作家インタビュー:谷津矢車

作家インタビュー:谷津矢車

2017.05.03 - 特集

※本記事は2014.11.7時点のものとなります。

20代の時代小説家。知識が必要なジャンルだけに、この響きにあまり期待できないと思う人もいるかもしれません。ところがこの作家、その若さに似合わない正確な知識と歴史理解、そしてそこからあえて飛翔する勇気ももっているのです。期待の作家に聞く、創作と歴史のこと。

谷津矢車インタビュー

―「人間はイデオロギーだけで生きているんじゃない。人間の思いで生きているんだ」

―「人間はイデオロギーだけで生きているんじゃない。人間の思いで生きているんだ」 ・・・谷津矢車というペンネームですよね?

谷津矢車:僕の家の家紋が八つの矢車を象った家紋で、それに因んでいます。有名人だと服部半蔵もそうで、滝沢馬琴も丸がない八つ矢車です(ウェブ家紋帳)。

・・・時代小説を書くと決めたタイミングでつけられたんですか?

谷津:それより以前に、アマチュアの小説サイトで活動する時につけました。その時は、現代物やSFを書いたりしていましたね。

・・・そうでしたか。その後、時代小説でデビューされて、4冊の時代小説を出されています。

谷津:大学で歴史学を専攻していたので、人様よりは多少歴史に詳しいというのはあると思います。20代後半で時代小説を書ける知識があることを珍しがっていただいているので、ある意味では悪目立ちしているというのはあるかと…(笑)。

・・・なるほど(笑)。それは作家として強みですよね。そもそも歴史の何がお好きだったんですか?

谷津:歴史にハマったきっかけを思い返すと、祖父母と一緒に見ていた「大岡越前」や「水戸黄門」が最初です。小学校3年生ぐらいで、池波正太郎の小説「鬼平犯科帳」にハマり、その後、いま映画化でも話題のマンガ『るろうに剣心』に5年生ぐらいで出会っています。そこで幕末に思いっきり入り込んでしまったんです。新選組だの、“悪即斬”(作中の斎藤一のことば)だの(笑)。そこから歴史を、物語だけじゃなく事実としても知りたいと思い始めました。

・・・マンガがきっかけなんですね。『るろうに剣心』では、時代そのものと人の魅力、どちらに惹かれたんですか?

谷津:人ですね。百何十年前に志を持って実際に斬り合いをした人がいるという、人間のダイナミズムに惹かれました。奈良本辰也さんという歴史家が、「人間はイデオロギーだけで生きているんじゃない。人間の思いで生きているんだ」というようなことをおっしゃっていて、それに感銘を受けたことも大事な契機です。

―「こうしか生きられない」というような業を持った人

―「こうしか生きられない」というような業を持った人 ・・・小説を書き始めたのはおいくつの時ですか?

谷津:14歳の時で、いままで続く中2病の始まりです(笑)。最初に書いた作品がなぜかすんなり書けてしまって、あまり苦労をした記憶がないんです。思いつきで書けちゃった、みたいな。おそらく、いま書いてもそれなりのものになると思います。大河ドラマの「新選組!」で、堺雅人さんがやっていた山南敬助という人を主人公に据えるという、中学生にしてはなかなかマニアックな作品でした(笑)。ちなみに思い返していただきたいのが、大河ドラマの「新選組!」は2005年。ということは、それより前に僕は彼を取り上げて書いていたんです(笑)。

・・・(笑)。堺雅人を見る目も変わりますね。

谷津:ええ、「いい仕事しやがるぜ!」みたいな。ここまで話すと、なんとなく中学校時代の僕が見えてくると思います(笑)。

・・・25歳で歴史群像大賞を受賞されてデビューされていますが、受賞までには他の賞にも出されていたんですか?

谷津:いろいろ出しましたが、かすりもしませんでした。最初に歴史群像大賞に応募した時の全体講評に「歴史を書くだけで満足するな」、つまり事実を追うだけではなく、そこから先の物語をつくらなくてはいけないと書かれていました。それを読んで、「じゃあ、極端に物語に振って書いてやろう」と思って書いたのが、歴史群像大賞優秀賞受賞作なんです。

・・・史実よりも物語を重視すると。

谷津:そうです。その講評を書いた人が今の僕の担当になるのですが、後に「あの講評、毎年書いてるんですよね」と言われましたけど(笑)。毎年、史実を組み合わせるだけで満足しちゃう人が多い、ということなのかも知れません。歴史自体がそもそも物語性を持っているので、それを引き写しちゃうだけで物語を書いているつもりになってしまう、というのはありますね。耳が痛い話です(笑)。

・・・小説を書かれる時はどういう手順で書かれるのですか?

