時を超えるエンタメ小説(2)

時を超えるエンタメ小説(2)

2017.07.25 - 特集

-好奇心の本屋-

本を読むことは、人生の路地を増やすこと。

抑えきれない好奇心。ちいさな好奇心。
ただただ楽しく、時を過ごしたいという好奇心。
きまじめな好奇心。ばかばかしくて下らなくて、まるで悪友のような好奇心。
その曲がり角の向こうには、まだ見ぬ”景色”が待ちうけているかもしれません。

◆書店員№001 尾之上浩司(おのうえこうじ)◆

本が織りなす路地は、ふかくて複雑です。その”景色”のワクワクやドキドキを楽しむために、その道に詳しい路地裏探索人の方に登場していただきます。

評論家・翻訳者として、リチャード・マシスンの名作『ある日どこかで』『アイ・アム・レジェンド』や、映画のノベライズ『スター・トレック』シリーズなどを担当してきた尾之上さんは、特にSFジャンルでは時間ものが得意とのこと。内外の作品はもとより、未訳の英米作品にも詳しく、ここでしか読めない情報も出てくるかもしれませんよ。

では、今週のおススメ・コラムに参りましょう。

SF系の第1回に引き続き、今回も時間ものについてご紹介します。

前回は「個人がなんらかの時間の変動に巻き込まれる、もしくは、個人が自分から通常の時間の動きに逆らって行動する」パターンをまとめました。

逆境にさらされた主人公が、時を超えることでそれを乗り越える場合もあれば、本人の意志とは無関係にタイムリープによって未来や過去に移動し、困難にぶつかる物語もあります。前者の変形が<サクラダリセット>、後者を部分的に活用しているのが<涼宮ハルヒ>のシリーズにあたります。

「個人の時間」と「世界の時間」

“個人”が時間の変動にさらされることによって生まれるファンタスティックな物語に対して、歴史の流れ全体が、いまいるわたしたちのそれとは違っている世界を舞台にしたパターンの物語もあります。

これは<歴史改変もの>と呼ばれています。

このパターンのわかりやすい代表作が、映像化された作品が多いことで、いまでも幅広い読者のみなさんによく知られている作家、フィリップ・K・ディックの『高い城の男』(ハヤカワ文庫SF)です。

名作映画『ブレードランナー』の原作でもある『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(ハヤカワ文庫SF)の作者ディックは「自分がいま感じているもの、目にしているものは、本当に現実なのか?」という思いにかられながら数多くの作品を書いていたことで知られています。自分の記憶に疑問を抱く主人公をえがいた二度も映画化された『トータル・リコール』(ハヤカワ文庫SF・作品集)などが、その典型ですね。

ディックが数々の賞に輝いた代表作『高い城の男』(ハヤカワ文庫SF)は、人類の歴史に対する疑問をかたちにしたような内容でした。「もし、第二次世界大戦で枢軸側のドイツや日本が勝っていたら、世界はどうなっていただろうか?」

ちなみに、わたしたちがいまいる世界と比べて、どこかがひとつだけでも要素が違っている別の世界――たとえば、あなたが今朝7時に起きた世界と、7時1分に起きた世界が別々にあって――無数の微妙な違いがある無数の似た世界が無限の束のように並び、時間の流れができているという考え方があって、これを「並行世界(パラレルワールド)」と呼び、時間ものの物語を考えるうえで重要なポイントになっています。

『高い城の男』では、戦争の結果が逆転したあとの歴史と世界が、どんなふうに“わたしたちの現実”と変わっていったのを細かくえがくことで物語としての面白さを追っているわけです。なので、こういうパターンの設定は、えてして現実の反面教師としての並行世界を楽しむように作られています。

ドイツと日本が世界の大多数の文化を支配していることで、社会の様々な部分に異様なゆがみが発生。ユダヤ人弾圧を進める、全体主義的社会がどんどん広がっています。

そんな社会で密かに流行っている本が『イナゴ身重く横たわる』。第二次世界大戦で連合国側が勝った世界の、架空の歴史をえがいた小説です。わたしたちのものとはちがった歪みかたをしている世界って、どんなの? 『イナゴ身重く横たわる』の作者について何者? この2点が読みどころでしょうか。

現在(2017年)、『ブレードランナー』の監督だったリドリー・スコットの制作で『高い城の男』がテレビドラマ化され、日本でも放映中です。原作をお読みになってから、ぜひ、その美しくも恐ろしい世界観を楽しんでみてください。こちらも傑作です。

