水たまりで息をする
高瀬隼子(著)
/集英社文芸単行本
作品情報
【第165回芥川賞候補作】ある日、夫が風呂に入らなくなったことに気づいた衣津実。夫は水が臭くて体につくと痒くなると言い、入浴を拒み続ける。彼女はペットボトルの水で体をすすぐように命じるが、そのうち夫は雨が降ると外に出て濡れて帰ってくるように。そんなとき、夫の体臭が職場で話題になっていると義母から聞かされ、「夫婦の問題」だと責められる。夫は退職し、これを機に二人は、夫がこのところ川を求めて足繁く通っていた彼女の郷里に移住する。川で水浴びをするのが夫の日課となった。豪雨の日、河川増水の警報を聞いた衣津実は、夫の姿を探すが――。
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商品情報
- シリーズ
- 水たまりで息をする
- 著者
- 高瀬隼子
- 出版社
- 集英社
- 掲載誌・レーベル
- 集英社文芸単行本
- 書籍発売日
- 2021.07.13
- Reader Store発売日
- 2021.07.13
- ファイルサイズ
- 0.2MB
- ページ数
- 144ページ
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この作品のレビュー
平均 3.5 (157件のレビュー)
-
あなたは、何日『風呂に入らない』ことができますか?
ご飯を食べ、トイレに行き、夜眠る、そんな私たちの毎日の生活。その中でお風呂に入ることは当たり前というより、入らないという選択など考えられないくらい…に私たち日本人の生活には当たり前のこととして存在する入浴。
しかし、上記した三つが古の世からというより生物としてこの世に生きる限り必須のものである一方でお風呂に入る、入らないは必ずしも私たち人間が生きていく上で必須というわけでもないでしょう。実際、この一年を振り返ってみて、具合が悪い等なんらかの理由でお風呂に入らなかった日があったという方もいると思います。毎日入るのが当たり前、でも、それは必須というわけではない、それがお風呂に入るという行為だと思います。
ということは、お風呂に入らなくても私たちは生きていけるということにもなります。では、あなたは、何日『風呂に入らない』ことができるでしよか?
さて、ここに『夫が風呂に入っていない』ことに気づいた一人の女性が主人公となる作品があります。『夫が風呂に入らなくなって今日で五日目だ』、『夫が風呂に入らなくなって、一か月が経つ』、そして『夫が風呂に入らなくなって、三か月になる』と、そんな文章を読んでいる読者がかゆくもなってくるこの作品。『夫の体からはすえたにおいがして』…という表現に思わず息を止めたくなるこの作品。そしてそれは、そんな想像を絶するような夫の行動のその先に、『もしかして、今、夫は狂っているんだろうか』とそんな夫の姿を見守り続ける一人の妻の選択を見る物語です。
『夫が風呂に入っていない』と、同じバスタオルがかかっているのを見て気付いたのは主人公の衣津実。『ねえ、お風呂入った?』と『ただいまの代わりに』訊く衣津実に、夫は『風呂には、入らないことにした』と答えます。『夜はいつも体調が悪そうに見える』という『今年三十五になる一つ年下の夫』の『上がりきらない口角が、かすかに震えている』のに気づいた衣津実は、『とりあえず、着替えてくるね』と言うと『リビングを出』ました。そんな衣津実は、『ひと月ほど前』『夫が濡れて帰って来た夜のことを思い出し』ます。『いつもワックスで横に流している前髪が、ぴたりと額に張り付いていた』という夫を『一目見て、雨に打たれたわけではないと』気づき『えっ、どうしたのそれ』と訊きます。それに『ちょっと悪ふざけをされて』と答える夫は会社の新年会で『入社して数年目の後輩に、水をかけられた』ことを説明します。『確かに落ち込んでいる様子』も、『次の日からはいつもどおりだった』こともあり、『それ以来話題にも出』ることはありませんでした。そんな翌朝、『タオルを濡らして顔を拭き始めた』夫を見て、『顔くらい、ちゃんと洗えば』と衣津実が声をかけるも『目をわざとらしい仕草で逸らし、首を傾げて洗面台を離れて行』きました。『今日こそ夫と話をしなければと思う』衣津実は、帰宅後、『ねえ、お風呂、今日も入らないの?』と夫に訊くと『もしかしてにおう?』と訊き返されます。『いつからだっけ、お風呂入ってないの』、『今日で、四日目?くらい。多分』という会話の中で『なんか入りたくなくて。風呂っていうか水が』、『うん、水。水道の、くさくない?』、『カルキなのかなあ。あとちょっと痛い』と語る夫。