他人との距離感に悩むあなたに 『少女ファイト』の名言を読む

他人との距離感に悩むあなたに 『少女ファイト』の名言を読む

2018.02.27 - 特集

今回紹介するのは、日本橋ヨヲコ先生の最新作『少女ファイト』。2006年の連載開始から実に10年以上をかけて主人公の大石 練(ねり)とそのチームメイトたちの成長を描いてきた本作の魅力、とりわけその名言について、Reader StoreスタッフYがつらつらと書いてみたいと思っています。

「あの日から、友達は作らないって決めたんだから」大石練(おおいしねり)・15歳。バレーボールの名門・白雲山(はくうんざん)学園中等部に在籍。練はずっと自分を抑え続けていた。小学校時代に全国大会で準優勝したチームのキャプテンであったほどの実力を隠しながら。集団スポーツの中で、自分を殺さなければいけない理由は――。それでもバレーを辞められない想いとは――!! バレーボール群像劇スタート!【1巻著者:日本橋ヨヲコ】

「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな」

本作はスポーツものではなく、群像劇です。部活としてのバレーボールを扱っていますが、それは舞台装置に過ぎません。本作の魅力をひとつだけに絞るとするならば、「人との距離感」。その捉えがたさを「名言」を用いて見事に描いているところ。

もっとも有名なセリフはこれでしょうか。

ネット界隈で有名なこのセリフは、序盤で主人公の練に突きつけられるもの。印象的なセリフを読者に突きつけてくる本作の象徴とも言える

奔放なようでいてそれぞれに自分の殻に閉じこもりがちな登場人物たちに共感している、対人恐怖症ぎみの僕がいます。
人間関係って難しいですよね。僕は誰かと話す際は、何通りもの応答パターンを想定してコミュニケーションに臨む。「それって失敗がなくていいよね」と言われたりもしますが、そんなことはない。あらかじめ想定していたパターンのほとんどは実際には役に立たないので非常に効率が悪くて、とにかく疲れる。誰に対しても、もっと思うがままにふるまえたら楽だろうなとは思うんですけど。『少女ファイト』は、そんな「疲れる」性格のキャラクターがたくさん出てきて悩み、そして活躍する。
この「お前の中ではな」は、他人の考えを勝手に想像してしまって恐怖したり憎悪してしまう、人間関係の距離感を測るのが苦手な人が自分の殻を出ていくきっかけを与えてくれるセリフなんです。

「特別な人間なんていねんだよ」

この作品で僕が一番好きなセリフ、というか好きな場面、まあ一番を決めるのは難しいんですけど(笑)、強いて挙げれば、バレー部コーチのセリフ「特別な人間なんていねんだよ。そいつが何をやってきたかが特別なだけだ」。

「自分がふがいないのを才能やセンスのせいにすんな」という強烈な発言に続く、厳しくも愛に溢れた一言。

『少女ファイト』では、主人公の練をはじめ「天才」が多く描かれています。僕自身「こいつ天才か!」と思うような人と仕事をする機会に恵まれることがしばしばあります。そういう人たちと一緒に働けるのは嬉しい反面、己の無能感に打ちひしがれたりもする。そんな時に、このセリフが沁みます。厳しくも背中を押されるというか。自分の凡人っぷりを痛感しても前に進める気がしてくる。傍目に天才にしか見えない人にも、案外と僕のような対人恐怖なところがあったり、陰の努力がものすごかったり、結局この「そいつが何をやってきたか」が大事なんだなと思い知ったりします。

実はこの「そいつが何をやってきたか」というのは、ほかにも共通するというか、対応するセリフがあります。例を挙げると、練が最初に入った中高一貫の白雲山中学から物語の主な舞台になる黒曜谷高校に移籍する際に白雲山中のコーチが言う「私はやる気のない天才より 努力した秀才を選ぶ」。こんな大事なことを、超端役にも語らせちゃうあたりに日本橋先生の「人への向き合い方」の描写に対する強いこだわりを感じます。

