東京會舘とわたし 上 旧館
辻村深月(著)
/文春文庫
作品情報
数々の結婚式やパーティー、この場所が見てきた百年の歴史。
社交の殿堂を舞台に描く感動小説。
大正十一年、社交の殿堂として丸の内に創業。
東京會舘は訪れる客や従業員に寄り添いつつ、その人の数だけ物語を紡いできた。
記憶に残る戦前のクラシック演奏会、戦中の結婚披露宴、戦後に誕生したオリジナルカクテル、クッキングスクールの開校――。
震災や空襲、GHQの接収などの荒波を経て、激動の昭和を見続けた建物の物語。
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商品情報
- シリーズ
- 東京會舘とわたし 上 旧館
- 著者
- 辻村深月
- 出版社
- 文藝春秋
- 掲載誌・レーベル
- 文春文庫
- 書籍発売日
- 2019.09.03
- Reader Store発売日
- 2020.01.01
- ファイルサイズ
- 5.1MB
- ページ数
- 320ページ
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この作品のレビュー
平均 4.1 (92件のレビュー)
-
『東京、丸の内。皇居の隣、ちょうど二重橋の正門の真向かいに”東京會舘”という建物がある』
新しい建物が次から次へと建設され、その一方で昔からあった建物がいつのまにか消え去っていく。年月を空けて訪れて…もあまり変化の少ないヨーロッパの旧市街などと比べて日本の特に都会の風景というものは物凄いスピードで変化し続けているように思います。とは言え、竣工すれば何十年と使われ続ける建物たち。そんな建物の身になって思えば、作られた時には、思いもよらないその後の未来が待ち受けていた、といった展開も十分にあり得ます。この数十年に渡って戦争を経験していない我が国。すっかり平和な時代が当たり前になった今では、都市の中にかつての戦争の痕跡を探すことさえ難しくなってきているようにも思います。しかし一方で、見かけ上、傷跡が修復されても、今と同じその場所で、そんな時代をまさしく身をもって体験してきた建物たちがまだまだ東京にもたくさん残っています。普段意識することのない、かつてのきな臭い時代。『大政翼賛会もGHQも、それに戦争も、三十代半ばの小椋にとっては歴史の教科書の中の出来事という印象しかない』というように、すっかり平和の中に毎日を送る私たちは、教科書の中の出来事と、現実に見えているその街の風景を繋げることすら難しくなってきているようにも思います。『この場所とその歴史が繋がっていることが、にわかには信じがたい』という今の私たち。
この作品は、この国の歴史に刻まれた人々の生き様を目にしてきた建物にまつわる物語。激動の歴史を生きてきた場所、『東京會舘』の物語です。
(注)『東京會舘』は、1952年7月にGHQから返還された時に『館』を『舘』に変更しています。このレビューもそれに沿って漢字を使い分けています。
『朦朧とする意識の中で、混み合う電車の中から風呂敷包みの荷物を持ち、東京駅のホームに降り立った』のはこの短編の主人公・寺井承平。『目指すは、帝国劇場。ヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラーの音楽会』という寺井は『法科の勉強そっちのけで古本とレコードに夢中になった』という大学生活を送りました。『父が病に倒れた、という知らせを受けなければ、今でも東京に残って、それらの活動に没頭していただろう』という寺井。その父の病気は『小説を読むことと書くことが楽しすぎ』て『音信がない息子を呼び戻す口実』でした。『半ば強引に金沢に連れ戻された』寺井は『金沢に帰っても小説は書き続ける。出版社にも送る』と決めたものの、二年の歳月が過ぎ、『自分はもう終わってしまった作家なのではないか』と考え出します。『まだ一、二度文芸誌に載った程度。