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ビッグデータベースボール
トラヴィス・ソーチック, 桑田健 / 角川新書
リサイン、ラス!
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メジャーリーグを変えたマネーボールが出版された2003年以降野球は加速度的に増加する大量のデータとともに、まったく新しい時代に突入していた、チームがデータ分析での競争で遅れを取れば、追いつくことも加速…度的に難しくなる。
ポストシーズンを20年以上逃し続けアメリカのスポーツ史上最悪の記録を作ったピッツバーグ・パイレーツの監督を引き受けることはクリント・ハードルにとってはメジャーの監督を続けるには最後のチャンスだった。クリント率いるパイレーツは過去2シーズン続けて後半失速しピッツバーグ市民から見放されていた。「ピッツバーグ:この街にはチャンピオンたちがいる・・・あと、パイレーツも」NFLのスティーラーズ、NHLのペンギンズという強豪チームと違い観客も入らず、予算も充分ではない。GMのハンティントンとハードルは残された僅かな時間で若くもないチームにあまり金をかけずに15勝分の上積みをはからねばならなかった。ハンティントンのデータ処理軍団が提唱したのはこれまで誰も注目してこなかった守備の領域だ。マネーボール以降出塁率の重要性は認識されていたが、これまで記録も分析もされてこなかった新たな領域には2007年以降大量の新しいデータが積み上げられていた。しかし、フロント主導の新しい守備戦術を取り入れるにはピッチングスタイルを変え、守備位置を変えなければならない。野球は素人の分析官のいうことを聞いて打たれたり、これまでであれば平凡な内野ゴロがヒットになったら誰が責任を取るのか。何より極端なシフトはピッチャーにとっては落ち着かないものだ。
2012年シーズンのパイレーツにはメジャーで通用するキャッチャーがいなかった。FAの予算は1500万$しかなくこれで先発投手と野手を取るとFA選手の平均年棒は出せない。パイレーツが選んだのはワールドシリーズを逃したヤンキースのラッセル・マーティンだ。自己最低の打率に終わったマーティンにヤンキースは金を出し渋った。ハードルはマーティンにチーム内にはベテランが必要だと伝えた。肩の強さも魅力だと。しかしパイレーツはマーティンに本人にも隠された価値を話していなかった。それがピッチフレーミング、簡単に言うと捕球のうまさで際どいボールをストライクと思わせる技術だ。審判は無意識にミットの位置に判断を影響される。マーティンはストライクのミットの位置で外れたボールを捕ることができた。カウントが2ー1か1ー2かで打率は2割も変わる。2007年からの5年間でマーティンが防いだ失点はランキング2位の70点、パイレーツのドゥーミットはワーストのー65点で10点を1勝分の価値とカウントするとキャッチングだけで120試合あたり4勝の上積みが期待できる。結果は正しかったが当初ファンはなぜ打てないキャッチャーを取るのかと失望した。
パイレーツも守備シフトを取り入れた。もしバッターがシフトの穴を狙って流し打ちに来れば?やらせておけば良い、ホームランバッターがその特徴を消してくれるのならば。2013年パイレーツは極端な守備シフトを5倍に増やし着実に成果を上げていった。2014年シーズンにはほとんどのチームが追随しメジャーリーグ全体の打率は下がって行く。この先に現れたのがフライボール革命だ。
ピッチフレーミングの技術はマーティンがプロ入り後に身につけたものだ。「ブルペンで捕手を務めている時は、ただボールを捕っているだけではない。常にボールを捕る技術を磨こうとしている」「今ではそのことをいちいち考える必要もない。自然とそうやっている。全員がそうあるべきだと思う」マーティンは主審とも良好な関係を築こうとイニングの合間に話しかける。野球でホームチームが有利なのは微妙なコースの判定だということが統計に現れている。観客の声援に審判が無意識に影響を受けるのだ。
2014年再びポストシーズンに進出する時にはマーティンはパイレーツ史上最高のFA選手となっていた。守備シフトに対応した流し打ちをチームの先頭に立って実行したマーティンの打撃成績はキャリアハイで、出塁率はメジャー4位、ピッツバーグ市民はマーティンが投手に声をかけたり、クラブハウスの規律を保ったりと言う目に見えない価値を学んだ。ファンは野球にかけるマーティンの情熱や競争心の高さを愛するようになった。ワイルドカードの9回裏、バムガーナーの前に沈黙するパイレーツ打線とファンだったがマーティンのパイレーツでの最後の打席でスタンドの雰囲気は一変した。「リサイン、ラス」再契約しろと言う歓声が球場全体を包み込んだ。ビッグデータはパイレーツとそのファン、そしてこの後ブルージェイズと5年総額8200万$の契約を結びマーティンに大きな価値をみつけだしたのだ。 続きを読む投稿日:2019.07.18
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現金の呪い――紙幣をいつ廃止するか?