「生き方が雑だと言ったんだ」

あるいは、黒曜谷のコーチと同じく、死んでしまった練の姉の元チームメイトである陣内監督が言う、「生き方が雑だと言ったんだ。そのままではいつか自分に殺されるぞ」。
登場人物は、みな魅力的なんですが、この陣内監督が一番でしょうか。最初に挙げた名言「お前の中ではな」は、不慮の事故死を遂げた姉の死因を「当時チームメイトだった陣内監督が姉を頼りすぎたからだ」と思い込む練に対して幼なじみのシゲルが口にした一言。練の姉・真理とペアを組んでいた陣内監督が、真理が試合の直後に事故死したことに責任を感じていないはずはない。
死んでしまった真理に義理立てするように独り身を貫き、毎日の墓参りを欠かさず、バレー部の監督なのに常に喪服にといういでたちを崩さない陣内監督。義理堅さ極まれり。でもその極端さも愛しくなるくらい、人と真摯に向きあって生きてるんだなあ彼女は、と。

陣内監督初登場シーン。雨が降りしきる墓地、真理の墓の前で「もう疲れたよ」と涙ぐむ練に、喪服に和傘の謎の人物として現れてこう言い残して去っていく。

「辛い思い出なんて私がバレーで殺します」

『少女ファイト』に限らず、日本橋先生のマンガに登場するキャラクターはそれぞれが重いトラウマやコンプレックスを抱えています。そのキャラたちが物語の中でどう自分自身と向き合っていくか、というところにテーマを置いている作品が多い。克服するのではなく、折り合いをつけていくというのが現実的で好きなんです。人の本質はそんな簡単には変わらないですから。

陣内監督初登場シーンを取り上げましたが、これは最初に挙げたシゲルの有名な「お前の中ではな」と同じ第4話(第1巻 fight4)なんです。白雲山から黒曜谷に進学することになった練が、真理のことを思い出して(自分の殻に)引きこもってしまう回。天才なのに生きづらい、その生きづらさに溺れてすぐ窒息しそうになる弱さがある。それが練です。
そんな練が、個性豊かな黒曜谷のチームメイトたちと試合や練習をして変わっていく。その象徴とも言えるセリフがこちら。

これぞ日本橋ヨヲコ節! しびれます。

曲者揃いの黒曜谷チームが初めてのぞむ新人戦で、それまで暴走したり悪目立ちしたりして「狂犬」と言われていた中学時代のことを引き摺る練が、黒曜谷には「わたしがみんなといたい」と吹っ切れて前向きモードになったときのセリフです。
このセリフが出てくる第7巻で黒曜谷が対戦するのは、かつてキャプテンたちと因縁のある元チームメイトたち。練の白雲山でのトラウマをきれいになぞるような構図に対して、そんな思い出は自分が打ち勝ってみせると力強く宣言する。
もちろん、これは最新の14巻までの道のりからすれば折り返し地点までの話。練にはまだ乗り越えなければならない試練が待ち構えています。

今回取り上げたのは、いずれも『少女ファイト』を象徴するような名セリフたち。日本橋先生の画面作りも魅力的(ダイナミック過ぎるアタック描写、ユニフォーム姿のフェティシズムなど)な本作のほんのいち側面をご紹介しただけです。最新巻ではいままさに全国の選抜大会(春高)まっただなか、これからの展開にまだまだ目が離せません。

『少女ファイト』シリーズはこちら

文・Reader Storeスタッフ Y

最近は『宝石の国』のアニメにどハマりして、年度末の繁忙期にも関わらずに何度も(えーと、20回くらい?)繰り返し鑑賞。『宝石の国』は原作もアニメも、それぞれ別な魅力があり、近代希に見る「マンガ原作のアニメ化の超・成功例」といって差し支えないです、本当に。『少女ファイト』との共通の魅力は、カメラワークとフェティッシュなエロ。

 

クーポンコード登録

登録

Reader Storeをご利用のお客様へ

ご利用ありがとうございます!

エラー(エラーコード: )

本棚に以下の作品が追加されました

追加された作品は本棚から読むことが出来ます

本棚を開くには、画面右上にある「本棚」ボタンをクリック

スマートフォンの場合

パソコンの場合