この作品のレビュー
平均 3.7 (80件のレビュー)
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『お菓子の詰め合わせのように、少しずつ味や食感の違う短編集にしようと思いました。』と語る島本理生さん。
一箱でいろんな種類が楽しめるお菓子の詰め合わせ。蓋を開けた時にどれにしようかとときめく瞬間は詰…め合わせならではのものです。そしてよく練られた詰め合わせは、人によって好みもバラけるもの。でも、どうしても人気が集中してしまうものもあります。そういったものは、何かしらそのものが持つ個性、気を引く強い個性を持っていると思います。でも食べた後に残るのは、詰め合わせだったという印象だとも思います。そんな詰め合わせのように物語がたくさん詰まったこの作品。『電車やバスでの移動中、入浴中や眠る前など、いつでも気軽に手に取って楽しめる本になればいいな、という願いを込めた一冊』と島本さんが語るこの作品。あの「ナラタージュ」と完全に重なる時期に書かれた島本理生さんの短編集です。
7つの短編から構成されるこの作品。登場人物がふわっと重なる連作短編集という形式をとっていて、各短編ごとに視点が変化していきます。連作短編集というとAとBとCの三人が登場するストーリーを順番に視点を回していくという形式がありますが、この作品ではそこまで強い繋がりではなく、1編目に出ていた人物が2編目で店の客として現れる、そんなふわっとした繋がりで結ばれています。
ストーリーと登場人物の両面から一番印象に残ったのは〈青い夜、緑のフェンス〉でした。『子供の頃から育つという言葉が好きだった。それは太っている自分を全面的に肯定してくれる唯一の言葉であり、切り札だった』というのは主人公の針谷。『「蜂の巣」という店名とミツバチのイラストが夜の中で点滅を始めた』というお店で『カクテルを作っては、運ぶ』仕事をしている針谷。『店が閉まるのは深夜の二時過ぎで、それから片付けをすると三時近くになってしまう』という終業後、外に出ると『遅かったね』と声をかける小さな影。『無視して歩く速度をはやめた』針谷より先に『僕の原付に勝手に飛び乗った』のは一紗でした。そして、まったく動じることなく『頑固にシートにしがみついたまま離れ』ないので止むなく一紗を家まで送る針谷。『ようやく彼女のマンションの前』に着いた一紗は『ありがとう。また送ってね』、そして『この原付さ、あんたの体重で後輪が潰れてるね。パンクに気をつけなよ』と言ってマンションの中に消えます。『一紗とは中学生のときからの付き合いだが、それをありがたいと感じたことは一度もない』いう針谷。『あれはおととしの誕生日だった』と一紗との過去を振り返ります。『ケーキを奢ってくれるというめずらしく心優しい台詞につられて出かけてしまった』針谷に『小さな箱を突き出してプレゼントだと言った』彼女。『包装紙を剥がした僕は絶句した』と中から出てきたのは『ガラスの小瓶』。『だって針谷って糖尿病でしょう』という彼女がくれたものは…というストーリー展開のこの作品ですが、ブクログのレビューでもこの針谷君というキャラに好印象を持たれる方がとても多いようです。彼女に強く言われても反論できず黙ってしまうシーンの多い針谷君。全体としてユーモアを感じられる箇所も多いですが、表現としても面白いと感じたのは店内でトラブルになった彼女を針谷君が必死で守ろうとするシーンです。『僕、0.1トン以上ありますよ。失礼ですけどお客様の体重は見たところ70キロないですね。この体重の差だと、殴っても突き飛ばしても、おそらくこちらが倒れることはないでしょうね』と必死で一紗を守ろうとする針谷君。『0.1トン』という表現が登場するシーン。何故だか不思議とパワーを感じてしまうこの表現は、その後の展開の説得力にも繋がると同時に針谷君のファンを間違いなく増やしたであろうセリフだと思いました。
そして、7つの中で少し味わいが異なるのが最後の短編〈夏めく日〉でした。『台風の日だった。遅くまで学校に残っていたら教室の蛍光灯が点滅して…』と唯一高等学校が舞台となり現役女子高生・佐伯と石田教諭の二人の登場人物の会話と心の動きだけで構成されるこの短編では、二人のどこか危うい関係が少し「ナラタージュ」を彷彿とさせます。『私と手をつないで図書室の中を歩いてくれませんか』という願いが叶った佐伯。しかし『自分が希望したことなのに、言葉のない窮屈さに息が詰まりそうになった』、そして『右手が汗ばんでいるのを悟られないか、そんな不安ばかりが頭の中をよぎっていく』という自分の希望が叶ったにも関わらず動揺が隠せません。ここで島本さんは、佐伯と繋がった石田先生の手の感触をこんな風に表現します。『痩せているのに関節が太かった』というその手。その感触を『柔らかいはずなのに刃物が刺さるように感じる』という予想外の展開。『相手の指先のちょっとした動きにも心臓が反応してしまい、体中の細胞が手のひらに寄り集まって無数にうごめいているみたいだった』という佐伯の心の内は『嬉しさよりも、恐怖に近い緊張感に浸されていた』という複雑な思いに満たされます。結局『図書室を二周ほど歩いたところで、私は、もういいです、と手を離した』という展開。そして『苦しいものから解放されたような思いで軽く息をついた』という佐伯の複雑な感情。でも、大人である石田先生は『若い頃はさ、身近にいる大人が特別に見えるものだよ』といかにも先生らしい言葉を佐伯に投げかけます。それに対して『だから違いますってば』と返す佐伯。このレビュー内容だけだと石田先生の言葉から感じられる青春の甘酸っぱさを感じるシーンのような印象を受けられると思いますが、島本さんはそんな青春ものな終わらせ方はしません。後半の最後の数行で、やっぱり「ナラタージュ」の島本さんだ、と変に納得してしまう静かなどんでん返しを仕掛けます。ある意味での女性の怖さをとても印象づけられた短編でした。
さまざまな人が生きる世界、そこにはさまざまな出会いがあり、さまざまな愛の形があり、そして、さまざまな別れがありました。そして、その時間を当事者として過ごした者たちだけが知る、感じる、そして記憶する人の機微に触れる7つの物語。書名の「一千一秒」という一見長そうな時間は、単位を変えれば十六分四十一秒というように印象が大きく変化します。そう、同じものであってもそれは見方によって必ずしも同じにはならないという人の心の機微に触れる物語。『他人から見ればささいな出来事でも、その人にとっては乗り越えがたい痛みとなることは数え切れないほどあります』と島本さんが語るそんな7つの物語が詰まった作品でした。続きを読む投稿日:2020.07.31
著者の作品は基本的には私とは合わないのだけど、たまには、と思って読んでみました。
本作は連作短編集的な作品なのですが、案の定どの章のどの主人公も苦手でした。
恋愛体質でひとりよがりの気があって・・・…つい、ウザっと思ってしまうのですが、相変わらず文章は瑞々しくて繊細で、人気の作家さんなことは理解できます。
著者の、色恋じゃないストーリーが読んでみたいなあ。続きを読む投稿日:2024.03.18
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