そんな夫に『服脱いでよ』と言う衣津実は、『絶対に風呂に入れなければ』と風呂へと夫を連れて行きましたが、結局、『水がくさいんだよ。それで、それが体に付くと、かゆい感じがする』と夫は風呂に入ることができません。そんな中、『夫が顔を拭くのに使っていたミネラルウォーターのことを考えた』衣津実は、『二リットルのミネラルウォーターを五本買って来』ると、『風呂に入らないなら、これで頭と体を流して』と夫に話します。そして、風呂場へと夫を連れて行き『夫の頭へミネラルウォーターをそそ』ぎ頭を洗わせた後、身体にも水を注いでいきます。先にリビングへと戻った夫に『ちょっとさっぱりした?』と訊く衣津実に『さっぱりした感じより、損なわれた感じの方が強いよ』と夫は返します。その日以降もやはり風呂に入らない夫。そんな夫に『前に、後輩に水をかけられたって言って、帰って来た日があったでしょ。あれってなんで、そういうことになったの?』と訊く衣津実は、『まさか会社でいじめられているとかでは、ないよね』と畳み掛けると、その顛末をしぶしぶ話す『夫は職場でなめられている』と思います。そして、『もう寝る』とそのまま寝入った夫を見る衣津実は、『子どもの頃に近所で飼われていた大型の雑種犬の姿』を思い浮かべます。『じゃれてくる犬はかわいかった』と思う衣津実は、『犬だって滅多に風呂に入らない。入らないけど、くさくったって、抱きしめていい』、そんな風に思います。そんな衣津実と夫のそれからの物語が描かれていきます。
第165回芥川賞の候補作にも選ばれたこの作品。雑誌「すばる」の2021年3月号に掲載された高瀬隼子さんの二作目となる作品です。そんな物語は、内容紹介にある通り、”ある日、夫が風呂に入らなくなったことに気づいた衣津実”がそんな夫との生活を続けていく先の物語が描かれていきます。他の作品には見たことのない衝撃的とも言える設定の物語ですが、一方で芥川賞候補にもなったということで芥川賞作家さん的な比喩表現も登場します。まずはこの部分から見ていきたいと思います。主人公の衣津実があることがきっかけで『それは気分がいいものだった』という気持ちをこんな風に表します。
・『空っぽのパズルケースのまんなかに、ひとつだけぽんっと正解のピースを配置されたような感覚。ひとつしかないから完成していないけど、まんなかだし、正解だから、いい気持ちだった』。
まさかの『パズルケース』、しかもたった一つのピースがまんなかに置かれたという状況に例えていくこの表現。そんな状況をあまり見ることがない分、えっ?という気持ちもわきます。なんとも面白いところを突く表現だと思います。もう一つ、ある場面でスマホの連絡先を削除していく衣津実という場面です。
・『画面から削除した連絡先の一行がぴんと伸びた線になり、それが太く、頑丈に変形して、鉛色の鎖になるところを想像した』。
まるでファンタジー?とも思えるような表現ですが、そんな『鉛色の鎖』についてこんな風に続ける高瀬さん。
・『連絡先の行がひとつ減るごとに、彼女は自分の体に巻き付いた鎖に力がこもっていくのを感じた。がんじがらめで重たくて、どこにも行けなくなるのだった』。
スマホで連絡先を一つずつ消していくという、それ自体は単純な操作が、一方で操作する衣津実の心に去来する複雑な思いを見事に表していると思います。この作品では、”夫が風呂に入らなくなった”という生々しい場面が描かれていますが、その分、このような比喩表現が逆に際立つようにも思いました。
では、次にそんな”夫が風呂に入らなくなったこと”自体が描写されていく部分を見てみたいと思います。そもそもあなたは、毎日風呂に入らないということ自体どのように考えるでしょうか?何らかの理由でたまたまそのような日があったとしてもそれは例外だと思います。しかし、この作品に登場する夫の研志は、『夫が風呂に入らなくなって今日で五日目だ』…と、強烈な状況を見せていきます。考えただけで気持ち悪くなってもきますが、風呂に入らないとどんな変化が生じるのか、この作品では高瀬さんは怖い位に生々しくそんな夫の研志を描いていきます。怖いもの見たさで『風呂に入らなくなっ』た後の推移を三つの期間について見てみましょう。
・『夫が風呂に入らなくなって、一か月が経つ』。
→ 『シャツの袖口と襟が土色に汚れていた』という研志のシャツを手に取る衣津実。
→ 『シャツの襟を鼻に近付けてみる。目をこすったあとの指のにおいに似ている。湿ったにおい。それを何倍にも濃くした感じ』。
・『夫が風呂に入らなくなって、三か月になる』。
→ 『夫の体からはすえたにおいがして、服にいくら消臭スプレーや香りの強い柔軟剤を使っても、もう隠し切れなかった』。