谷津:まず気になった時代や人の歴史的経緯を調べて、事実関係を整理します。歴史的事実は、たいてい大きな出来事が飛び石のように点在しています。その飛び石の間にある、史実として語られていない空白部分について「これは何を意味するのか」、「この間に何が起こったのか」ということを考え続けた末に、その空白を埋めてひとつの物語性のある小説にしていきます。

・・・今まで書かれた4作は、いろいろな主人公がいますが、どの人物も「こう生きねばならない」とか「こうしか生きられない」というような業を持った人間が多く描かれていました。

谷津:まず、僕が作者として愛せる人間を書いてしまう癖があります。そうするとやっぱり自分に似てきてしまうところがあります。

・・・『蔦屋』の蔦屋重三郎は、いまご自身がいらっしゃる出版業界の人間です。何を思いながらの執筆でしたか? 自分はこの中で誰だ、みたいなことは考えていましたか?

谷津:ある程度は、登場人物と現実の人を置き換えられるように書いています。大きな声では言えないんですけれど(笑)。僕自身は、ある意味で歌麿的なところがあります。書きたいものを書いてきて、これからもずっとそうしたいと思っている人間。歌麿の言葉は、結構僕の本音だったりします。

・・・先ほど、史実と物語性のお話が出ましたが、これまでの作品では、そのバランスをどう考えられていますか?

谷津:できる限り事実は反映しようと思っていますが、おもしろさと事実がバッティングしてしまった時にはおもしろさを取るようにしています。

・・・全体の整合性よりも、物語としての整合性が大事ということですね。

谷津:実は『蔦屋』でも、嘘はついてないけれど事実関係をいじっているところがあります。写楽が登場する辺りのところなんですが、嘘ではないけれどぼやかしているんです。まだご指摘をいただいたことはありませんが、もしどなたか気づかれた方がいらっしゃればご連絡ください(笑) 。編集さんも気づいていないと思います。

・・・読者は日本史を学校で習っても、特別好きな人以外はだんだん忘れていきます。そうした時、読者との距離感みたいなものは意識したりしますか?

谷津:すごく考えます。『蔦屋』の時も蔦屋重三郎は有名人でみんな知っているだろうと思っていたら、知らない人だらけで、距離感を痛感させられました。詳しい方むけに書いたら学術論文になってしまいますし、かといって何も知らない人むけに書くとすごく冗長な文章になってしまう。

・・・同世代にむけて歴史小説を書くというジレンマがありそうですね。

谷津:だからデビュー作では、意図的に同世代の人むけに現代を映して書いています。若者の持っている閉塞感というか、上から押さえつけられているような感覚を跳ね返していく気概を書きたかったんです。

―歴史を扱う作品は、翻訳と似たようなものだと思う

―歴史を扱う作品は、翻訳と似たようなものだと思う ・・・歴史小説を書く人として、物語を書く以外に読者に何か働きかけていくべきという意識はありますか?

谷津:やはり、著者が語っていくべきなんじゃないかなと思い始めています。小説家が自作の解題をするべきかどうかはわかりませんが、いろいろな講演会やトークショーで歴史について話して、少しずつでも「歴史はおもしろい!」「歴史・時代小説は最高」という発信をしていくべきだろうと思っています。だから、和田竜先生がデビューした時は、本当に「やられた!」という感じでした。『のぼうの城』では、自分がやりたいことを全部やられたと言ってもいいかもしれません。何より時代背景がわからなくても素直におもしろい。普通の読者でも、大谷刑部と石田三成の友情はよくわからないけどいいと思えるし、歴史ファンから見てもあの友情はありで、その後の歴史的展開を思うとさらに胸熱だよねとなるように書かれている。

・・・史実を踏まえると、それがさらにおもしろく読めるようになっている。

谷津:さすが和田先生です。調べてみると、なぜ大谷刑部と石田三成にあれほどの絆があったのか、そして最終的にどうなるかわかれば二度おいしい。そういう仕掛けをしっかり残してらっしゃるんです。

・・・読者に解釈と研究の余地を残しているわけですよね。時代小説だからこその可能性は、そういうところにあるんじゃないですか?

谷津:そうですね。結末をみんな知っている、というのはやっぱり他の文芸にはない特徴だと思います。信長は本能寺で焼かれて自害するのは歴史的事実な訳ですし、幕末は薩長が勝つことは調べればすぐわかる。結末ではない部分で魅せるということを強く求められているのが、歴史・時代小説なんですよね。

・・・作家と読者の共犯関係のようですね。現代小説は結末が分からない宙ぶらりんな状態だけど、時代小説は読者を引っ張っていくある意味でも約束がすでにあるわけですよね。

歴史物は結末がわかっているだけに「ここで伏線張っているな」というのが分かりやすいけれど、それは逆に「ここで伏線張るなんて、うまい!」みたいに反転もするわけです。「ここでピッチャー変えてくるのか」「わかるよ、監督」みたいに、野球を見ている気分に近いかもしれません(笑)。ある意味で高みの見物を楽しむ分野なのかなと思うこともあります。今回『洛中洛外画狂伝』の文庫化にあたって、狩野永徳と松永弾正久秀の後日談が収録されています。それは文庫化での後出しですが、元々あったエピソードを伏線に改めて物語に仕立てています。

・・・『洛中洛外画狂伝』は現代の写しになっている部分があるとおっしゃいましたが、いまの社会に対してある人や歴史を当てはめるのか、書き始めたてから当てはめるのか、どちらなんですか?

