私が大好きな小説家を殺すまで
斜線堂有紀(著者)
/メディアワークス文庫
作品情報
突如失踪した人気小説家・遥川悠真。その背景には、彼が今まで誰にも明かさなかった少女の存在があった。 遥川悠真の小説を愛する少女・幕居梓は、偶然彼に命を救われたことから奇妙な共生関係を結ぶことになる。しかし、遥川が小説を書けなくなったことで事態は一変する。梓は遥川を救う為に彼のゴーストライターになることを決意するが――。才能を失った天才小説家と彼を救いたかった少女、そして迎える衝撃のラスト! なぜ梓は最愛の小説家を殺さなければならなかったのか?
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商品情報
- シリーズ
- 私が大好きな小説家を殺すまで
- 著者
- 斜線堂有紀
- 出版社
- KADOKAWA
- 掲載誌・レーベル
- メディアワークス文庫
- 書籍発売日
- 2018.10.25
- Reader Store発売日
- 2018.10.25
- ファイルサイズ
- 2.1MB
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この作品のレビュー
平均 4.0 (78件のレビュー)
-
あなたは、小説の一文を諳んじることができるでしょうか?
私は2019年12月から読書&レビューの日々をスタートさせました。それから四年の月日が流れ、ブクログの本棚にはレビュー済みの本が780冊並んで…います。そんな中には、はっ!とするような表現に酔い、このような文章が書けるものなのか!と感嘆もしてきた作品が多々あります。
しかし、今この瞬間にそんな作品の一文を諳んじることごできるかというと残念ながらそこまでの記憶力はありません。ブクログには、”フレーズ”を書き留めることができる機能が用意されていますが、とても理に適ったものだと改めて思います。
さてここに、小説家本人の前でデビュー作の一文を諳んじる小学生の姿が描かれる作品があります。
『何度も読んだんです。暗闇の中の本棚で、この本が私を助けてくれました』。
その小学生はそんな風に、諳んじることができる理由を説明します。『午後七時から朝の七時まで、私は暗闇の中に閉じ込められる』という日々を送る小学生。この作品はそんな小学生が小説家の部屋に通うようになる様が描かれる物語。そんな小学生が小説家の悩みの深さを案じていく物語。そしてそれは、そんな小学生が『だから私は、遥川悠真に死んで欲しかった』と語る未来を見る物語です。
『憧れの相手が見る影もなく落ちぶれてしまったのを見て、「頼むから死んでくれ」と思うのが敬愛で…だから私は、遥川悠真に死んで欲しかった』と始まる文章を『ノートパソコン』に見つけて『風変わりな遺書だと思』う刑事。『小説家・遥川悠真が消えて二日が経』ち、二人組で彼の部屋を捜査する刑事はもう一人の刑事にファイルのことを話します。『「部屋」と題されたワードファイル』を見て『小説か?』、『わかりません』と会話する二人は移動した寝室の『ウォークインクローゼット』の中に『びっしりと紙が貼り付けられて』あるのに気づきます。『これ、小説ですね』、『遥川だろ。小説家なんだから』と会話する二人は、『狭い床に』『ランドセル』や『ブラウス』、『サイズの小さいダッフルコート』などを見つけ、さらには『誰かの影がそのまま残ったような、奇妙な黒ずみ』に困惑します。『華やかなタレント小説家が、ここで人間を飼っていた可能性』を思う二人は、ノートパソコンに残された『風変わりな遺書』に手がかりがあるかもしれないと思い直し、まるで『読み解かれるのを待っていた』かのような文章に『目を落と』していきます。
場面は変わり、『読み切れなかったら借りていってもいいのよ』と司書に言われたのは小学六年生の幕居梓(まくい あずさ)。『そうだ。遥川悠真の新作出るらしいわよ』、『「遥かの海」、覚えるほど読んでたもんね。好きなんでしょ?』と言われ『本当ですか?』と高揚する梓。図書室を後にした梓は帰宅の途につき、『五時三十分ぴったりになった瞬間扉を開け』家に入ります。『ただいま、お母さん』と言う梓に『十五分』と告げる母親。『菓子パン』の夕食を食べ、今度は『二十分間』でお風呂、そして『七時までに明日の学校の用意を済ませて、和室の前の押し入れに立つ』梓。『早くして』と急かす母親にそのまま押し入れに押し込まれた梓。『午後七時から朝の七時まで、私は暗闇の中に閉じ込められる』というこの習慣は、梓『が小学校に上がる頃から』続いてきました。『私の知らない誰かを家に呼んで、私の知らない話をする』という母親。そして、別の日、図書室で『遥川悠真の二作目「天体の考察」』を一番に貸してもらった梓ですが、押し入れに入った後、それがないことに気づきます。