ケネス・S・ロゴフ, 村井章子 / 日経BP
中国にいると現金使いませんねえ
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貴金属を取り入れて貨幣が発展したヨーロッパとは違い、中国では銅、錫、鉛と言った卑金属が貨幣の材料として使われてきた。印刷技術も唐代にはできており重くて運びにくい貨幣に代わる紙幣はフビライ・ハンの時代に…現代の姿に近づいたがインフレのため15世紀には姿を消し19世紀まで再び現れることはなかった。
ヨーロッパでは1664年にストックホルム銀行が、1694年にイングランド銀行が銀行券を発行した。しかしイングランド銀行の銀行券が法定通貨としての地位を確立するのは1844年の銀行法までかかる。世界で初めて本格的かつ近代的な不換紙幣を発行したのはアメリカだ。1729年当時23歳のベンジャミン・フランクリンは「紙幣の本質と必要性に関する愚考」を自費出版した。その後紆余曲折を経た紙幣は何度もインフレにさらされ1973年にブレトン・ウッズ耐性の崩壊により本格的に不換紙幣に切り替わった。
本書のテーマは特に高額紙幣を廃止することで決済の透明性を高めることができ、脱税や犯罪の防止に大いに役立つことと、中央銀行がマイナス金利政策を効果的に取るようにできることだ。
2015年の米ドル換算の現金保有高はスイス8759$、日本6456$、アメリカ4172$、ユーロ圏3391$などだ。もっとも国外保有高の多い米ドルにしても50%程度なので、平均値と中央値はかけ離れている。おそらく相当な額の現金が地下経済を流通していることになる。地下経済のGDP比はアメリカ7%、日本9%ヨーロッパ主要国で10〜20%という。ただしこの推計では非合法・市場外の経済は含めておらずあくまで所得税や消費税などの脱税の規模を計るのが目的だ。アメリカでは税収ギャップが4500億$あり、現金取引の個人事業主の過少申告がその半分を占める。
脱税以外にも汚職や犯罪の取引などには特に高額紙幣が欠かせない。匿名性、使い勝手の良さ、輸送や保管のしやすさなどがその理由だ。本書ではまず高額紙幣を廃止することを提案しているが、そうなった場合例えば金での取引あれば最後の現金化がネックになるし、少額紙幣だと持ち運びが大変になる。個人の現金決済は主に100$未満の少額決済で現金が好まれているのに、現金保有高は主に高額紙幣なのでスマホ決済などのインフラを準備すればおそらく高額紙幣を廃止しても日常生活の不便はない。実際に中国では既にスマホ決済が主になっている。元々100元札(14$)が上限で偽札も多くクレジットカードは使われてないところにスマホとwechatの普及で一気に広まった。カナダ、シンガポール、スウェーデンなどは実際に最高額紙幣は廃止された。例えば最終的に重くて大きい5$硬貨以下になれば高額の現金決済は大きく制限を受ける。また電子取引は全て追跡可能だ。
紙幣をなくすもう一つの狙いがマイナス金利政策だ。伝統的な金融政策はゼロ金利化では利下げが機能しない。期待インフレ率に働きかけるという触れ込みの量的緩和についても日銀とECBの実績を見る限り「無制限のマイナス金利が可能な場合に取りうる標準的な金利政策ほどの効果はなかった」。アメリカのQE1では1時間の間に国債利回りが0.4%下がった。しかし長期的な効果についてははっきりしない。日銀はGDP比70%を上回る水準まで国債を買いまくったが、今のところインフレ押し上げ効果は短期的にも、長期的にもぱっとしない。インフレ目標値を短期的に大幅に上回ってもやるんだという強い意志を示していればもう少し違っていたかもということだが。2015年の執筆中の段階では量的緩和がインフレ誘導にどの程度効果があったかどうかもよくわからない。
マイナス金利はインフレ誘導に対して効果がありそうだが、現金の保有に誘導してしまう。そのため特に高額紙幣の廃止が効果的と言うのが本書の主張だ。現金の物理的な保管や輸送のコストが高くなれば銀行に預けてマイナス金利を受け入れるという事が現実的な選択になるわけだ。理論的には日本は経済規模の大きな国で高額紙幣を廃止する最初の国になってもおかしくない。 続きを読む投稿日:2019.08.16
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ITと熟練農家の技で稼ぐ AI農業
神成淳司 / 日経BP
60過ぎたら農業なのか?
