砂嵐に星屑
一穂ミチ(著)
/幻冬舎単行本
作品情報
直木賞候補『スモールワールズ』で注目を集めた一穂ミチ。
期待の書き下ろしは、あらゆる世代に刺さりすぎる群像劇!
日々頑張るあなたが、きっとこの本の中にいます。
舞台はテレビ局。旬を過ぎたうえに社内不倫の“前科"で腫れ物扱いの四十代独身女性アナウンサー(「資料室の幽霊」)、娘とは冷戦状態、同期の早期退職に悩む五十代の報道デスク(「泥舟のモラトリアム」)、好きになった人がゲイで望みゼロなのに同居している二十代タイムキーパー(「嵐のランデブー」)、向上心ゼロ、非正規の現状にぬるく絶望している三十代AD(「眠れぬ夜のあなた」)・・・・・・。それぞれの世代に、それぞれの悩みや壁がある。
つらかったら頑張らなくてもいい。でも、つらくったって頑張ってみてもいい。続いていく人生は、自分のものなのだから。世代も性別もバラバラな4人を驚愕の解像度で描く、連作短編集。
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商品情報
- シリーズ
- 砂嵐に星屑
- 著者
- 一穂ミチ
- 出版社
- 幻冬舎
- 掲載誌・レーベル
- 幻冬舎単行本
- 書籍発売日
- 2022.02.09
- Reader Store発売日
- 2022.02.09
- ファイルサイズ
- 1.3MB
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この作品のレビュー
平均 3.6 (157件のレビュー)
-
『俺の人生、この先ひとつもええことなんかないんやろな』
人は日々を生きていく中でさまざまな事ごとに対峙していかなければなりません。昨日と今日、そして明日、たった24時間の違いの中でも、私たちの周囲は…、私たちが置かれる環境は日々刻々と変化していきます。例えば進学、それまで毎日一緒だった友達と別れて全く新しい環境の中に飛び込む、そこでは新たな自分の居場所を作っていくことがまず求められます。それは、その先に続く就職だって同じことでしょう。学校時代と会社員としての人生は全く異なる能力を求められます。さまざまな理由はあるとは思いますが、入社三年以内の離職率が三割にものぼるという事実はそんな現れでもあるのだと思います。
そして、環境の変化は会社員となったその後の人生でもずっと続いていきます。ある組織の中で、ある一人の人が人事異動した、それだけのことでもその組織のパワーバランスは微妙に変化します。会社員として10年、20年、30年…と生きていくというのはそんな変化に柔軟に対応していくことが必要です。会社員として一生を送ることもなかなかに大変なのだと思います。
例えば”出世競争”は代表的なものでしょう。『義理人情など重んじるようには見えないのに案外根回しや気遣いを欠かさず、目端が利く男はとんとんと出世して…』と同期入社した人物が順調に出世していく様にはなんとも言えない思いに苛まれもするでしょう。また、『不まじめで要領も悪いから何をやってもうまくいかない』と『同じ屋根の下、同じフロアで働きながら』も他の人間を『別世界の住人』と自らを卑下している人もいるかもしれません。そして、『つぶしがきかない、って、わたしのことだ。社会に出る段階ではそんな予定もつもりもなかったのに、いつの間にかつぶしがきかない人間になっていた』と、思っていた未来とは違う今に慌てたじろぐことだってあるのかもしれません。
さて、ここに、そんなさまざまな思いを抱きながらも今日も同じ組織の中で働き続ける会社員たちの姿が描かれた作品があります。『俺ひとりおらんでも仕事は回る』と、後ろ向きな主人公たちの感情が渦巻くのを見るこの作品。『ああもうやる気なくした、全部やめたろか』といった内面の吐露に読者も辟易するこの作品。そしてそれは、そんな会社員たちの心のつぶやきの中に、それでも日々を前に進めていくことの意味、人が生きていくことの意味を感じる物語です。
