くっちゃね村のねむり姫さんのレビュー
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収容所(ラーゲリ)から来た遺書
辺見じゅん / 文春文庫
シベリア抑留は知っていましたが、こんな奇蹟的な話があったとは
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映画化されると聞き、大急ぎで読みました。シベリア抑留についての知識は、歴史上の事実として知ってはいましたが、このような奇蹟的な逸話があったとは、全く知りませんでした。
実は、今は亡き、大正13年…生まれの我が父は、工兵として満州へ行き、そこで終戦をむかえました。オヤジの話によれば、終戦後復員する前に、ずいぶん中国本土の復旧工事をさせられたと言っておりました。でも、ほんのちょっと運命が違えば、彼もシベリア送りになっていたかもしれません。もしそうなっていたら、お袋さんと結婚していないかもしれないし、昭和34年生まれの私はこの世にいなかったかもしれません。
この本はノンフィクションながら、かなり小説風に書かれてはいます。時の流れや描かれる場面があちこちにいって、ちょっと戸惑うことがありました。作者の想像で書かれた箇所もあるかもしせませんが、兎に角、よくぞこの本を出版してくれたと思います。
収容所生活の過酷さは、これまでも様々なところで紹介されてきました。過酷な状況に耐え抜くには、体力以上に、必ず故国へ帰るという強い意志が必要だったでしょう。でも極限状態となると、その人の本性のようなものが健全化してきます。また、日本人同士間のタレコミやソ連に迎合して、少しでも良い思いをしようとする人も出てきます。
そんな希望のかけらも見えない状況の中、どうして山本幡男さんは、いつも前向きに考えることが出来たのでしょうか。ただひたすらに、故国へ帰るんだという強い希望を持ち続けたからでしょうか。しかも、その振る舞いは、次第に周りの人々に影響を与えていき、彼の存在そのものが、過酷な生活の中で他の皆の希望になっていったんだね。しかし、病気が進行し、とても故国へは帰れないと自覚したとき、流石の彼も希望をなくしてしまいます。ところが今度は、周りの仲間が彼の希望を奮い立たせるわけです。それが、彼の遺言や彼の詩、彼の歌等の著作物を、彼の帰りを待つ故国の家族に届けると言うことだったんだね。しかも、帰国の際に持ち出せないからと、仲間とともに少しずつ分散して、すべてを暗記することによって。。。
昼間は過酷な労働を強いられ、疲労困憊の中、他人のコトバを一字一句間違えずに暗記するなんてことは、不可能に近い行為です。それに、帰国してからだって、大変な生活が待っていたはずです。最後の遺書が山本家に届けられたのは、昭和62年とのこと。こんなことが私たちの知らないバブル全盛期に起こっていたとは。
これは、収容所で共に艱難辛苦を味わった友情のキズナなんていう生やさしいものではなく、とても我々のコトバでは言い表せないモノが彼らの間にあった証でしょう。
ソ連の行ったことは、まぎれもなく戦争犯罪です。いやその前に、勝ち目のない戦争に突き進んだことが問題であることは、今となっては明らかです。でも、それ以上にこの本は、生きると言うこと、いや生き抜くと言うことは、どういうことかを読者に突きつける一冊でありました。 続きを読む投稿日:2022.12.31
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再雇用警察官 いぶし銀
姉小路祐 / 徳間文庫
ベテランの味って、こういうことなんだね
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雲をつかむような事件を地道に捜査していく過程は、とても面白かったです。ただ、解決の糸口が見つかってからが、あまりに急展開過ぎて、今一つだったかなぁ。それよりも、安治川のネットワークの広さこそが、長く…働いてきた証というモノでしょう。
私自身もそうですが、長く働いていると自ずから様々なところに知り合いが出来ます。そしてその際に、どうつきあったかで、その後の人間関係が変わってくるのでしょうが、所詮、仕事なんていうものは、一人では何も出来ないことが多いものです。コレまで培ったネットワークを使い、個人の能力を難なく越えて問題を解決する、これぞ、いぶし銀の魅力というものかもしれません。 続きを読む投稿日:2022.12.31
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その本は
又吉直樹, ヨシタケシンスケ / ポプラ社
なんとまぁ面白い本を作ったモノです。
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「その本は、〇〇〇……」で始まる、エッセイ集、短篇小説集、といった感じ。軽い内容かと思いきや、いやいやなんのなんの、そうではありません。しみじみする話、ドキッとする話、感激する話。そして最後のアハハ…。でも、その続きを読んでニンマリ。
沢山のお話が出てきますので、きっとお気に入りのものがあるはずです。そして、何度も読み返したくなります。