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国立社会保障・人口問題研究所の将来推計では2065年に総人口は8200〜9500万人になる。直近の出生率からすると中位推計を達成するかどうかも疑問だがこの場合で8800万人と現在の約7割になる、14歳…未満が10%、生産年齢人口が4529万人と現在の6割で52%、65歳以上は現在とほぼ変わらず3381万人で38%を占める。出生率が一定の場合はこの後は年齢別の構成比はほぼ変わらない。思い切った少子化対策をするか外国人を受け入れるのか、あるいは人口減を受け入れて社会の構造を全て変えるか、いずれにせよ20年後には大きく変わっているはずで、そうすると経過措置も含めた準備期間は10年〜15年ほどだろう。
会社で言えば今の新入社員が現役のうちに働き手が6割になり、国内需要も同じように減りかねないという話。目先の問題は色々山積みだとしても日本全体で言えばこれがあらゆることに影響する最大の問題のはずなのだ。
本書のテーマの農業に限れば、農業従事者人口と平均年齢は2005年/335万人/63歳、2010年/260万人/66歳、2015年/209万人/66歳だ。2015年65歳以上が133万人、50歳未満は25万人となる。実はこれは将来真っ暗ということではない。現状でも65歳以上が農業をやってるのだ。40年後も65歳以上の人口は変わらないので単純な働き手であればなんとかなる。ただし今の農業だと水やり10年と言われるほど技能の習得に時間がかかる。
問題は熟練者の技術の伝承で、そこでAIの話になるのだが人工知能ではなく、人工知能を含む農業情報科学=AIだった。書名は意図的なひっかけだろう。人工知能=AIについては適用範囲が限定されると考えているようで中心的な話題にはなっていない。ついでに植物工場はコストが高く生産性は高くないと否定的な評価だ。
本書で紹介している事例は簡単に言うと、熟練者の本人も気づいていない暗黙知をモデル化しITを初心者〜中級者の教育に生かすことで、一人前になる期間を10年から3年程度に短縮することを目指している。アイカメラを使い何をどう見ているかを見える化し、外部環境変化はセンサーで測定する。加えて主観的な気づきデータを入力するのが熟練者の暗黙知を見える化するためのポイントだろう。同じような取り組みは工場でもできるし、一部ははじまっている。色や形や匂いに音、そして触覚や味、人工知能でもなかなか勝てない熟練者の技術は確かにあるが、センサーに置き換えやすいものも多い。
それで日本の農業が何を目指すかというと、比較されるのがイスラエルとオランダでいずれも農業の先進国だ。イスラエルは食料自給率が高い農産物の輸出国であり、水不足は点滴栽培で補う。熟練農家は富裕層に属し、キブツの伝統で指導者となる熟練農家を育てる仕組みが特徴だという。広大なビニールハウス、毎日指示をする熟練者と海外からの労働者二人という組み合わせが儲かる仕組みのようだ。
オランダは少人数で、大規模な農場にITを取り入れていることで知られている。施設面積は日本の1/5、生産者数は1/60、単位面積あたりの平均収量は4〜5倍、平均単価は1/3ながら総生産額は日本とほぼ同じ低コスト大量生産が特徴だ。ただし筆者の意見ではオランダは目指すべきではない。規模では周辺国とのコスト勝負になるので熟練者の知恵を生かし、他社には真似できない高付加価値品をめざすべきだという。
ここは新たな就農者をどう設定するかにもよるのではないか。60過ぎて就農する人を考えればコストは勝負できるだろう、2ー3年でものになる作物の栽培が入り口にあっていいはずで、上級者になれば違う農場に移ればいいのだ。いずれにせよ本書のような取り組みは農業以外にも広まっていくはずだ。そうしないと回らなくなるのだから。 続きを読む投稿日:2019.08.27