→ 『近くに寄ると、まず嗅覚を遮断したくなる。慣れてくると、脳が自動でにおいの分析を始める。成分は、汗と尿と埃。毎日少しずつ違う』。
・『夫が風呂に入らなくてなって、もう五か月が経つ』。
→ 『夫の皮膚は、こすればこすっただけ皮がむけるようになっていたし、つんとした体臭はミネラルウォーターですすいでも、もう取れなかった』。
→ 『体のにおいは、ある水準を超えてからはずっと同じくらいに感じる…それは皮膚の表面のにおいではなく、毛穴のひとつひとつの奥、指の股のひとつひとつから湧き上がってきていた』。
人によっては気絶しそうになる方もいらっしゃるかもしれません。あまりにリアルな描写に思わず息を止めたくもなります。それにしても、このリアルな描写はどのようにして生まれたのでしょうか?まさか、どなたかに依頼して実験されたとか?本当のところは分かりませんが、この作品の根幹部分であるからこその生々しい描写が強く印象に残りました。
ところで、この作品は、ページ数が144ページと極めて短い作品にも関わらず、内容紹介が書きすぎではないかと思うくらいに先の先まで物語の内容を記してしまっています。『風呂に入らない夫』というシチュエーションと、上記した生々しい臭いの描写に興味を持たれこの作品を読まれたいと思った方は内容紹介は読まれない方が良いように思います。
そんなこの作品の物語背景は一見単純です。『風呂に入らない夫』とそんな夫の姿に戸惑う主人公の妻・衣津実の姿が描かれていきます。『なんでお風呂に入らないの?』と『口に出すのがためらわれた』という衣津実は、一方で『三十五年も風呂に入ってきたんだから、数日入らないくらい、いいか。無理やり、そんな風に考えてみる』とその始まりを見ていました。それが、何日、何週間、そして何か月経っても『風呂に入らない夫』と対峙してしく衣津実の心の揺れが描かれていく物語は、不思議と読者の目を釘付けにしていきます。
『もしかして、今、夫は狂っているんだろうか。彼女はそれが分からない。どちらなのか知りたい』。
そんな思いにも囚われていく衣津実は、『狂う』という言葉をこんな風に思います。
『狂うということは、感情の爆発の先にあるのだろうか。苦しさでいっぱいになったり、悲しみに暮れて耐えられなくなったりしたら、頭の中がそれだけに支配されて、感情が振り切れるのだろうか』。
『狂う』ということをこんな風に考えていく衣津実は、そんな思いの中に、ある答えを見出してもいきます。
『狂っているとしても、と彼女は考える。何かが狂ってこうなっているのだとしても、彼がぶるぶる手足を揺らして笑っていられるなら、それでいい』。
物語はそんな思いに行き着いた先に実際の行動を起こしていく衣津実の姿が描かれていきます。まるで異世界の人になってもいくかのような研志をそれでも夫として共に暮らす人生を選択する衣津実。その人生はまさしく壮絶とさえ言えます。そんな物語は、鮮やかな伏線回収の先に、えっ?という結末を見せます。今までに読んだことのない強烈な前提を元にしたこの作品。そこには、『だって愛しているから付いていくのだ ー と、迷いなく思えたら、あるいは口にできたら、楽だろう』と『風呂に入らなくなった夫』を思う衣津実のあたたかい眼差しを見る物語が描かれていました。
『夫が風呂に入らなくなった』。
そんな目の前の動かし難い事実の先に、妻・衣津実の狂おしく揺れ動く内面が描かれていくこの作品。そこには、夫の急な変化に戸惑う衣津実視点の物語が描かれていました。芥川賞候補作らしい比喩表現の登場にニンマリするこの作品。『風呂に入らなくなって』○か月という描写のリアルさに思わず息を止めたくなるこの作品。
次作で芥川賞を受賞される高瀬さんが描く、なんともシュールで不思議感漂う物語の中に、読む手を止めることのできない密度感のある描写が心に残る、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2023.06.19
この作家さんの本はこれが3冊目。
先に読んだ『いい子のあくび』『おいしいごはんが食べられますように』と比べると、毒が少なく、優しさを感じるお話だった。
ただ、"優しさ"と言っても、現代的な、相手を尊重…するが故の干渉しすぎない優しさ。
昭和の頃の、お節介で無遠慮な、鬱陶しい優しさとは、違うもの。
その"干渉しすぎない優しさ"が、裏目に回り続けた切ないお話だと思った。
続きを読む投稿日:2024.03.11
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