ドイツ・日本などの枢軸側が第二位世界大戦に勝利した、我々とは別の時間線にそって進む世界。ナチスによって世界の道徳がむしばまれ、偉そうな日本の軍人がアメリカ人を下層階級として扱い、読者側とは傾向の異なる差別や歪みが蔓延している。そんな世界で、ホーソーン・アベンゼンの著『イナゴ身重く横たわる』が流通していた。ドイツと日本が負けた“別の世界”を描いたSF小説である。歴史の大きな転換点の結果がどちらに転んでも、より良き世界になるわけではないことを実感させてくれる、皮肉たっぷりの傑作メタSF。

『高い城の男』から半世紀が過ぎて

『高い城の男』が発表されたのが1962年。もう半世紀上前です。この設定を、21世紀の現在にもういちど形にしたらどうなるだろうか? 

『高い城の男』のファンだったピーター・トライアスが、そんなことを考えました。そして誕生したのが、日本でも翻訳されてすぐに話題となった『ユナイテド・ステイツ・オブ・ジャパン』(ハヤカワ文庫SF)です。

やはり第二次世界大戦に日本やドイツが勝って、それから40年もの歳月が流れた並行世界が舞台。別の1980年代後半の世界には、わたしたちの世界と同じようなゲーム文化や巨大ロボットメカ文化が広がっていて……(笑)。表紙をご覧になるとわかるように、ディックよりも遥かに先を行くオタクな異世界が生まれているわけです。

表紙で思い描くのとはちょっとちがいますが、ガンダムやマクロスみたいなものも出てきます。ギラーモ・デル・トロ監督の巨大ロボット映画『パシフィック・リム』あたりを思い出す読者もいらっしゃるでしょうね。

でも、基本は『高い城の男』のパロディと、日本文化を使ったお遊びです。なので、最初に『高い城の男』を読んでおいたほうが、面白さがもっと膨らみますよ。

第二次世界大戦で枢軸側が勝利した、われわれとは異なる歴史上の現代。とはいってもディックの『高い城の男』よりも半世紀以上たって書かれた作品だけに、そのアレンジはもっとエンタメ寄り。大戦でアメリカ側が勝った架空歴史設定のゲーム――禁制品の<USA>――をめぐって、日米それぞれの登場人物の駆け引きが演じられる。ハリウッド的なもの、アニメ的な側面も含めて、ジャパン・カルチャーでめちゃ遊んでいる小説だ。表紙や口絵に惹かれたら、ひとまず読んでみること。読者の期待を色々と弄んでくれる点も含めて、楽しみましょう。

時を超えることの意味

“タイムトラベル”ものには「歴史というものについて改めて考え直すきっかけになる」という側面があります。

さらに、その考えかたの延長線上に「歴史の実像を確認する」というポイントもあるのです。

たとえば、太平洋戦争の実体験を持つ人がみんな七十代以上になっている現代。その子供や孫の世代のわたしたちは、1940年代の日本がどんな世界だったのかを知りません。歴史の教科書のささやかな記述や写真を通じて、想像するだけです。

こうの史代さんの『この世界の片隅に』(双葉社)がアニメ映画になってどんどん広まり、原作もより多くの読者の心をつかむことになったのも、「太平洋戦争」という言葉しか知らない、さらには「太平洋戦争」があったことさえ知らない層が、それに気づいて興味を持ったからでしょう。

でも、たとえば、昭和の時代の日本の生活や文化でさえ、生まれていなかった人には見当がつきません。バブルの時代ってどんなふうだったのか、とかね。

そんな歴史の実像を再確認することの意味を教えてくれるのが、名匠コニー・ウィリスの『ドゥームズデイ・ブック』です。

タイムトラベル技術の確立によって、過去を具体的に調査できるようになった学生が、中世という危険度のきわめて高い時代へと旅立ちます。衛生問題、モラルや差別や暴力の問題など、じつに具体的に現在と過去との違いをこまかく説明してくれるので、読者もまるでその時代に旅しているような気持になれる傑作です。

これが面白ければ、同じ設定を使った続編『犬は勘定に入れません――あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎』もあります。

