点子ちゃんとアントン
エーリヒ・ケストナー(作)
,池田香代子(訳)
/岩波少年文庫
作品情報
お金持ちの両親の目を盗んで,夜おそく街角でマッチ売りをするおちゃめな点子ちゃんと,おかあさん思いの貧しいアントン少年.それぞれ悩みをかかえながら,大人たちと鋭く対決します―つぎつぎと思いがけない展開で,ケストナーがすべての人たちをあたたかく描きながらユーモラスに人生を語る物語.
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商品情報
- シリーズ
- 点子ちゃんとアントン
- 著者
- エーリヒ・ケストナー, 池田香代子
- 出版社
- 岩波書店
- 掲載誌・レーベル
- 岩波少年文庫
- 書籍発売日
- 2000.09.18
- Reader Store発売日
- 2020.12.24
- ファイルサイズ
- 2.3MB
- ページ数
- 204ページ
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この作品のレビュー
平均 4.2 (58件のレビュー)
-
物語は、大金持ちの娘「点子ちゃん」と、病気の母を支えながら学校に通う、今で言うヤングケアラーの「アントン」の素敵な友情に加えて、点子ちゃんの家族のあり方を、ユーモラスながら、とても真摯に描いているのが…印象的で、これだけでも充分楽しめるところに、本書では、作者「エーリヒ・ケストナー」自身が、各章毎に書いた『立ち止まって考えたこと』が合わさることで、実はフィクションとして存在していた物語が、現実の世界を救うノンフィクションのような存在へと立ち替わる、この作り方には、最初、作者が物語に介入してくるような面白さを演出しているのかと思っていた自分が、思わず恥ずかしくなるくらい、直向きで切実な思いが宿っていたのだった。
池田香代子さんの訳者あとがきによると、この作品が書かれた、1931年、ドイツは大恐慌に見舞われ、物価は上がり、貧しい人々は追い詰められる一方で、革命騒ぎや暴動があり、更には、ナチスが不気味に勢いをのばしていた、そんな時代において、実に多くの人が、こんな社会はなんとかしなければ、公正さを実現しなければと考えていたそうです。
そして、ケストナーはどう考えたのかというと、公正さを実現する為には、まず、
『子どもたちを説得すること』
がいちばんだということで、本書は、その為に書かれたのだということを知ったとき、私の中では、時に厳しく説教臭い雰囲気があった、『立ち止まって考えたこと』は、彼の未来へと向けた、公正な世界を実現するための真剣さの表れだったのではないかと思った。
例えば、点子ちゃんの空想好きに対しては、ときに命に関わるから、素晴らしい性質ではあるけれど、しっかりコントロールしないといけないと述べていたり、点子ちゃんを脅迫していた男に対して、アントンが毅然とした態度で注意を促し、殴りつけた勇気に対しては、それは勇気ではなく蛮勇だと、すっぱり切り捨て、勇気はげんこつだけでは証明されない、頭がなくてはいけないと諭し、それに対して、気球で未到達の成層圏を目指した、スイスの教授の例を出したのは、天候不良で中止にしただけで、彼を嘲笑するネタになったとばかりに新聞は嘲笑ったけれど、教授は、たとえ嘲笑われてもバカなことをするよりはマシだと考えるほどの思慮深さがあり、それは、無鉄砲でも、頭に血が上っていたわけでもなく、ただあったのは、何かを研究したいという気持ちだけで、別に有名になりたいわけでもなかった、そんな点に、ケストナーは勇気を見出していたのである。
また、特に私には身につまされた思いだったのが、「友情について」、私だったら、おそらく、私があなたの為にやったんだよと言いたくなるところを、
『自分がそうしたことが、そのまま自分へのごほうびであり、ひとを幸せにすることが、どんなに幸せかを知る人になってほしい』ことと、
「尊敬について」、子どもは何が正しいか、学ばなければいけなくて、その為には物差しが必要であるはずなのに、その物差しを、友情や好意をよせるあまりに、誤った『ばかやさしい』判定をしてしまうと(叱るべき所を、何故か許してしまう)、子どもは、叱られると思ったのに叱られない、そんなことが何度も続くと、子どもたちはだんだんと、その人への尊敬を失っていくといった言葉に、何でもかんでも優しくしたって、その子の為にはならないんだなということを思い知り、それは私が、その子のことを真剣に考えていないということにもなる。
そして、その中には、「誇りについて」のような、『男の子が料理をすることを、みんなは当たり前と思うだろうか』といった、今で言う、価値観の多様性を問い掛ける内容にも、当時、それが著しく欠けていたというより、そうした見方がまだ少なかった時代では、逆に奇特な存在に思われていたであろう、ケストナーの、ものの見方に対して、彼の、「まえがきは、なるべく手短かに」で書かれた、
『じっさいに起こったかどうかなんて、どうでもいいんです。たいせつなのは、そのお話がほんとうだ、ということです』
に、一瞬「えっ?」と思われた方もいるかもしれませんが、これにはまだ続きがあります。
『じっさいに、お話のとおりのことが起こるかもしれないなら、そのお話はほんとうなのです』
これにどれだけの気持ちや願いが込められているか、分かりますか?
おそらく、ケストナーが『立ち止まって考えたこと』で書いてきたことは、時には、当時の価値観とは異なる、時代を先駆けたものも含まれていたのかもしれないし、いちいち、そんな堅苦しいこと書くなよと思われる内容もあったのかもしれませんが、それは、『生きていくのは、きびしく、むつかしい』という本書の言葉のように、ここでケストナーがいくら書いたところで、本当にその通りの未来が待っていたり、世界になるとは限らない、単なる可能性の話なのかしれない。
しかし、それでも彼は、最後の『立ち止まって考えたこと』でお詫びしているんですよ。
『ぼくたちは、充分にはうまいこといかなかった』って。
それでも、その後に、
『みんなは、ぼくたちおとなのほとんどよりも、きちんとした人になってほしい。正直な人になってほしい。わけへだてのない人になってほしい。かしこい人になってほしい』
と、書いてある、そのケストナーの本気の思いに、私はとても心を打たれて、世の中には平気で、子どものことを軽く見た大人が多いのに、彼は、子どもたちに自分達の至らなさをお詫びした上で、正々堂々と等身大の目線で、子どもたちにお願いしていて、正直な気持ち、こんな人、世の中にいるんだって思った。詩人であり作家である以前に、世界を変えたいと思う、その気持ちの本気さの度合いが、あまりに他者の比では無いことに、目頭には思わず熱いものを感じ、これは、児童書という名を借りた、老若男女が読むべきである、世界に再び天国を取り戻す為の学びの書であることを、ケストナーのその後の文章からも感じさせられた、永遠の名作だと思う。
『この地上は、かつては天国だったこともあるそうだ。なんでも、できないことはないんだ』続きを読む投稿日:2023.07.27
子どもの頃読んで、点子ちゃんの名前の由来が印象に残っただけで内容は覚えていなかった。恐慌が起き、ナチスが台頭しつつあったベルリンが背景になっていたことを知って再読。
投稿日:2023.10.29
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