jin225さんのレビュー
参考にされた数
25
このユーザーのレビュー
-
ハーモニー
伊藤計劃 / 早川書房
絶望的なユートピアと無謀な試みに、彼の魂は救われたのか
4
わたしという一人称で語られる、人類という種が到達し得る一つの絶望的なユートピアの姿を描いた類稀なるSF小説です。ゼロ年代ベストとの評価は妥当だと思います。
詳細はネタバレになるので避けますが、時代と…テクノロジーの流れとしては『虐殺器官』から繋がっていてより未来の話になっているものの、人間の社会とテクノロジーある種のロジカルな発展をしていった末の姿としての違和感はなく、それゆえに恐ろしくもあります。一人称が女性になったせいか、物語の雰囲気としては前作よりも物静かに感じますが、取り扱っているてテーマはより人間という動物の進化に対する深い仮説から成り立っています。
色んな作品へのオマージュに作者の遊びゴコロを感じつつも、作者が実生活で死を見据えた病と格闘する中で記したこの小説が、構成員がみな健康的に生きられる社会と自分の意識の死というものを救い得る物語をそれらに対して否定的な『わたし』の視点から書いているところに、作者自身の死に対する距離感をもった諦観や解放などの感情と、意識を失うことへの憧れと恐怖、を感じてしまいます。
さらに言うなれば、『わたし』の消失を『わたし』が記録することは、体験できる死が常に誰かの死でしかないように原理的には不可能なので、この『わたし』による記録という形式でこの小説を書いたことは、自分の死を描こうとしているような無謀なトライアルに筆者がのぞんでいるように思えてなりません。ひょっとしたら、その無謀な試みにこそ読者は感動させられるのかもしれません。
この絶望的なユートピアと消失する『わたし』を描くことで、少しでも彼の魂が救われたことを切に願ってやみません。 続きを読む投稿日:2014.01.20
-
さようなら、オレンジ
岩城けい / 筑摩書房
おとぎ話ではない、全力で生きていこうとしている人々を描いた物語
4
強く前向きに生きていこう、と思わされる小説でした。
母国を離れてオーストラリアの田舎町に暮らす二人の女性。彼女達を守り慰めてくれるはずの、慣れ親しんだ母国語、友達や見慣れた風景はここには無い。ぶつか…って傷つきながら進んでいく姿はすごくリアルで、胸が痛くなります。自分にとって譲れないものは何だろう?生きていくために本当に必要なものは何だろう?という根本的な問いかけが、二人の女性を通して伝わってきます。これからもきっと、何度か読み返すと思います。
「自分とは関係ない、海外という特殊な環境にいる人たちの話」とは感じませんでした。日本が大好きで、日本にずっと住みたいという人にも是非読んでほしいです。 続きを読む投稿日:2014.01.17
-
1日で学び直す哲学~常識を打ち破る思考力をつける~
甲田純生 / 光文社新書
哲学史の「軸」
1
「常識を打ち破る思考力をつける」、力強いサブタイトルですが、かといって破天荒な思考が展開されているわけではなく、むしろ穏やかに、まさに哲学することへと本書は読者をいざなってくれます。
「哲学を学び直…す」とは、単に哲学史を学ぶことではなく哲学的な真の思考へと身を委ねること、そんな思いにさせてもらえる一冊でした。
ここでは伏せますが、確かに刺激的な一節や単語(例えば、ヘーゲルの「否定性」を筆者はわかりやすく○○と言い換えている。etc... )もあります。これらが本書の魅力の一つであることはもちろんですが、やはりなんと言っても最大の魅力は、筆者がみてとり、浮き彫りにしてくれている西洋哲学史の“軸”なのではないかと思います。
私はハイデガーをいくらか読み、すこしは知ったふうに思っていましたが、筆者が示されている“軸”、つまりアリストテレスやカントとの太く強い連関をこのようには気づけないでいました。「20世紀最大の哲学者」と称されるハイデガー、「影響力の大きさは知っていても、大きさの所以をどれほどの人がわかっているのだろう?」と、そうあらためて考えさせられました。
(本書のように西洋哲学史の解説をハイデガーによって締めくくる、その必然性がヒシヒシと感じられるのです!) 続きを読む投稿日:2014.01.17
-
虐殺器官
