意識と脳――思考はいかにコード化されるか
スタニスラス・ドゥアンヌ(著)
,高橋洋(著)
/紀伊國屋書店
作品情報
認知神経科学の世界的研究者が、意識研究の最前線へのガイドツアーに読者を誘う。膨大な実験をもとに究極の問題に迫る、野心的論考。私たちの思考、感情、夢はどこからやって来るのか?――この問いは子どもでも思いつくほど素朴なものだが、意識がどのように生じるかについては、有史以来何千年も先哲たちを悩ませてきた。本書は、「意識の研究はもはや思索の域を脱し、その焦点は実験方法の問題へと移行してきた」と言い放ち、独自の「グローバル・ニューロナル・ワークスペース」理論を打ち立て、意識の解明を実証すべく邁進する認知神経科学の俊英ドゥアンヌが世に送り出した、野心的な一冊である。人工知能やヒューマノイドロボットなどが注目されている現在、それらの研究の礎となる脳の機能および意識の研究も発展が著しく、同様に熱い視線が集まっている。そんな世に堂々と斬り込んでゆく、待望の邦訳。□ □ □この驚嘆すべき本は、昨今私が読んだ意識研究の本のなかでも最高傑作だ。世界的な科学者スタニスラス・ドゥアンヌは、意識を探究するための一連の実験を考案してこの分野を革新し、意識の生物学に向けての直接的なアプローチを初めて築きあげた。一般読者にまったく新たな知的世界を開示する本書は、まさに力作中の力作だ。――エリック・カンデル(2000年にノーベル生理学・医学賞を受賞した神経科学者)
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商品情報
- シリーズ
- 意識と脳――思考はいかにコード化されるか
- 著者
- スタニスラス・ドゥアンヌ, 高橋洋
- ジャンル
- サイエンス・テクノロジー - 数学・物理学・化学
- 出版社
- 紀伊國屋書店
- 書籍発売日
- 2015.09.16
- Reader Store発売日
- 2020.11.02
- ファイルサイズ
- 12MB
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この作品のレビュー
平均 4.2 (16件のレビュー)
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意識と脳の関係は、松果体を持ち出した心身二元論のデカルトの例を持ち出すまでもなく、哲学的にも生理学的にもとても古い問題である。宇宙はいかにあるのか、物質はいかにあるのか、生命はいかにあるのか、について…は二十世紀において相対性理論、量子論、進化論とDNAの発見、などにより格段に科学的理解が進んだのに対して、意識の問題はいまだにその謎の解明には程遠い。しかし近年、fMRI (functional magnetic resonance imaging)、MEG (Magnetoencephalography)、EEG (Electroencelphalography)などの生体観測技術の進歩により、脳内の活動について直接的かつかなり正確に観測をすることができるようになっており、これまでとは違ったアプローチが可能になっている。たとえばfMRIは、人の脳の活動を一秒間に数回、ミリメートル単位の分解能で視覚化することが可能だという。
このような技術的状況において、著者らは「意識」の問題について、コンシャスアクセスという概念を持ち出して、「意識」を検証可能な実験の対象となるように定義する。コンシャスアクセスの定義は、「注意を向けられた情報のいくつかが、やがて気づかれ、他者に伝達可能になること」(p.20)である。この定義において、著者は意識を科学するために注意深くクオリアや自意識の問題とは切り離して実験的に操作可能なものとしている。「「コンシャスアクセスの重視」「意識的知覚の操作」「内省の注意深い記録」という三つの要素は、意識の研究を通常の実験科学へと変えたのだ。今や、被験者が見えなかったと報告する画像が、どの程度まで脳によって処理されているのかを調査できる」(p.26)というのが著者の基本姿勢である。「思考はいかにコード化されるか」という副題からも推測できるように、著者らの特徴と実績として、コンピューター・シミュレーションによりその概念の検証を実施している点も挙げられる。これについても実験装置と同じく十年前では実現できなかったこの分野での進歩のひとつだ。著者の検証可能な仮説にこだわる思想は、コンピューター・シミュレーションを行うという行動にも影響をしている。とにかく、「意識」を科学的に検証する、というのがまずはポイントであり、本書を貫いている根幹となっている。
その「意識を科学的に検証する」ための戦略のひとつとして、短い間で目には見えているにも関わらず意識に上らないマスキング効果(有名なInvisible Gorillaの実験もその一例)を活用する。感覚情報として入力されているにも関わらず、かつ無意識の層では処理されているにも関わらず、意識の層に上らない識閾下の現象を利用し、その場合と意識に上った場合との最小の差である「意識のしるし」を脳内の現象として捉える。そこから著者らは、意識の問いに対する仮説として「グローバル・ニューロナル・ワークスペース」と呼ぶ理論を提唱する。偏在し、無意識の処理を行うモジュール性の脳内回路に対して、「意識は、皮質内で伝達される広域的な情報であり、脳全体で必要な情報を共有するための神経回路網から生じる」(p.27)というのがこの仮説の骨子だ。この仮説の動作を実現する器質的特徴が、脳には存在しているとし、「一群の特殊なニューロンが、意識的なメッセージを脳全体に分配していると考えている。皮質に張り巡らせた長い軸索を持つこれらの巨大なニューロンから構成される細胞群は、脳を統合的な全体へとまとめる」(p.27)という。脳内処理のモジュール化の例として、ビル・クリントンの名前を聞いたときだけ発火する細胞を挙げているが、以前おばあさんの顔だけに反応するおばあさん細胞という例があることは聞いたことがあるので、それと同じだとはいうことなのかもしれないが、驚きだ。とにかく、意識の働きはこのようなローカルのモジュール処理を脳内でコミュニケートさせて統合化するものであるということだ。