そんな中、『なんだこれ、小説か?』と『揶揄うような男の人の声が』外でします。しばらくして、『不意に襖が開けられ』、連れ出された梓の前で本に火を点けた母親。そして、そんな日、学校から帰っても母親の姿はなく、何日経っても家に帰ってこなくなりました。『一人になった部屋で』『「遥かの海」に向き合う』梓は、そんな本を抱いて、『近所にある踏切へと』向かいます。『死のうと思った』という梓は、『次こそは死のう、次こそ飛び込もう、次こそ』とカウントしていきます。そんな時、『ちょっといい?』と一人の男の人に声をかけられた梓。『迷惑なんだよね』、『俺ね、その本の作者なんだよ』、『俺の本持って死なれると困るんだよ。クソマスコミが騒ぐじゃん…』と語るのは作者である遥川悠真でした。『帰れないの?それとも帰りたくないの?』と訊く悠真は『うちに来る?』と続けます。そして、『それが私と先生の出会いだった。この長い長い殺人の、最初の一歩だ』という運命の物語が始まりました。
“突如失踪した人気小説家・遥川悠真。その背景には、彼が今まで誰にも明かさなかった少女の存在があった。才能を失った天才小説家と彼を救いたかった少女、そして迎える衝撃のラスト!なぜ梓は最愛の小説家を殺さなければならなかったのか?”と煽りに煽る内容紹介に、すっかり煽られてしまうこの作品(笑)。斜線堂有紀さんの人気作の一つです。
そんな作品は構成に特徴があります。作品は、次のような文章で唐突に始まります。
『憧れの相手が見る影もなく落ちぶれてしまったのを見て、「頼むから死んでくれ」と思うのが敬愛で「それでも生きてくれ」と願うのが執着だと思っていた。だから私は、遥川悠真に死んで欲しかった』。
それを受ける次の文章は『風変わりな遺書だと思った』という上記の文章を読んだ感想が記されます。そんな感想を抱いたのは二人の刑事であり、『荒れた部屋、失踪した小説家、奇妙なクローゼットに残る人間の跡。それでいて、同居相手のことが全く出てこない部屋』を捜査中であることが語られていきます。そして、二人の刑事は、『風変わりな』遺書だと最初に感想を抱いたノートパソコンに残された『「部屋」と題された』小説らしきものを読むしか『この失踪事件』を解決することはできないと判断し、冒頭の文章に続く『私の神様は、ずっと死に損ね続けていたのだ…』という小説を読んでいきます。読者はそんな刑事の視点で小説家・遥川悠真の部屋に残されていた『部屋』という小説を読んでいくことになります。
小説家が登場人物となる作品には、同時に”小説内小説”が登場するのが通例です。例えば、同名小説が外側の物語と一体化する加納朋子さん「ななつのこ」や、同名小説を書く小説家の姿が描かれる桜木紫乃さん「砂上」、そして”自伝風に小説を書いてもらえないか”という依頼に同名小説を書く金原ひとみさん「オートフィクション」など、外側の小説と内側の小説をどのように組み合わせるかは小説家さんの腕の見せどころとなっています。斜線堂さんはこの作品で内側の小説を途中まで外側の小説とそのまま一体化させるという巧みな構成によって物語を展開させます。これはなかなかに興味深い構成であり、一気に物語世界に惹きつけられてしまいました。
そんなこの作品の主要登場人物は次の二人です。後半にもう一人、後半の物語になくてはならない人物が登場しますが途中までは二人、かつ主要な舞台は、マンションの一室であることが物語を息苦しくしていきます。
・遥川悠真: 物語の始まり時点で28歳、『大学在学中に、とある文学賞を受賞して世に出た小説家』。『高価なマンションの十八階。隅の角部屋』に一人暮らし。
・幕居梓: 物語の始まり時点で12歳、小学六年生。『スーパーの袋に入ったままの菓子パン』が夕食。『午後七時から朝の七時まで、私は暗闇の中に閉じ込められる』
16歳の歳の差があり、本来、住む世界の全く異なる二人ですが、運命の出会いが二人を繋げていきます。母親を怒らせてしまい、『死のうと思った』と、『近所にある踏切』で飛び込む機会を伺う梓、そんな梓が持っていた自著を目にした遥川が声をかけたことで、彼の家に通うことになる梓。そんな物語は基本的に梓視点で展開していきます。冒頭、自宅で母親に押し入れに閉じ込められる日々を送っていた梓ですが、物語の展開の中で、中学、高校と大人への階段を上がっていきます。一方で遥川は七冊の小説を世に送り出していきます。”小説内小説”が登場する作品は数多ありますが、こんなにもたくさんの小説が登場する作品も珍しいと思います。せっかくなので、ここに整理しておきましょう。
● 遥川悠真の作品リスト
① 「遥かの海」: 『とある文学賞を受賞』したデビュー作。『オーソドックスな恋愛小説』。『終盤でヒロインが死ぬ場面はやっぱり泣け』る。映画化された。