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戦前日本のポピュリズム 日米戦争への道
筒井清忠 / 中公新書
戦前日本が特殊なわけではない
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文在寅の韓国の行動は国際関係から見ると理解し難いが、ポピュリズムが基底にあり国民感情を優先していることは間違いない。これを韓国の国民性と言ってしまえないのは戦前の日本もポピュリズムの強力な圧力に屈して…いたことからだ。
日露戦争開戦当初、国民の戦争支持は熱心ではなかった。しかし新聞社が戦勝を報道し、戦勝会を主催する中で盛り上がっていった。その行列の解散場所が日比谷公園だ。まだ戦中の1904年5月8日には死者が21名出るほどの熱狂を見せている。新聞社、政党人などを中核に暴力的大衆との結びつきがポーツマス講和条約反対運動、護憲運動、普選運動などを盛り上げたのだが、群衆は警官とは戦っても軍隊とは戦おうとしなかった。その後ろにある天皇の威光と戦うことはないからだ。幕末の武力倒幕から日比谷焼き討ちを経て2・26事件まで構造的には「君側の奸」を打つという思想的な共通性が見られ、天皇をシンボルにした政治利用とポピュリズム化についてはこの後も繰り返しあらわれる。後の5・15事件報道も似たような構造で新聞は元老、財閥、特権階級への批判を正当化し、「小説的・物語的面白さ」はたえず追求されていく。裁判の中でも赤穂浪士になぞらえられ、徳富蘇峰は渋沢栄一だ関東大震災を「天譴」と称したのを持ち出し、5・15事件「人譴」になぞらえ首相暗殺犯の「所信を社会に実行せし」と唱えた。別の新聞は「各被告の同期に至っては、憂国の純情そのものであって、日本国民にして何人か、かりにもこれを憎むものがあろうか。従って動機のみより言えば、却ってこれを表彰こそすべきで、罰するはずはないのである。」とまで書いている。
大正期のポピュリズム的な運動はナショナリズムと平等主義に方向付けられたが、このナショナリズムは排日移民法を受け反アメリカに向けられ、親中国的なアジア主義の高揚が見られた。平等主義については普通選挙の実施という非暴力的な運動の成果が生まれた。ポピュリズムそのものには方向性はなく世論は時には大きく方向を変えていく。
ワシントン海軍軍縮会議では対米7割の支持は2割程度で、対米6割で早期妥結支持が6割あった。海軍は対米7割を達成できなかった理由を世論形成の失敗と捉えロンドン会議では新聞社に協力を要請する。海軍の意向に新聞が踊った結果、世論は対米7割を絶対視するようになったが、最終的には財政上の影響と国民負担の軽減を持ち出し新聞は妥結を支持する。国際協調主義の財部財相、若槻全権の帰国を大歓迎で迎えた国民はわずか3年後にはリットン調査団報告書受諾拒否共同宣言を全国132紙が一斉に出したことも影響s、国際連盟脱退の松岡全権を大喝采で迎えることになる。
1931年の陸軍軍縮期には軍人は厄介者扱いをされていた。軍縮を支持していた朝日新聞は満州事変勃発後不買運動の拡がりに大きく部数を落とし、満州事変支持に転向する。これに対し当初より満州事変を支持していた毎日は部数を伸ばしていっていた。戦争と、その大々的報道という「劇場型政治」が展開され、世論は急速にその支持に傾いていった。対外危機は大衆デモクラシー状況におけるポピュリストの最大の武器である。
「最低でも県外」と訴えた鳩山由紀夫はポピュリズムの失敗例だろう。民主党への期待は裏返り政権を取ることだけが求心力だった民主党は解体した。民主主義である以上ポピュリズム的な要素は常にあり、合理的な判断が優勢な間は大きな問題にはならないだろう。ただ小選挙区制では支持率の差以上に議席数に差がつくのでポピュリズム的な手法はやはり魅力的なのだ。国際的な関係の中で現実的な最適解がポピュリズムの求める方向と一致しない場合には気をつけたほうが良い。 続きを読む投稿日:2019.08.31
