かもめ食堂
群ようこ(著)
/幻冬舎文庫
この作品のレビュー
平均 3.8 (582件のレビュー)
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あなたは『おにぎり』が好きですか?
『おにぎり』というものにどんなイメージを思い浮かべるでしょうか?今やコンビニを代表する商品でもある『おにぎり』ですが、学校時代の遠足に、運動会にと、イベント事に…持っていくお弁当の中に入っている食材という印象を抱いている方も多いと思います。
『やっぱりおにぎりは、鮭、おかか、昆布、梅干しなんです』。
そう、『おにぎり』と言えば中に入っている”具”が大切なポイントでもあります。外からは何が入っているかわからない『おにぎり』の”具”。何が出てくるかというドキドキ感もイベント事にはマッチするのだと思います。
『作る人が心をこめて握』る『おにぎり』。そんな風に考えれば考えるほどに、この国に『おにぎり』というものがあって良かった、そんな風に思います。
さてここに、そんな『おにぎり』を異国の地、フィンランドで提供する食堂を舞台にした物語があります。『ひょっこりした』かもめが『自分と似ている』と思う主人公が登場するこの作品。異国の地を舞台にするワクワク感が全編を覆うこの作品。そしてそれは、異国の地の人々が集う「かもめ食堂」の日常を描く物語です。
『店は開いていたけど、客は入っていなかった。店にいるのは今日もあの子供だけだよ…ちゃんとした料理が作れるのかしら。あれは「かもめ食堂」じゃなくて「こども食堂」だわ』と、周囲の人々から噂されるのは主人公のハヤシサチエ。『外国でわざわさ日本をアピールするのは、ものすごく野暮ったい』と考えるサチエは『さりげなく地元にすっととけ込んだ、お店をやりたかった』と考えています。『客数ゼロの日が延々と続』く中、それでも『ここヘルシンキで自分の店を持てたことがうれし』いと思うサチエは、『嬉々として体を動かし』続けます。『三十八歳になったばかり』というサチエが、『地元フィンランド人に「子供」といわれていたのは、小柄でかわいらしい顔立ちのせいで』もありました。『古武道の達人』という父に、幼いころから『熱心に指導』を受けたサチエは、道場の壁に貼られた『人生すべて修行』『という父の筆による書』を見て育ちます。『敏捷な身のこなしで、みんなに一目置かれていた』サチエでしたが、十二歳のときに母親が交通事故で亡くなったことを機に『家事に費やす』時間が増えました。そして、『料理上手の母親が』『残してくれ』た『料理ノート』をアレンジして、『煮物、焼き物はもちろんのこと、和菓子まで作った』というサチエは『料理がどんどん上手にな』ります。そんな中、『遠足の日、お弁当を作らなければと起きた』サチエは、おにぎりを作る父の姿を見ます。『おにぎりは人に作ってもらったものを食べるのがいちばんうまいんだ』と語る父親。そして、『遠足と運動会の日のお弁当』のおにぎりを作り続けてくれた父親。やがて大学を卒業し、『大手の食品会社に就職し』たサチエでしたが、『素朴でいいから、ちゃんとした食事を食べてもらえるような店を作りたい』という夢を膨らませていきます。『毎日、貯金通帳を眺め』『早く増えますように』と思う日々。しかし、『表面だけお洒落で実のない店』を東京で見る中に疑問が膨らむサチエは、ある日『外国で作ればいいじゃない』と閃きます。そして、『どこの国がいいだろうかと、あれこれ思いを巡ら』す中に、『フィンランド』が頭に浮かびます。『父の道場にフィンランド人の青年が来ていた』ことを思い出し、早速コンタクトを取るサチエ。調理師免許を取り、フィンランド語を学ぶ中に『問題なのは開店資金だ』と思い至るサチエは、『父に頼るのも嫌』という中、ある方法によってまさかの大金を手にします。『最終段階まで』父に黙って進めた計画、そして、出発前夜に『私、フィンランドに行きます…あっちに住んで食堂をやるの』と話すサチエに『むうう』とうなる父親。しかし、翌日『持って行け。人生すべて修行だ』とおにぎりを作ってくれた父親。そして、フィンランドへ単身移り住んだサチエが、港で目にしたかもめから着想した「かもめ食堂」と名をつけた食堂で心をこめた料理を提供していく日々が描かれていきます。
