shizukiさんのレビュー
参考にされた数
5
このユーザーのレビュー
-
ロスト・ケア
葉真中 顕 / 光文社文庫
介護殺人ミステリー
0
介護の実態を詳しく知らない人間にはとてつもなく重く、非常に考えさせられるお話。
ただこの物語は謎が次第次第に明らかになってゆき、犯人に少しずつ迫ってゆくという、ミステリーとしての要素も十分に楽しめる。…おおよその犯人は目星が付くものの、作者の意図的なミスリードによって、最後の方まで真犯人は伏せられている。
また犯人を含め主人公となっている若きエリート検事、その旧友などのキャラクターが際立っていて物語に惹き込まれる。三人がそれぞれに「使命」や「信念」を持っていて自説を最もらしく語る。それはとても巧みで思わず共感しかけるのだが、一歩引いて眺めて見ればどれも個人個人の思い込みに過ぎない。
乱暴な言い方をしてしまえば『お前は何様のつもりか?!』というような、そんな個性のぶつかり合いである。
法律としての犯罪と罪の意識とを両方正そうとする者。犯罪である事は承知しつつも罪の意識のない者。罪の意識を持たぬよう、犯罪を犯罪とも思わぬ者。
それらが重なり、絡め合いながら物語は進んでゆく。
介護とは。家族の絆とは。罪とは。人が人を殺す事とは。答えの出ない思い問い、一人ひとりに様々な答えを投げかける作品である。 続きを読む投稿日:2016.04.15
-
テロリストのパラソル
藤原伊織 / 角川文庫
いかにも90年代のハードボイルド
0
未読でも本の題名だけは何となく記憶していたように、
なかなか印象的な題名の物語だ。
テロリストという物騒なものが、平和的イメージのある
パラソルとどう結びつくのか・・と興味津々で読み始めた。
良くも…悪くも、ああ90年代のお話だなあという感想を持った。
出てくる街の描写がどうとか風物がどうというのではなく、
あの時代の持っていた雰囲気が懐かしく思い出される、そんな
物語だった。
途中から犯人がこちらにも分かってしまうところや、犯人の動機に
ついてはちょっと安易な気もしたが、初め塵をつかむような手探りの
状態からだんだんに真相に迫るその手法は、やはり賞を受賞した
だけあって、見事と言わざるをえない。
ただし、ハードボイルドを読みなれていないせいかどうか、アル中の
くたびれた中年のオヤジがなぜ女性にそんなにモテるのか、私には
あの主人公はそれほど魅力的には思えなかったが・・。
続きを読む投稿日:2015.03.22
-
阪急電車
有川浩 / 幻冬舎文庫
私には印象が薄かった
2
正直読み終えて「ふーん」というくらいの感想だった。
若者向けのライトな読み切り小説、という感じ。
短いエピソードをつないでいるだけなので、しょせん
深みは求めようもないが。
地元に住んでいて、その列車…を利用したことのある人
ならば、多少興味がわくかもしれない。
列車内で隣り合ったりほんのちょっと話をしたり、
そんなふうにして僅かでも関わりあいを持った人たちの、
それぞれのちょっとしたエピソードが綴られていくお話。
ただ、私には少々退屈だった。 続きを読む投稿日:2015.03.22
-
人質の朗読会
小川洋子 / 中公文庫
なんともいえない余韻の残るお話
1
地球の裏側の南米で日本人の旅行者8人がゲリラに誘拐され、数か月のちの救出作戦のさなかに全員が爆死してしまった・・という、非常にショッキングな事件の顛末を語るところから、この物語は始まる。
ただし物語自…体は誘拐事件そのものを扱ったものではなく、捕えられた人質たちの恐怖や政府のゲリラとの交渉、救出時の息詰まる攻防といった類の話は、一切出てこない。
暴力的で殺伐とした背景を舞台としながら、この物語全体を支配しているのはひっそりとした静けさだ。
長い拘留生活の中で人質たちの心にどのような葛藤があったかは、外部からは知る由もない。ただし残された記録が存在した。
人質たちの肉声が。
彼らは、解放されたら何をしたいかといったような未来は語らずに、自分が過去に体験したエピソードをおのおの語っていた。
その一人一人の話で構成されているのが、この物語である。
正直、ドラマになるような劇的なエピソードなど一つもない。よく考えるとちょっと不思議な感じのするお話もあるが、しみじみ感動させるとか泣けるとか、突出した話ではない。ただそれが淡々と次々に語られていくのに耳を傾けているうちに、我々は気付かされるのだ。
他人が聞けば何でもないようなちょっとした事柄でも、それがその人の人生を決める大事なきっかけとなることがある。そして生涯忘れられないエピソードとして、心に刻まれている。そうしたことは、実は大多数の人が大なり小なり経験しているのではなかろうか。
私たちの周りにいる、大成した事業家でも華やかな芸能人でもない、どこにでもいるごく普通の人たち。それがある日突然、普通でない状況に巻き込まれ、命を落としてしまった―。
だからこそ、彼らのささやかな人生が確かにそこに有ったのだと。こんなふうにして皆それぞれ懸命に日々を生きているのだと。
声高に何かを主張するのではないが、ひたひたと波が打ち寄せて来るような、そんな味わいのある物語だと思う。
とても感動的だとか胸に迫るとか、そういう劇的な部分は何もない。なのに何故か静かな夜にもう一度読み返したくなる、そういう余韻を残す物語だ。
続きを読む投稿日:2014.10.11