夏の名残りの薔薇
恩田陸(著)
/文春文庫
作品情報
この殺人事件は真実なのか、それとも幻か!?
沢渡三姉妹が山奥のホテルで毎秋、開催する豪華なパーティ。
不穏な雰囲気のなか、関係者の変死事件が起きる。はたして犯人は――
沢渡三姉妹が山奥のクラシック・ホテルで毎年秋に開催する、豪華なパーティ。
参加者は、姉妹の甥の嫁で美貌の桜子や、次女の娘で女優の瑞穂など、華やかだが何かと噂のある人物ばかり。
不穏な雰囲気のなか、関係者の変死事件が起きる。
これは真実なのか、それとも幻か!?
巻末には杉江松恋氏による評論とインタビューも収録。
「『夏の名残りの薔薇』は本格ミステリという「閉じる」小説形式のルールを遵守しながら、同時に「閉じない」モチーフを小説内に定着させるという、極めて曲芸的な目論見によって書かれた作品である。(中略)小説内の犯人が目論んだ計画とは別に、作者が小説内で狙った仕掛けについても注意して読み進めなければならない――。」
(解説・杉江松恋)
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商品情報
- シリーズ
- 夏の名残りの薔薇
- 著者
- 恩田陸
- ジャンル
- 小説 - ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
- 出版社
- 文藝春秋
- 掲載誌・レーベル
- 文春文庫
- 書籍発売日
- 2008.03.07
- Reader Store発売日
- 2017.01.20
- ファイルサイズ
- 0.5MB
- ページ数
- 416ページ
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この作品のレビュー
平均 3.2 (141件のレビュー)
-
“「夏の名残りの薔薇」の構成について考えていた時、一つの主題を繰り返して微妙に変化させていく、という形式だけは決まっていたが、いよいよ書き始めるという時になって、何かこの小説には核になるものが欠けてい…るような気がしてならなかった”と、この作品執筆の経緯を語られる恩田陸さん。
この世には数多の小説があり、それを日々生み出される作家さんの存在があります。私たちの手元に届くのは、当然にその完成品である商品としての小説です。制作途上のものが届くことはありませんし、また見たいと思っても、作家さんの頭の中を覗き見することもできません。そんな小説が私たちの手元に届くまでを分かりやすく書いた作品に額賀澪さん「拝啓、本が売れません」があります。散々に赤入れされた校正稿を見ることができるなど、なかなかに興味深い、小説が出来上がるまでの舞台裏を見せてくださいます。
しかし、そんな風に私たち一般読者が小説執筆の舞台裏を見ることは普通にはできません。どんなことを思ってこのような構成になっているのか、それを構成した作者の考えを知ることができれば小説への理解は深まると思います。また、作品によってはその構成をどうしても理解できない、この場所にどうしてこのようなものがあるのかわからない、そんな異物感に苛まれる読書は精神衛生上もよくはありません。そんな時、その構成の真意を作家さんから聞いてみたくもなります。
私はこの3年間で600冊以上の小説ばかりを読んできました。その際に心がけているのは、そんな作品制作の舞台裏をインターネット様のお力をお借りして、可能な限り調べることです。私のレビューにそんな調査に基づく作家さんのお考えを引用することが度々あるのはそういう理由によります。
一方で、作品制作の舞台裏が〈あとがき〉に記されているとしたら、それは一番分かりやすいとも思います。また、普段、〈あとがき〉を書くことの少ない作家さんがわざわざ〈あとがき〉を書いてまで何かを説明されるとしたら、そこにはその作品を読むにあたっての注意事項的意味合いも出てくると思います。