② 「天体の考察」: 『亡くなった恋人と夜にだけ会えるというファンタジックな物語』。『星座に絡めたエピソードと一緒に物語が進』む。映画化が決まる。
③ 「夜濡れる」: 『ミステリータッチで仕立てた変則的な恋愛物語』。『最高傑作と銘打って売り出され』るも『酷評』。『大きく売上部数を落と』す。
→ このあと『遥川は沈黙する』
④ 「無題」: 『天才の華麗なる復活とされ』る。『カバーには誰かもわからぬ綺麗な女の子の横顔が写っている』。
→ 『人気小説家として復活を果たす』
⑤ 「エレンディラ断章」: 『初の短編集ということで結構な話題を呼』ぶ。
⑥ 「眠る完全血液」: (書名のみ語られる)
⑦ 「白昼夢の周波数」: (書名のみ語られる)
ということで出来上がったこのリストは、斜線堂さんの小説内に登場する架空の小説家・遥川悠真の作品一覧をまとめたおそらく世界唯一のリストだと思います。とても貴重ですね(笑)。遥川が七つの作品を世に問うていく間に、一方で遥川の部屋に出入り、というよりは入り浸っていく梓は中学、高校と進学して大人の階段を上がっていきます。物語は、上記したリストの「夜濡れる」から「無題」の間にまさしく転換点を迎えます。「夜濡れる」の『酷評』の中に自信を失っていく遥川を見て『目の前で駄目になっていく先生を前に、ただそこにいるだけなんて出来なかった』という梓は、
『それなら、一体私に何が出来るだろう?』
そんな風に考えます。そんな先に『一つだけ、思い当たる救済があった』と『与えられたものを返そう』という思いの中に突き進んでいく梓。そして、『”天才恋愛小説家、新境地”という大仰なキャッチコピーが帯の上で躍』る「無題」が四冊目の小説として刊行されます。しかし、そこに上記した転換点が生まれます。
『一冊の小説が、私と先生との関係をすっかり変えてしまったのだ』。
そのような未来がそこには待っていました。そして、”才能を失った天才小説家と彼を救いたかった少女、そして迎える衝撃のラスト!なぜ梓は最愛の小説家を殺さなければならなかったのか?”という結末へと至る物語が展開していきます。
ところで、実は私のレビューに引用した内容紹介には、出版社が用意したものからある一文をわざと抜いています。私は内容紹介を読まずにこの作品を読み、その展開にとても驚きました。しかし、内容紹介には、その驚きの内容がさらっと書かれてしまっているのです。これはいけません!これから、この作品を読まれる方には私のレビューまでとされて、本の紹介に書かれた内容紹介全文は読まないことを強くおすすめします。正直なところ、完全にネタバレになってしまっています。どうしてここまで書いてしまったのか?出版社にクレームを言いたくなりました(笑)。
そんな物語は、冒頭に記された『小説家・遥川悠真が消えて二日が経った』という状況下のその先の物語が描かれていきます。そこに描かれていくまさかの展開、本の帯に記された”どちらが殺したのか?どうして殺したのか?”という言葉が強く胸を打つ衝撃的な結末がそこには描かれていました。
『私の神様は、ずっと死に損ね続けていたのだ』。
『午後七時から朝の七時まで、私は暗闇の中に閉じ込められる』と、母親からの酷い仕打ちの中に小学生の辛い日々を過ごしていた梓。そんな梓の『死のうと思った』という先の未来を変えてくれた小説家の遥川のことをやがて、『だから私は、遥川悠真に死んで欲しかった』と思う梓の揺れ動く心の内が描かれていくこの作品。そこには、”小説内小説”が大胆に展開する物語が描かれていました。読み進むにつれて、重く、どんどん重くなっていくこの作品。その一方でそこに描かれる物語世界がどんどん澄みわたっていくようにも感じられるこの作品。
切なさが込み上げるその衝撃的な結末に、純愛物語の一つの形を見た、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2024.01.27
このレビューはネタバレを含みます
中学生に勧められて。
レビューの続きを読む
題名の「殺す」がいろいろな形でかけ合わさっていて面白かった。二人が出会ったことで、先生が梓の自殺を止めたことで、家に招いたことで…あったかもしれない様々な選択肢が悪いほうへとどん…どんと殺されていって、断頭台へと向かっていく。梓の行動の想像力の無さも、虐待されていた小学生であることで許される。
私は、最後の最後まで梓は先生の小説家としての生き方を殺すのだなと思った。本当は先生自身が書きたかったのに、梓がダメにした二人の物語を、結局梓が書いてしまうのは…。死人に鞭打つ行為だったのではと悲しくなってしまう。続きを読む投稿日:2024.02.25
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