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売り渡される食の安全
山田正彦 / 角川新書
国の関与による安全保障と民間への開放のバランスなのでは
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モンサントがかなりえげつない企業だというのはこの本にも映画が紹介されている、マリー=モニク・ロバンの書いた「モンサント」に詳しい。EPAやFDAを手玉に取り、モンサントの種子が意図せず紛れ込んでしまっ…た農家相手に訴訟を起こし、古くはダイオキシンの安全性データを捏造した。それでも農家は善で企業は悪だと言うように描くのは一方的に感じた。
企業は常に悪者なのか?ファクトフルネスでは犯人捜し本能で人は自分の思い込みに合う悪者を探そうとすると指摘してあったが典型的な悪者は「悪どいビジネスマン、嘘つきジャーナリストそしてガイジン」だ。山田氏は国内農業保護の立場にあり、対するはいかにも悪者のモンサント。構図としてはわかりやすい。では企業は悪者なのか。
日本モンサントのF1品種を育てる契約をした農家は禁止事項や損害賠償について書かれたA41枚の英文?の契約者を「いや、ほとんど読まずにサインした」と山田氏に答えている。また、住化アグロがセブンイレブン向けにJAに米の生産を委託した契約ではJAから栽培を委託された農家について「両者(相手がJAか住化アグロか読み取れない)の間には契約書はなどは存在していないが、農家もまた住化アグロとJAとの間で交わされた契約書内に記された義務や責任を負うことになっていた。」とある。農家が不利な契約を押しつけられたように見えるがこの文章からは判断できない。ついで検査は住化アグロが行い、不合格品は生産者側の負担とすると言う工業製品であればまあ当然の内容について一方的と批判するが企業側の感覚では普通の契約だろう。米の買取価格については収穫終了時に「収穫量、品質、米相場に鑑み、別途協議の上決定する」とあるのだがこれはそもそもJAがもう少しましな契約を結ぶべきなのでは?同じ内容をそのまま農家に押し付けてるのであればJAなどいらないと言う話だ。
GMOについては十分に安全性を確認したのかと言う指摘はその通りだろう。一般的な品種改良は時間がかかることが安全性の確認にもなっている。消費者が選択できるような表示義務をというのも妥当な意見だと思う。ただほかのリスクについてはどうか。例えばグリホサートについて人に対しておそらく発がん性があるグループ2Aに指定されたことが書かれている。いかにも危ないものと読めるがより危険なグループ1に含まれるものにはタバコ以外に日光やアルコール、加工肉などもある。赤肉は同じく2Aだ。量を無視して発がん性のあるなしを議論しても役には立たない。
1代限りのF1種子の価格が数倍になったことを問題視しグラフを載せているのだが単位はドル/エーカーで米やトウモロコシであれば過去20年で20ドルが100ドルになっている。1エーカーは約40千平米種子代の上昇より得られるメリットが明らかに大きいとしか読めない。また昭和30年代に1粒2円だったイチゴの種子が今では40ー50円のF1種子になってしまったともあるがこれの何が問題なのだろうか、全く理解できないのだ。
グリホサートに代わる新たな除草剤として天然の非毒性成分が用いられたファームセイフを輸入したいと書いてあるので調べてみたがその有効成分は酢酸1ー5%と塩酸1%未満、そして水を含む無害な成分80ー95%だった。この除草剤は雑草のクチクラ層を分解し枯れさせると言う事なのだが、効果があるとすれば栽培植物も枯らすのでは。まあ安全性の試験をした上で効果があれば切り替えれば良いだけの話だろうがこんな組成が有効なのだろうか?
