ギンイロノウタ(新潮文庫)
村田沙耶香(著)
/新潮文庫
作品情報
極端に臆病な幼い有里の初恋の相手は、文房具屋で買った銀のステッキだった。アニメの魔法使いみたいに杖をひと振り、押入れの暗闇に銀の星がきらめき、無数の目玉が少女を秘密の快楽へ誘う。クラスメイトにステッキが汚され、有里が憎しみの化け物と化すまでは・・・・・・。少女の孤独に巣くう怪物を描く表題作と、殺意と恋愛でつむぐ女子大生の物語「ひかりのあしおと」。衝撃の2編。
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商品情報
- シリーズ
- ギンイロノウタ(新潮文庫)
- 著者
- 村田沙耶香
- 出版社
- 新潮社
- 掲載誌・レーベル
- 新潮文庫
- 書籍発売日
- 2014.01.01
- Reader Store発売日
- 2019.03.01
- ファイルサイズ
- 0.6MB
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この作品のレビュー
平均 3.4 (63件のレビュー)
-
あなたは、子供だった頃、親に知られたくない秘密の場所がありましたか?
子供時代は好奇心に満ち溢れた時代です。大人にとっては何のことはないようなことにも敏感に心が反応していく時代でもあります。一方で、…それは大人の世界の扉を開く、もしくは大人の世界を覗き見するようなことでもあります。
そんな中では、親に内緒にするという感覚自体に気持ちが昂りもします。両親の『廊下の足音に用心し』ながらも秘密を自分の中で大切にしていく、そんな場面もあるでしょうし、そんな秘密の隠れ家のような場所も愛おしくなってもいくものです。
さてここに、『銀色の扉から「大人の国」へ行けば、闇の中で全ての目玉が一斉にこちらを向くのだ』という思いの先に、押入れの下段を秘密の場所にする一人の少女が主人公となる物語があります。『自分の身体』の変化を意識し、『どこから膨らんでくるのだろうか。乳房だろうか、お尻だろうか』とその日を待ち続ける主人公が描かれるこの作品。そんな先に、『男の人の瞳にむしゃむしゃと食べられる』ことを『待ち遠しい』と感じる主人公の心の内が赤裸々に描かれるこの作品。そしてそれは、「ギンイロノウタ」という書名の奥深さに読者が感じ入る他ない、”村田沙耶香ワールド”の極みを見る物語です。
『その夏の日、私は小学校の二年生でした』と過去を振り返るのは主人公の古島誉。『明日から夏休みで騒がしい学校を終えた』誉は、『駅を出てすぐ目の前の広場に設置された』『「ニュータウン完成予定模型」と札に書かれた長さ二メートルほどの大きな模型』へと近づき『精密な模型を覗き込み』ます。そんな時、『背後から近づいてくるもの』を感じた誉が振り返ると『そこには不可解なものが立っていました』。『巨大な花のつぼみに見え』る『怪人』に『恐怖で後ずさり』する誉。そんな中に『イウコトヲキケ…』、『ススメ。ススメ。ススメ』と音声が流れてきます。そんな時『布越しにワンピースの胸元を摑まれ』た誉は、『怪人』に『強い力』で『見たことのある公園』へ『連れてこられ』ます。そして、『公衆トイレ』の個室へと『押し込まれ』た誉は、『開けて。開けてください』と『擦れた声をだ』すも返答はありません。しゃがみこんだ誉の耳に『ピジイテチンノンヨチイクン』と『不可解な言葉が聞こえてきて』、『とめどなく繰り返され』ます。『祈れ。これは呪文なんだよ。繰り返せ…』と『誰かが急にそう叫び、笑い声がはじけ』、『耳をふさいで目を閉じ』る誉。『どれほどそうしていたの』か、ようやく外が静かになっているのに気づいた誉はドアを開けたものの『子供の笑い声が聞こえたような気がし』、『猛烈に走り出し』、『やっとの思いで家にたどりつき』ました。そして、『誉、どうしたんだ?…』と『呑気な父の声』に迎えられた誉は、一方で『いつもと違う道をお散歩してたら、道に迷ってしまったの』と言う母の姿も目にします。『行っても行っても、知らない道なの。誰もいないし…』と言う母、『おまえのお母さんは、すごく大変な目にあったんだぞ』という父。場面は変わり、『ねえ、先週、この講義出てた?』と『側に座っていた女の子』に訊かれたものの『目もあわせずに鞄から筆箱とノートを取り出』す誉。