東川篤哉 新作『はやく名探偵になりたい』単行本&電子書籍同時発売記念インタビュー
2017.05.08 - 特集
※本記事は2011.9.20時点のものとなります。
携帯を持たず、パソコンはワープロ用
――電子書籍は初めて見られましたか?
東川篤哉(以下H):そうですね。いいですね。
――噂では、携帯電話をお持ちではなくパソコンも主にワープロ用だと耳にしました。
H:デビュー前の90年代初めに会社員をしていたんですが、その頃はまだ携帯もパソコンもみんなそんなに持っていませんでした。会社を辞めてデビューするまで8年くらいあったのですが、その間はずっとアルバイト生活で携帯やパソコンが必要なかったんです。持たないまま2002年にデビューしたら、逆に珍しがられたので、いっそ持たない方が良いかなって。
――調べものは図書館でされるんですか。
H:そうですね。どうしても必要なときは図書館に行きます。でも、調べずに想像して書いていることが多いですね。
――新作『はやく名探偵になりたい』で「リアリティなんぞクソ食らえってんだ」と鵜飼に言わせていましたね。
H:いや、あれはJRAのウインズ後楽園で実際に見た風景なんです。リアリティがあるネタだからこそ、逆に書きました。
――今回の新作のタイトル『はやく名探偵になりたい』は東川さんがつけられたんですか。
H:そうですね。『妖怪人間ベム』の台詞みたいな(笑)。タイトルを考えるときに何にもないところから考えにくいので、過去の他ジャンル作品のタイトルをもじったりすることをたまにします。最初は『はやく探偵になりたい』だったんですが、最終的には『はやく名探偵になりたい』にしました。
――東川さんの小説には、これまでの名作推理小説や映画、野球の知識がたくさん散りばめられています。
H:そうですね。自分の趣味嗜好は反映されていますね。というより、知っていることしか書けないから、なるべく自分の知っていることに話をよせていこうとしている感じはあると思います。
キャラクターの描き方
H:あるシチュエーションの中で、どうしたら自然にボケるキャラクターになるかなというのは考えますね。簡単に言うと、階段があったらこけて落ちるみたいなことですね。
――ボケやすいキャラクターといえば?頻繁に階段から落ちてくれるような(笑)。
H:それは鵜飼ですね。動いてくれるキャラクターとなかなか面白くならないキャラクターがいます。
――ちなみにそれぞれ誰ですか?
H:動いてくれるのは鵜飼とか流平です。
――苦労するキャラクターは?
H:烏賊川市シリーズの砂川警部ですね。砂川警部を書き始めた時はまだ書き方もよくわかっていなくて、『謎解きはディナーのあとで』の風祭警部を書いて、設定を決めてキャラクターを書くってこういうことか、と気がつきました。砂川警部にはちゃんとしたキャラクターがなく、警部という存在、役割があるだけなんですが、風祭警部にはお金持ちの御曹司で見栄っ張りという設定がちゃんとあるんです。だから砂川警部が捜査をやっていると、どうしても普通の刑事になってしまう。そこはちょっと失敗というか、登場させたのがデビュー作でまだ書き方がわからなかった。でも、鵜飼たちにもあまりキャラクターに設定らしい設定はなくて、変な私立探偵ぐらいの漠然としたイメージしかつけていません。顔や格好もあまり書いていないですし、鵜飼も流平くんの義理のお兄さんだったはずなんですけど、その設定もどこかにいっちゃいました。凄くいい加減なんですよね(笑)。
――作家さんによっては履歴書を作って、緻密に作られる方もいますよね。
H:そういうのはないですね。あまり細かく決めると、最初の一話は良いけどその後が困るんじゃないかなと思って。『謎解きはディナーのあとで』が、キャラクター設定をちゃんとした作品だと思うんですけど、鵜飼は、どこにでも登場できるような割とオールマイティな名探偵で、そういう意味では使いやすい探偵ですね。
――単独で存在するというよりは、その場に入っていくことで活きてくるキャラクターなんですね。
“名探偵になりたい”けど、なってほしくない探偵・鵜飼杜夫
――今回、暇だったはずの鵜飼が急に忙しくなりました。
H:短編だからどうしても事件の数が増えてしまいましたね。本当はそんなに忙しくない探偵のはずなんですけど(笑)。
――しかも鵜飼は今作で、タイトル通り名探偵になりつつあるなと思いました。
H:そこが難しい。鵜飼には名探偵になってほしくないんです。もともと阿呆な出来の悪い探偵として登場したのに、最終的には謎を解くという意味では矛盾した存在。だから階段から落っことしたりしてるんです。『交換殺人には向かない夜』のときが最初だと思うのですが、雪の上で滑って転んで頭を打って、それで何か閃くんですよ。それ以来、鵜飼が賢くならないまま謎を解いてもらうために、階段から落ちて閃くとか池に落っこちて閃くとか、そういう苦労をしながら書いていたりします。
――頭を良くさせないためにいろいろと手を施しているわけですね。
H:そうですね。
――新作では初めて砂川たち警察が登場せず、鵜飼と流平だけで解決していきますね。
H:短編だから鵜飼中心で考えました。事務所の家主の朱美さんも出ませんでしたね。砂川たちが出ないのも、鵜飼中心に書いていたらたまたまそういう事件になっただけです。
――ユーモアを表現するとき、ギャグや内容を活かすための設定を考えますか?例えば今回はお金持ちがたくさん出てきますよね。
H:ちょっとお金持ちが出すぎですよね(笑)。でも、探偵小説ってよくお金持ちが出てくるじゃないですか。横溝正史とかシャーロック・ホームズでもたくさん出てくるし、そういうものかもしれないですね。出過ぎてちょっとまずいかなとは思ったんですけど、それが探偵小説だろうという気もしています。
――ある種の典型に対して、忠実なかたちをとったと。
H:そうですね。
――今回、鵜飼シリーズで初めての短編ですが、いかがでしたか。
H:特に意識はしなかったですね。長編の方が書き始めるのに時間がかかるとか、単純に分量が多いから書きにくいとかいうことはありますけど、特別やり方に違いがあるかというと、そんなことはないと思います。
――長編、短編に限らず、どこから書き始めるとかは決めているんですか。
H:最初に考えるのはトリックです。トリックというか、その作品の中心になるミソというのがあって、それを活かすためのシチュエーションや登場人物を考えていくという順番です。
――今回、短編5篇からなる作品ですが、ご自身で一番上手く書けたなというのは。
H:一番最初の「藤枝邸の完全なる密室」は、僕の作品としてはちょっと変わっている作品です。本格ミステリーというよりも本格ミステリーにまつわるパロディ小説になっています。それがお薦めというか、読んでみてほしいです。
ミステリーというジャンル小説
H:そうですね。ミステリーを手段として何かを描くというのではなくて、ミステリーが目的で小説が手段なんです。
――なるほど。読者は東川さんの小説を笑いながら読んでいると思うのですが、ご自分で書いたもので笑うことはあるのでしょうか。
H:笑ったりはしないですけど、気に入った場面が書けると嬉しいですよね。書き手としても、読者としても活字で笑うことはないんです。
――そうなんですね。泣いたりもしませんか?
