崩紫サロメさんのレビュー
参考にされた数
1460
このユーザーのレビュー
-
対岸の彼女
角田光代 / 文春文庫
意味があるって何だろう?
2
「それで前みたいに意味のある仕事を見つけたらどうかってさ」夫が小夜子に言う。
・・・ちょっと待て。この話は今、あんたが「意味のない仕事」と言いたげな仕事、そしてそこで出会う人々の話なのだ。
中盤まで…読んできたところで夫からこんなことを言われては、読者としても引っかかる。そして考える。
「意味のある仕事」って何なんだろう?いや、そもそも何かに対して意味があるというのは、どういうことを指すのだろう・・・?
終盤、小夜子が見つけた「意味のないもの」に泣かされる。
客観的に見たらほんっっっとうに意味のないもの。
でも、ここまで読んできた私には既に意味のあるものになっている。
人生って、そんなことの繰り返し。
ああ、この本を読んだ意味はあった、そう思う。 続きを読む投稿日:2014.09.15
-
あすなろ坂 1巻
里中満智子 / 里中プロダクション
あすなろの木の下、私は何を思うだろう?
2
坂の上の武家屋敷に嫁いでいく芙美。一本の木が見える。
「・・・ひのき?」「いいえ、あすなろです。ひのきに似ていますが、一生ひのきにはなれない木です」
「がんばっているんですよこの木は。「あすはひのきに…なろう」といっしょうけんめいのびて・・・」
「それであすなろ・・・と」「ええ、一生なれないのに・・・」
これが、タイトルの由来だ。
幕末から太平洋戦争までを生きた女たちの四代記とも読めるし、
芙美という一人の女性の長い人生の物語とも読める。
さて、「あすなろ」についての上記の会話を聞いて、肯定的にとらえるだろうか、否定的にとらえるだろうか?
芙美は肯定的だ。
「あしたこそ・・・あしたこそ・・・そういう木なの。かあさまはこの木が大好きなの」
「いつもあしたへの希望を忘れずに生きていきたい かあさまはそう自分にいいきかせて生きてきたわ」
「だからしあわせになれたのかもしれない」
ものを見て、または誰かの言葉を聞いて、どう受け止めるかはその人次第だろう。
それこそ、芙美のように「自分にいいきかせる」ものなのだ。
里中満智子の作品には「自分にいいきかせて生きる」人物が多く登場する。
肯定的にも、否定的にも。
「こうありたい」と思いすぎて自分を苦しめてしまうことも、
「どうせ私は」と思い込んでしまう人も・・・。
激動の時代、多くの登場人物がこのあすなろの木の下で、
自分にいいきかせる。
芙美は主役であるが、芙美だけが主役ではない。
あすなろの木の下、また違った思い、信念を持って芙美とぶつかる子供たち、孫たち。
誰もが真摯に自分の人生に向き合っている。
「全員がシリアスかつ重い問題を抱えている」という描写でありながら、
エンターテイメント性を失っていないため、ページはどんどん進む。
こういうのを昭和の名作というのだ!
