くっちゃね村のねむり姫さんのレビュー
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鳩の撃退法 下
佐藤正午 / 小学館
小説とはことばのトリック。ない世界をあるとみせる
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この言葉は、小説の中にてできます。蓋し名言でしょう。物語の作者であり同時に実在の人物であるため、二つの立場のあいだに葛藤がある。と、これも小説の中に出てくる言葉です。
つまり、第三者の視点で書か…れていない小説なので、矛盾があろうがなかろうが、作者(主人公)が想像と妄想の中で、実際にあったことを元に自由に書いたというわけですね。ここに小説としての醍醐味があって、読者である我々は、作者佐藤正午の掌の上で見事に踊らされてしまうわけです。これは、相当な力量がないと出来ないワザなのでしょう。プロの小説家達でさえ絶賛するのも判ります。
ただ、判らない部分は謎のママですから、読後感がスッキリするかどうかは、別物ですね。
私が一番不思議に思うのは、なぜ幸地秀吉の妻があんなに簡単に浮気をしてしまうのか。彼女自身に宿る淫蕩な性格の為か、はたまた夫婦生活に不満があったのか?津田伸一の視点で描かれた小説ですから、他人の家庭や、他人の思っていることは判らないままなんですよね。まぁ、幸地秀吉の方の思いは、わからないでもないのですが。
というわけで、完全に翻弄されてしまった小説でありますが、これが映像化されるとのこと。小説とは言葉のトリックというわけですが、そのトリックが映像化されたとき、どうなるのか、とても楽しみであります。 続きを読む投稿日:2021.10.03
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そのとき、「お金」で歴史が動いた
ホン・チュヌク, 米津篤八 / 文響社
新たな視点で振り返る近代史
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なかなか刺激的な一冊でありました。理科系の私には全てが理解できたとは言い難いですが、折に触れ、読み返したくなる本であります。数々の図表を駆使して、素人にもわかりやすく解説してありました。本のタイトル…は、少々軽いものですが、中身は硬派であります。
特に興味深かったのは、なぜ日本には産業革命が起きずに、江戸時代という世界史的にも希なる長期にわたる平和で、豊かな文化と産業を発展させることができたのか、について言及した部分でありました。「勤勉革命」とは、成る程と納得しましたよ。
新しい本なので、コロナ以降の世界についても言及しております。その部分はタイトルを離れ、著者の予測が書かれているわけですが、「学力」がますます重要になってくる、そして所得の不平等が深刻化すると言われています。貧困は学力にも影響するでしょう。さて、どうするか。これが問題ですね。 続きを読む投稿日:2021.10.31
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ビジネス小説 もしも徳川家康が総理大臣になったら
眞邊明人 / サンマーク出版
ビジネス小説?いやいや現代の問題点をえぐるエンタメ小説
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過去の偉人や英傑をAIで復活させて政権を担わせるという奇想天外な設定ではありますが、とても面白く読ませて頂きました。逆魔界転生みたいなものですね。また、日本史に詳しくなくとも大丈夫ですよ。人物が登場…する度、解説が入ってました。実は私も、理科系で大学受験を世界史選択で通ったもので、萩原重秀という人のことは全く知りませんでした。
さて物語は、「これから、2020年の話をしようと思う。」で始まります。まさに舞台は現在の日本。コロナ禍の中、閉塞感漂う現代に、どうしようもなくなった政府がAIによって偉人達を復活させて、日本の舵取りをゆだねるというストーリーです。歴史上名を残した人はあまた存在しますけど、英傑と称される人は、あの3人でしょう。その中で、なぜ徳川家康が総理大臣なのかな?と思っていましたら、冒頭でガツンとやられます。曰く「家康は、意図的に当時の領土を拡大して成長することを止めた、世界でも希に見る異質なリーダーであった。」な~るほど、と思いました。もっとも未だに領土拡大することが成長だと思っている指導者も世界にはいますけどね。これは経済成長がもはや真の成長ではないと、筆者が主張しているのですな。
家康率いるAI内閣は、次々と有益な政策を実施していきますが、国会の方は全く機能していません。ある意味、一部の賢人による政治です。これは圧倒的多数による与党政治と同じですね。国会が機能しないはずです。とても危険な状況なのですが、違うのは、AIで蘇った人々には、自己顕示欲も名誉欲も、そして彼らに対する評価も定まっていますから、純粋に国を思って活動しているというところでしょうね。いつまでも権力を手放さない、どこぞの輩とは違うというわけです。
ストーリーとしては、AIで蘇った閣僚の何人かが暗殺されるというサスペンスっぽい推理小説の要素、また語り継がれている千葉道場の娘と龍馬との恋物語等、物語としての面白い要素を加えながら、最終盤面でコロナは終息します。そして家康は国民に対し最後の演説をして最強内閣は総辞職します。作者が言いたかったことは、この家康の最後のメッセージに込められているように思います。自由と不自由との折り合いをつける、愚かさを過去から学び、未来をつくるぜよ、と龍馬も語ります。これは今を生きる我々に対する強烈なメッセージです。
物語ではこのあと総選挙が行われ、有権者の90パーセントが投票に出かけたと語られてエンディングを迎えます。ここが現実と全く異なるところです。情けない限りです。どんな資格試験でも7割位取らねば合格はしません。一票の格差を問題視する前に、こっちの方がよほど問題です。
やたら文句だけ言って何も行動しようともせず、また自分の頭で考えもせず、何でもかんでもキチンと決めてくれと叫んで、結局、唯々諾々と従う国民。これは、ナチスの総決起集会で、「総統!ご指示を!」と叫んでいる民衆と同じです。コロナ禍を契機に、変わるべき、いや変えるべきモノは、我々の意識でしょう。
誰かこの小説を実写にCGを交えて映像化しませんかね?舞台が現代では不都合ならば、近未来として、コロナがマズイならば未知のウィルスが蔓延したとして映像化したら、とても面白いモノが仕上がると思いますけど。当局からstopがかかるかな? 続きを読む投稿日:2021.12.05
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同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか
鴻上尚史, 佐藤直樹 / 講談社現代新書
日本で言う世の中は、世間であって社会ではない。なるほど!