凄く立派な装丁の本ですが、読み終わった後は、文庫化されても文庫で所有するにはちょっと役不足かな、なんて思います。ただ、かく言う私も、家の中が最近本だらけになので、今ではもっぱら電子ブック愛用なのですが、この本は、紙の本の形で保有したいと思います。タブレットで読みましたが、最初から紙の本にすれば良かったかなと後悔してます。 続きを読む投稿日:2022.12.02
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超入門・グローバル経済―「地球経済」解体新書
浜矩子 / NHK出版新書
今まで読んだこの手の本の中で、一番分かりやすい解説書でした。
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序章から始まり、市場、通貨、金融、通商と、私のようなド素人にも大変分かりやすく解説してあります。なぜそれぞれの国の政策がうまくいかないのか。日本の金融政策は、なぜうまくいかないのか。何となくわかった…ような気がしました。そして、終章には処方箋らしきモノが解説してありますが、でもこれはどうでしょうか?たしかに理想であることは十分理解できるのですが。
この本が書かれたのが2013年ですから、コロナも、ウクライナ侵攻も始まっていない頃です。経済を生かすも殺すも人間しだい、というのは真理でしょうが、ここまで分断が広がってしまうと、よりブロック化が進んでしまうような気がします。この先、どうなるのでしょうかね? 続きを読む投稿日:2022.12.02
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ある男
平野啓一郎 / コルク
その男は最後は幸せだったのかな
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平野啓一郎の著作は、芥川賞をとった「日蝕」が私にはあまりに難しかったので、ずっと敬遠しておりました。今回、この作品が映画化されると言うことで手に取りましたが、これはとても面白く読ませて頂きました。
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最初はまさにミステリー調です。キャッチコピーの通り、「愛したはずの夫は、まったくの別人であった。」なのですが、その謎解きだけでは終わらないのが、平野啓一郎の真骨頂でありましょう。誰もが抱える家庭の問題や加害者家族に対する対応、そして死刑の是非にも触れています。
様々な人が登場しますが、主人公?の城戸弁護士も含め、それぞれの背景が細かく描かれているので、その人の人生を追体験することが出来ました。また、どうしても東日本大震災を関連させたくなるのは、昨今の小説ならではのことかもしれません。
戸籍を交換し、過去を隠して別人として生きていくことが、本当に可能かどうかは、別として、その隠された過去を知っても、はたしてその人を信頼し愛していけるかどうか、は難しい問題かもしれません。隠された過去にもよるかな。
過去を捨て去り、全く新しい人生を歩むというのも興味深いことですが、私がそれ以上にドキッとしたのは、
次の城戸の言葉です。
「僕の人生だって、ここから誰かにバトンタッチしたら、僕よりうまく、この先を生きていくのかもしれないし。」
そんなふうに考えて読み進めてはこなかったので、この台詞はちょっと衝撃的でした。確かにそうかもしれないですね。そしてもう一つ、三勝四敗の人生という台詞。なるほど、それくらいがちょうど良いのかもしれません。
過酷な過去を胸に封印した「ある男」は、たどり着いた九州の地で里枝と会い、共に過ごした3年9ヶ月は本当に幸せだったに違いありません。そして、その家族達もきっとそうでしょう。そう思わせてくれるラストに救われた気がいたしました。
と、ここまでは映画を観る前に書きました。映画は小説の序章に当たる部分から始まりましたが、いきなりあの不思議な絵画に目を奪われました。ルネ・マグリットの「複製禁止」です。実はこれが作品全体のモチーフになっていたんですね。序章を読んだときは気にも留めずに読み飛ばしてました。流石は平野啓一郎さん。教養の幅が違います。反省ですな。 続きを読む投稿日:2022.12.02
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新訳 マクベス
シェイクスピア, 河合祥一郎 / 角川文庫
恥ずかしながら、初めてシェイクスピアの戯曲を読みました
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内容は薄々知ってはいましたが、初めてシェイクスピアの戯曲をしっかり読みました。
新訳とあり、原書がどのように記載されているかは、まったく分かりませんが、正直ビックリいたしました。いや、内容ではな…く、その記述の仕方です。というのも、他の劇の台本や映画のシナリオと全く異なり、ト書きに登場人物の心情等は細かく書いてありません。〇〇から登場とか、〇〇へ退場という説明があるだけ。こうなると、どのようにでも解釈できるわけで、様々な演出家や役者さんたちが、挑戦したくなるのも解る気がします。そこがシェイクスピアの魅力なのかもしれませんね。 続きを読む投稿日:2022.12.02