くっちゃね村のねむり姫さんのレビュー
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蠅男
海野十三 / 文庫コレクション 大衆文学館
まるで活劇を見るような展開であります。
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たとえると、幼い頃夢中で読んだ怪人二十面相シリーズみたいな感じといったら良いでしょうか。あのレトロチックな感触が蘇ります。どこか夢野久作や江戸川乱歩、そして横溝正史の香りが漂います。
ウィキペデ…ィアでしらべてみると、1938年発表だと言いますから、さもありなんといったところでしょう。
冒頭からどこへ話がいくのかわからないワクワク感で読者を引きつけます。結局、和製フランケンシュタインみたいなところに落ち着いて、んな馬鹿な!と思わなくもありませんが、これが昭和初期のエログロナンセンスの系譜を持った小説の面白いところです。現在の緻密な推理小説ファンには、逆に新鮮かも知れません。 続きを読む投稿日:2020.04.29
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145gの孤独
伊岡瞬 / 角川文庫
思い込んでいるのは自分だけ、ちゃんと寄り添う人は傍にいる
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ライバルに死球を与えたことから立ち直れずに引退したプロ野球選手が主人公。そして彼が始めた便利屋稼業に寄せられる様々な依頼を中心に話が展開する、連作短篇集でした。
当初は、なにも引退したプロ野球選…手を主人公にしなくとも、ひょんなことで始めた便利屋稼業でも良いのではないかと思って読み始めたのですが、さにあらず。読み進めるに従って作者の意図がわかり、また、「145gの孤独」というタイトルが重みを増してきます。これが小説家としての力量なのでしょう。
この物語の主人公ほどではないにせよ、ヒトは誰しも、それなりの人生を生きてくれば、心の奥底にトゲが刺さっているものです。反省?後悔?懺悔?普通ならば何かの折に、ひょっと顔を出す程度のトゲでも結構落ち込むものですが、この主人公のように、余りに深く突き刺さっている場合は、後の人生に多大な影響を与えてしまうのでしょう。でも、それを相談するにも相談する相手が問題ですよね。そして、孤独、疎外感、その結果自ら創り出したのが、あの幻影だったのかもしれません。この物語、一応ミステリーですから、あまり詳しく書くとネタバレになってしまいますから、書けませんけれどね。
ただ、孤独だ孤独だと思い込んでいても、傍に寄り添っていてくれるヒトはいるんですね。この主人公しかり、また便利屋さんに仕事を頼む人しかり。
最後のページは、ハートウォーミングミステリーというだけあって、感動的でありました。
また、物語の本筋と関係ない部分にも興味深い描写がありました。「耳が品のいい女はいろいろ品もいい、耳がだらしない女はいろいろだらしない」う~ん、そんなもんかなぁ。でも、髪で隠れて見えないことが多いよねぇ。それから、ピッチャーが普段から無意識にする指の動作というものにも、興味を覚えました。 続きを読む投稿日:2020.04.29
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誰かが足りない
宮下奈都 / 双葉文庫
10月31日は、ハライで食事を!
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NHKの番組に、「ドキュメント72時間」というものがあります。毎回一つの場所、例えば、ある時は飲食店、ある時は自販機の前、ある時はコンビニ等々、三日間カメラを据えて、そこに集う人々にインタビューする…というものです。当初はパイロット番組のような形でしたが、いつしかレギュラー放送されるようになりました。確か、マツコデラックスさんもファンだとか。当然のことながら、その場所にたまたま来た人であっても、それぞれの人生を生き、それぞれの事情を抱えてその場所にやって来ているわけです。見ている我々は、その多彩な人生に驚いたり、感動したりするわけですが、多分、番組制作を始めた頃は、まさかこんなに多彩な人間模様を描くことになろうとは、制作側も思ってもいなかったのではないかな。
この小説を読んで、その番組を思い起こしました。
この小説では、何人かの人々が、ハライという名の店に10月31日午後6時に予約を取るまでのいきさつを、連作短編として紡いだものであります。考えてみれば、ある日ある時、ある店で、たまたまそこで食事をしている人々には、それぞれの人生があり、それぞれの思いで、その店にやってきているわけですよね。至極当然のことながら、改めて考えると外食したときの意識がちょっとかわります。
タイトルの「誰かが足りない」の意味や、「ハライ」の意味も読み進めていくと明かされていきますが、短編の内容としては、後半になるに従って著者の筆が乗ってきた感があります。
「羊と鋼の森」の作者ですからね、音楽サークルに所属したことのある人なら、「あるある」と思うシーンも出てきます。また、「思い出せるしあわせだけではない。思い出せない無数の記憶によっても人は成り立っているみたいだ。」との指摘は、至極納得の出来るものでした。
考えてみれば、人間は「誰かが足りない」「何かが足りない」と思いながら生きているのかも知れませんね。 続きを読む投稿日:2020.06.03
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なめくじに聞いてみろ
都筑道夫 / 講談社文庫
都筑さんは、ナメクジがお好き?
