終焉の日
ビクトル・デル・アルボル(著)
,宮﨑真紀(訳)
/創元推理文庫
作品情報
1980年のバルセロナ。弁護士のマリアは数年前に、悪徳警官セサルが情報屋を制裁した殺人未遂事件で、セサルを刑務所送りにしたことで脚光を浴び、名声を得た。だが今、その事件が何者かの陰謀によって仕組まれていたと判明する。マリアは服役中のセサルに面会して事件の再調査をはじめ、自らの血の桎梏と体制側の恐るべき策略を知る。次第に明らかになる、マリアが背負わされた想像を絶する罪とは。殺人、偽証、復讐に運命を狂わされた人間たちの悲哀が胸を打つ。欧州読書界で絶賛された圧巻の大河ミステリ。ヨーロッパミステリ大賞受賞作。
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商品情報
- シリーズ
- 終焉の日
- 著者
- ビクトル・デル・アルボル, 宮﨑真紀
- ジャンル
- 小説 - ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
- 出版社
- 東京創元社
- 掲載誌・レーベル
- 創元推理文庫
- 書籍発売日
- 2019.03.22
- Reader Store発売日
- 2019.03.20
- ファイルサイズ
- 1.3MB
- ページ数
- 533ページ
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この作品のレビュー
平均 3.5 (12件のレビュー)
-
病室のテレビは国会が襲撃されたクーデター事件を放送している。一九八一年のスペイン。弁護士のマリアは三十五歳。バルセロナの病院で死にかけている。複数の事件に関わっているらしく病室には監視がついている。事…件は一応終っているのだが、逃亡中の容疑者がいて、刑事が時折訪れて尋問めいた話をしていく。マリアは脳腫瘍の手術後で、しかも腫瘍はまだ取り切れていない。髪の毛は剃られ、身体にはチューブがつながれている。
多視点で語られる。遡行したり、現時点にもどったり、行きつ戻りつを繰り返しながら、絡み合う人物同士のもつれあった関係を一つ一つ解きほぐし、一本の筋の通った物語に纏め上げてゆく。親の因果が子に報い、というのは見世物小屋の口上だが、まさに、それを地で行く因果応報の地獄絵図だ。拷問、暗殺、監禁、調教とこれでもかというくらい救いようのない残酷さに満ち溢れている。
三年前、マリアはある事件を担当した。セサル・アルカラという警部がラモネダというたれ込み屋を拷問し瀕死の重傷を負わせた、とその妻が訴えた。証拠も証言も揃っていた。警部は投獄され、マリアの仕事はそれを機会に倍増した。しかし警部の暴行には理由があった。彼はプブリオ議員の悪行を暴く証拠を握っていたが、逆に娘を誘拐され、事実を話せば娘を殺すと脅されていた。ラモネダを傷めつけたのは娘の居所を吐かせるためだったのだ。
一九四一年、セサルの父マルセロは、フランコ独裁政権下のファランヘ党バダホス県支部長を務めるギリェルモ・モラの次男アンドレスの家庭教師に雇われていた。プブリオは当時貰の私設秘書としてすべてを掌握する片腕だった。そんなとき、モラが共産党シンパに襲撃される事件が起きた。暗殺を計画したのはモラの妻だった。イサベル夫人に惹かれていたマルセロは夫人の逃亡に手を貸して逮捕された後、夫人殺しの罪で処刑されてしまう。しかし、真犯人は他にいた。
第二次世界大戦中、スペインは参戦に積極的ではなかった。余力がなかったのだ。ただ、ヒトラーの支援を受けていたフランコは「青い旅団」をロシア戦線に派兵した。父による母の虐待を指弾した長男フェルナンドを、モラはその一員に加えることで罰した。アンドレスは守り手の母と兄を失い施設に放り込まれてしまう。イサベラの処刑を目撃してしまった兵士ペドロも、プブリオの手で同じくロシア行きとなる。
愛する者や自分の人生を奪われた者たちの復讐劇の幕が切って落とされる。三十五年という時間は、人をその容貌だけでなく精神の根底から変えてしまう。ましてやシベリアの強制収容所(グラーグ)という地獄を経験すれば、変わらない方がおかしかろう。死んだものと思われていたのを幸いに時間をかけて計画された復讐手段は手が込んでいた。
