オタク入門? 陰キャ恋愛バイブル?『げんしけん』の魅力を紐解く

オタク入門? 陰キャ恋愛バイブル?『げんしけん』の魅力を紐解く

2018.04.20 - 特集

2002年から2006年まで講談社「月刊アフタヌーン」で連載していた、木尾士目のコミック『げんしけん』。主人公的な位置付けの笹原完士(ささはら かんじ)を中心に、都内の大学にあるオタクサークル「現代視覚文化研究会」(通称・現視研)での出来事を描いた作品(2010年-2016年に続編「二代目」も連載)です。今回は「オタク」を軸に展開するこのかなり濃ゆーい作品の魅力を解説します。

――春、笹原完士(ササハラカンジ)は意気込んでいた。『ある種』のサークルに入ると決意していたからである。サークル部屋から広がる楽しい大学生活を等身大で描く、アキバ系青春物語!!

まぜるな危険!? 男の園に異分子を放り込むとどうなるか……。

今でこそオタクと言えば男女どちらのことも指しますが、2000年代の「その筋の界隈」は男社会だと考えられることが多かったと記憶しています。本作の舞台「現視研」も連載当初は、むさ苦しい野郎どもがアニメやマンガの話に花を咲かせる大学サークルとして登場。しかし、一般人代表の春日部 咲(かすかべ さき)や、腐女子代表の荻上千佳(おぎうえ ちか)ら異分子の加入によって、その雰囲気は変わってゆく。「オタクの生態」を細かに描写し、それを楽しむ前半と、「オタクの恋愛」を悲喜たっぷりに紡ぐ後半。本作はざっくり分けるとそんな二部構成と言えます。

連載当初の「現視研」の日常。ウザい。フツーの人も飲みの場ではこうなりますけど。

随所に散りばめられたアニメ・マンガ・ゲームのパロディ。元ネタを検証するのも、また一興。

まずは春日部 咲(以下、咲ちゃん)の導入例から。咲ちゃんはその筋のジャンルに全く興味がないにも関わらず、たまたま顔で選んだ彼氏・高坂真琴(こうさか まこと)がガチのそっち系で、仕方なく現視研に加入してしまう。観てるアニメもジブリくらいで、しかも「アニメ」じゃなくて「ジブリ」という枠。わかります? 作中にもありますが、「アニメ」のアクセントからして微塵もオタクじゃない。

一般人の咲ちゃんは、“ア”にアクセントを置いてます。僕は“ニ”派です。

咲ちゃんは、いわゆる一般人キャラで、オタクに嫌悪感すら抱いている存在として登場します。しかし高坂目的で現視研に入り浸り、その文化とメンバーに触れるうちに、現視研が彼女にとって徐々に居心地のいい空間になってくる。

高坂は、超絶美少年なのに中身はガチガチのガチ。にも関わらず当時「気持ち悪いサブカル」扱いされることがほとんどだった「アニメ」「マンガ」「ゲーム」を迷いなく全力で愛する彼をサンプルとして、本作では「それ系の人が趣味を生き様にしている様子」が細かく描かれているのも特徴。咲ちゃんの存在によって、その見え辛さや彼らへの偏見も巧みに描かれています。

高坂の自室に足を踏み入れ、自分の半端さを痛感する笹原。グッズ描写の細かさにも注目を。

ホモが嫌いな女子なんかいません!!!!

そして、対照的に描かれるのが荻上千佳(以下、荻上ちゃん)。過去にあった「ある事件」のせいで咲ちゃんとは全く違うベクトルでオタクを嫌っている人。実はガチで「腐って」いるし、ファッションには疎いしコミュニケーションもド下手。メンドクサい系女子が好物の僕に言わせたら、そんな屈折が可愛くてたまらないのですが、実際に身近にいたら扱いに困る難物です。

そっち系サークルに出向いておいて「オタクが嫌い」と宣言する荻上ちゃん。んな無茶な…。

本作には「ホモが嫌いな女子なんかいません!!!!」というキレっキレなセリフがあります。あまりに有名なので解説は省きますが、このセリフを引き出したのは荻上ちゃんの「女オタクが嫌いです」発言。かなり煮詰まった自己否定。