“ヘルシンキの街角にある「かもめ食堂」。日本人女性のサチエが店主をつとめるその食堂の看板メニューは、彼女が心をこめて握る「おにぎり」。けれどもお客といえば、日本おたくの青年トンミひとり。ある日そこへ、訳あり気な日本人女性、ミドリとマサコがやってきて、店を手伝うことになり…。普通だけどおかしな人々が織り成す、幸福な物語”と内容紹介にうたわれるこの作品。日本を飛び出して北欧フィンランドを舞台とする物語です。私は今までにおよそ750冊の小説ばかりを読んできましたが、その大半は舞台を日本国内とするものばかりです。もちろん同じ日本国内とは言え北海道から沖縄までその幅は広く飽きがくるようなことはありません。しかし、2020年春から三年も続いたコロナ禍で国外へ出ることもままならなかった中には、国外の雰囲気感を夢見る気持ちがフツフツとしていたのも事実です。そん
な中にたまたま手にしたこの作品の舞台、フィンランドは私にとって訪れたことのない国でもありとても新鮮な感覚を抱きました。
では、まずはそんなフィンランドを描写した箇所を幾つか見てみたいと思います。
・『フィンランド人は、見知らぬ人にはフレンドリーではない。多くは人見知りだ』。
→ 北欧の人は日本人に似たところがあると良く言われますが、この辺りなるほどと感じもします。物語に登場するフィンランド人たちを象徴する説明でもあります。
・『街なかの洋服店のディスプレイを見ると、東京の場末の洋品店でも扱っていないような柄のブラウスが並んでいる「だいたい、こちらの人の普段着はジャージですね。特に男の人はそうです」』
→ 現地の人々の生活に対する考え方が見えてくる表現ですね。なんだかとてものんびりした雰囲気感が伝わってもきます。
・『フィンランドの人は、森に神がいるっていっているそうです。森に行くことで神と近づくというか、神聖な場所のようですよ』
→ これはイメージ上のフィンランドを感じる表現です。国土面積の73%が森林というフィンランド。森と湖の国というフィンランドに暮らす人々の考え方に納得感を感じます。
三つほど見てきましたが、思ったほどにはフィンランドの描写は少ないのがこの作品の特徴です。というのも確かにフィンランドを舞台とする物語ではありますが、その中心はサチエが営む「かもめ食堂」になるからです。では、次に書名ともなっている「かもめ食堂」を見てみたいと思うのですが、少し不思議なのはせっかくフィンランドという異国に店を出すという想定なのにそんな食堂の外観、内観についての描写がほとんど登場しないことです。これは摩訶不思議です。そして、メニューについてもざっくりとしか登場しません。
『ソフトドリンク、フィンランドの軽食。煮物、焼き物などの日本食、夜はアルコールも出す。味噌汁、そしてサチエの一押しであるおにぎりが、おかか、鮭、昆布、梅干しと揃っている。しかし客の注文はほとんど、ソフトドリンクとフィンランド料理ばかりだった』。
せっかくフィンランドという場に展開するのに、肝心の『フィンランド料理』の描写はほとんどありません。この点も摩訶不思議です。一方で群さんが光を当てていくのが『おにぎり』です。上記した作品冒頭の記述の中にも『おにぎり』は印象的に登場します。食堂の料理として『おにぎり』を打ち出したいサチエ、『注文をとるときは必ず、「おにぎりもいかがですか」と勧める』と、『なじみがないフィンランド人』は、『それはいったいどういうものかとたずねるので、握ったものがあればそれを見せ、ないときは説明する』ものの、注文には繋がりません。しかし、サチエはあくまで『おにぎりに固執し』ます。
『作る人が心をこめて握っているものを、国は違うとはいえわかってもらえないわけがないと信じていた』。
そんなサチエは、腐ることなく『おにぎり』を勧める日々を送っていきます。異国の地で、ある意味では日本食の一つの代表選手とも言える『おにぎり』にこだわるサチエ。彼女が生まれ育った中での父親との思い出にも繋がっていく『おにぎり』。具体的なフィンランド料理が登場しなくとも、『おにぎり』というまさかの日本食の存在が「かもめ食堂」の物語を彩っていきます。