著者らの注意深い実験の結果から、「予期していなかったできごとの意識的な把握は、現実世界の推移よりもかなり遅れるという重要な結論が得られる。私たちは、外界から押し寄せる感覚シグナルのわずかな部分を意識しているにすぎないだけでなく、意識された部分に関しても、少なくとも三分の一秒の遅れが生じる」(p.178)ということがわかる。著者は、このようにして起こる意識化を、神経回路網の相転移の概念で説明する。別の言い方をすると「グローバル・イグニッション」により、多くの領域が同期しながら発火する、脳のなだれのような活動が意識化の仕組みだという。そして、その際に発する脳内に遅れてくる陽性電圧である「P3波」などが「意識のしるし」だとする。実際に「前頭葉と頭頂葉の諸領域に分散する活性化、P3波、ガンマ帯域の増幅、遠隔領域での大規模な同期など、数々の意識のしるしを呈する」(p.199)ことが実験からわかっている。ここで著者は賢明にも、課題は「真の意識のしるしと、単なる意識との相関関係を区別しなければならない」(p.201)ことだとするが、現時点で単なる相関関係ではない証拠が積みあがっているとしている。
意識の仕組みについては、ここまでに見たとおりであるとして、それでは、なぜ意識は存在するのだろうか。著者は、「意識は、脳の計算処理的経済のなかで一つの役割を担っているのだ。適切な思考を選択し、増幅し、伝達するという役割を」(p.27)という。著者はその点についても進化論の観点からも説明をしようとしている。
意識自体については、無意識の働きと比較して限定されたものであるとも考えている。本書でも引かれた『ユーザーイリュージョン』などの他の多くの著作にも示唆されているように、人間の意識は比較的スローで、かつ自らが期待するほど自発的でもないのだ。この辺りは『ファースト&スロー』などの行動経済学の理論とも矛盾がないように思われる。 「「意識は過大評価されている」と言ったとき、フロイトは正しかった。私たちは、意識的な思考のみを意識しているにすぎない。これは自明の理だ。無意識の作用は気づかれないために、私たちはつねに、身体的、精神的生活における意識の役割を過大評価する。無意識の脅威的な力を忘れることで、自分の行動を過度に意識的な判断に結びつけ、それゆえ意識が日常生活の主役であると誤解する」(p.114)というのが著者の見解である。その上で、意識が人類において発達してきた理由として、「意識的知覚は、独自の処理が可能な内部コードへと入力情報を変換する。意識は、精巧に作り上げられた機能であり、何百万年にも及ぶ進化の過程で、まさにそのものとして選択された可能性が高い。というのも、意識は、特定の機能的役割を果たすからだ」(p.131)と、意識が進化によって生まれてきたことを強調する。そこでワーキングメモリの理論にも言及し、「ワーキングメモリと意識は密接に関連すると考えられる。ダニエル・デネットに従って、意識のおもな役割は、持続する思考を形成することだとも言えよう」(p.144)と述べる。つまり、「グローバル・ニューロナル・ワークスペース」仮説の骨子は、「意識は脳全体の情報共有である」ということになる。「意識とは、私たちが一片の情報に注意を受け、この一斉伝達システムのなかでそれを活性化したまま保っておくことを可能にする」(p.226)ものなのだ。さらに人類における言語の発展を交え、「言語は、自己の心的世界を構造化し、他者と共有することを可能にする、意識的思考の分類的、統語的な記述能力を私たちに与える」(p.156)ことにより、人類は意識を獲得し、活用してきたと説明している。
本書は、「意識の未来」と名付けられた章で締めくくられるが、自分にとってはこの最後の章がもっとも興味深く、刺激を受けた。この章までは、著者は「意識」をコンシャスアクセスの問題として限定的に捉えることで、実験と観察により検証可能な形としたために、いわゆる主観性や自由意思に関する問題を先送りした形になっている印象を受けていたからだ。このままだと消化不良と不満が残るのではないかと感じていた。
特にデビッド・チャーマーズらが唱える、意識を巡る議論の中で常に発生する主観の問題、いわゆる「ハードプロブレム」について、一般には多くの議論が残る中で、著者は最後の章の中で明確に割り切った態度を表明している。著者の見解はこうだ。「ハードプロブレムがむずかしく思えるのは、不明瞭な直観が関与しているからだ。認知神経科学とコンピューター・シミュレーションによって私たちの直観がひとたび訓練されれば、チャーマーズの言うハードプロブレムは消えてなくなるだろう。いかなる情報処理の役割からも切り離された純粋な心的経験としてのクオリアという仮説的な概念は、十九世紀の生気論のごとく前科学時代の奇妙な考えと見なされるようになるだろう」(p.362)。そして、「意識の科学は、ハードプロブレムを徐々に解体していき、やがてこの問題は消滅するだろう」(p.362)と明言する。同じく、自由意思についても、自律性という概念に置き換えることを提案し、それは機械にも実装可能なものであるとする。「要するに、クオリアにせよ自由意思にせよ、意識を備えたマシンという発想に対して、重大な哲学的問題をつきつけたりしないということだ」(p.366)という。この意見が意識の科学の中で支配的な考えとなっているのかはわからないが、クオリアの定義などには常にいかがわしさを感じていたこともあり、実のところ自分の考えもこれに近いものだという感想を持つこととなった。要するに意識を説明するのにクオリアというものを持ち出す必要は、この世界を説明するのに神を持ち出す必要がないのと同じと考えるべきなのだ。
