この作品のレビュー
平均 3.5 (187件のレビュー)
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『でも、やめられませんでした。柏原さん、良すぎたんです。すごかったんです。とても五十代の男性とは思えないくらい、絶倫だったんです』
それが親友でも、それが夫婦でも、そしてそれが家族でもそれぞれのこと…ってどこまで知っているんだろう、とふと思う時があります。なんでも話せる間がら、隠しごとなしの間がら。理想論はそうかもしれません。でも、理想は理想、現実はそんな綺麗にはいかないもの。ましてや『病的なまでの潔癖さ』、『傍迷惑なほどの厳格さ』、そして『正気の沙汰とは思えない堅物ぶり』を散々見せつけられ、『欲望の前に屈することなどあるわけがない』と思っていた父親、その死後に、父の部下であった女性から『絶倫』という言葉を聞かされた娘が受けることになる強烈なまでの衝撃。その衝撃は、彼女を、そして残された家族にどのような変化をもたらすのでしょうか。この作品は森絵都さんが描くそんな衝撃の後の日常を生きる人たちのとっても『大人』な物語です。
『達郎には嚙み癖があって、それは遠慮がちな猫の甘嚙み程度にすぎないけれど、達する一瞬だけは制御不能になるらしく、歯と歯のあいだを鋭い痛みが駆けぬける』とインパクトのある冒頭。『次の瞬間、達郎は汗にそぼった肌を粟立てて力尽き、あ、とか、う、とか言いながら出しきって、私の下でぐったりと動かなく』なった後に『達ちゃんもシャワー浴びてくれば』と言うのは主人公の野々。そんな時、携帯が鳴ります。『もしもし、私。今日の約束、忘れないよね。うちに三時集合。時間厳守。問答無用。頼んだよ』と父親の一周忌の打ち合わせの確認をする妹の花。『とにかく今日はちゃんと来てよね、ちょっと本気で相談事もあるんだから』という花。『行っといでよ』という達郎に『じゃあいっそのこと、達郎も一緒に行く?注目浴びるよ』と同行を求めるも『浴びたくないよ。行ってらっしゃい』と止むなく部屋を後にする野々。『約束の三時に間に合った』野々は『実家の門をくぐるなり意気消沈』します。『一体いつの間にうちの庭はこんな有様になってしまったのだろう。どこを見てもまともな手入れをされている気配がない』という実家。『最後にここを訪ねたのは、去年の秋。父の四十九日の折』という野々。花に『どうにかならないの?』と言うものの『そんなこと言うなら、お姉ちゃんがやってよ』と、家の面倒を一手に引き受けている花は不満な様子。遅れて兄が到着後、花は今度は兄に突っかかります。『でも俺、仕事はここんとこずっと同じの続けてるぜ』と返す兄は、『野々はどうなわけよ』と矛先を野々に向けます。『今は友達の天然石のお店を手伝ってるの。パワーストーン。一粒、八百円』と胸元の石を見せながら答える野々に『はあ、そんな石ころが…。いいなあ、おまえ、良い商売見つけたなあ』と答える兄。『お姉ちゃん、そんなインチキ商売に加担して恥ずかしくないの?』とヒステリックな妹。『ねえ、お父さんがさ、今の二人を天国から見てたらどう思うよ?』と詰め寄る妹を見て『きょうだいって不思議だな』と冷静に思う野々。『めったに顔を合わせない間柄でも、会えば会ったで各自がすんなりと本来のポジションへ収まる。おのおのの役割を血が記憶している』と考えます。そんな中、いつまでも母が姿を現さないことを訪ねる野々に『だから、病院だってば』と答える花。そんな『妹は軽く姿勢を正すようにしてようやく話を切りだした』のでした。それは『一周忌の打ち合わせどころではなくなってしまった』という深刻な事態。一周忌を前に、亡き父親の思いもよらない隠された素顔が兄妹三人の心を大きく揺さぶっていきます。
『森絵都が大人たちの世界を初めて描いた、心温まる長編小説』というこの作品。いきなり性行為直後の場面からスタートする冒頭には「カラフル」の森絵都さんのイメージが一瞬にして吹き飛んでしまう強烈な衝撃を受けました。しかし、読んでいくとそこに描かれる世界はやはり安心の森絵都クオリティに満たされた世界でした。主人公の野々は『ストーンマート』というアクセサリーショップでアルバイトをしています。そこでの野々の心の内がこんな風に描かれます。『こんな毒にも薬にもならないようなものたちが、こんなにもつるつると愛らしく光って財布の紐をゆるませる、こんな世界があるのだなあと私はすっかり感心した』という野々は、その仕事を前向きに捉えています。『ショップを訪れる女の子たちを眺めているのも楽しい』と店を訪れる客に目を向ける野々。そこに訪れる女性、女子高生を『皆が自分を飾りたいとか、誰かの心をゲットしたいとか、友達を面白がらせたいとか、なにかしらの前向きな意思を携えてそこにいる』と彼女たちがパワーストーンを手にしようとする理由に思いを巡らせます。そして『それでいて、真剣さの如何を問わず、誰もがどこかしら浮かれている』と今度はそんな彼女らの表情に目をやります。その表情の裏にあるのは『ブランド物のバッグを持ったり、エステで脚を細くしたりするのにも似た、上滑りのエネルギー』ではないかと考える野々。そして、『地球をきらきらと輝かせているのは意外とそんなものなのではないかと私は思ったりするのだ』というなんとも地球を俯瞰してしまうとても大きな視点が登場します。そんなショップでの仕事を大切にする野々にもやがて大きな転機が訪れていきますが、そんな野々の視線の向こう側に森絵都さんをとても感じた一節でした。