『東京で生まれ育ち、就職で大阪に来て十年暮らし、東京へ異動してまた十年、そして今。どっちが自分にとっての「ホーム」なんだろう』と、『久しぶりに大阪に戻ってき』た今を思うのは主人公の三木邑子(みき ゆうこ)。『ストップウォッチ片手にニュース原稿をざっと下読みして、尺の感覚や、つまづきそうな箇所を確認する』邑子が顔を上げると、そこには『十年ぶりに会う中島』の姿がありました。『三木ちゃん全然変わってへんなあ』と言う『中島は邑子より十年近く先輩』で『ニュース番組のデスク』でもあります。『踏み込んだ冗談も許容してくれる』中島。そして、別の日、仕事を終えた邑子は、『歓迎会、グラフロでやりますんで』と案内され、『大阪駅が目の前という抜群の立地』にできた初めての場所へと向かいます。そんな新しい景色を見ながら『十年という時間の長さは邑子の中でひとつも確かな手応えとして残っていないのに、世界はこうして着実に積み重ねられている』と『物思いに耽』りながら、会場へと入りました。『東京行って報道記者してたんでしょ?すごくないですかー?』等邑子を持ち上げてくれる会話の中で『でもプライベートは見習わんでええからな』と部長の五味の一言に『それ、一応オフレコですからー!』と応じて場を持たせた邑子。そんな中、『お先に失礼させていただきます』、『映画の時間があるんです』と『今年の新入社員』の笠原が出て行きました。『ずいぶんはっきりした子ですね』と笠原の話題で盛り上がる中、『面接の段階で確認せなあかんな、て村雲さんも言うとってー』と『村雲清司の名前を口にした途端、五味はあからさまに「まずい」という表情になり不自然に黙り込』みます。『何も聞こえなかったふりを』する邑子。そんな翌日、中島、松井という三人での飲み会に出た邑子は、『早期退職するつもりやねん』と松井に打ち明けられます。『仮に局を辞めたら、何ができるのか…おそらく収入は今の半分以下になる。無理だ…』とさまざまな思いが去来する邑子。そんな邑子に、『噂が広まる前に知っといたほうがええと思って』、『村雲さんのこと』と中島が声をひそめます。『幽霊、出るらしいねん』、『資料室で見た、いう子が何人かおって…』というその噂を聞いて「ありえないでしょ…いったい誰がそんなたちの悪い噂を流したんだろう』と思う邑子。しかし、そんな話が気になった邑子は、中島たちと別れた後、社へと戻り資料室へと向かいます。『不審な人も物も見当たらない』と部屋を見る中にまさかの笠原が現れました。『ここ「出る」って聞いたんで。興味が湧いて』と話す笠原。そんな中、『明かり』が『すう…と息を吸い込むように消え、また吐き出すようにふう…と点灯する』ことを繰り返し出します。そして、ついに『消えた明かりが暗いままになった時』、邑子の『背中に雪崩のような寒気が走』りました。笠原の『肩越しに、それはいた。村雲だった』というまさかの展開。冒頭からいきなりのファンタジーな展開の中に、邑子が四十三歳の今の苦悩の中にある自身が生きる意味を感じていく物語が始まりました…という一編目〈春 資料室の幽霊(ゴースト)〉。この作品全体の舞台背景の概要を読者に提示しつつ、主人公・邑子の苦悩の正体を見事に描き出していく好編でした。
“一見華やかなテレビ局。そこで働く真面目で不器用な人たちの物語”と本の帯にざっくり語られるこの作品。本の帯の記載通り大阪にあるテレビ局を舞台にテレビ番組制作の舞台裏で働く人たちの”お仕事小説”としての側面を持つのが一つの特徴です。この作品は四つの短編が連作短編を構成していますが、同じような作りの作品としては、遊園地で働く人たちの舞台裏を描く寺地はるなさん「ほたるいしマジカルランド」、シネコンとも呼ばれる複合映画館で働く人たちの舞台裏を描く畑野智美さん「シネマコンプレックス」などが思い浮かびます。これらの”お仕事小説”としての面白さは、それぞれの舞台となる場所・組織を運営していくにはさまざまな人たちの存在があるという舞台裏を知ることができること、また、連作短編という形式によって、ある短編で主人公を務めた人物が、他の短編で背景の人物として登場した時にどう見えるのか、どんな風に他の人物から見られているのか、まるで読者もそんな場所・組織の内側に入ったような感覚を楽しめるところです。