さて、そんな〈あとがき〉に、このレビュー冒頭のような一文が記されている作品がここにあります。『薔薇』という言葉を作品名に度々用いられる恩田陸さんが書かれたこの作品。非常に複雑な構成に、読書を途中で投げ出したくなること必至?なこの作品。そしてそれは、『去年起きたことと、去年起きなかったことを確かめたいんですよ』と語る登場人物の言葉の中に、まさかの真実の存在を見る物語です。
『桜子さん、時光さん。どちらへ?』と呼ばれ振り向いて天知繁之の姿を見るのはこの章の主人公・湊時光。『伊茅子さんのお茶会にお呼ばれしているんです』と答える時光に『私はさっき。未州子さんのお茶会に行った』と天知は返します。『大学の先生』という天知との会話を切り上げ、伊茅子の元へと向かう二人。そんな中、『雨は横殴りになり、既に雪混じりになっていた』という外の様子を見た桜子は『これで嵐の山荘よ。血の雨が降るわ』と不吉な言葉を語るのでした。『隆介の仕事はどうだい?』と『茶托に茶碗を載せながら尋ね』る伊茅子に『順調ですわ』と返す桜子。そんな桜子に『あの子にはお豆腐くらいの脳味噌しかないけれど、あんたを貰ったのは上出来だったね』と続けます。苦笑する桜子も『冷静で辛辣な女』だが、『実の甥をここまで言う伊茅子』を『辛辣さ』に『輪を掛けて』いると思う時光。そんな時光に『このところよく名前を見かけるわ。ご活躍のようね』と訊く伊茅子に『恐縮です。最近は評論の仕事が多いから、よく見るような気がするだけですよ』とにこやかに返すと、『あんたも立派な文化人の一人』と語る伊茅子。そんな伊茅子は、『だから、そろそろ、いい加減にしたらどうだい?』と言います。『いい加減というのは?』と訊く時光に『あんたたちの関係さ』と『煙草に火を点け』語る伊茅子に時光と『桜子は反射的に顔を見合わせ』ました。『何をおっしゃるの…時光はあたしの弟ですよ』と言う桜子に『だから、余計まずいだろう。結婚してからも実の弟とずっと関係を持っていると世間に知れちゃ』と言う伊茅子は『あたしを騙し通せると思ってるのかい?』と『鋭利な視線』を向けます。『実は、隆介に相談を受けてね』と続ける伊茅子は、『あんたが早晩隆介に物足りなくなるだろうことは予想がついてた…』と自身が早い段階で二人の関係に気づいていたことを説明します。そして『よそに男を作るよりも、これは悪い』と断言する伊茅子に『僕たちに、どうしろと』と、そう答えることで『自分たちの関係を認めたことになると分かって』いながらも訊く時光に、『毎年ここに来て二人で過ごすのを楽しみにしてることは知ってるけど、今年でそれもおしまいにしてもらいましょう』と語る伊茅子。そんな語りに『耳元でカチリ』と、『誰かが銃の引き金を引いたのを聞いたような気がした』時光。『桜子は私の毒なのだ。やめられない毒。禁断の甘い毒』と思う時光。そして、伊茅子の元を出た二人の前に一人の男が階段を降りてくる姿が見えました。『その男を驚愕』しながら見る二人。それは『ここにいるはずのない、彼女の夫』の姿でした…と展開する、時光が主人公となる〈第一変奏〉。妖しい雰囲気満点の中に物語の舞台が朧げに浮かび上がる蠱惑的な物語でした。
“沢渡三姉妹が山奥のクラシック・ホテルで毎年秋に開催する、豪華なパーティ”、”不穏な雰囲気のなか、関係者の変死事件が起きる。これは真実なのか、それとも幻か?”と内容紹介にうたわれるこの作品。そんなこの作品のレビューには、”わけがわからない”、”頑張って読んだが理解できない”、そして”途中で断念”といった低評価のレビューが溢れています。実のところ、私も読書中、何度もこの作品を手にしたことを”なかったことにしよう”という思いに苛まれました。600冊以上の小説を読んできた私ですがどうしても合わない作品というものは今までにもありました。“アルコ&ピースのオールナイトニッポン”を取り上げた佐藤多佳子さん「明るい夜に出かけて」です。”アルコ&ピース”って誰?、深夜ラジオは全く聴いたことがないという私には、それが分かった前提で展開する物語に全くついていけない苦悩の中に、やはり”なかったことにしよう”と何度も戸惑いましたが、どうにか読み切り頑張ってレビューも終えました。一方で、この作品で私が読書を”なかったことにしよう”と思った理由は、読み解くのがあまりに難しいと感じたからです。その理由は、この作品の特徴でもありますのでそんな三つをあげてみたいと思います。
