人形の家(新潮文庫)
イプセン(著)
,矢崎源九郎(著)
/新潮文庫
作品情報
小鳥のように愛され、平和な生活を送っている弁護士の妻ノラには秘密があった。夫が病気の時、父親の署名を偽造して借金をしたのだ。秘密を知った夫は社会的に葬られることを恐れ、ノラをののしる。事件は解決し、夫は再びノラの意を迎えようとするが、人形のように生きるより人間としていきたいと願うノラは三人の子供も捨てて家を出る。近代劇確立の礎石といわれる社会劇の傑作。
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この作品のレビュー
平均 3.7 (50件のレビュー)
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このレビューはネタバレを含みます
う〜〜ん、大塚英志の評論にときたま、女性のビルドゥングスストーリーとして例示されるが、教養がなくて読んだことがなかったので読んでみたら、正直ひっくり返るくらい良くて3回読んだ。というか今こそ読まれる本だと思うのだけれど、ネットでざっと調べた感じ、私のサーチ能力の限界かもだけれどあまりもう言及されている印象はなかった。
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この本の素晴らしいところというか、私が大感銘を受けたのは、単に人形として夫の支配下にあった妻が自立する話だから、という風に描いていないところである。というと、少し分かりにくいかもなのだけれど、夫=男側が支配者であり、その支配から弱い立場にある女が抜け出すというようなそんな二項対立の単純な筋にはなっていない。私が大感動したこの物語の深度は、まず妻が人形である(近代的な人間としての自立を果たしていない)ことが、父と夫の影響下にありながら、自分でもその状態を甘んじて受け入れている、つまり男と女の共犯関係の上で成り立っていたことに気づく点。そして、真の自立は「お前は世間知らずだから」と言いながらも世間を知ることを遮断する、スポイルされる状況から脱せずして成されないということをあまりに明快にかいている点である。あまりに明晰で素晴らしく、しばらく言葉を失った。こういういい物語に出会えると、生きてて良かった〜〜という気持ちになる。やはり古典はすごい。
しかし解説が1952年かなにかのもので、ひっくり返りましたね。「女性解放問題ごときは」う〜ん、特に評論家の真価は、時間を経てこそ分かるものだと感じますね。投稿日:2019.03.17
ノルウェイの劇作家、ヘンリク・イプセンの代表作の1つ。
有名作品だが初読。
ひとことで言うならば、弁護士の妻、ノラが、自身を「人形」のようにしか見ていなかった夫と別れ、自我を確立するために「家」を出て…いく話である。
ストーリーは広く知られているが、知っていて読んでもその展開は衝撃的で、シャープな切れ味に驚かされる。
ノラは小鳥のように軽やかで、美しい女である。弁護士ヘルメルが夫で、かわいい子供が3人いる。
夫は年明けに銀行の頭取になることが決まっており、このクリスマスはとりわけ楽しい。ノラはたくさんの買い物をし、子供たちをプレゼントで喜ばせることや、仮装パーティーで踊ることを楽しみにしている。
だが、彼女には1つ秘密がある。
数年前、夫が病気をし、転地療養が必要であったとき、父親の署名を偽造して借金をしたことがあったのだ。当時、父は重い病で署名を頼むことができなかった。夫への愛情から出た行為ではあったが、紛れもなく違法行為であり、ことが明るみに出れば、ノラ自身だけでなく、ヘルメルにも不名誉なことである。
ノラはこのことを夫に告げることができずにいた。
ところが、その秘密の証拠を握るものがいた。ヘルメルの銀行に勤めているが、品行芳しからぬため、解職されようとしている男だ。彼はノラの秘密をネタに、自分の解雇を覆すようヘルメルに頼めとノラを強請る。
困ったノラは何とか揉み消そうとするのだが、なかなかうまく行かない。
前半はとにかく、ノラにイライラさせられる。
冒頭ではあれこれと無計画に買い物をするお気楽な奥様ぶりに少々苦笑する。夫から小鳥さん・リスさんと呼ばれ、深く考えることもしない。
自身が引き起こしたトラブルにしても、そもそもの行動が無思慮であるし、その後を取り繕おうとするのもいただけない。
友人である未亡人が助言するように、早く夫に真実を明かすべきだと思う。
この女が家を出ることになるのだとすれば、自身のせいではないか、とも思う。
しかし。
ノラの秘密が明るみに出た時、図らずもヘルメルの本性も明らかになる。
彼はノラを庇うでも守ろうとするでもなく、怒るのだ。それもノラに降りかかる災いのためではなく、自身が被るであろう不名誉を嫌って。
ノラが何かに気がつくのはこのあたりからだ。
一方で、ノラの災厄は一転、救われることになる。恐喝者が悔い改め、手元に持っていたノラの秘密の証拠を返してきたのだ。
それを見るや、夫は急に機嫌を直し、ノラを元通り「小鳥さん」として扱おうとする。
この時、ノラは覚醒する。そして気づいてしまうのだ。
自分の夫が薄っぺらい、物事の表面しか見ない男であったことに。
彼が愛していたのは自分という「人間」ではなく、単にかわいい「人形」であったことに。
こと、ここに至っては、ノラはもう家を出ていくしかない。「夫」は真の意味で「夫」だったのではなく、愛もない、ただの他人なのだから。
読み手である自分の印象もがらりと変わった。
ノラは軽薄なのではない。単にそうであるように仕向けられてきただけなのだ。
お前はかわいくしていればいい。
楽しく何も考えずにいればよい。
そう言われて、誰がものを考えるだろうか。
ノラをどこかで軽く見ていた自身の偏見に愕然とさせられてしまった。
本作は戯曲であるので、脚本ではなく、劇として鑑賞した場合には、その衝撃はもう一段上になるかもしれない。
「ノラ」という役は俳優にとってはさぞかし演じ甲斐のある役だろう。
実際、ノラがこのように急に自我に目覚めることは可能なのか? こんな風に家を出て、この先どうなるのか? 疑問は生じないではないのだが、それを上回るインパクト。人間の本質を突く洞察に唸らされる。
イプセン、恐るべし。続きを読む投稿日:2024.02.12
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