では、まずはこの作品の”お仕事小説”の側面からテレビ局の舞台裏で働く人たちがどんな風に描かれているかを四人の主人公を通してみてみたいと思います。
・〈春 資料室の幽霊(ゴースト)〉: 三木邑子、アナウンサー、『目の前のニュースを間違えたりつっかえたりせずお送りするのが仕事』
→ テレビ局の”お仕事”で最も華やかと思われるアナウンサーですが、四十三となった邑子はこんな風に現実を嘆きます。『仮に局を辞めたら、何ができるのか。フリーで華々しく…露出できるのは東京の、それもほんのひと握りのスター的な女子アナだけ。デスクワークのスキルや資格はなし…結局会社に守られ、会社に養ってもらうしかない』。一見、華やかなアナウンサーという職業の裏に見え隠れする厳しい現実、そんなアナウンサーの生き方に光が当たります。
・〈夏 泥舟のモラトリアム〉: 中島、ニュース番組のデスク、『「報道」という仰々しい仕事の隅っこ』
→ これはなかなかに見えないお仕事。ニュース番組をまとめていく中間管理職的な描かれ方がされます。そんな中島が熊本地震を取材した時のことが印象的に語られます。『毎日毎日、何かネタはないかとアンテナを立て、自らも余震にぴりぴりしながら…オンエアされるかされないかは考えたって仕方ない…という日々。『情報にあふれた』中、『視聴者に熊本を忘れずにいてもらうため…何ができるのか』と現地の人たちと向き合っていく日々が取り上げられます。
・〈秋 嵐のランデブー〉: 佐々結花、タイムキーパー、『ストップウォッチを三つ用意して、番組入りから…コーナー入りから…今流れているVTRの尺』それぞれを見ながら、時間を読み上げます。
→ よく聞く名称ではありますが、実際のところは視聴者からは全く見えない仕事です。そんな仕事は女性ばかりだそうです。その理由が『昔はテレビの現場に今よりずっと女がすくなくて…みんなが声張り上げる中で、尺のカウントだけはちゃんと通らなあかん。せやから女の声がええねん…どんなにえらそうに怒鳴ったところで、TKの声に耳澄まさなオンエアできへんねん』とその理由が説明され、結花がこの仕事を選ぶにあたって『いちばん心動かされた要素』と語られます。
・〈冬 眠れぬ夜のあなた〉: 堤晴一、下請け会社のAD、『密着系の企画で重要なのは、取材対象者にいかにカメラという異物に慣れてもらうか』
→ 昨今、”ブラック”な仕事として話題になるADのひたすらに気苦労の多い現場が描写されます。例えば病院に取材を行うに際して『事前のOKと現場でのOKは往々にして誤差が大きい』という状況について『カメラが入っていいのは』どこまでか、『子どもの顔や名前がわかるものはすべてモザイクを入れる、インタビューを撮る際は個別に保護者の許諾が必要』という大変さ。そして『オンエアしてから「聞いてない」と抗議がくることも日常茶飯事なので、念には念を…』とテレビに映らない仕事の裏側が描かれます。
四つの短編に登場する主人公たちそれぞれの仕事の現場とその気苦労が窺い知れる描写の数々。『黎明期にはうさんくさく、最盛期にはやりたい放題で、衰退期にある現在は時代遅れのくせに威張っている、そういうイメージ』と語られていくテレビ局の舞台裏のさまざまなお仕事に携わる人たち。私には全く縁のない世界ですが、そこで作り出される華やかな放送作品の裏側にはどこの会社組織でも同じようなドロドロとした人間関係の闇があるのだと思いました。なかなかに興味深い世界を見せていただきました。