まず一つ目は、 アラン・ロブ=グリエさん「去年マリエンバートで/不滅の女」からの夥しい引用がなされている点です。もちろん、天沢退二郎さんと、蓮實重彦さんによる和訳ではあり、『舞台となるのは、とある大きなホテル。宏大な、バロック風の、一種の無国籍的な宮殿』と始まる引用は、物語本編の舞台となる『このホテルは山奥の吹きさらしの斜面に建っていることもあって、堅牢な造りになっている。見た目は巨大な山荘という趣きで…』というホテルとの雰囲気感の重なりを類推させもします。この作品の巻末には恩田さんの作品としては珍しく〈あとがき〉が添えられています。”大学に入った年の夏”に映画「去年マリエンバートで」を見たという恩田さんは、この作品の構成を練る中で”この小説の核には、「去年マリエンバートで」を据えるべきである”という考えに至ったことを語られています。小説の中に小説が登場する、いわゆる”小説内小説”は、私が最も愛する小説の形式で今までも数多くの作品に接してきました。恩田さんの作品でも「三月は深き紅の淵を」や「木曜組曲」などがそれに当たります。”小説内小説”が登場する場合、その内容が本文中にどの程度触れられるかで読み味も、その意味合いも全く異なってきますが、この作品は上記の通り、元の作品から大量に引用がなされています。また、それは実際にこの世に存在する作品であり、全編を読もうと思えば入手もできます。その点でこれも上記した通り、本編の物語との絶妙な関係性が物語を作っていくであろうことは痛いほどわかります。しかし、そんな引用が非常に難解だという点が読書の足を引っ張ります。結果、自己防衛本能が働き、私の場合、引用部分はほぼ全て読み飛ばしてしまったというのが結論です。この点、レビュワーとしては失格だと思うのですが、投げ出すよりはマシと考えた次第です。
次に二つ目は、各章で主人公を務める人物は変わっていくのに、全て『私』と始まり、文体も人物による描き分けがなされていないという点があげられます。各章の主人公を整理しておきます。
・〈主題〉: 不明
・〈第一変奏〉: 湊時光、桜子とは実の姉弟にも関わらず、『許されざる関係』にある。
・〈第二変奏〉: 田所早紀、『丹伽子の娘』であり、『舞台俳優』の瑞穂のマネージャー。
・〈第三変奏〉: 沢渡隆介、桜子の夫。伊茅子の甥。
・〈第四変奏〉: 天知繁之、大学の先生。『どことなく浮世離れした、外国人めいた風貌の男』
・〈第五変奏〉: 沢渡桜子、隆介の妻。時光とは実の姉弟にも関わらず、『許されざる関係』にある。
・〈第六変奏〉: 辰吉亮、『高級会社のディーラー』で隆介は顧客、桜子と関係を持つ
物語には、これら各章の主人公の他に伊茅子、丹伽子、未州子という沢渡三姉妹と、丹伽子の娘の瑞穂が登場します。そもそも実の姉弟が『許されざる関係』あるという時点で強烈な設定の物語ではありますが、それぞれの章に語られる内容がどうも頭に入って来づらいという特徴があります。全て『私』と語られるところが余計に混乱を招きもします。
そして、最後に三つ目は、視点の主が語る物語が要領を得ないということです。これは、時光のこんな語りに表されてもいます。
『誰もが、記憶を改竄し、自分の身に起きたこと、かつてあったであろうことを日々自分の中で作り続けているんです。あったかもしれない逢瀬、出会っていたかもしれない恋人を探している』。
そう、それぞれの章でそれぞれの主人公が語る物語には、虚構が入り混じっていることがわかります。『嘘をつくのは、何かを隠蔽するためであることが多い』という中に、さまざまに語られる物語。この登場人物が死んだと匂わされたり…と展開する物語は読者を混乱必至に陥れてもいきます。それは、もちろん恩田さんが意図したものであることは間違いありません。上記二つ目の記述の中で、各章の章題に『変奏』と入っていることに気づかれたと思います。クラシック音楽を愛する方にはお馴染みの”変奏曲”をイメージさせるこの言葉。”一つの主題が様々に変奏され、主題と変奏の一つ一つが秩序を保つように配列された楽曲”というクラシック音楽の”変奏曲”のように、この作品では、冒頭に置かれた〈主題〉に提示された内容を元に各章の中でホテルで繰り広げられるさまざまな人間模様を視点を変えながら描いていきます。そんな〈主題〉には、こんなことが書かれています。