そんな物語は、サチエがヘルシンキに「かもめ食堂」をオープンしたその後が描かれていきます。サチエの見た目から『こども一人』でやっていると見られ、『あれは「かもめ食堂」じゃなくて「こども食堂」だわ』と呼ばれ、『客数ゼロの日が延々と続』く食堂の経営。しかし、当の本人・サチエは『ヘルシンキで自分の店を持てたことがうれしく、嬉々として体を動かして』いきます。そんな物語に彩りを添えるのがフィンランド人のトンミ・ヒルトネンデスの存在です。『コンチワー。カ、モ、メ?』、『ニホンゴ、ベンキョ、チョットシマシタ。ドコデ?シミンコウザデ…』と語るトンミは『一年前、たまたま日本のアニメーションを見て興味を持ち』日本語を勉強しています。そんなトンミの夢は『ぜひお金を貯めて日本に行って、ガッチャマングッズをたくさん買いたい』という微笑ましいものです。1972年にタツノコプロが制作したSFアニメ「科学忍者隊ガッチャマン」はこのレビューを読んでくださっている方の中でもどれだけの方がご存知かはわかりません。一方で「かもめ食堂」は2006年に刊行されています。フィンランドという国をわざわざ舞台とした物語に登場させるくらいですから実は彼の国でも有名な作品なのかもしれません?この作品ではトンミ=『ガッチャマン』という位に話題として登場していきます。この群さんのこだわりはどこにあるのだろう?『ガッチャマン』にあまりに執着した記述にそんな思いも抱きました。そして、物語には、あと二人、ミドリとマサコという二人の日本人が登場します。小説の登場人物として関係性は別に三人の女性が物語を主導する作品は多々あります。物語に安定感が出るのだと思いますが、この作品における三人の位置づけもとても絶妙に展開します。そんな三人が関わっていく「かもめ食堂」を舞台にしたこの作品。特に大きなことが起こるでもなくある意味淡々と記されていく物語の中に、あくまで自然体な日常を生きるサチエの生き方に魅了されていく、そんな自分に気づきました。
『自然に囲まれている人が、みな幸せになるとは限らないんじゃないかな。どこに住んでいても、どこにいてもその人次第なんですよ』。
ヘルシンキに「かもめ食堂」という名の食堂を開いた主人公のサチエ。この作品では、そんな彼女の店に集まるフィンランド人と日本人の姿が描かれていました。食堂を舞台にした作品なのに、食が目立たないこの作品。そんな中に『おにぎり』という存在に光が当たっていくこの作品。
ただただ穏やかな時間が流れる物語の中に、ほっこりとした読後感を楽しめる、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2023.12.16
登場するのは、ある程度、人生を生きてきて、折り返し地点を迎えた女性たち。で、ああ、気がつけば、平々凡々に時が経っていたな、そう思えるような女性3人だから、
この「かもめ食堂」は、より際立って、素敵な…場所になっています。
例えば、彼らは共通して結婚していなくてでも、しっかり誰に迷惑をかけるわけでもなく、生きてきた。
ステレオタイプの幸せとは違うから、思い思いに、これで良いのか、という思いもあって、どうにかして、自分で楽しもうと繰り出した先に、偶然、かもめ食堂が出現するわけですよね。
最初は無謀にも海外で「かもめ食堂」を立ち上げた女性一人のその一歩は、ポジティブな気持ちで、不思議な力が働いて、一人また一人と、引き寄せられて、スタッフが増えていくわけです。
それこそが、漫然と過ごしているはずなのに、それまでとは明らかに違う、漫然としていない、光り輝く平凡な日々になっていて、それがなんとも素敵なのです。
明らかに前とは違った楽しくポジティブで生き生きとするその光景に、読んでいる僕は力をもらえました。続きを読む投稿日:2024.03.25
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