晴天の迷いクジラ(新潮文庫)
窪美澄(著)
/新潮文庫
作品情報
デザイン会社に勤める由人は、失恋と激務でうつを発症した。社長の野乃花は、潰れゆく会社とともに人生を終わらせる決意をした。死を選ぶ前にと、湾に迷い込んだクジラを見に南の半島へ向かった二人は、道中、女子高生の正子を拾う。母との関係で心を壊した彼女もまた、生きることを止めようとしていた――。苛烈な生と、その果ての希望を鮮やかに描き出す長編。山田風太郎賞受賞作。
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商品情報
- シリーズ
- 晴天の迷いクジラ(新潮文庫)
- 著者
- 窪美澄
- 出版社
- 新潮社
- 掲載誌・レーベル
- 新潮文庫
- 書籍発売日
- 2014.07.01
- Reader Store発売日
- 2019.01.25
- ファイルサイズ
- 1.1MB
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この作品のレビュー
平均 4.0 (139件のレビュー)
-
あなたは、『迷いクジラ』を見たことがあるでしょうか?
かつて給食に当たり前のように登場したとも言われるクジラ肉。しかし、今の世でクジラは、”捕鯨は是か?否か?”という問題と背中合わせに語られる存在と…なってもいます。調査の名の下に続けられる捕鯨、その一方でそんなクジラが泳ぐ姿を見ることを楽しみとする”ホエールウォッチング”を観光の目玉とする場所もあるなど、私たちがクジラとどのように接していくべきかは国によっても、そして人によってもさまざまな意見の中にあるのだと思います。
そんな中で時々ニュース報道に登場するのが座礁したクジラの存在です。”何らかの理由により、クジラ類が浅瀬や岩場などの海浜に乗り上げ、自力で泳いで脱出できない状態になること”を指す”座礁鯨”という言葉。映像や”ホエールウォッチング”でしか見ることの叶わないそんな巨体をまさかの身近に見るその機会。動物一頭の話にも関わらず、テレビのニュース報道に大きく話題が割かれるのは、非日常の存在が日常の中に現れる違和感、そのことによる興奮、そんなところもあるのかも知れません。
さて、ここに湾内に紛れ込んだ一頭のクジラが物語を象徴的に演出していく作品があります。『クジラの座礁なんて、はるか太古の昔から起きていたこと』と説明される事象が目の前に起きる中に人々の興奮冷めやらぬ様を見るこの作品。そんなクジラを見る主人公たちのそれぞれの人生に、この世を生きることの悩み苦しみを見るこの作品。そしてそれは、そんな物語の中に、『生きる』ということに想いを馳せ、それでも『生き』ていく人たちの姿を見る物語です。
『二階の部屋のベランダから飛び込めるほどの近さに釣り堀が見えたから』という理由で『築三十年以上は経っている古ぼけた』アパートに暮らすのは主人公の一人・田宮由人(たみや ゆうと)。『水のそばに住むこと』が『精神状態にいくらかの安定をもたら』してくれると思う由人が『日曜日。午前〇時』という時間に釣り堀を見ていると『携帯が光』ります。『野乃花ちゃん行方不明。連絡つかない』というメールは『会社の先輩である溝口から』でした。『携帯をベッドに放り投げ』、『ベッドの上に体を投げ出』す由人は、『最後に見たミカの顔や、もうこの世にはいない祖母の顔』を思い浮かべます。そして、『ソラナックスとルボックス』、『由人の心を支え』る『二つの錠剤』を飲む由人は、『去年の十二月』にベッドの上でミカに告げられた『星占い』を思い出します。『来年は由人にとってショッキングな出来事がいろいろ起こる』、『最終的にはぜんぜんまったく大丈夫』、そして『その体験を糧にして、ひとまわり大きく成長していく』というその占い。『どんなことが起こってもミカさえいれば大丈夫』と思う由人でしたが、『年明け早々』『祖母が亡くな』りました。『三人兄妹のなかで』『由人を、いちばん可愛がってくれた』という祖母の葬儀に出た由人は『疲れと哀しさと緊張と、胸のあたりを大砲で吹き飛ばされたような喪失感』を抱きます。そして、『喪服を着たまま』『ミカのマンションに向かった』由人は、『緊急のとき以外、勝手に部屋には入らないでほしい』と言われて渡されていた『合い鍵』で中へと入りました。電気が消えた室内で、『寝室のほうから、かすかに音がし』、向かうと『子猫のような声が聞こえ』ます。そこには、『それぞれにイヤフォンを装着し』てつながりあうミカと男の姿がありました。『ビニール袋が由人の手からすべり落ち』た音で『ミカが驚いた顔をして』振り返ります。『なんで』と『やっとの思いで言葉を発した由人』。その日以降、『仕事の合間を縫って、何度もミカの携帯に電話』をするも連絡がつかないために待ち伏せした由人に『合い鍵を返して』と言うミカは『仕事、仕事って、あたしのこと、いっつも一人にして放っておいて…』と言い、『今度は浮気じゃないからね』と言うと扉の向こうに消えました。主人公の一人を務める中島野々花(なかしま ののか)が社長を務める『デザイン会社』で働く由人。迷いの中に生きる由人が思い悩みながらも生きていく日々が描かれていきます。