一般の農家は手間もコストもかかる自家採種には積極的ではなく米の場合自家採種は約1割にとどまる。企業がF1品種の自家採種を禁止するのはそれを認めると事業として成立させるのが難しくなるからだろう。モンサントのように意図せず育ってしまったものまで訴えるのはやりすぎだが。コシヒカリの種子は税金が投入され原原種、原種を専門の採種農家が育てた結果500円/kg程度で売られている。1粒の米は収穫後3〜400倍になるのでここでも原材料費としてはたいしたことはない、税金の補助がkgあたりいくらか知りたいところだ。民間の進出を種子法は妨げていないと主張しながら米の品種改良に費やされる膨大な時間と労力、そして予算を税金でまかなっていると誇る、それこそが企業から見た場合の参入障壁なのだ。種子の多様性を守り、安定した量の供給を保障するために税金を使うことは意味のあることだが本来はどの程度が適当かという話になるべきだ。全般に意図したかどうかはともかく印象操作をしているように感じた。 続きを読む投稿日:2019.10.02
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興亡の世界史 大清帝国と中華の混迷
平野聡 / 講談社学術文庫
モンゴル、チベットはいつから中国に組み込まれたのか
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中国の歴史上中華の統一を果たしたのは秦の始皇帝だがその範囲は北は万里の頂上、南は長江流域、西は四川盆地といったところで主に中原を中心とした範囲だ。漢の武帝の時代に張騫が西域を平定し、朝鮮、ベトナムまで…支配下に置いたのが漢人帝国の最大領土になる。中国の領土が最大になるのはむしろ騎馬民族の隋唐帝国、モンゴルの大元ウルスそして本書の満州人の清の時代で、現代の中国はかなりの部分清の枠組みを引き継いでいる。
東北三省、内モンゴル自治区とモンゴル人民共和国、新疆ウイグル自治区、青海省、そしてチベット自治区は歴史的には漢人支配ではなかった時期が長い。中華世界では対等な外国との通商は基本的には無かった、そこに西洋が入ってきて幕末から明治の日本と同様に清末の中華は西洋の国際的な枠組みに適応していった結果が今の姿につながっていく。
女真族を統一し後金を建国し東北部を勢力下に置いたヌルハチに続き、モンゴルを破り皇帝であると同時にハーンの称号を継いだホンタイジは盛京(瀋陽)で清を建国した。満州という名前はヌルハチのマンジュ部から来ており文珠菩薩に因んだものと言われる。地名が先ではなく女真族が満州人となったのが先だ。
15世紀にツォンカパが発足したチベット仏教のゲルク派はダライ・ラマ3世とモンゴルのアルタン・ハーンの会合を契機にモンゴル部族の中に拡がっていった。モンゴルは今日のチベット自治区一帯を征服しダライ・ラマ5世に寄進しここからポタラ宮の造営が始まる。ダライ・ラマはモンゴル語で大海の如き上人と言う意味である。ホンタイジがモンゴルのハーンとなったことで中華を取り囲む清、モンゴル、チベットという巨大な連合体が生まれた。北京に遷都した清の第3代順治帝はダライ・ラマ5世を相互対等の立場で招聘しその後いろいろあったが、続く雍正帝がチベット仏教を庇護する文珠菩薩皇帝としての名声を高めることになる。モンゴル、チベット、東トルキスタンは同君連合として清の間接統治下の藩部となった。
満州人のアイデンティティを重視した清は中華に染まるのを嫌い今でもモンゴル語、ウイグル語、チベット語には中華の概念は翻訳されていない。雍正帝は自らを夷狄とした上で中華の優位を謳う華夷思想を批判した。雍正帝の使った中外一体とは中華も夷狄も上下の差はなく真の皇帝の元で臣民として平等だという思想であるが結局これが現代中国の版図の正当性を訴える元になっていく。続く乾隆帝の時代に最大の栄華を誇った清は19世紀にはアロー号事件、アヘン戦争を経て思わぬ転落を続けていくことになる。
西洋の国際関係では冊封国は独立国となる。琉球は清と日本に対する二重冊封国だったが国際法の枠組みに先に適応した日本が取り込み既成事実を重ねていった。台湾についても清が化外の地=無主の地と捨て置いたのが日本が占領した根拠となった。そして朝鮮は朝貢国のままで清に事えようとして失敗した。伊藤博文は李鴻章との日清修好条約改正交渉の中で八重山、宮古を清に割譲すると提案し、大戦後も国民党の蒋介石が要求を取り下げなければ沖縄は日本に戻って来なかった可能性が高い。「固有の領土」というのは歴史上のある時点を切り取りそこに近代の国際法を当てはめたものだが辺境はその時々の国際関係に翻弄されている。
夷狄=辺境の国家であった清が中華と一体したことがチベットやウイグルが中国の固有の領土という正当性の元になったのだが、実態としては自治区と言う名で辺境としての管理になっている。清があれほど強大ではなかったり、太平天国がもう少しまともで中華が清から分離独立していたりしたら満州やウイグルやチベットは今頃独立国だったかもしれない。 続きを読む投稿日:2019.11.13