『さらに何かを言おうと』する女の子を『連れらしい髪の長い女の子』が連れていった後、『あの人、なんか、気持ち悪くない?』という声が聞こえます。『大学というのは不思議なところ』と思う誉は、『少し不気味がられても、それはこの騒がしい空間にすぐに溶けてなくな』ると思います。『小さいころは、「岩」というのが私の渾名』だったという誉は『ふと、横の席に目をや』ると、そこにオレンジ色の服を着た男の子が『腕に顔を半分埋めて、目を閉じて眠ってい』るのに気づきます。急に身体を起こした男の子は『紙袋から取り出したハンバーガーに、身を乗り出して大きくかぶりつ』きます。そして、『ねえ、一年生?次、後期の説明会あるよね』、『おれ、場所がわかんないんだ』と訊かれた誉は『春に入学式をやったところです』と答えます。そんな中に『廻ってきた』『プリント』に誉が名前を記入すると『あれ?それ、おれの名前と似てる』と言う男の子。『なんて読むの?』と訊かれ『… ほまれです。古島誉』と言うと、『読み方も似てる。ほらね』と言う男の子のプリントには『太い字で「芹沢蛍」と』書かれていました。『誉と蛍という名がそれほど似ている気』がしない誉ですが、『男の子は満足そうに』しています。そして、『講堂まで一緒にいく』と『前から友達だったみたいに気軽に尋ね』られるも『…私、行かないですから』と言う誉は、『いそいで携帯を開き』、『今日、説明会さぼります。二時には行けそうです』とメールを打つと『校門の前で待ちなさい。迎えにいく』とすぐに返信がありました。『真面目そうなのに、度胸いいんだなあ。面白いね。ばいばい』と芹沢蛍に言われる中、『荷物をまとめてすぐに教室を飛び出し』た誉。校門には『待った?』と声をかける『隆志さんの車』がありました。『友達を作るのはあれほど下手なくせに、私は恋人を作るのがとても上手』という誉。『ピジイテチンノンヨチイクン』という声が聞こえてくる誉の日常が描かれていきます…という短編〈ひかりのあしおと〉。なんとも難解で不思議な雰囲気感に支配された好編でした。
“少女の孤独に巣くう怪物を描く表題作と、殺意と恋愛でつむぐ女子大生の物語「ひかりのあしおと」。衝撃の2編”と内容紹介にうたわれる通り、短編二つが収録されたこの作品。表題作の〈ギンイロノウタ〉の方は2009年に第31回野間文芸新人賞を受賞しています。その一方でこの作品は”村田沙耶香さんの作品の中でも一番難解”とも言われる作品でもあります。村田沙耶香さんはやがて「コンビニ人間」で芥川賞を受賞をされますが、芥川賞作家さんの作品には難解と思える作品はつきものです。読書は学校の勉強ではないので無理に難解な作品を選ぶ必要はありません。しかし、それでもそこに見え隠れする独特な世界観に惹かれて私は難解と言われると読みたくなってしまいます。この作品の難解さは、金原ひとみさん「AMEBIC」に似たところもあるようにも思います。それは二編ともに極めて危うい女性が主人公として登場するところでもあります。しかし、金原さんの作品が”らりった”女性であるのに対して、村田さんのこの作品に登場する女性は思春期ならではの危うさを秘める少女という点の違いは大きなものがあります。また、文章表現の不気味さがそんな雰囲気感を演出してもいきます。
まずは、そんな不気味な文章表現を見てみましょう。せっかくですので全編に渡って頻繁に登場する『目玉』という言葉に注目してみましょう。
『父の背の後ろで、目玉を取り出して唾液でぬらしてからまたはめ込んだのではないかと私は思いました。目の周りが乾いているのに、目玉だけが水まみれになっていたからです』。
これは、〈ひかりのあしおと〉の中で主人公の誉の母親・愛菜が登場する場面で使われる表現です。要は涙ぐんでいるという表情を表現しているだけども言えますが、『目玉を取り出して…』といったホラーとしか思えない表現の登場には思わずギョッとさせられます。
『枯れた向日葵は崩れた目玉に見えます』。
こちらは、ある展開の中で誉が芹沢蛍を『庭に設置された古ぼけた物置』へと導く場面で登場します。『枯れた向日葵』を『崩れた目玉』に比喩するという感覚には驚きます。そもそも『崩れた目玉』って何?という疑問がわきもしますが、わざわざ『目玉』を比喩に登場させるのは、『目玉』という表現の畳みかけの意図あってのことと思います。いずれにしても間違いなく不気味です。そしてもう一つは〈ギンイロノウタ〉から抜き出しましょう。『同じ階に住むおばさん』に話しかけられた主人公の有里という場面です。