そんな”お仕事小説”の側面があるこの作品ですが、読んでいて、それ以上にモヤモヤ、もしくはイライラした気分にさせられる作品でもあります。それこそが、それぞれの主人公たちが、それぞれの仕事の中に何らかの不満、不安を抱えながら生きている、その内面が執拗に吐露されていくところです。例えば、一編目の主人公であるアナウンサーの邑子は、かつて新人として働き出した大阪の放送局である事態を引き起こし、東京へと異動、再び大阪に戻ってきたという経歴を辿ります。そんな中に『十年で街はこんなに変わったのに、わたしはただ年を取り、老いへと下っていっただけ。積み重ねた財産も身につけた武器も見当たらないまま、若さという唯一の取り柄さえ失ってしまった』という今を嘆きます。二編目の主人公であるデスクの中島は、『俺ひとりおらんでも仕事は回る。てきぱきと指示を飛ばせるわけでもなく、兵隊として俊敏に動き回れるわけでもない、年だけ一人前に食った中間管理職など組織にとって贅肉に等しい』と自らを揶揄します。そして、四編目のAD・晴一は、『先のことなど何ひとつわからないが、漠然と「詰んでんなあ」』と感じ、『不まじめで要領も悪いから何をやってもうまくいかない』とすっかり投げやりな気持ちの中にいました。人はお互い心の内で何を考えているかは分かりません。笑顔を見せていてもその心の内が晴れ上がっているとは限りません。それぞれの主人公たちは、それぞれに与えられた会社員としての役割を日々こなしながらも、それぞれに複雑な胸の内を抱えています。年齢による不安、結婚に対する不安、そして将来というものに対する漠然とした不安、そんな不安が不満として心の中で渦巻く瞬間がひたすらに描かれていく時、読者はそこにイライラとした感情を抱きます。これは、現実世界でも同じことだと思います。他人のうじうじとした愚痴を聞かされることほど不快な時間はありません。この作品は、そんな愚痴を聞かされるようなところがあります。しかし、そんなイライラする読書の中で、ふっと気づきを得る瞬間が訪れます。それは、この作品を読んでいる読者自身の姿を見ているような感覚、読者自身も主人公たちと同じように他人からは見えているのかもしれない、そんな気づきの瞬間です。『ことあるごとに誰かと比べ』後ろ向きな感情に囚われていく瞬間の意味のなさ。そんな気づきの後に物語から見えてくるもの、それこそが、それぞれの主人公がそれぞれに前を向いていく瞬間を見る物語です。この作品ではそれぞれに何かしらの出来事は起こります。しかし、主人公たちがきっかけを得ていく瞬間はそこにあるわけではありません。ほんの少しの気持ちの持ちようの変化、『誰かと比べ』るのではなく、自分が自分にきちんと向き合う瞬間、『大丈夫、頑張れ、ちゃんと見ててあげるから』、自分自身に呟くそんな言葉の先に次に続く未来が確かに開けていく、この作品には私たち誰にでも決して特別ではない、そんな生きていくためのヒントが描かれていたように思いました。
『やらかして、腐って、いじけるばかりだった日々を、評価してくれる人がいる』。
そんな言葉の先に、会社員としての今までの人生の意味を掴んでいく主人公たちの姿が描かれるこの作品。そんな作品では、テレビ局の舞台裏で今日も人知れず働くさまざまな職種の人たちの生き様が描かれていました。『わたしだって疲れてるよ、くたびれてるよ萎びてたるんでるよ』と今の自身の姿を蔑む主人公たちが登場するこの作品。その一方で、それぞれの仕事のプロとしてテレビ番組を真摯に作り出していく姿が描かれもするこの作品。
普段、特に意識することのなかったテレビ番組のエンディングのテロップの名前に、読後なんだか親しみを感じるようになった、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2022.11.16
4篇の短編集。全部は共感できないけど、ところどころ、あーーーーーーわかる。と話を読み進めながら頷いていた。自分が読む歳によって感じ方が少しずつ変わりそうな気がするので、また数年後読んでみたい作品です。
投稿日:2024.04.09
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