著者は、この「意識」の問題に関連して、乳児の意識、動物の意識、意識の病、機械の意識、についても、グローバル・ワークスペースの仮説に基づいて論じていて、その結論も興味深い。乳児の意識については、反応は非常に遅いながらも、グローバル・ワークスペースやコンシャスアクセスは備わっていると推測している。
動物の意識についても、意識のワークスペースが収斂進化していたとしてもおかしくないとするが、 一方、「おそらくは人類のニューロナル・ワークスペースのみが、思考や信念を心のなかで組み立てて操作する独自の適応力を持つのだろう。神経生物学的な証拠も、数は少ないながらもこれを支持する」(p.349)としている。特に前頭葉前頭皮質の大きさ、ブローカー野と広範囲にわたるその第三層ニューロン、正中線に沿った全帯状回の巨大なニューロン、などを人類に特有の生物学的な特質を挙げている。著者はさらに踏み込んで、人類だけが再帰的処理を伴う内省を行うことができ、そのためのミクロ回路がみつかったとしても驚かないとまで言う。
また、統合失調症などの意識の病に関しては、多くの患者の無意識の反応は健常者と変わらなかったのに対して、コンシャスアクセスの識閾値が非常に高かった(鈍い)ことを重要な知見として挙げている。「要するに統合失調症は、脳全体にシグナルを一斉伝達し、意識のワークスペースシステムを形成する長距離神経結合を蝕む疾病の有力候補になる」(p.357)としている。一部の多発性硬化症患者の白質の損傷が同じような影響を与えていることもヒントになるという。また、脳内の免疫機能の障害による抗NMDA受容体抗体脳炎は、統合失調症と同様の症状を呈することもそのことを示しているとしている(抗NMDA受容体抗体脳炎 に関しては『脳に棲む魔物』という本が詳しく、面白い)。
機械の意識に関しては、現時点では柔軟なコミュニケーション、可塑性、自律性といった要素に欠けているものの、機械が「意識」を持てない論理的な問題はないとして、数十年のうちにも現れる可能性があるとしている。
著者は、最後に神経回路の複雑さに言及しつつ次のように語る。「遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それには支配されない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクタ)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学(ダイナミックス)は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生(なま)の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである」(p.367)
著者はコレージュ・ド・フランスの所属であるが、『意識はいつ生まれるのか』のジュリオ・トノーニや、ミラーニューロンのジャコモ・リゾラッティはイタリアの研究所の所属である。この分野の最新の研究の知見が欧州からきているのは興味深い。
かなりの大著で専門的な内容も多いが、ことさらに読みにくいところはなく、意識に興味がある人にとってはお薦めであるし、必読とも言えるのではないかと思う。意識が解明されたというにはまだまだで、ある種の仮説が提示され、それを検証するための手法と仮説を補強する結果が得られているといった程度と認識するのが正しいのかもしれない。レビューが長くなったのは、引用が多くなったからだが、その辺りを自分ではなく著者の主張としてより正確に伝えたかったからというのもある。また一方引用したくなるような箇所が多かったからでもある。今のところ残念ながらkindle化されていないが、装丁も丁寧で素敵なので紙の本で買っても損はないのでは。
それにしても、意識ってまだまだ不思議だ。
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『脳に棲む魔物』のレビュー
http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4047313971
『ユーザーイリュージョン』のレビュー
http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4314009241
『ファスト&スロー : あなたの意思はどのように決まるか?』のレビュー
http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4152093382
http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4152093390
『意識はいつ生まれるのか』のレビュー
http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4750514500続きを読む投稿日:2015.10.12
意識とは、意識下における有象無象の膨大な処理の中から適切な情報を選択して脳全体に伝播させる装置である。ということを説明してくれている。今後解明が進めば、我々が人生の様々な場面で抱く人間的な感情も、物理…的反応の視点から説明しきれてしまうのかもしれない。知ってみたいような、知らないままでいたいような・・。続きを読む
投稿日:2022.09.04
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