マンガを掘りつくせ!Manga Diggin’vol.3 『この世界の片隅に』

マンガを掘りつくせ!Manga Diggin’vol.3 『この世界の片隅に』

2017.05.24 - 特集

平成生まれが読む「この世界の片隅に」。
劇場版アニメ映画が大ヒットを記録した名作を若者の視点でご紹介!!

第3回はReader Storeコミック&ラノベ担当の島村が
マイブームに乗じて良質な作品をご紹介していきたいと思います。
どうぞお付き合いくださいませ!

昨年11月に公開が始まると瞬く間にSNSなどで口コミが広がり、大ヒットを記録したアニメーション映画があります。こうの史代原作の『この世界の片隅に』です(監督は『マイマイ新子と千年の魔法』の片渕須直さん)。この映画の原作コミックと関連作品を、僭越ながら‟平成生まれ”の私ならではの視点でご紹介させていただきたいと思います。

私の祖父が本作の舞台となっている広島の呉市近郊の出身で、とても私的な理由から本作に興味を抱くようになりました。米寿のお祝いを来月に控える祖父は、まさに主人公のすずさんと同じ時代、同じ場所を生きた貴重な生き証人なのです。

そんな祖父から戦争や原爆の話を聞かされ、学校では戦争について“決して繰り返してはいけないこと”と刷り込まれて育った私ですが、本作に出会うまで‟戦争”をリアルに感じたことはありませんでした。平成生まれの私にとって、“戦争”はなんだか遠い昔に遠い場所で起こった悲劇くらいの感覚でしかない……。そんな私と同じような感覚をお持ちの方に、ぜひ体感していただきたいのが本作です。

日常と非日常

この物語の中心は、主人公すずさんの日常生活。一見は穏やかな暮らしに感じられるのですが、その影に“戦争”という“非日常”が潜んでいます。空を飛ぶB-29、家の中に落ちてくる焼夷弾、放置されたままの遺体を横目に街を歩く……。戦争も飢えもない時代に生まれた私たちにとっては、とても考えにくい状況ですよね。 そんな私たちの想像を絶するような“非日常”が身近にあるのが、すずさんが生きた時代なのです。今の時代、遺体がその辺に転がっていたら大騒ぎです。食べ物に困るようなこともありません。とても恵まれた時代に生まれたんだなぁと、改めて実感せずにいられません。

戦争という重厚なテーマを扱った作品にあって、本作最大の魅力は‟すずさんの中”に凝縮されています。日々の生活をとても丁寧に描くとともに、すずさんという1人の女性の心を繊細に描いているからです。

戦況が悪くなるにつれて物資や食料は少なくなっていきますが、すずさんは知恵と工夫で家族を支え続けます。野草を葉から根まで使って調理したり、かさ増しする方法で米を炊いたり……。こうの先生はさまざまな資料や文献を元に、戦中の生活を細かに描いています。質素ではありますが、食事が楽しく美味しそうに思えるって素晴らしいことですよね。創意工夫で懸命に生きるすずさんの姿にはとてもリアリティがあり、今も昔も‟がんばる女性の姿”というのは変わらないのだなと思います。

だからこそ私はすずさんに共感し、“戦争”が身近にあった時代を今までよりもグッと身近に感じることができたのかもしれません。遠い昔の時代……、そんな風に感じられる71年前の広島の生活を、すずさんの姿を通してのぞいてはいかがでしょうか。

「この世界の片隅にうちを見つけてくれてありがとう。」

すずさんが夫・周作さん(かわいい! イイ男!)に送るこのセリフ。深いですね。言ってみたいですね…!
そんなロマンティックでキュンとするシーンが多いのも本作の魅力です!

こうの先生のマンガ表現の多様さ、面白さ

こうの先生のマンガ表現の多様さ、面白さ

ストーリーもさることながら、こうの先生の表現方法の多様さにも要注目です。(※少しネタバレあり)

作中、心象風景や背景がすずさんの描いた絵のようなタッチになったり、回想シーンが墨絵タッチになったりします。シーンごとに変化するタッチが物語により深みを与え、読者の想像力を膨らませてくれます。

映画公開前、私は呉市立美術館で開催されていた「マンガとアニメで見る こうの史代『この世界の片隅に』展」を訪れました。そこには、こうの先生が実際に描いたマンガ全ページの生原稿が展示されていて圧巻でした! 丁寧な線で描かれた原画の美しさ……。キャラメルが登場する原画の近くには、当時の実際のキャラメル箱を展示していたり……。虚構と現実が混じり合うような演出が施された、とても面白い展示でした。マンガを読むだけでも‟すずさんは実在していたのでは…?”と錯覚してしまうくらいなのですが、ますます‟本当にいた”のではないかと思ってしまいます……‼

物語の途中、すずさんは右手を失ってしまうのですが、先生はその後の背景のペン入れをあえて左手で行ったそうです。その歪んだ背景は、まるですずさんの傷ついた心を表しているよう……。

さらに、重要な登場人物であるリンさんの人生を回想するシーンでは、口紅を画材として使ったということにも衝撃を受けました。コミックはモノクロですが、原画は美しく鮮やかな朱色で描かれていたのです。

このようにシーンや人物の心情に合わせて画材や表現技法までも駆使して描く、こうの先生のこだわりや仕事の細やかさに脱帽させられます。ぜひ、作画の細かな部分までチェックしてみてください。

「ヒロシマ」を知る

『この世界の片隅に』は戦争終結までのすずさんの人生を描いた物語ですが、現実世界での戦争の爪痕はさらに先の時代まで影響を及ぼします。

『この世界の片隅に』より以前に、こうの先生は『夕凪の街 桜の国』という作品を描いています。こちらは戦後の広島を生きる人々と、疎開などで離れ離れになった彼らの家族の物語です。日常生活や人間模様を中心に描かれているのですが、ここでも原爆の影が呪いのように付きまといます。

私にとってこの作品も、これまで知ってはいたけどなんとなく避けてきた「ヒロシマ」と向き合い直すいい機会になりました。

この『夕凪の街 桜の国』という作品も、ただ単に戦争の悲劇だけに焦点を当てた作品ではありません(だから私も読めたのかな……と)ので、ぜひ『この世界の片隅に』と合わせて読んでみてください。

映画『この世界の片隅に』は現在も全国拡大上映中です。未見の方はぜひ映画館に足を運んでみてください。私も原作コミックを読み込んで、もう一度見に行こうと思います!

(本記事は2017/1/17に、【es】エンタメステーションに掲載されたものです)

コンシェルジュ・プロフィール

島村

Reader Storeコミック&ラノベ担当。映画とマンガをこよなく愛しています。りぼん育ちのゆとりアラサー。夏は盆踊りを嗜みます。1年中夏だったらいいのに。

コンシェルジュ・プロフィール

クーポンコード登録

登録

Reader Storeをご利用のお客様へ

ご利用ありがとうございます!

エラー(エラーコード: )

本棚に以下の作品が追加されました

追加された作品は本棚から読むことが出来ます

本棚を開くには、画面右上にある「本棚」ボタンをクリック

スマートフォンの場合

パソコンの場合