『身体はこわばり、目玉だけがせわしなく上下左右に動き始めた。重い瞼の肉の隙間を、私の淀んだ黒目は湿った便所の隅で逃げ回っている虫の背中そっくりに這いずり回った。その動きが、相手に靴の裏で踏み潰して動きを止めてしまいたい衝動を与えていると思えば思うほど、目玉の上下は激しくなり、私は気づかれないように可能な限り深く俯いた』。
『住民同士の交流は薄』いという緊張感の中にいる有里を描写したものですが、そんな緊張を『目玉』で表していきます。『玉』をつけずに『目』だけでも良いように思いますが、『目玉』とすることで印象が別物になるのを感じます。これ以外にも『目玉』という表現がこの作品には多数登場します。特に二編めの〈ギンイロノウタ〉ではこの『目玉』が指すもの自体が大きな意味を持ってもいきます。
そんなこの作品は上記した通り極めて難解です。レビューするのも一苦労というところですがそうも言っていられないので頑張って二つの作品をもう少し細かく見てみたいと思います。
まずは、一編目〈ひかりのあしおと〉の冒頭をまとめてみます。
〈ひかりのあしおと〉: 『小学校の二年生』だった時、『怪人』に『公園の隅にある公衆トイレ』の個室へと『押し込まれ』た主人公の誉は『ピジイテチンノンヨチイクン』という『不可解な言葉』を聞きます。大学生になり『あの人、なんか、気持ち悪くない?』と言われるのを聞く誉は『小さいころは、「岩」という』渾名で呼ばれていたことを思い出します。そんな中にオレンジ色が印象的な男の子・芹沢蛍から声をかけられた誉ですが、『友達を作る』のが苦手なこともあり、誘いを振り切って恋人である『隆志さんの車』に乗り込みます。『私は恋人を作るのがとても上手』と認識する誉。『それじゃあ、シートを倒すよ』と言われ『二人力をあわせて白濁液を出すのが私達に課せられている義務』と行為を進める誉…。
まず一編目の〈ひかりのあしおと〉では、主人公で女子大生である古島誉の日常が描かれていきます。そこには、『小さいころは、「岩」という』渾名で呼ばれ、大学生の今も居場所なく閉塞感の中で生きる誉の姿が浮かびあがります。一方でそんな誉は『レンアイ』をする中に違う姿も見せます。
『私のような、いつも閉じて押し黙っている人間が少しでも気を許すということは、それだけでほとんどボタンを外してしまっているのと同じ意味を持つのです』。
そこに描かれるのはまるで壊れたかのような姿を見せる性描写の場面です。教室で芹沢蛍に見せた姿からは思えないような姿を隆志の前で見せる誉。一方で『恋愛』でなく『レンアイ』と表現されるそれは、
『どのみち、光への恐怖が増してくると同時にいつもレンアイは終わるのです。少し早まったところで、レンアイが使い捨ての救命道具であることに変わりはありません』。
そのような現実も見せます。女子大生としての描写がリアルな側面を見せることもあって、逆に半端ない閉塞感が伝わってもきます。そんな中に壊れていく誉の姿が痛々しく描かれていくこの短編。上記した『目玉』の表現など不気味さがそんな彼女の見るもの、聞くもの、感じるものを描いてもいく物語は表題作〈ギンイロノウタ〉よりもリアリティがある分、強く響いてくるものがありました。
次に、二編目〈ギンイロノウタ〉も同様に見ていきましょう。
〈ギンイロノウタ〉: 『あら、有里ちゃん、ママとお買い物?いいわねえ』と『同じ階に住むおばさん』に話しかけられ『顔を伏せ』るのは主人公の土屋有里。『本当に、有里ちゃんは大人しい子ね』と続けるおばさんに『そうなんですよ、陰気な子で…』と返す母親。家に入り『魔法使いパールちゃん』というアニメを見る有里は『鏡さん、鏡さん、このステッキと同じ色の、魔法の扉になあれ』と『ステッキを振』る『パールちゃん』のことを凝視する有里。『テレビが終わ』り『子供部屋へ戻った』有里は『色鉛筆のケース』から『一本の銀色の棒を取り出し』ます。『あのう。このステッキと同じ色の扉になってください』と『真剣に襖に話しかけ』ますが変化はありません。そんな有里は押入れへと入り『ステッキ』を振ると、そこに『銀色の光沢』が…。
