職業作家の生活と出版環境 日記資料から研究方法を拓く
和田敦彦(著)
/文学通信
作品情報
作家、とりわけ、忘れられた作家やマイナーな著述を研究するとはどういうことか。どういう表現を、どういう作家や資料を、文学研究はとりあげるべきなのか。研究方法そのものを問い直し、文学研究の意義や方法を新たに見出していこうとする書。本書は、ある一人の職業作家の、生活と出版環境との関わりに踏み込み、作家や小説の価値をとらえなおそうとする。そこではどういう点に、作家を研究する意味、面白さは見いだせたのだろうか。その作家の半世紀にわたる詳細な日記から、小説の解釈、あるいは作家の伝記的な事実確認といった従来の文学研究を超えて、生活者としての作家の情報をもとに、出版・読書環境を浮き彫りにし、その変化をとらえ、戦後の長い時間的なスパンの中で、作家が職業として読み、書く行為をとらえる。本書により、文学研究は、その対象や方法の可能性を広げ、他の研究領域と問題意識や関心を共有してゆくことも可能になるであろう。本書は論考編と日記データ編の二部構成となる。論考編である第一部「作家とメディア環境」は、それぞれの論者の問題意識から日記データを活用しつつ展開した論文によって構成。そして第二部「日記資料から何がわかるか」は、日記データのうち、作家の生活に大きく作用していることが日記からうかがえるテーマを中心に、日記本文が読めるよう日記の記述を抽出し、集成する。最後に人名リストを付す。執筆は、須山智裕/加藤優/田中祐介/中野綾子/河内聡子/大岡響子/宮路大朗/康潤伊。
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職業作家の生活と出版環境
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~日記資料から研究方法を拓く~
編者:和田敦彦
執筆者:須山智裕/加藤優/田中祐介/中野綾子/河内聡子/大岡響子/宮路大朗/康潤伊
発行:2022年6月15日
文学通信
榛葉英治(しんばえいじ)という作家は、純文学の作家だが、作品は文壇から評価されつつも芥川賞を取ることが出来ず、生活のためにエンターテイメントに寄った作品、戦後に使われ始めた「中間小説」やカストリ雑誌の「通俗」小説の領域で糊口をしのいだ。
そうしているうち、1958年には「赤い雪」で直木賞を受賞する。今なら稼げる作家としての切符を手にしたようにも思えるが、あくまで純文学作家としてのアイデンティティーを持つ彼は直木賞作家としての自己像に満足せず、1962年の日記に「直木賞作家から決別する決意がついた」と書いている。
ただし、思うように仕事の依頼が来ない。書いても書いても単行本化の話が消えていく。直木賞を受賞しているのに生活に困窮し、悩みながらもカストリ雑誌に小説を書く。カストリ雑誌とは、戦後間もないころの粗悪な焼酎に代表されるカストリ酒から取った言葉で、出版自由化にともなって粗悪な紙で続々と出た雑誌。エロやグロで人気を得るものが多かった。そこで原稿を書き、生活費を稼いだ。「純文」「中間」「通俗」の狭間で葛藤しながらの、彼の作家生活は、結局、生涯にわたって続くことになる。
この本は、純粋な学術書である。編者の和田敦彦氏は早稲田大学教育・総合科学学術院教授で、執筆者の8人も、4人は博士の学位を持ち、3人は博士課程修了、1人は大学院生という、研究者たちである。そして、この本の目的は、文学研究において新たな可能性を探っていくことにある。榛葉英治という作家が、日記を残していたこと、それによってどれだけ研究ができるか、そのあたりを探ろうとした試みでもある。ただし、われわれ文学の素人が読んでも、とても面白い一冊になっている。それは、一人の作家に関する調査分析という面だけではなく、言葉は悪いが「覗き見」的な欲求を満たすものでもあるからだと思う。直木賞まで取った作家が、生活に困窮し、カストリ雑誌に書かざるを得ない自分に嫌気がさし、常にそんな自分に決別しようと決意を新たにし、そのためには酒をやめようと何度も何度も日記に誓う。そんな姿がなんとも愛おしい、一人のキャラクターと化している。不謹慎だが、面白かった。
構成は、前半が「論考編」で後半が「データ編」。論考編では、執筆者6人がテーマを立てて論文を書いている。データ編では、六つのテーマを立てて、それに関連する彼の日記を集めて紹介している。このデータ編が面白い。
「作家の経済活動」というテーマではこんな調子だ。カストリ雑誌には書きたくないが、お金は欲しいという葛藤が出ている。