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タイトルと表紙にひかれて手に取ったのですが、考えてみれば、なめくじ長屋シリーズの都筑さんだから、さもありなんだったんですね。ウィキペディアによれば、発表されたのは、なめくじ長屋シリーズの前だったらし…いので、元々ナメクジが好きだったのでしょうか。
また、「なめくじに聞いてみろ」から「飢えた遺産」に改題され、また元のタイトルに変わったとか言う話も聞きますが、やはりここは、「なめくじに聞いてみろ」の方が良いですね。このワケのわからないタイトルが、ラスト近くの小粋なセリフにきいてきますからね。
ミステリーですから、あまり詳しく感想は書けませんけど、少々レトロチックな感じでなかなか面白かったです。基本的に殺人の話なのですが、主人公は絶対死なないとわかっていても、ドキドキしながら読ませて頂きました。中には、そんな馬鹿な!というような殺し方もありますが、それもまた一興。そして、最後に、なるほどそうきたかと思わせる展開、いやいやなかなかなものでありました。
また、三行半の書き方もわかるというおまけ付きです。昭和版小説的必殺仕事人の物語、オススメです。 続きを読む投稿日:2020.06.03
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若い読者のための第三のチンパンジー:人間という動物の進化と未来
ジャレド・ダイアモンド, レベッカ・ステフォフ, 秋山勝 / 草思社
ジャレッド・ダイアモンドの入門書としては最適
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私は、若い読者ではなく、60を超えたオッサンではありますが、私のような初心者には最適な本でありました。ジャレッド・ダイアモンド氏は、現代の知の巨人の一人であることは、間違いないでしょう。
読むき…っかけは、Eテレで放送していた連続講義ですが、この人の守備範囲の広さには、驚愕するばかりです。
ヒトを人たらしめているものは何か?これは究極の問いですが、ヒトと他の動物の違いの一つを博士はこう指摘してました。「目的を選択できること」さらっとしてますけど、これは重いワードです。本の後半部分で追求しているジェノサイドにも関係してくるでしょう。
また、巻末に掲載されている長谷川眞理子教授の解説も、この一冊を簡潔にまとめられていて、なかなかなものでありました。
タイトルの「若い読者」に惑わされず、若くない人も手に取って見て下さい。 続きを読む投稿日:2020.06.03
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其の一日
諸田玲子 / 講談社文庫
タイトルどおりの内容で、実に味わい深い短篇集
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「其の一日」というのは、全4編の総合タイトルで、統一テーマであります。
作品情報にあるとおり、運命をかえた1日を実に細やかな筆致で、とても味わい深く描いておられます。普通、歴史上の事件を題材に作…られた短編だと、どこか物足りなさを感じてしまうものですけど、この小説群はそんなことはありません。流石に新人賞を受賞した作品で、それぞれ読み終わった後に余韻が残ること請け合いです。著者のうまさが光ります。
レビューを書いておられる方は、皆さん最後に掲載されている井伊直弼暗殺の1編を取り上げていらっしゃいます。勿論、短篇集のラストにもってくるだけあって、最も充実した感があります。でも、私は、恋川春町の息子を主人公にした話を、とても興味深く読ませて頂きました。「金々先生栄花夢」は、昔、何かの折に読んだことがあります。もっとも現代語訳で、ですけれど。恋川春町自身については、何も知りませんでした。この1編もなかなか味わい深いものでありました。自由にものが言える現代は、とても良い時代ですね。とは言え、最近のネット上の誹謗中傷には辟易いたしますが。
粋なセリフも多々ありました。一つ一つのフレーズをあげるとキリがありませんが、井伊直弼暗殺の1編に出てくる、「酒量ってのはね、涙の量できまるのや。それも他人様を泣かせた涙の…。」この一節にはグッときます。いつの時代も、酒は涙かため息か、ってところでしょう。
一冊としてのボリュームも多くはありません。オススメです。 続きを読む投稿日:2020.06.30