それなのに、書きたい衝動がこれほどに色あせるとは』と感じる寺井。そんな時『寺井くんが好きだと思ったので、知らせます』という手紙が届きました。『クライスラーの音楽会開催を知らせる』その手紙は、『東京の出版社の編集者』からのものでした。『無類の音楽好きとして知られていた』編集者の金藤。やはり『音楽が好きだった』という寺井。『クライスラーの写真が刷られた絵葉書』を見ながら『クライスラー。フリッツ・クライスラー。なんということだろう、彼が来る。日本に。東京に』とかつて聴いた『名盤の調べが甦り、畳を踏む足の裏がむずむずとし』た寺井。『聴かずに死ねない。何をおいても行く。できれば特等席』と強く思う寺井は『東京ならば、クライスラーの価値を知る人たちが特等席に大枚をはたき、帝劇に押し寄せるに違いない』とも考えます。『偉大なヴァイオリニストのためにも、どうか、そんなふうに人々が熱狂していますようにと祈った』寺井。そして今、東京駅へと降り立った寺井。『待ち合わせた丸の内の喫茶店』で、初日から全ての演奏を聴いてきたと自慢する金藤は、『ところで君、帝劇の音楽会は初めてか』と訊きます。『いえ、東京にいた頃に縁があって何度か』と答えた寺井に『今はその頃とはまったく違うよ。何しろ、地下が繋がっているからね。東京會館と』と返す金藤。時間が来て『行こうか。散歩がてら、帝劇まで歩こう』と向かう道の途中で『寺井くん、あれが東京會館だ』と言う金藤。『顔を上げた寺井は、そこで、息を吞んだ』というその目の前に『五階建ての東京會館』の姿がありました。そして、演奏会へと赴いた寺井に予想もしなかった出来事が…という最初の短編〈クライスラーの演奏会〉。20世紀の最も偉大なヴァイオリニストの一人とも言われるクライスラーが、1923年5月に実際に来日した際の様子を上手く作品世界に取り入れたこの短編。その滞在中に遭遇した関東大震災の前触れとも言われる地震との関係を上手く絡めて、これから始まる『東京會舘』の物語の幕開けに相応しい好編だと思いました。
『この本を書くことになったきっかけですが、まずは私が結婚式を東京會舘であげたことがはじまりです』と語る辻村深月さん。『結婚式の引き出物は、私の当時の最新刊「ロードムービー」でした』と続ける辻村さんが書かれたこの作品は、現在も東京丸の内で営業を続ける『東京會舘』にまつわるエピソードを綴った内容となっています。上下巻に分かれ、さらに五つの短編から構成される上巻では、1922年に竣工した”旧館”が舞台となります。そんな上巻には〈プロローグ〉が置かれています。『東京會舘のレストラン、「シェ・ロッシニ」で、その日、白髪の紳士とスーツ姿の若い男が向かい合っていた』というその〈プロローグ〉は、『いや、それにしても、驚きました』と語る白髪の紳士が『東京會舘を舞台に小説を執筆したいという申し出は、小椋先生が初めてです』と続けるシーンから始まります。『僕のような者が僭越なことを申し上げて』と返す小椋。ある小説家がまさに執筆を始めようとするその光景、そして出来上がったその小説が描く物語は、まさしく、辻村さんがこの作品を執筆されるイメージに重ね合わせたものだと思います。彼の手にした『万年筆のキャップには、「Mr.Ogura」という小椋の名前と、ある日付が刻印されている。「2012.7.17」というのがその日だ』というこの日付。『小椋にとっては生涯忘れられない日付』という「2012.7.17」とは、辻村深月さんが「鍵のない夢を見る」で第143回直木賞を受賞され、『東京會舘』で会見に臨まれた日です。『この日に寄り添ってもらったからこそこの建物を ー 東京會舘を書きたい、という気持ちに今なっている』という小椋の心持ちは、まさに辻村深月さんの想いそのものなのだと思います。そんな熱い想いがひしひしと伝わってくる〈プロローグ〉から始まるこの作品。作品世界にすーっと入っていけるような概観記載が丁寧にされていることもあって、『東京會舘』の知識がないという方でも、全く問題なく作品世界に入っていける、読み手のことをとてもよく考えられた作品だと思いました。