『げんしけん』最強の名台詞。帰国子女&レイヤーの大野さんは、いろいろ振り切れてます。

笹原を主人公だとするならば、荻上ちゃんこそが本作のメインヒロインだと断言できるでしょう。嫌悪感を持ちながらも自分がそっち側であることをやめられない彼女の全てを受け入れることによって、連載1回目から一貫して影の薄い笹原が、より主人公らしい役割を演じるようになる。彼女と笹原のエピソードは「妄想は誰にも止められない」という本作のひとつの主題らしきものを描き出します。

高坂のようなガチ勢を前にして、自分の覚悟の足りなさを認めてしまうような、ちょっと一般よりのオタク、いやオタク寄りの一般人でしかなかった笹原は、荻上ちゃんという難物オタク、そのカルマと向き合い恋愛を成就させようとする。

性癖を告白した荻上ちゃんを笹原は優しく(かなり頑張って)受け入れる。作品に説得力を持たせる上で欠かせない重要ワード。

お互いを受け入れるために避けて通れない儀式の最中。エロい。

人気No.1!? 斑目というヒロインとは

『げんしけん』には、実は第3のヒロインがいます。それは「現視研」二代目会長の斑目晴信(まだらめ はるのぶ)。え? 男ですよ、はい。

2次元だけを愛すると豪語しつつも、“男勝りな一般人”の咲ちゃんに恋心のような微妙な感情を抱くとこ、想いをどうしても言い出せないとことか、それ少女マンガのヒロインな! 彼こそ「THEオタク」。高坂のようなガチヲタまで行ききれず、かと言って笹原のようなヌルヲタでもない、程良くディープなところで魂が捻くれてしまった感じ。おそらく読者人気No.1。オタクの最大公約数的なキャラは感情移入しやすいんでしょうね。

「主人公は笹原じゃなくてどう考えても斑目」という説もありますが、むしろ「第三のヒロイン」なのではと主張していきたい

最近は『ヲタクに恋は難しい』や『タイムスリップオタガール』のような作品が流行していますが、オタクの恋愛というテーマで最初にヒットしたマンガは、この『げんしけん』なんじゃないかなあと。オタクという生き方にすべてを捧げ、欲望に忠実に生きる人たちの存在が広く認知され、誤解や偏見を持たれながらも市民権を得つつあった時期に、この作品の連載が始まったのは非常に象徴的。読者は、作中それぞれのキャラに自分の姿を投影したり、彼らに憧れたり(生態を楽しんだり)、という二重の面白さがあった。

人付き合いが苦手なことをステレオタイプに描かれがちだった彼らなのに、大学生活をエンジョイし、恋人がいたりもする。仲間とダラダラ話して時間を過ごしたり、同人誌を作って売って盛り上がったり、結構充実してる。生活のためのバイトに追われサークルに入りさえしなかった自分としては、「こんな大学生活も、ありだったかもなあ!」という若干の後悔の念に駆られたりもします。

 

オタクが白眼視される時代は終わりました。だからこそ、それぞれ等しく劣等感を持っていた時代のオタクの恋愛を描き切った『げんしけん』という作品は、その時にしか誕生し得ない奇跡的な作品だったのではないか、と考えてしまうのです。

 

この作品を勧めてくれたのは、上級腐女子の知人。「君の知らない世界だ。いいから読め」と。オタク素養の自覚はあったものの、ホンマもんの世界は正直よく知らなかった。男性・女性の両方のオタク像を描いた『げんしけん』は、そんな自分に新しい知見を与えてくれた作品なんです。ラブコメとしての完成度もさることながら、オタクを知るための入門書としても最適。ぜひご一読を。新しい世界が開けるかも? ですよ。

『げんしけん』シリーズはこちら

木尾士目先生の最新作が「アフタヌーン」で連載中!

文・Reader Storeスタッフ Y

中学まではアニメ○ト通い、色気付いた高校・大学時代は洋服を買い漁り、結果、どっちもイケるハイブリッド型に。最近ツボったマンガは『少女終末旅行』(サブカルかっ)。初めて買ったアニメ誌は「アニメディア」(メーテル表紙の創刊号!)、ファッション誌は「チェックメイト」(トシがばれるなあ)。

 

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