坂田栄男の時代が終わり若い林海峰と石田が碁界の中心となっていった。
第2局 大竹英雄-林海峰
同い年で誰もが認めるライバルながら直接対決はわずかに2回。大竹の活躍は1975年に石田から名人をとった頃からで林からは10年遅れと言える。1976年以降加藤、武宮、趙、小林が次々とタイトルを取っており木谷門では石田に代わり年長の大竹が昭和50年代から平成までは木谷一門の時代でその前半を引っ張ったのが大竹と加藤だ。 大竹のタイトル戦は対趙が2-8と最も多く、対加藤は4-2、対小林1-5、対石田3-0、対武宮1-1と門下全てがライバルとなっている。
第3局 趙治勲-加藤正夫
趙が6歳で来日し内弟子生活を始めたころ、石田、加藤が次々に入段し1965年に武宮と小林が加わり10年近く一緒に暮らした。加藤が少し遅いとは言え17歳で入段したころ、趙はまだおもちゃのピストルを持って走り回る小学生だった。石田、武宮とともに木谷門の三羽烏と呼ばれた加藤はタイトルの数ではこの三人の中では大きく抜きん出ている。対小林4-6、対趙3-5 、対武宮3-1
第4局 小川誠子-小林千寿
第5局 小林光一-武宮正樹
学年と入段はともに武宮が2つ上だが木谷門下に入ったのはほぼ同時で初タイトルもほぼ同時。しかしタイトル戦の常連となったのは昭和60年代以降と2人の活躍は30代以降がメインだ。武宮がしかけた舌戦もあり、外野から見れば囲碁では珍しいプロレス的な対決だった。最終的な実績は小林に軍配が上がるが人気では武宮か。
武宮の対戦成績は対小林2-3、対趙2-4と木谷門下でのタイトル戦がほとんどだ。
第6局 趙治勲-小林光一
対戦成績は趙の8-2と偏ったが3大タイトルでの対決9回はまさにライバルだ。年は小林が4歳上だが木谷門では趙が先輩で小林の入門時は趙の方が強かった。しかし小林が先に入段した。初の7大タイトルもほぼ同時ながら20代の趙は次々とタイトルを重ね昭和60年代から平成の前半はこの2人が碁界の中心に居続けた。
趙の対戦成績は上記以外では対王立誠4-4、対依田2-2、対山下2-1など。
第7局 趙治勲-依田紀基
木谷一門の時代を終わらせるのは依田だと思っていた。15歳で入段し11連勝。18歳で名人戦リーグ入りしかしその後歌舞伎町におぼれ、バクチにハマりとこの辺はどん底名人で。7大タイトルは1995年の十段から2005年の碁聖までとほぼ30代だけと言うのは寂しい。
趙との4戦以外めぼしい対戦相手がないのはライバルといえる存在がいなかったと言うことだろうか。
第8局 山下敬吾-羽根直樹
第9局 張栩-高尾紳路
第10局 井山裕太-芝野虎丸
平成四天王は入段がいずれも平成になってから。タイトルは2000年山下21歳が最初で2000年代始めは趙、王立誠、依田から四天王の時代へと変わっていった。しかし井山の登場で全てが変わる。2010年以降は誰が井山からタイトルを奪えるかが焦点となった。2019年までの10年間で井山の出てこないタイトル戦はわずか15回だ。
井山の対戦成績は対張栩6-3、対山下11-1、対高尾6-2、対羽根1-0、対河野臨7-0、対村川大介3-2、対一力遼5-0、対許家元1-1、対芝野0-1
張栩は対山下6-2、対高尾3-2、対羽根1-0、対依田3-0、対芝野0-1
山下は対羽根5-2、対趙2-1、対河野0-3、羽根-高尾は2-0、以外だが山下-高尾のタイトル戦がない。
国内ではライバルのいない井山だが中韓には同等以上の相手がおそらく20人以上いてその上にAIがいる。
ライバル物語が描ける時代はもうあまり残っていないかもしれない。 続きを読む投稿日:2020.06.14
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ハイパーハードボイルドグルメリポート
上出 遼平 / 朝日新聞出版
暗闇の中の寸胴は地獄の味か天国の味か
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これはあかんヤツや。ヤバイところでヤバイヤツの食う飯を見に行く、秀逸なワンアイデアをディレクターひとりのロケで成立させる力業。こんなことをやるのは戦場カメラマンくらいにだろうにテレ東社員ディレクターが…やってしまう。よく無事に帰ってきてくれました。
「リベリア 人食い少年兵の廃墟飯」「台湾 マフィアの贅沢中華」「ロシア シベリアン・イエスのカルト飯」「ケニア ゴミ山スカベンジャー飯」ここだけ見ればとても中華以外は美味そうには思えないが、上出遼平はどこに行っても出されたものを食う。そして意外と美味いものもある。潔癖症らしいのだがよくやるわ、ほんと。
内戦後のリベリアでは元兵士たちがもはや敵味方関係なく同じ廃墟に暮らしている。リベリア人ですら近づかない高リスクエリア。通常の取材であれば警官を護衛に雇って行くところだがそれでは飯を見せてもらうと言うところにはたどり着かない。とんだ突撃隣の朝ごはんだ。
2つのミッションをクリアした上出はわざわざ帰国を1日伸ばし、リベリアで最もヤバイ場所へ行く。国立共同墓地を貫くわずか50mのその通りは警察も立ち寄らない。カメラを持っているだけで襲われる理由としては充分な場所だ。他の場所はボスを見つけて話をつけ、終わったらボスに謝礼を渡すと言う一応のパターンがあるがここでは誰がボスかもわからない。持っていたGoProは一度取られる。ポケットの中には手が入ってくる。掏摸か強盗で金が入ったら飯を食って、残った金でコカインを買うそう言う場所だ。
上出が無事に脱出できたのは運もあった。墓場で頭蓋骨を持って微笑むファム・ファタールの名前はラフテー。200円で身体を売ってその金で飯を食う彼女の男は墓場のボスだった。ラフテーの食事は暗闇の中、蝋燭もなく屋根しかない食堂。芋の葉っぱと魚の燻製を煮込んでパームオイルをかけた煮込みと山盛りの米のセット。「様々な食材がごった煮にされて、もう作ってる本人でさえこれがなんなのかわからなくなっているのではないかと思うほど複雑な味がする。焦げ茶色のドロドロの液体は食味の沼のヘドロのように、旨味が澱のように凝縮されて、熟成されている。老舗鰻屋の継ぎ足しのタレのような芳醇な香ばしさに、干し魚の旨味、そして芋の葉の粘りと青い香りに、パームオイルの酸味。美味い。米がすすむ。」
渋滞の中を逆走し、待たせた飛行機にようやく間に合った代わりに財布を落とした。そして3日かけて日本へ帰った上出は翌日台湾へ飛んだ。待っているのはマフィア飯だがまだアポは取れていない。
しかしこの企画を通してしまうテレ東もどうかしてる。 続きを読む投稿日:2020.06.09