H:泣くこともないですね。映画とかでは泣くんですけどね。活字だとミステリーのロジックとか、なるほどと思うところが僕にとってはツボで、笑うとか泣くとかいうことはあんまりポイントにないんです。
――映画からネタをもってきたり、パロディをしてみたりというのは?
H:それはありますね。『交換殺人には向かない夜』はパトリシア・ハイスミス原作、ヒッチコック監督の『見知らぬ乗客』からだし、『ここに死体を捨てないでください!』もヒッチコックの『ハリーの災難』です。でもパロディとかネタを使おうとしているわけではなくて、『交換殺人には向かない夜』であれば、交換殺人といえばと自然と頭に浮かんだくらいの関係です。『ここに死体を捨てないでください!』も『ハリーの災難』に似ているなと思って書き始めたのですが、結局途中からそんなに似なくなったのであえて触れることはしませんでした。
――書き始めのきっかけではあるけれども、パロディという意識ではなかったと。
H:というより、僕は『ハリーの災難』という話が死体を捨てにいく話だとずっと勘違いしていて、改めて観てみると別にそういう話でもなかったという(笑)。
説明のつかないことに説明をつけること
――本を読むことは、ご自身の中でどういう楽しみですか?
H:僕がミステリーを読む楽しみは、解決篇を読むことです。説明のつかない事に説明をつけて、納得させてほしいんです。それって、漫画やドラマ、映画ではあんまり味わえないことなんですよ。解決篇の謎解きでそれまでの全ての伏線を回収しながら、説明をつけていく快感は活字が一番優れています。
――東川さんの読者にもそういう快感に浸ってもらいたいと?
H:はい、そうあってほしいですね。
東川 篤哉の作品
烏賊川市(いかがわし)で探偵事務所をひらく鵜飼杜夫(うかいもりお)のもとには、なんとも不思議な事件が舞い込む。鵜飼のはた迷惑な言動に、助手の戸村流平(とむらりゅうへい)は振り回されっぱなしだ。今日も今日とて、鵜飼のドタバタ推理が冴え渡る!『謎解きはディナーのあとで』で本屋大賞を受賞、東川篤哉の人気シリーズ短編集!
探偵・鵜飼のライバル刑事・砂川と志木の失態で持ち逃げされてしまった拳銃が、事件を呼び起こす。烏賊川市の名門十常寺家の一人娘さくらの花婿の座を巡り三人の男プラス1が、事件と平行して争います。随所に盛り込まれたギャグが、伏線を巧妙に隠すユーモア本格。
猫一匹見つけた報酬が120万。家賃を滞納し続ける名探偵は、その依頼に飛びつきます。しかし、そう簡単にそんな大金が手に入るはずはありません。依頼者である豪徳寺豊造は、10年前に殺害事件が起きたビニールハウスで殺害されてしまいます。猫はどこにいるのか、犯人はどこにいるのか。
夫の不倫を調査して欲しいと依頼された鵜飼は、朱美と共に使用人として善通寺家へ入り込みます。一方、流平は『密室に向かって撃て!』で出会ったさくらと友人の別荘へ。交換殺人はいったい誰と誰の間のものなのか。トリックを二重三重にと贅沢に使った、著者もオススメする一冊。
鵜飼探偵事務所に来るはずの依頼人が来ない。それもそのはず、その人はとなりのビルで殺されてしまっているのだから。殺した春佳の姉、香織はここに死体を置いておいてはいけないと動き出します。そして巻き込まれる様々な事件。大胆なトリックといつものギャグも、5作目において高い完成度を見せています。
Profile
東川 篤哉 (ひがしかわ とくや) ミステリー作家
1968年、広島生まれ。岡山大学法学部卒業。2002年、光文社のKappa-One新人発掘プロジェクトに応募し、『密室の鍵貸します』で本格ミステリー作家としてデビュー。架空の地方都市・烏賊川市を舞台にした「烏賊川市シリーズ」(光文社)や、恋ヶ窪のはずれにある架空の高校「鯉ヶ窪学園」探偵部が活躍する「鯉ヶ窪学園シリーズ」(実業之日本社)で知られる。2011年には『謎解きはディナーのあとで』(小学館)が本屋大賞を受賞し、近く続編も発売される予定。