2023年1月、大阪にある淀川の河口付近にクジラが迷い込んだというニュースが流れました。潮を吹いている様子がテレビでも大きく報道された体長8メートルにもなるというクジラ。そんな中に、新年五冊目の作品を探していた私は、これまた全くの偶然に「晴天の迷いクジラ」という作品があることを知りました。あまりに運命的なものを感じてしまい、大急ぎで手にしたというのがこの作品の読書&レビューまでの経緯です。私の選書は女性作家さんの作品を三冊セットで選んでから読み始めます。そんな選書はその作家さんの作品リストをじっと眺めて、書名とページ数(笑)から直感で決めるため、今までになかった選書パターンとなりました。今後、私にとって、この作品のことを思い出すたびに大阪・淀川のクジラのことをセットで思い出すことになるだろう、そんな印象深い作品となりました。
ということで、まずはそんな選書の起点ともなったクジラに関することから触れていきたいと思います。たまたま大きくニュース報道されるタイミングだったこともあって、クジラが河口に迷い込むということの背景事情について図らずもニュースでさまざまに知ることができた私。この珍しいタイミングの読書ということもあって、この作品のクジラ登場の記述がやたらリアルに感じられるという予想外の演出効果の中に読み進めることができました。『東京からずっと離れた南の半島で、クジラが小さな湾に迷い込んだ』というこの作品の背景。そんな中で、このような浅瀬にクジラが現れることの意味、クジラにとってのそのことの危険性がこんな風に説明されます。
『クジラには人間のような皮膚の角質層がないから、浅瀬に座礁して空気中にさらされると、火傷をして剝がれてしまう』
魚ではなく、私たちと同じ哺乳類にも関わらず海に暮らす生き物であるクジラならではの、私たちとも違う側面に驚かされます。また、こんな風に迷い込む理由について、いろんな説の中からこの作品ではこんな説明がなされます。
『マッコウクジラとかのハクジラ類は、自分から超音波を発して、反響してきた音を聞き分けて、海と陸の区別をつけ』る。『どこまでが海でどこからが陸なのか』。しかし、『内耳っていうところに寄生虫が入り込んでしまうことがあって、それで反響した音を聞けなくなって、座礁してしまうといわれている』。
なるほど、海に帰りたくても帰れない、そんな可能性もあるのかと納得感のある説明です。であれば、素人考えとして『ロープとかくくりつけて引っ張』るということが思い浮かびます。しかし、
『クジラにロープをかけて小型船で引っ張っ』た、『だけど、途中でクジラが暴れて転覆して』、『それで亡くなった人もいた』
自然界の生き物、そんな生き物を、人の安易な発想で簡単にコントロールできるほど甘くはないのだと思います。また、この作品ではこんな視点も語られます。
『一頭や二頭のクジラ助けて、海に帰したところで、生態系にはなんの影響もないもの。クジラが感謝するわけでも、ましてや地球が感謝するわけでもない』。
なるほど、このように『迷いクジラ』として感傷的になること自体、人間の思い上がりとも言える行為なのかもしれません。ちょうどリアルにクジラが迷い込んだというニュースが大々的に報道されている中にこの作品を読めたことで、一方的に流れてくるニュースに別の視点を加味することができたように思います。結果、この作品の『迷いクジラ』登場のシーンをとても感慨深く読むことができ、読書にもタイミングというものがとても重要だと改めて思いました。
また、この作品には読み進めていく中で印象的な幾つかの文章が登場します。二つご紹介します。
・『自分が見ていたのはライチの、あの茶色い、ゴジラみたいに硬い皮の部分だけだったのか。そのごつい皮の下に白い実があることなんて、ちっとも知らなかった』。
→ 『デザイン会社』の社長としての野々花の姿しか見てこなかった由人が、彼女が見せる全く別人のような側面を垣間見る中にこの比喩が登場します。そんな由人はこんな風にも思います。『自分はミカが持っているかもしれないその実の部分にたどり着いたのだろうか』。恋人だったミカの全ての側面を見れていたのかと由人が振り返るなんとも印象的なワンシーンです。
・『あじさいの葉の上にいるかたつむりの歩みを、野乃花は連想した』
→ すみません。引用する場面は濡れ場シーンからです。『ひんやりとした○○の鼻先と、それとは正反対の熱い舌先が、ゆっくりと股の間を移動した』という場面で登場するこの表現。窪美澄さんと言うとデビュー作「ふがいない僕は空を見た」の激しい性描写に度肝を抜かれました(笑)が、この作品はそういう方向性ではありませんので、ご安心ください(何を?笑)