二編目の表題作〈ギンイロノウタ〉では、『魔法』という言葉が登場します。村田紗耶香さんというと、「魔法少女ミラクリーナ」をはじめ「地球星人」でも『魔法』という世界観が登場します。まさに村田さんは『魔法』と相性抜群という気がしますが、この作品ではテレビアニメに影響を受けた主人公の有里が『魔法使いパールちゃん』の真似をする先に物語が展開していきます。と、そのように書くと明るい、夢のあるような印象も受けますが、実際は真逆です。一作目同様に内へ内へとひたすらに籠り孤独の先に突き進んでいくかのような主人公の姿が描かれていきます。そのきっかけこそが次の言葉にあるものです。
『私は、強烈な磁力で一瞬のうちに大量の男性を吸い寄せたパールちゃんを、初めて憎らしく思った』。
この引用では意味不明かもしれませんが、この場面はアニメの中で『パールちゃん』の服が脱げてしまい、そこに男性の視線が集中する様子を描いています。子供の純真さがあるが故にさまざまな情景を冷静にみてしまう感情がそこにありますが、上記引用のような感覚を描く村田さんの鋭さが光ります。そして、物語はその先に大きく展開していきます。
『私は涎を垂らして見つめられる、完成された食べ物になる。それを食べるのは男の人の見開かれた瞳で、私は瞬きで何度も咀嚼されながら、男の人の瞳にむしゃむしゃと食べられる。私はその日が待ち遠しい』。
物語は少しずつ大人になっていく有里の姿が描かれていきます。そして、
『自分があの目玉の部屋でしていることが「じい」であることもこれらの本で知った』。
そこには、書名の〈ギンイロノウタ〉にも繋がる描写がなされていきます。そこに象徴的に登場する『目玉』のインパクトが物語を不気味に、一方で強い意味を持ってもきます。そんな中に物語は限りなく重々しさを増していきます。この世はこれほどまでに生きづらいものなのか、この世を生きるには生きづらさとの葛藤を超えていく他ないのか。壮絶としか言いようのない物語展開は読むものを一瞬たりとも活字から話すことを許さないレベルの密度感で読者に迫ってきます。そう、そこには思春期の苦しみを生きる一人の少女、孤独の中に彷徨いながらも光を求め続けもする一人の少女の生きることへの葛藤が、ひりつく様な感覚の中に描かれていました。
『暗闇は私の身体に魔法をかけてくれる。この中では、自分の未熟さを忘れて大人の肉体になることができた』。
『自慰を繰り返すたびに身体の中に現れる銀色の星屑』に強い思いを抱く主人公の有里が大人になっていく中でもがき苦しむ様を描く表題作〈ギンイロノウタ〉と、幼き頃に『公園の隅にある公衆トイレ』で聞こえた『ピジイテチンノンヨチイクン』という言葉のことを思う主人公の誉の大学生の日常を描く〈ひかりのあしおと〉の二編が収録されたこの作品。そこには、村田紗耶香さんならではの振り切った描写の連続に、10代の脆い青春を生きる二人の少女の心の叫びが赤裸々に描かれていました。不気味な表現の数々に独特な雰囲気感が形作られるこの作品。『性』の描写が重々しさをもって迫ってくるこの作品。
読み終わった後もどっしりと何かに押さえつけられるような感覚がいつまでも尾を引く素晴らしい作品でした。続きを読む投稿日:2024.04.01
引っ込み思案で友達ともうまく行かない有里。中学では友達のリーダー格に嫌われ、一人でいるところに、空回りする教師に目をつけられ、毎日スピーチをさせられることに。そんなとき、自分を持てるのが、幼稚園のとき…にいとこに買ってもらった銀色の携帯指し棒と、押し入れの中に貼り付けた男の目玉の写真…。
『コンビニ人間』の印象で読んでしまう村田沙耶香だが、本作に含まれる2本とも漠然とした恐怖と性をテーマにした作品だ。
1本目の『ひかりのあしおと』は光が怖い少女が恐怖から逃げるために性に逃げ込む。話はわかるがちょっと収束点がわからないところが有ったが、やはり表題作の閉塞感から、銀色の扉を探すために話が危ない方向に"駆け上がっていく"感覚で苦しくなっていくところが醍醐味だ。
『コンビニ人間』のままならない押し流されていくが起伏の少ない感じではなく、思ったようにいかないために前にも後ろにも進めない状況を暴力的に壊そうとするアグレッシブな2本。好き嫌いが分かれそうな作品では有る。続きを読む投稿日:2024.01.30
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