・1951年3月7日(39歳):「モダン生活」の社員くる。アンコールもので、1万5千円出すという。断わる。(中略)「モダン生活」のことを考える。金は必要、名は惜しい。妥協案として、匿名で出すことを考える。明日交渉してみるつもり。(1万で)
・1957年5月25日(45歳):全然、収入の宛がなく、明日より、どうして良いか方法がない。夕食後、妻にもそのことを云った。税務署の者がきて、月末に二千円収めないと、無警告で家を競売にすると云ってきた。
・1992年(80歳):日経に預けた「建礼門院」あてにならないので、いよいよ家を売る交渉を役所としなければならないか。
「雑誌メディアへの言及の変遷」では、カストリ雑誌「りべらる」への執筆に関する葛藤などが日記に見える。
・1950年1-12月:「りべらる」に書いたために目に見えない傷を負ったようだ(5/7)。「りべらる」より、依頼あり、絶対やめるように決心していた仕事をまた引き受ける(12/3)。
・1954年12月5日:「おんな読本」の告白ものを金のためにいやいや書いている。
・1954.10.23:書きたくない「夫婦雑誌」の匿名実話を書いている
・1954.10.25:泣くような思いで、「夫婦生活」の読物を書く
「飲酒・節酒と職業作家」では、過度の飲酒と、その悔悟や反省、節酒や禁酒、再びの飲酒という繰り返しについて書いている。自分の本来の姿である純文学者で成功できず、糧を得るために不本意な「通俗」や「中間」に手を汚し続けている自らに対し、駄目なのを酒のせいにし、断酒をすることで文学的な出直しをはかる、そんな思いが日記から感じられる。1971年1月21日、59歳の時に書いた禁酒打開策の日記がとてもおもしろい。
→すべてを好転させるのは禁酒だ。これ以外になしと心から悟った。(夜半)。自分の一生は酒のために失敗した。 その害、
①肉体的健康を蝕む。②アタマを悪くする。記憶力減退。気が変わり易い。思考のチ密さと持続性をなくす。思いつき(フィーリング)で事を行う。③生活上、世間的な活動力をそぐ。④社交ぎらい、人間嫌悪、隠遁根性、臆病、嫉妬、無駄な怯れ、強迫観念。⑤破廉恥、借金をはじない。どうにでもなれ主義。⑥酒の酔いに逃避してそれで満足する。
これでは行先は自殺しかない。
打開策
禁酒。しかし愚かなことに、これを書き乍らショーチューをのんでいる。
①晩酌やめる。②軽く夕食。食後TVをやめ、読書に楽しみを見出す。③世間的成功、金もうけに欲望を転じる。④節酒(禁酒ができないので)、禁酒日をつくる。二日に一度、三日に一度。⑤釣り、江見生活。⑥外出時に、立飲みしない。代わりに書店にはいる。⑦要するに「酒に代わる楽しみ」を見つけることだ。女。世間的欲望、釣り。これは禁酒しなければ実行の可能性うすれる。
禁酒をしようと決心するために酒をのむという滑稽な現象。
*******
榛葉英治の作品中、最も文壇で活発に取り上げられたのは「蔵王」。純文学を標榜する彼の代表作であるが、「肉体文学の新版である」と表されたのには不満を持っていた。戦争で中断していた芥川賞が復活した1949年の第21回芥川賞では、林芙美子らも推薦した「蔵王」だったが、「文藝」編集長の杉森が選考委員の丹羽文雄に候補の可否を尋ねたところ、「その必要はない」と言われ、候補にならなかった。当時は、文芸誌に登場した作家は該当しないという不文律があった。
榛葉は晩年に出版した自伝「八十年現身の記」で、「私としては第二十一回芥川賞をとっていれば、その後の苦労はなく別の道を歩いていたかもしれないとのうらみは残る。佐藤春夫邸のまわりをどなって歩いた太宰治の気持ちはよく判るというものだ」と書いている。
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榛葉は「癌」をとても恐れていた。体のどこかが少しでも痛くなると癌ではないかと心配になり、そのたびに検査を受ける。お金がないときでも、借金してまで検査を受ける。朝のNHKテレビで「ガン」について放送しているのを見て、途中で見るのを止めたという日記も。自分はガンになったら自殺するとまで書いている。85歳まで生きたが、癌になることはなかった。
********
「中間小説」の語が初めて登場したのは、雑誌「新風」1947年4月号掲載の座談会で、久米正雄が林房雄の小説を評して「中間小説」と呼んだことによる。翌年にかけて次第にメディア上に流通し、まもなく広く認知された。従来の「通俗小説」とは区別された。投稿日:2022.11.18
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