アカペラ(新潮文庫)
山本文緒(著)
/新潮文庫
作品情報
身勝手な両親を尻目に、前向きに育った中学三年生のタマコ。だが、大好きな祖父が老人ホームに入れられそうになり、彼女は祖父との“駆け落ち”を決意する。一方、タマコを心配する若い担任教師は、二人に振り回されて――。奇妙で優しい表題作のほか、ダメな男の二十年ぶりの帰郷を描く「ソリチュード」、独身の中年姉弟の絆を見つめた「ネロリ」を収録。温かくて切ない傑作小説集。
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商品情報
- シリーズ
- アカペラ(新潮文庫)
- 著者
- 山本文緒
- 出版社
- 新潮社
- 掲載誌・レーベル
- 新潮文庫
- 書籍発売日
- 2011.08.01
- Reader Store発売日
- 2019.12.27
- ファイルサイズ
- 0.6MB
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この作品のレビュー
平均 3.4 (107件のレビュー)
-
あなたが本を選ぶ時、そのきっかけは何でしょうか?
本、本、本のレビューが山のように、もとい、宝の山のように積み重なるブクログの場に集うみなさんは、ある意味で読書のプロと言ってもいい方だと思います。そ…んな読書のプロの皆さんが書かれた絶品のレビューを読めば読むほどに、そこには未だ出会えていない素晴らしい本がたくさん眠っているのではないか、そんな風に感じます。そして、その記述を参考に本を選んでいく、そんな起点を提供してくれるブクログという場は本当に素晴らしい場だと思います。(私はブクログ関係者ではございません(笑))
そう、本を選ぶ時にはその本を読まれた方のレビューを参考にする、しかも一人じゃなくて、たくさんの人の意見を参考にあれやこれやと選んでいく、これによって最短距離で素晴らしい本に巡り会える可能性が高まります。しかし一方で、それだけでは、趣味の読書としては今ひとつという気もします。趣味であるならたまには直感で動くことがあっても良いのではないか?
私のレビューに一度だけ”ジャケ買い”という言葉を用いたものが存在します。辻村深月さん「光待つ場所へ」。書名を書くだけであの深い感動が蘇る今もって大好きな作品ですが、この作品を私は”ジャケ買い”しました。表紙が気に入った、という理由で買ったその作品。そして、そんな”ジャケ買い”した「光待つ」から300数十冊後に、再び同じ理由で手にした作品がここにあります。『美人でもブスでもない平凡な顔だが、よく日に焼けていて、黒目が光り健康的だった…髪も染めておらず、リップクリームさえ塗っていなさそう』という主人公の顔が大きく描かれた文庫本の表紙。『正直こっちが怯んだ』と担任教師が感じるそのままに、読者をじっと見つめるその目に射抜かれてしまった私。すっかり頭を離れなくなったそんな主人公が描かれた表紙がきっかけで思わず”ジャケ買い”してしまったこの作品。『中編を書くことの楽しさを知った』とおっしゃる山本文緒さんが8年をかけて綴られた三編が詰まった中編集です。
さて、2008年に単行本として刊行されたこの作品は、三遍の中編から構成されています。表題作の〈アカペラ〉のみ、2001年に「プラナリア」が直木賞を受賞、その直後作として発表されています。しかし、『一編目の〈アカペラ〉を書いたあと、私は病気で約六年、小説を書く仕事を休むことになった』とご病気により執筆を中断後、復帰作として残りの二編が書かれ、単行本として刊行されたという経緯を辿ります。そんな三編には直接的な繋がりはありませんが、いずれもちょっと不思議な、もしくは複雑な家族関係を描いているという点が共通しています。
三編ともそれぞれの味を感じますが、一番気に入ったのは、”ジャケ買い”の対象となった主人公『ゴンタマ』が登場する表題作〈アカペラ〉でした。『ママが家出しました。タマや、捜さないでください、ではじまる置き手紙』を見て『毎度のことなので最後まで読まないでまるめて捨てました』というのは主人公の権藤たまこ、十五歳。『うちはちょっと変わった人たちで構成されている』ものの『なにごとも繰り返されると人は慣れるってもの』で、『ママの家出くらいじゃびっくりしません』という たまこ。一方『パパは五年も前から単身赴任』しているもののずっと帰って来ず、電話をかけても『「現在この電話は使用されておりません」と電子音声』が流れる状況。そんな たまこは祖父の『金田泰造、七十二歳』と暮らしています。その二人の『関係が「ちびまる子ちゃんと友蔵みたい」とお友達の誰かが言って通称とな』ったという”トモゾウ”という祖父の呼び名。『ママはじっちゃんのことボケはじめたって言うけど、赤ん坊の頃から毎日一緒のタマコには全然そうは見え』ないという たまこ。『じっちゃんはほれぼれするほどいい男』で『タマコの理想の男性』であり『タマコはじっちゃんみたいな人と結婚したいです。というより、できることならじっちゃん本人と結婚したい』と思い続けています。一方、『昼休み、俺は職員室のデスクで眠気をこらえながら頬杖をついて、進路調査票を眺めていた』のは教師の蟹江清太。『三年生の担任だなんて気が重い』と思っていたものの『突飛な高校名を書いた奴はいない』ことに安堵した清太ですが、『「就職」というでかでかと書かれた』書類を目にして愕然とします。『勘弁してほしい』と思う清太は、それが権藤たまこのものだったことに『夏休みに何かあったのだろうか』と考え、放課後たまこを呼び出します。