そして、この作品では亡くなった父親の衝撃の事実を知った兄妹三人の心の動きの描写が作品を動かしていきます。冒頭に読者が受ける三人の印象は『捨て身で我が道を行こうとする長男に、宙ぶらりんの長女、親の敷いたレールにとりあえず忠実な次女』という三人。それが『俺たちはパンドラの箱を開けちまったんだ。何が出てこようと、迎え撃つしかねえんだよ』という父親が持つもう一つの顔を知った衝撃に三者三様の反応を見せます。『親父に流れてた血は俺たちにも流れてるんだ。親父を知ることは、自分自身を知ることでもある』という兄。『お父さんのこと、私たちには知る権利があると思う』という花。一方で、戸惑いながらも父親の姿の中に自身を投影し、自分自身を見つめ直すきっかけを作っていく野々。父親に『何かがあるとは思っていた』という野々は『子育てに問題のある親の多くは、自らもまた問題のある親のもとに育った過去を持つ』というテレビや新聞で目にしてきた他人事が自らに降りかかってきた現実に思いを巡らせます。『私は兄と同様、自分のダメさ加減を父のせいにしてきた』という野々。『妹と同様、父に輝かしい青春をだいなしにされたと恨んでいた』野々。そんな野々は、やがて『私はまだ父に囚われている』という自らの存在に目を向けます。『もはやこの世にいない父に縛られ続けている』という死者に未だに心を揺さぶられ、その呪縛から逃れられない生者である野々。思えば私たちもなにかしら亡くなった人のことを意識して、”もし○○が生きていたら何と言うだろう”、とか、”もし○○が生きていたらどうしただろう”というように、もし死者が生きていたらと考えてしまう事、場面があるように思います。死してもなお、生きる者に影響を与え続ける死者たち。そんな死者たちはあの世でそんな思いをどう考えているのだろうか、というように考えだすとこれはもうどこまでも逡巡し続けるキリのない話になってしまいます。でも、そんないつまでも死者に囚われる考え方がその人の人生自体を形作っているとしたら、そしてそのことにその人自身が気づけていないとしたら、それは限りなく不幸な人生という他ありません。『私はこうして何もかも父のせいにしてきたのだろう。そしてまたこれからも、事あるごとに父にすべてをなすりつけていくのだろうか』と考える野々。そしてそんな父に囚われる自分自身に気づき『ぞっとした』という野々。父の亡霊に囚われていた野々がその呪縛から逃れるには、そんな父の本当の姿を知る必要があったのかもしれません。父を知ることが自分を知ることに繋がる、自分に影響を与えている人がいるのであれば、まずはその人を知ること、それはこの作品の中のことだけではなく、読者である私たちにも言えることかもしれない、そんな風にも感じました。
『人は等しく孤独で、人生は泥沼だ』と書く森さん。『愛しても愛しても愛されなかったり、受けいれても受けいれても受けいれられなかったり』という日々を送る我々。『それが生きるということで、命ある限り、誰もそこから逃げることはできない』と言う森さんが綴る大人の物語には、生々しい性描写、大人ならではのどす黒い感情表現など、「カラフル」とは一見遠い世界が描かれていました。しかし、そこに描かれている人が人として生きていく中で感じることになる生きるさびしさと、だからこそ生まれるやさしさ、そして生きることの愛おしさには森さんならではの世界観が確かに息づいていました。
「いつかパラソルの下で」という書名から感じるなんとも言えない突き抜けた清々しさを感じる物語。冒頭と結末になんら変化のない普通の日常が描かれた物語。登場人物の心の内に開かれた未来から感じる深さと爽やかさの絶妙な競演を楽しむ物語。森絵都さんが描く大人な物語は、人の心の機微に触れるそんな素晴らしい作品でした。続きを読む投稿日:2020.08.06
こんな大人向けの作品とは知らずに読み始め、前半は死んだ父のイメージとかけ離れたエピソードを手繰り寄せていくミステリーのよう。後半はそんな父とのある種の決別の話。親子関係が複雑な人の方が響くものはありそ…う。生きることはキラキラしてることだけではない。その辺のリアルさ、戦う価値があるという人生観が下記から感じ取れて良きだった。
p201
誰の娘であろうと、どんな血を引こうと、濡れようが濡れまいが、イカが好きでも嫌いでも、人は等しく孤独で、人生は泥沼だ。愛しても愛しても愛されなかったり、受け入れても受け入れても受け入れられなかったり。それが生きるということで、命ある限り、誰もそこから逃れることはできない。続きを読む投稿日:2024.01.27
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