『私は、あのホテルに向かっている。あの贅沢な監獄には、三人の女が待っている。嘘つきな女たち… だが、本当に罪深いのはあの中の一人だけであることを私は知っている』。
そう、”変奏曲”は冒頭に提示されたテーマをさまざまに変化させながら『変奏』していきます。この作品では、この引用に基づいて、『本当に罪深いのはあの中の一人だけ』を追っていくことになります。
以上、私がこの作品でわかりづらいと感じた点を整理してみましたが、ここまで書いて一つ気づいたことがあります。こんな風に自分自身で、読後にその内容を整理したことで、作品の見通しが随分と良くなった!ということです。なんだ、そういうことかという自己完結する結果論。ということで、これから読まれる方には、私の上記整理を是非ご参考にいただければと思います(笑)。
そんなこの作品ですが、上記した複雑な構成の中に描かれていくのは、”ミステリー”な物語です。桜子と時光という実の姉弟の『許されざる関係』にどうしても気持ちが引かれてしまいますが(笑)、本論としては、このホテル近くで『女性の変死体が見つかった』という事実の裏側に隠された真実を求める物語です。上記の通り、非常に分かりづらい物語構成は〈第五変奏〉まで続きます。それが、〈第六変奏〉へと至り、急に見通しが良くなると同時に、急ピッチで結末へと物語は駆け抜けていきます。そんな中に登場するのが、『封筒を見た時は、デジャ・ビュを見ているような気がした』という一文に登場する『デジャ・ビュ』という言葉です。『記憶を引き出す時に脳が勘違いをして、初めての記憶をかつて経験した記憶だと錯覚する現象』を指すこの言葉は、恩田ファンにはもうお馴染みの言葉です。恩田さんの作品でこの言葉が登場しない作品があるのか?というくらいに、まるで恩田さんの署名のように登場する『デジャ・ビュ』。そんな決め台詞が物語を引っ張る〈第六変奏〉は、それまでの章とは異なり、それまでの物語の一年後が描かれていきます。ある人物によって解き明かされていく謎の数々。モヤモヤとした物語がうっすらとはいえ晴れていく様は読者に安堵の念を抱かせます。そして、改めてそこから見える登場人物たちの色濃い血と血の関係性。それぞれがそれぞれを憎んでいる一方で愛してもいるという複雑な関係性の登場人物たちが繰り広げる”ミステリー”な物語。そもそも引用された”小説内小説”をほぼ全て読み飛ばしてしまった読後には、全体をキッチリ読みこなされた方の到達点には到底届きませんが、それでもぼんやりとした物語像がイメージされる中にどうにか読み終えることができた満足感がそこにはありました。
『要するに、彼女たちは作り話をするのが習慣なのだった』という沢渡三姉妹が山奥のホテルで開催するパーティーの舞台裏で巻き起こる変死事件に隠された真相を追うこの作品。「去年マリエンバートで」という映画作品からの夥しい引用の中に、本編との重なり合いを意図して書かれたこの作品。『檻の中で待ち受けている、嘘つきな女たち…本当に罪深いのは ー それはいったい誰なのか』という真実を追い求めるこの作品。
私にとって、恩田作品49冊目となる一冊で、途中で投げ出しそうになるのを何度も堪える読書をまさか経験することになろうとは…と恩田ワールドの奥深さを改めて体感することになった、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2022.12.07
恩田陸は2作目。偶然か必然か、記憶がテーマになった作品なのかな?私も一人称小説より三人称小説が好きだし、視点がコロコロ変わる作品が好き。人の記憶や物事の捉え方って本当にまちまちで信用ならないからこそ面…白い作品になる気がした続きを読む
投稿日:2024.02.09
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