谷津:半々ですね。『洛中洛外画狂伝』は、歴史的事実を調べていく内に、「ああ、狩野永徳という人は、23歳でこんなにすごい絵を描いている。天才だなぁ。でも23歳でこのプレッシャーは大変だったろうな」、「そう言えば自分とほぼ同い年だ」と思いながら、現代の状況や感覚を引き寄せました。逆に『蔦屋』は現代の状況やイメージが先にあり、それを過去に投影しています。実は、松平定信公のモデルはとある著名な政治家です。名前は書けませんが(笑)。

・・・読者の想像にお任せしましょう(笑)。小説家はそうした社会情勢を反映していくべきだと思いますか?

谷津:なくてもいいと思っています。小説にはいろいろな効能があるので、ある一時の暇つぶしであっても全然構いません。別に社会に対する批評がなくてもおもしろい小説はおもしろい。『蔦屋』という作品を書かせていただく際の一番おもしろい方法として、現代をバカにするというやり方をとっただけ。読むのはあくまで現代の人なので、現代の人が読んでおもしろくないといけません。時代物を書くときに話題になる口調も、当時の言葉を復元して書くことに意味があるのかなと。歴史を扱う作品は、翻訳と似たようなものだと思うんです。当時あった出来事を翻訳者である歴史小説家が現代に書き直しているという。そうすると、当時の言葉を正確に引き写したところで、おそらく読んでもらえません。だったら現代語に直しちゃえと思うんです。

―僕は騒がせ屋

―僕は騒がせ屋 ・・・ご自身を歴史小説家としてどう思われていますか?

谷津:僕は騒がせ屋だと思っています。若いという事実を踏まえて世間様や周囲の期待を僕なりに解釈すると、「好き勝手暴れます」みたいな感じなのかなと(笑)。だから騒がせ屋兼壊し屋ですね。

・・・先ほどおっしゃった史実からの飛躍も含めてということですよね。

谷津:そうですね。ある意味、いままで書いたものは歴史物ではやっちゃいけないというか、あまりやるべきでないことを意図的にやらかしてきましたから。

・・・その意図というのは?

谷津:少しずつ現代物に近づけていこうということです。現代物で認められているやり方を歴史物に移入するという。それって今までできなかったというか、やっている人が少なかった。いまの僕だったら若いから許されるみたいなところがある。若気の至りだからすいませんねぇ、みたいな(笑)。

谷津矢車(やつ やぐるま) プロフィール

1986年生まれ。東京都出身の戯作者(小説家)。
中学生の頃から小説を書きはじめ、2012年に第18回歴史群像大賞優秀賞受賞。
2013年『洛中洛外画狂伝』でデビュー。
小説の執筆だけでなく、原案提供も行っている。

谷津矢車 作品一覧

蔦屋

谷津矢車 / 学研

¥1,362 (税込)

江戸・吉原に生まれ、黄表紙や浮世絵などの版元として次々とヒットを飛ばした蔦屋重三郎。喜多川歌麿、東洲斎写楽、十返舎一九らを売り出し、アイディアと人脈で江戸の出版界に旋風を巻き起こした異色のプロデューサーの生きざまを描く!

江戸で浪人となった青年・夏島丈衛門は、ひょんなことから“喧嘩最強”の経営指南所「唯力舎」に入塾することになる。若き師範であるたえとともに、「犬の接待」から「大店の再建」まで、唯力舎にくる様々な依頼を自分にとっての“妙手”で解決していく。

気は優しくて力持ち。15歳の大石進は、身長2メートル、体重120キロの大男。筑後柳川藩の剣術・槍術指南役の跡取りだが武芸試合で呆気なく敗北を喫し、勘当されてしまう。強くならなければ、武士ではいられない。もがく進の前に現れたのは、一人の少女・・・・・・。剣豪・大石進が自分の型を極めるまでを描いた爽快・歴史エンタテインメント小説!

その絵は、誰のために、何のために、描かれたのか? 狩野派の若き天才が挑んだのは、一筆の力で天下を狙う壮大な企てだった――。天才絵師・狩野永徳が「洛中洛外図屏風」完成に至るまでの苦悩と成長を描いた話題作文庫化。下巻に特別描き下ろし短編を収録。

その絵は、誰のために、何のために、描かれたのか? 狩野派の若き天才が挑んだのは、一筆の力で天下を狙う壮大な企てだった――。天才絵師・狩野永徳が「洛中洛外図屏風」完成に至るまでの苦悩と成長を描いた話題作文庫化。下巻に特別描き下ろし短編を収録。

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