そんな上巻の五つの短編は、竣工後の『東京會舘』が、嫌が上にも巻き込まれていくこの国のきな臭い歴史と結びつきながら展開していきます。一編目〈クライスラーの演奏会〉では、竣工間もない時期の會館の栄華。二編目〈最後のお客様〉では、『関東大震災』からの復興を経て『大政翼賛会』による接収。三編目〈灯火管制の下で〉では大戦下の苦難。四編目〈グッド・モーニング、フィズ〉では、戦後の『GHQ』による接収。そして、最後の〈しあわせな味の記憶〉ではようやく落ち着きを取り戻した『東京會舘』の今に続く物語がそれぞれ描かれていきます。私は『東京會舘』自体は知っていましたが、それがこんなにもこの国の歴史に残る事象に深く絡んでいたとは思いませんでした。小説を読んで”勉強になりました”という感想も少し変ですが、激動の大正、昭和の人々の生き様、考え方の変遷、そしてそれを見てきた『東京會舘』という建物にとても感慨深いものを感じました。
そんな五つの短編は、そのそれぞれの時代を必死に生きた主人公たちの物語が描かれます。また、短編間でも、ある短編に登場した主人公が他の短編では脇役として登場するなど全体として緩やかに繋がっていきます。そんな登場人物から一人取り上げるとすると二編目〈最後のお客様〉の主人公・佐山健(さやま たける)でしょうか。『今日を最後に、東京會館は、政府のものとなる』と、翌日から大政翼賛会の庁舎として徴用されることが決まった『東京會館』。佐山は『自分は何があっても、東京會館の黒服として最後まで職務をまっとうする』と決意を新たにします。『大政翼賛会は、自分たちが迎える、最後のお客様だ』と考える佐山。歴史を俯瞰するとなんとも言えないシーンですが、佐山は色々な思いをわかった上で自分は『どうこう思う立場にはない』と、その『黒服』という自らの役割に専念します。『この国ではおそらく一生かかっても持てないと思えるような数多くの贅沢な品』を、外国人の持ち物に見てきた佐山。『彼の国と日本では、何もかもが違う』と身をもって感じてきた佐山は『戦争をすれば、日本はきっと ー』と思うものの『こみあげた思いをさっさと頭から拭い去り、佐山は客人の前に立つ』とあくまでプロフェッショナルを意識した行動をとります。そして、『私と一緒に歩いてきた ー 私の東京會館を、どうかよろしくお願いします』という思いで大政翼賛会を迎え入れます。これまで『東京會館』という建物に関わってきた人たち、そして今に続く『東京會舘』を支えてきた人たちの建物への深い想いを強く感じさせられた名シーンだと思いました。
『この場所にかかわった者、一人一人の思い出と輝ける日々が沁み込んだ、この場所はそういう場所だ。訪れた人の数だけ、自分の東京會舘がきっとある』というその特別な場所。そんな『東京會舘』の『歴史を下敷きとしたフィクション』として見事に描かれたこの作品。どこか近寄りがたいと感じていたその荘厳な建物の背景に、建物を支え続けてきたたくさんの人たちの熱い想い。そして、”人が華やぐ「味」と「おもてなし」をこれまでも これからも”という言葉の裏に流れる人のぬくもりを強く感じた、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2021.03.22
このレビューはネタバレを含みます
再読。
レビューの続きを読む
震災や、戦時・戦後の接収など、東京會舘と歴史が絡んだ物語で読み応えがある。
特にバーと、お菓子の話が好き。努力が報われる一瞬にぐっとくる。
この本を読むと、とても東京會舘に行きたくなる。
シャ…ンデリア、ジンフィズ、パピヨン…!
本作では、辻村深月ならではの毒はないかな?
続きを読む投稿日:2024.03.02
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