一方で権力を得たプブリオは議員職だけに飽き足らず、クーデターを計画し、権力の掌握を狙っていた。自分の邪魔になる警部の娘を誘拐し、口を封じたが、マリアという弁護士が獄中のセサルに接見し、証拠を嗅ぎ出そうと動き出したことに気がつき、マリアの元夫を使って脅しをかけるが、マリアには通じない。そこで、ラモネダをマリアに付き纏わせる。マリアとセサルは、娘のマルタを取り戻すことができるのか。夫人を殺した真犯人は誰か。
スペイン現代史を背景に、父の犯した罪によって人生を狂わされる子どもたちの悲惨極まりない人生を描く圧巻のミステリ。とはいえ、謎解き興味は薄い。あまりに多くの人間が視点人物となって事件を異なる角度から語りはじめるので、謎がいつまでも謎でいられなくなるのだ。そうなると、興味は人間ドラマの方に移るわけだが、今のこの国の現状と変わらず、悪は追及をすり抜け、運命に翻弄された弱者ばかりが憂き目を見ることになる。どこまで行っても霧の晴れない世界に放り込まれた者たちが互いに傷つけあうのを傍で見ているようでいたたまれなくなる。
小説の中で日本刀が大事な役割を果たしている。ただし、日本で作られたものではない。ピレネー近くの村で鍛冶職人をしているマリアの父が作ったものだ。日本人読者からすれば、それはちょっと、と思ってしまうのだが、鞘は泰山木と竹、鍔には龍が彫られているというから本物の拵えのようだ。原題は<La Tristeza del Samurái>(侍の悲しみ)。西洋人から見た武士道に対する憧憬は感じられるものの木に竹を接いだような違和感が残る。
バルセロナを舞台にしたミステリといえば、カルロス・ルイス・サフォンの『風の影』を思い出すが、スペインの近代史を背景にしている点以外にも、グラン・ギニョールを彷彿させる血塗れの残虐さや醜悪さの追求といった点に共通するものを感じる。裏切りとそれに対する報復に寄せる執着も並々ならぬものを感じる。国民性などという言葉で簡単に括りたくはないが、美観地区にちなんで、バルセロナ・ゴシックとでも名づけたいような独特の雰囲気がある。人にもよるが残酷描写が嫌いでなければハマってみるのも悪くないかもしれない。続きを読む投稿日:2019.07.01
これから本書を読む方には、事前に以下の事柄を押さえておくようお薦めしたい。
本書のストーリーは1940年代と1980年代を頻繁に行来しながら進んでゆくが、それぞれの時代におけるスペインの政治的状況…、歴史的事件が関係してくる。
40年代においてはファランへ党(ファシスト政党、いわばスペインのナチス)による国家統制、それに独ソ戦への「青い旅団」(青師団)派兵。
80年代では、1981年2月23日の軍事クーデター未遂事件。スペイン人の読者であれば、物語がその日付へと収束してゆくことに、早めに気が付くのではないかと思う。そして、気が付いたほうが先の展開により興味を持って読めるのではないか。
十数名の登場人物が複雑に絡み合う物語なので、せめて歴史的背景くらいしっかり把握して読み始めたほうが話について行きやすいだろう、と老婆心ながら考えた次第。因みに、犯人当ての要素はほとんど無い。あと、僕のように記憶力に自信がない人は、人物相関図を描いたほうがいいかも。
以下、ネガティブな感想がひとしきり続く。ネタバレこそないものの、これから本作を読む人、本作が気に入った人は閲覧注意、かなり興を削ぐようなことばかり書いているので。
情景描写、心理描写に成熟した表現力を見せる書き手で、これぞ大人の読み物、と好感を持って読んでいたが、中盤から細部の書き込み過ぎでテンポが良くない。概して、詩的表現は上手いがストーリーテリングはイマイチ。場面転換するたびに登場人物が物思いに耽るひとくだり、「人間はちっぽけな存在だ」云々、等々。独想・心象風景に筆を費やし過ぎで、読んでいてイラッとくるところもあった。
それに加えて、十数人もいる登場人物を差し置いて、語り手がまあ語る語る。自分の口で言わせてやれよ、と思いながらササッと読み飛ばしたりして。
極めつけは意味不明なピンポイントのオリエンタリズム。それ要る?欧州ではウケた?
主人公は一応弁護士マリアなのだろうが、群像劇の趣もある。登場人物が複雑に絡み合った全体像が判るのはかなり読み進んでから。その後、ストーリーは割と月並みな展開を見せる。ブクログでは案外評価が高いので、これから他の人の感想を読んでみようと思う。続きを読む投稿日:2023.02.10
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