ちなみにこの電子版の5巻末には年表と用語解説がついており、さらに、里中満智子によるあとがきがついている。
このあとがき、いや、「あすなろ坂」自体もあすなろの木のようだ。
里中満智子はこんな風にかいた。
で、読者は、どう読むか?それは読者次第だろう。
続きを読む投稿日:2014.09.20
-
エル・アルコン -鷹- 1
青池保子 / プリンセス
真・悪・美の世界
2
少女漫画というのは、だいたい女に都合のいいものである。というか、少女漫画に出てくる男というのが女に都合の良い存在なのである。
でも、そんな男ってかっこいいか?かっこいい男というのは・・・・
女の都合…などに構わず、自らの望むがままに生きる男。
それが、ティリアン・パーシモン、本作品の主人公である。
本来、彼は『七つの海 七つの空』という作品の「悪役」であった。
だが、平凡なヒロインを守る正義のヒーローが勝つという「公式」に欺瞞を感じ、
また、作者自身がティリアンに惚れ込んでいった結果生まれたのが、『エル・アルコン』であるという。
時系列的にいって、『エル・アルコン』の方が先になるので、単独で読んでも全く問題がないであろう。
少女漫画の「欺瞞」に挑戦したティリアンは、ある意味、何者にも媚びない、究極的な「悪」であり「美」である。
だから、当然ながら、現実の「男」とも異次元の存在である。
作者、青池保子自身、絵柄や作風が変わり、今はもうティリアンを描くことはできないという。
(『エロイカより愛をこめて』のエーベルバッハ少佐はティリアンの子孫という設定で描いていたらしいが、すっかり別人・笑)
『エル・アルコン』が描かれた頃の少女漫画の常識も、作者自身も、変わってきている。
だが、読み返してみて、やはり、ティリアンの「悪」であり「美」であるところはなんら変わっていない。
そうか、欺瞞を剥いで、剥いで、剥いでいって残るのは、真・悪・美、ということなのだろうか。 続きを読む投稿日:2014.09.20
-
破妖の剣1 漆黒の魔性
前田珠子, 小島榊 / 集英社コバルト文庫
この話単独でも面白い!
1
以前途中まで読んでいて、電子化を機に最初から読み返してみることにしたのだが、
この巻は、長い物語の始まり、主人公ラエスリールが出会う最初の事件を扱っている。
ラエスリールの物語としては序章に過ぎないが…、この事件の当事者(つまり、さらわれた王女とさらった妖貴)の物語としては、完結した美しく切ない話として読める。
語りすぎず、いろいろと想像の余地を残す展開。
これ一つでも物語として面白かった。
もちろん、ラエスリールの抱える複雑な問題もこの巻で既に提示されていて、結局は続きが読みたくなってしまうのだが(笑) 続きを読む投稿日:2014.07.26
-
エロイカより愛をこめて 1
青池保子 / プリンセスGOLD
ドイツ軍の機関誌でも紹介された!
1
確か何かで作者が「この頃はまだ少女漫画のフリをしていた」、というようなことを語っていた。
というわけで、本シリーズはいわゆる少女漫画ではない(笑)
芸術オンチで任務至上主義のNATO軍少佐と、華麗なる…泥棒伯爵「エロイカ」。
一見まるで何も噛み合ない二人なのだが、「自分の生き方を貫く」という姿勢は共通している。
コメディでありながらハイセンスなのはそのあたりのぶれなさゆえか。
タイトルの通り、伯爵主役のはずの話がW主人公・・・というかやや少佐の方が主役っぽくなっていく過程がよくわかる1・2巻。本編はそれ以降かな?(笑)
是非、3巻の「ハレルヤ・エクスプレス」あたりまで読んだところで評価を下して欲しい作品。
ちなみに、少佐の活躍はドイツ軍の機関誌でも紹介され、軍人の間でも好評だったとか!
一応、伯爵がタイトルロールなんですけどね(笑) 続きを読む投稿日:2014.08.18
-
「少年A」14歳の肖像
高山文彦 / 新潮社
酒鬼薔薇事件に衝撃を受けた人へ
1
以前、少年Aの母親が手記を出版しており、前半はそれと被るところも多い。
ただ、母親の発言について、本人が思っているニュアンスで捉えている、少年がダリの影響をどのように受けていたかが興味深かった。おそら…く母親は理解していなかっただろうから。
母親が理解していなかった、もしくは理解したくなかった精神鑑定の部分をもう少し詳しく知りたかった。
文庫版あとがきに酒鬼薔薇聖斗に恋しているという少女の手紙。著者は「やさしさ」ととらえているが、そうだろうか。私にはその少女の「痛み」であり、「SOS」に思える。
「酒鬼薔薇事件」に何らかの衝撃を受けた人には一読をお勧めする。 続きを読む投稿日:2014.08.30