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  • 時の娘

    時の娘

    ジョセフィン・テイ,小泉喜美子

    早川書房

    『時の娘』談義

    「まず、表紙の絵をよく見てほしいんだ」 「肖像画…ですよね。昔の貴族かなにか?」 「うん。…どんな人だと思う?」 「えー、どうだろう…。ちょっと神経質だけど、芯は強そう。頭はいいんじゃないかな。繊細で感受性は強いが、あまり友達はいないと見た」 「…ビミョーな評価だな。この人、リチャード三世といって、昔のイングランドの王様なんだ。…と言っても、すんなり王様になったわけじゃない。この人のお兄さんが前の王様だったんだけどね、亡くなったとき王位継承権はその幼い息子…つまりリチャードの甥にあった」 「ふむふむ」 「ところがリチャードは、難癖を付けて幼い甥っ子から王位を奪い、あげくにその甥っ子と弟の二人をロンドン塔ってところに閉じ込めて、殺した…と言われてるんだ。それだけじゃなくって、ほかにも政敵を数多く粛正した…と言われてる」 「極悪人じゃないですか」 「…と言われてるね。シェイクスピアも『リチャード三世』というそのまんまのタイトルで、極悪非道、残忍狡猾な男に描いている。ほかにもトマス・モア…というのは当時一番の知識人で『ユートピア』という本を書いたりした人なんだけど、この人もリチャード三世が幼い甥っ子二人を殺したいきさつを詳細に書き残している」 「うーん、わかんないもんだなあ。…でもまあ、最近の事件でも『あんなことする人には見えなかった』っての多いし」 「…やっぱり、そう思う?」 「やっぱりって?」 「『あんなことする人には見えない』…つまり肖像画を見ても、そんな残虐なことをする人には思えなかった」 「…まあ、そうですね」 「この『時の娘』の主人公、グラント警部もそう感じたんだ。大けがをして入院生活を送っているんだが、暇で暇でしょうがない。ところが、この肖像画がふと目にとまると、刑事の勘というやつだね、『この男は犯罪者の顔ではない』と」 「ピンときちゃった」 「…きちゃったんだね。さて、そう思って改めて調べてみると、どうも色々とおかしい」 「と言うと?」 「たとえばさっきのトマス・モア。リチャード三世に関する記録としては最も古い部類だし、知識人としての絶大な権威もあって、広く信頼されている。シェイクスピアなんかもこの記録を元にしてるくらいなんだけど…」 「…だけど?」 「これって、モアが人づてに聞いた話でね。聞いた相手というのが、どうやらリチャード三世の仇敵にあたる人」 「一番、参考にしちゃいけない話だ、それ…」 「とまあ、こんな風に病院のベッドの上でさまざまな資料を読み込み、リチャード三世は本当に極悪人だったのか解き明かしていく…という趣向のミステリなんだ」 「なるほど…。ていうか、ミステリだったんですか、この本」 「言ってみれば冤罪事件だからね。…でもたしかに、作者が本当に訴えたいのは歴史の…何というか面妖な部分なのかもしれないな。作中、トニイパンディという言葉が出てくるんだが」 「…何か響きは陽気ですけど。トニイパンディ!」 「…いや、南ウェールズの地名なんだがね。20世紀初め頃にイギリス政府が軍を派遣して、ストライキ中の市民に発砲した…と言われてるところ」 「言われてる…」 「そう。実際は、非武装の警察が対応にあたり、軍は後ろに控えていただけ。銃なんか撃ってない。でも当時、軍が発砲したという話がイギリス中に広まって、南ウェールズじゃ延々と『トニイパンディを忘れるな』と語り継がれたそうな」 「…んー」 「嘘っぱちなのに、黙って見ている間に伝説にふくれあがってしまう。そんな『トニイパンディ』方式で、リチャード三世も悪者に仕立てられたのではないか…」 「…ひどい話だけど、でもそういうことってよくあったんでしょうね」 「歴史ってのは往々にして、声が大きいものや立場が強いものに都合よく作られちゃうからね。鵜呑みにせず、できるだけ客観的な資料を使って検証し直すのは大事だよ」 「それをやろうとしてるのが、この『時の娘』であると」 「まあ、そうだね。ただ、研究書じゃないから、そこは多少割り引いといてほしいな。作中、色々と文献を引いているが、リチャードを善人にしようと我田引水になってるフシがないでもない」 「はあ」 「でも、そういうのはあくまで枝葉。謎に迫るアプローチや人物造形などなど、しっかり楽しめる作品だよ。ただ、作品とは別に、ひとつ大きな問題があってね…」 「問題?」 「…エドワードやらリチャードやら、この手の名前がやたら出てきて、頭が混乱するのよ。人物相関図を逐次メモしながら読むのがオススメ。巻頭に系図はあるけど、ちょっと参照しにくいからね」 「…いますよね。外国の小説は名前が覚えられないから苦手っていう人」 「いや、ホントなめてかからない方がいい。もうリチャードまみれ、エドワードまみれになるから」 「リチャードまみれって(笑)」

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    投稿日: 2013.10.29