このようにサラッと登場する比喩表現にも魅せられながら読み進めることのできるこの作品。そんな作品は、四つの章が連作短編のように構成されており、第一章から第三章までに、三人の主人公が一章ずつ、視点が移りながら登場していきます。そんな三人の主人公をご紹介しましょう。
・田宮由人: 24歳。『北関東の農家の次男』として、看護婦をしていた母親の元に誕生。『体の弱いお兄ちゃんと小さな妹』を大切にする『お母さんチーム』に対して、三人兄妹の中で唯一『おばあちゃんチーム』で育つ。追われるようにして上京。専門学校時代に『親が金持ち』のミカと出会い付き合うも不穏な気配が…。『デザイン会社』で『下っ端』として働くも暗雲立ち込め…。
・中島野々花: 48歳。漁師の父親と、『心臓病を抱え』ながらも缶詰工場で働く母親の元、『掘っ立て小屋のような』家で育つ。『物心ついたころから』『絵を描くことが好き』なものの大学進学はままならない中に、学校教師の紹介で『絵画教室』に通うようになる。さまざまな展開を経た後に上京。『デザイン会社』を興し社長を務める。由人を雇うが、経営に暗雲立ち込め…。
・篠田正子: 16歳。全国転勤を繰り返す家庭の次女として誕生。『細菌性髄膜炎で生後七カ月で死』んだ姉がいた。母親はその死にいつまでも囚われ、正子に『良い子にならないとだめなのよ』と言い、『お母さんを大事にしてあげないと』と繰り返し正子を諭す父親の元に育つ。『午後五時という門限』の中に高校生活を送る正子は、その生活自体に違和感を感じていきます。
三人の主人公たちは、男性一人、女性二人、そして十代、二十代、四十代と、全く異なる世界をそれぞれに生きています。そんな三人の接点は、上記の通り、野々花と由人は社長と社員という繋がりがあります。一方で、三人目の正子との繋がりですが、これを書くのはネタバレ?なのか?と一瞬思いましたが、内容紹介にこんな風に説明されていますので、そのまま触れておきます。
“デザイン会社に勤める由人は、失恋と激務でうつを発症した。社長の野乃花は、潰れゆく会社とともに人生を終わらせる決意をした。死を選ぶ前にと、湾に迷い込んだクジラを見に南の半島へ向かった二人は、道中、女子高生の正子を拾う”。
図らずもクジラとの接点までもが内容紹介に語られていますが、だからといってこの情報を事前に知ったとしてもこの作品を読む醍醐味は全く薄れません。それよりも三人目の主人公と正子が出会う、その運命の出会い、内容紹介で”拾う”とサラッと触れられる場面を逆にワクワクした感情の中に読むことができます。三人の主人公たちが行動を共にし、クライマックスのクジラを見る場面が登場する第四章へと繋がってるいく物語展開は、それまで鬱屈とした読書を強いられた読者にとっても、まさしく光を見る展開です。
『ぐるぐるとした同じ迷路。迷っているのはクジラと同じだ、と正子は思う』。
生きることに後ろ向きになる三人の主人公たち。
浅瀬へと迷い込み命の危機と紙一重な状況に陥るクジラ。この両者は一見なんの関係もない存在です。窪さんはそんな両者を巧みに重ね合わせていきます。そんなこの作品に込められた想いを“みんな精一杯やっているんですよね...。 でも、なんとなく歯車が合わなくて、上手くいかないことも多くて”と語る窪さん。そんな窪さんは、”もし自分が辛いのであれば、どう生きようかと難しく考えるよりは、とりあえず明日まで頑張ろうと感じられたら、それが良いかなと思います”とこの作品に込められた想いを続けられます。内容紹介からは決して見えない奥深いドラマがそこに描かれるこの作品。『迷いクジラ』という象徴的な存在を物語に登場させた窪さんの深い思いがそこには描かれていたように思いました。
『私たちクジラ見に行くんだけど、いっしょに行かない?』
そんな言葉の先に、それまでそれぞれに死と対峙していた三人の主人公たちが『クジラを見に行く』という行動を共にする様が描かれるこの作品。そこには、三人の主人公それぞれが抱える人生のドラマが丁寧に描かれていました。年代も境遇も全く異なるそれぞれの主人公が生きてきた人生が描かれる中、あまりの閉塞感に鬱屈とした思いに苛まれるこの作品。ニュース報道もされる『迷いクジラ』という存在についてさまざまな思いが去来するこの作品。
さまざまなことが起こる人生の中で、私たちは何を大切にすべきなのか?光差すその結末に一つの大きな示唆を与えてくれた、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2023.05.13
総じて面白い作品だったのですが、あまりに登場人物の苦悩が生々しく描かれているのでちょっとネガティブな印象は受けるかもしれません、その意味でやや好みが分かれる作品かと思いますがとにかく文章がきれいで引き…込まれました。
少し長いですがガッツリとした読み応えを求める人にはおすすめの一冊です。続きを読む投稿日:2024.02.23
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