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日本には、「社会」というものがなく、あるのは「世間」。それがどういうことなのかが、お二人の対談で明らかになっていきます。すると、最近流行の、自粛であるとか、忖度なんかも見えてくると言うわけです。
… 「権利」というコトバは江戸時代にはなく、明治になってから、rightと言うコトバを翻訳して「権利」というコトバを作ったとの指摘は、大変興味深いものでした。rightというコトバには、「正義」という意味もあり、権利を行使することは正義である。よって、やむにやまれず生活保護を申請することは、恥でも何でもないわけです。しかし、日本では、権利ばかり主張している奴は嫌なヤツとなる。つまり、社会の中では当然のことが、世間では歓迎されないと言うことなのでしょうか。また、自己責任というコトバは、もともと証券・金融業界で使われ、投資者が判断を誤って損失を被っても、自分が責任を負うとの意味だったとか。でも今はどこか、自業自得みたいな使われ方であるのは、ご指摘の通りです。
それで処方箋としては、色々な「世間」を持つことであると言います。会社だけ、家庭だけの世間ではダメだということですね。コレはまぁ、納得できます。ただ、世界標準は一神教であり、神に支えられた個人主義というのは判らなくもありませんが、だとしたらアメリカ等の激しい人種差別はどう解釈すればよいのでしょうか?宗教が違うわけでもないのに、また同調圧力でもありますまい。日本にも勿論、差別はありますが、よってたかって暴行を加えるなどということはないですよね。いやいや、ホームレスに対する集団襲撃事件ってのは、ありましたっけ。
何にせよ、私自身は、正直言って、さぼと息苦しいとは感じていないのは、居心地のよい「世間」にどっぷりつかっているからかもしれません。ただ、お二人の対談は、とても興味深いものではありました。 続きを読む投稿日:2021.12.05
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ねじまき鳥クロニクル(第1部~第3部)合本版(新潮文庫)
村上春樹 / 新潮文庫
希代のストーリーテラー。長編なれど最後まで飽きさせません。
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流石に見事な筆致であります。様々な要素が組み合わされ、ワケがわからないうちに村上ワールドに引き込まれてしまいます。村上春樹史は、カラマーゾフの兄弟のような、総合小説を目指しているそうですが、確かにそ…んな感じなのかもしれません。
オカルトチックでもあり、スピリチュアルでもあり、推理小説でもあり、その中で色濃く反映される戦争、死への陰があったりで、読み終わった後は、正直いって、あれは何だったのかな?という感想というか、幻影が残ります。
ただ、こんなことを書くとハルキストに叱られるかもしれませんが、こういうシーン、みんな好きでしょ?と読者が見透かされているような気がしないでもないんですね。ちょうど、伊丹十三監督の初期の作品みたいな感じかな?勿論、それで読む価値が下がると言うことでは断じてありませんよ。 続きを読む投稿日:2021.12.05
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戦争は女の顔をしていない
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ, 三浦みどり / 岩波現代文庫
戦争は、そもそもヒトの顔もしていない
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読むきっかけはEテレで放送された「100分de名著」です。これは衝撃的でした。
かの大戦におけるソ連に対する私の個人的なイメージは、日ソ中立条約を一方的に破棄したこと、北方領土占領、シベリア抑留…ってところでしょうか。
まさか百万人という大勢の女性が徴兵ではなく、自ら志願して従軍していたとは、まったく知りませんでした。衛生兵や医師としてではありません。狙撃兵等、普通の兵士、あるいは地下組織員としてです。
作者はノーベル文学賞を受賞していますけど、創作ではなく、丹念に聞き取りを行ったモノです。この様な本は、日本にもあるのでしょうか?
日本は侵略戦争はしたことがあっても、他国から侵略されたことがあるのは沖縄ぐらいでしょう。進駐されたことはあってもね。他国と地続きで、いつでも侵入できてしまう大陸に生活している人々とは、そもそも戦争に対するイメージが全く異なったものになるのでしょう。敵が身内を虐殺し、身内が敵を殺すところを目の当たりにすれば、誰しも精神が普通ではなくなると思います。祖国のためにというよりも、自分達の住まう村を蹂躙する相手を敵対視するのは当然のことかもしれません。そして、ドイツ兵がそこに生活する人に対して行った行為は、日本が侵略先で行ってきたこと同じなのかもしれません。今は亡き私の父も中国で工兵として従軍していました。彼の地では橋を作っていたそうですが、引き上げの際の苦労話はよく聞かされましたが、彼の地での無茶苦茶な振る舞いについては、多くは語りませんでした。
ソ連が対峙していたのは、ナチスですが、それに加えスターリンという独裁者に対する思いも複雑に絡み合っていたことも、数多くの聞き取りで判ります。
また、戦後、男は勲章をもらって賛美されても、女性はたとえ勲章をもらって軍功をあげて帰国しても、差別的な色眼鏡で見られてしまったことも、赤裸々に語られます。
この本は、戦争を知らない世代に対して、とんでもない真実を語りかけてくれます。戦争を知ろうとしない世代にだけは、なってはいけないと思います。「100分de名著」の表紙には、「膨大な証言による苦しみの交響曲」とありました。この交響曲に耳をふさいではいけません。 続きを読む投稿日:2022.02.04