過去へのタイムトラベルが可能となった21世紀中期。科学者はじかに過去へ転位し、その時代を具体的に観察することができるようになっていた。大学の史学部女子学生キブリンはリスクの高い14世紀へと旅立つが、予想を超えた試練が彼女を待っていた。コニー・ウィリスという作家は、キャラも、背景も、段取りもきっちり描く巨匠の一人。この代表作のひとつでも、その書き込みによる迫力とスリルを存分に味わえます。SFというよりも、中世歴史小説やヒロイン成長小説として楽しめるので、女性読者におススメ。ヒューゴー賞他受賞。

蒸気機関が発達した別世界――スチームパンク

1984年にウィリアム・ギブソンが“電脳空間”というアイデアをもとに『ニューロマンサー』というSF長篇を発表。これがきっかけで物語や映像ファッションの世界で「サイバーパンク」のブームが起こりました。

いまでは、人間の脳神経を機器に接続して意識を拡張させる、なんていう設定はごく一般的なものとなっていますが、『攻殻機動隊』(講談社ヤングマガジンコミックス)などの作品が一般的なものになるまでには何年もかかったのです。

この「サイバーパンク」に触発されて、英米のファンタジー作家たちが提案したのが「スチームパンク」です。

“電脳空間”とはまったく逆のローテク、蒸気機関が主体の世界観が文化や産業の中心になっていて、イギリスのヴィクトリア朝の世界がそのまま残っている。でも、作品によっては魔法などの法則も存在しているような世界観、とでも表現すればいいでしょうか。

このムーヴメントの代表作と呼ばれているのが、じつは「サイバーパンク」の中心的作家でもあったウィリム・ギブソンと、ブルース・スターリングの二人が発表した『ディファレンス・エンジン』です。

産業革命時に数学者チャールズ・バベッジが「差分機関(ディファレンス・エンジン)」を発明し、蒸気機関がわたしたちの世界よりもはるかに発達した19世紀半ばのイギリス。そこで主人公たちによる(異様な)冒険が展開します。

いえいえ、別に難しいところなんてありません。たとえば、あの大ヒットマンガ『進撃の巨人』(講談社コミックス)だってスチームパンクのひとつと考えられているぐらいですから。


“スチームパンク”ブームを流行らせた2大巨匠ギブスン&スターリングが“差分機関(ディファレンス・エンジン)”誕生により、蒸気機関がもっと発達をとげた世界を描いた、“スチームパンク”小説の金字塔。すべてが蒸気によって動く、まるでモノクロのハードボイルド・アメコミのような世界で、時代にもルールにも縛られない男女が、大掛かりな謀略に巻き込まれていく。近年のエキセントリックなSF系アニメが好きな人なら、この景色やキャラたちにすんなり融合できるはず。先走っていた傑作に時代がついに追いついたのだ。

おちゃめなスチームパンクはいかが?

スチームパンクものは技術的に制限がかかっているからこその、独特な世界観や物語の面白さが楽しめる作品が多いですね。なかでも本国よりも日本のほうが話題になっているのが、考古学と人類学を学んだ(マニアな)イギリスの才女ゲイル・キャリガーの小説です。

これも19世紀のイギリスが舞台。シャーロック・ホームズが活躍していたヴィクトリア朝ですが、キャリガーの作品ではそこに吸血鬼や人狼(じんろう)など様々なモンスターが人間とともに生きていて、場合によってはSF的、また場合によってはファンタジーやホラー的な事件が起きて、おちゃめで型破りで活発な女子主人公がそれに挑むという少女マンガの王道パターンです 。

スチームパンクと少女マンガの融合? ヴィクトリア朝のイギリスは、吸血鬼や人狼(じんろう)など、妖しいモノが人間社会に普通に混じわっている異世界。そして冒頭、襲いかかってきた吸血鬼を愛用のパラソルで刺し殺すところから、主人公のアレクシア女史、ぎらぎらと輝いています。それをきっかけに、彼女はモンスター絡みの事件に関わることになりますが……。いかにもイギリス風のキャラに舞台、そして女流作家ならではの衣装などの描写のこだわりといった、歴史もの好き読者の心をくすぐる小技が満載。エンタメSF好き必読です!

ファンタジーやSFの女性ファンだけでなく、ヒストリカル・ロマンス小説のファンにもおススメです。

もうすぐ(2017年)劇場アニメ版が公開になる、大和和紀さんの名作古典『はいからさんが通る』(講談社コミックス)にときめいた、昭和生まれで大正ロマン好きな女性読者のお口にも合うかもしれません。

 

尾之上浩司(評論家・翻訳家)

時を超えるエンタメ小説、第一回コラム

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