伊藤計劃 / 早川書房
旅立つ前の作者の精勤ぶりに脱帽
12
朝日の書評につられて久しぶりに手に取ったハヤカワノベルズ。
生硬な文章,長たらしい漢字の造語にやたらに付された英文字や片仮名のルビが煩わしい前半部を読み通すのに少し時あ間がかかったが,
それでも,伏線…としてちりばめられた沢山のキーワードが一体どのようにまとめられていくのか好奇心を刺激させられる書き出しではあった。
言葉(パロール),言語(エクリチュール),現実と仮象,父の自殺,母の生命維持装置を外す決定,そして罪と罰・・・こうした重い概念やエピソードを読者にさしだすときの著者の語り口は
その勤勉をいささかわかりやすく示しすぎているきらいがあるが,話半ばにさしかかる頃には,新しい知識は物語の勢いにほどよく流されて,違和感は少なくなる。
全章を通して描かれているのは,理性と感情,リアリティとファンタジー,復讐と罰,加害と被害といった対概念が徹底的に個人的具体的な体験(戦闘)の中で,
結局のところ対抗概念足りえない境界不鮮明なアマルガムとして同時に立ち現れてくる諸相である。
著者は,主要な語り手である「ぼく」ことクラヴィスを戦わせるたびに彼にはりついてくる,
よく噛んだガムのように払い落しにくい生と死の双方向への欲動を切り分け,理性(論理)の中に落とし込もうと試みさせる。
しかし予想通りにその試みは大抵うまくいかず,「ぼく」は混沌の淵に近づくばかりである。
彼は,殺しつつ罰せられることを望んでいる。
そう遠くない未来に実現するだろうと予想できる程度の電子装備を身に纏って巧みに任務を遂行しながら,「ぼく」はまたしても生残してしまったことに臍をかむ。
クラヴィスが節目ごと呻くように呟くのは,「地獄はここ(脳の中)にある」という自殺した戦友アレックスの言葉である。
著者の勤勉は,トマス・ホッブズ,ジョン・ロック,デイヴィッド・ヒュームなどによる黙示的な社会契約説から,
社会構築(構成)主義(social constructionism / social constructivism),加害者のPTSD(デーヴ・グロスマン「戦争における『人殺し』の心理学」),
サヴァイヴァーズ・ギルト,ミシェル・フーコーに依拠する監視社会の概念,
その他進化心理学やマイケル・ガザニガらの神経心理学(「脳の中の倫理」)等々に関する書物を読み漁った形跡から窺い知ることができる。
戦闘員の話なのだから当然といえば当然すぎるのだが,本作の至る所から死の匂いが立ち昇っている。
しかしそれは実のところ戦闘の描写に由来するだけではない。
大森望による巻末解説を読んで腑に落ちた。
作品の理解にその作家の個人史に関する知識を用いることにはストイックでありたいと思っているが,
この作家の早すぎる晩年における熾烈な闘病の日々が作品に与えた陰翳の深さを無視することはできないだろう。
作家自身による次のようなWEB上発言が解説の中で紹介されている。
「テクノロジーのために成熟が不可能になっている」主人公に一人称で戦争を語らせようと決めていた。
「テクノロジーによっていくつかの身体情報から切断された結果出現する,ユニークなパーソナリティ」は,
「最新のテクノロジーの成果が投入される軍事領域において最初に起こるだろう」
舞台の外の発言ではあるが,これは現代の若者に関する一つの洞察といってよいのではないだろうか。
社会構造(制度)の進化に伴う個人の成熟の困難性,そしてテクノロジーの進化に伴って剥奪されてゆく身体性。
つまりそれはいわゆる社会制度の成熟とともに未熟になってゆく若者たちを暗示させると同時に,
一見作家の意見とは異なって,何のテクノロジーも必要とせずに現出する解離や身体化の心的メカニスムの再考を誘導する。
少し気になるのは,描かれた極端にネガティブな「母」のイメージだ。
物語の終わりに明らかにされる情緒的ニグレクトを,作家はリアリティの一つとして「ぼく」に変換したというだけなのだろうか。
もちろん家族に贈られた献辞を尊重すべきであろうが,この点については,
本作からわずか数年後に公刊され,遺作となった「ハーモニー」(2008年)を読んだ後に再考したい。 続きを読む投稿日:2014.01.17
-
理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性