『美人でもブスでもない平凡な顔だが、よく日に焼けていて、黒目が光り健康的だった』という たまこ。『就職します。高校にはいきません。で、何か?』と言う たまこ。両親の意向を聞いても『話そうにもいないんだもん。パパは引っ越しちゃったみたいだし、ママは家出してるし』と答える たまこ。『中卒で就職ってのは、キミが考えてる以上に…』と話すも聞く耳持たずに帰ってしまった たまこ。『両親が本当に家にいないのか、今から訪ねて行ってみようと思』い、『祖父が同居している』はずの たまこの家を訪ねます。『ええと、今日はたまこさんは?』と聞くと『さあ。アルバイトじゃないですかね』と答える祖父。『なんだと。バイトは停学ものの校則違反』と思う清太に、祖父は『どうぞどうそ。上がってください』と『焼き魚と煮物の鉢、新しいビールを二本』を出しました。両親について訊ねても埒があかない会話の中で、清太は連絡先の記載を偶然に見つけ、こっそりメモします。そして、そんな清太が、たまこと祖父のトモゾウの関係に巻き込まれていく物語が始まりました…というこの中編。たまことトモゾウの衝撃的な関係が描かれていく物語は、なんとも切ない結末で幕を下ろします。『少女小説出身の私はその反動で、一般文芸に転向してから十代の少女を語り手としたものを意識して書かないようにしていた』という山本さんが原点に立ち返って『十代の女の子の一人称』で書いたというこの中編は、表紙のイメージそのままに清新さに溢れる主人公・たまこの絶品の描写を存分に感じられる好編でした。
“家族の形”というものは家族の数だけあり、それぞれの家庭にはそれぞれの事情に応じた”家族の形”というものがあるように思います。この作品で取り上げられる三編では、そのそれぞれにおいて、一般的にはかなり特殊と思われるような”家族の形”が描かれていきます。『私はおじいちゃんの後妻さんの連れ子』という十五歳の主人公・たまこが七十二歳の祖父のことを『タマコの理想の男性』、『じっちゃん本人と結婚したい』と願い『駆け落ち』までしてしまう様が描かれる〈アカペラ〉。『誰かが「いとこ同士も結婚できるんだぞ」と揶揄した。おれはふたつ年下の幼い美緒の手を握りしめた。あれがすべてのはじまりだった』十歳の時、そして『二度と美緒に触れることはないと思っていた』いとこ同士の春一と美緒が二十年の歳月を経て再開する〈ソリチュード〉。そして、『三十九歳無職に加えて、いい歳の独身の姉と弟がふたりきりで寄り添って暮らしているなんてちょっとキモい、なんかあるんじゃないの』と世間から見られながらも、病気の弟をずっと看る姉の姿が描かれる〈ネロリ〉というように、事情を深く知らないとエッ?と思わず言葉が出てしまうようなかなり特殊な”家族の形”が描かれていきます。
そんなこれらの中編が上手いと思ったのは、たまこ、春一、志保子というそれぞれの中編の主人公たちが形作る”不思議な関係”の相手となるもう一人の”家族”に視点が移動しないということ、そして、そんな”家族”から少し離れた存在であるにも関わらず、そんな”家族”に深く関わるもう一人の主人公が登場し視点が移動する点です。”不思議な家族”を第三者的に見つつも深く関わっていくもう一人の主人公。それは、担任教師であったり、結末にまさかの関係性が明かされる立場だったりと物語によってその関係性は異なりますが、第三者的視点が入ることで、”不思議な家族”を冷静に俯瞰することができます。しかし、主人公たちに深く関わっていく彼らであっても『いくら仲が良くても事に至るような感情が湧くものだろうか』とか、『形容のしようのない愛情がふたりのあいだには確かにある』と、その関係性を知って、そこに流れる何かを感じていてもその真意を理解できるまでには至りません。ただ、これは決して特別なことでもありません。世の中に家庭の数だけある”家族の形”の全てに理解を示せる人などいないからです。一方で、当人たちにとっては、第三者が自分たち家族のことをどう考えようが全く関係のないことでもあります。それぞれに、それぞれの事情の中で最善と思われる形で存在するそれぞれの家族。えっ?と私も一瞬声に出してしまった”不思議な家族の形”、そのそれぞれの家族の中に育まれる当事者のみに通じ合うお互いを思い合う優しい感情。”家族の形”というものは外からは見えづらく、その家族の中だけにしか本当のところはわからないものなのかもしれない、そして、それでいいのかもしれない、そう思いました。
『この姉弟が幸福なのかどうか、あたしはいまだに、というかますますわからなくなってきていた』というように、幾ら当事者に近い位置にいる存在であっても、存在になっても、当事者でなければ理解できない感情というものが確かに存在します。それは、この世に数多ある家族それぞれにあるものであり、同時に何を幸福と感じるのかという答えも数多存在します。
あらすじや皆さんのレビューではなく、”ジャケ買い”したこの作品。表紙の たまこの真っ直ぐな目に見つめられるこの作品。温かさと切なさを感じる、そのそれぞれの結末に、家族ってなんだろう、幸福ってなんだろう、と改めて考えることになった、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2021.06.07
おじいちゃんの、たまちゃんの名前の呼び方の変化、そういうことか、、、中3ながら精神的に成熟した彼女の一途な一面を知っても、不思議とそんなにぞっとしない、特徴のある性格だなと思った。
投稿日:2024.03.10
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