高橋昌一郎 / 講談社現代新書
面白い思考実験の数々
2
人は理性的、合理的判断を基に科学というモノサシを使って進歩や進化を遂げてきましたが、それでも生活の中にはまだまだ最善を尽くしたにも関わらず予期せぬ結果を生んでしまう事があります。人の理性的、合理的判断…に限界はあるのか?果たして「選択の限界」や「科学の限界」や「知識の限界」といったものは存在するのか?存在するならばそれはどういった概念なのか?人はそれを知ることが出来るのか?またどう対処すべきなのか?という根源的かつ哲学的問いかけにまで広がる疑問を、様々な専門家が討論をしながら現代の科学、知識の到達点を理解させてくれます。
まず最初のテーマは「選択の限界」について、です。投票、という民主主義の根幹に関わる制度に、実はいかに投票方式(単純に1位を決めるにしても、全体の過半数を超えない場合はどうするのか?や点数を付けた投票方式【1位5点、2位4点、3位3点、4位2点、5位1点等の点数方式】を取るのか、など)が既に公平性を担保出来ていないことに無頓着過ぎるという指摘は、非常に面白かったです。そしてさらに推し進めて考えたのが「アロウの不可能性定理」です。この定理はかなり衝撃的でした。結論だけを書くといかなる投票方式も公平ではない、ということです。そしてそれを知った上での「しっぺ返し」や「囚人のジレンマ」や「チキンゲームは非合理的戦略が最も合理的」といった思考実験がまた面白いのです。
続いてのテーマは「科学の限界」について、です。アニミズムから天動説、そして地動説を唱えることの危険性、つまり宗教的解釈との整合性を科学が破ることについての言及、感情や信仰心を超えた科学の計算によってもたらされたハレー彗星への予言など、事例に基づいた話しを繋げることで非常に分かり易くなっています。そしていよいよ本題の「ラプラスの悪魔」、「光速度不変の原理を導く相対性理論」そしてミクロな世界の不確定性「ハイゼンベルクの不確定性原理」について話しがおよび、量子論を含む観念的な世界へ話しが進みます。これは以前に読んだ「なぜ、脳は神を創ったのか?」苫米地 英人著の私が良く分からなかった部分の話しでもあります。2重スリット実験の結果はかなり考えさせられますし、思考実験「シュレーディンガーの猫」もどうも納得し難い部分もあります。が、最後に来て恐ろしいまでに突き詰めた考え方ファイヤアーベントなる人物の「方法論的虚無主義者」の主張は凄いです。
そして最後のテーマが「知識の限界」について、です。ここでは論理的、言語的ゲームのような世界のパラドックスを例に挙げ、そしてそのゲームを数学の世界に呼応していくと、ゲーデルの不完全性定理を理解し易くなっています。もちろんそれでも私のような者には難しいですけれど。つまりシステム内における完全性を否定出来る、ということなのだと(非常にざっくりした感覚ですが)思いますが、これこそ、神(限定的な意味での、という注釈はつきますが)の存在を否定できうるという論理に繋がっています。そして、最後に「合理的愚か者」の話しで締めくくるのは上手いと思いました。
かなり面白い考え方、知らなかった数学や哲学での意味や定義、そしてそれらを分かり易く理解するためのディスカッション形式での記述、いくつもの工夫がなされていて本当に楽しい読書でした。
思考実験や知らないことを知る楽しみを理解出来る人にオススメ致します。 続きを読む投稿日:2014.01.17
-
雪国
川端康成 / 角川文庫
あらためて感じる日本の良さ
0
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」の始まりはあまりにも有名ですが、他にも、読む人の心を掴んで一気にその風景の中に連れていってくれるような描写が本作品にはたくさんちりばめられています。そしてそ…のどれもが哀しく美しい。
主語や時間・場所の描写が曖昧で、一見、難解で何が言いたいのか分からない気がしないでもないのですが、でもよく読んでみるとその曖昧さが故に感じることができる情景というのがあります。これが分かった時、「ああ、日本って良い国だな」ってつくづく思いました。
続きを読む投稿日:2014.01.15