いのちを“つくって”もいいですか? 生命科学のジレンマを考える哲学講義
島薗進(著)
/NHK出版
作品情報
誰もが願う「より健康に、より長く生きたい」という希望。iPS細胞による再生医療をはじめ、出生前診断、遺伝子治療やロボット技術――最新のバイオテクノロジーに根差す現代医療は、その願いを着実に実現しつつあり、「病気や老化を克服する」可能性さえも見えてきた。
ところが、従来不可能であったことが「できてしまう」ようになることで、私たちはこれまで想像もしなかった課題に直面しつつある。それはたとえば、「技術的に可能なら、人工的に人のいのちをつくり出してもよいのか?」「身体の特徴や能力、知性などを親が好きに選んで、子どもをデザインしてもよいのか?」など、今日の倫理観では対処できないようなジレンマだ。そしてそれらは、テクノロジーが発展するほどにますます複雑になっていく。人がただ望むままに進んでいくならば、私たちはやがて「いのちをつくり変える」領域に踏み込んでしまうのではないか。
本書では、バイオテクノロジーがもたらすこのような治療を超えた医療=エンハンスメントの課題と、生命科学と深く結びついた現代、そして未来の社会を生きるための新しい“いのちの倫理”を、読者とともに「哲学的」に考えていく。
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この作品のレビュー
平均 3.8 (6件のレビュー)
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医療技術の発展に伴い課題として浮き彫りになってきた「治療を越えた医療=エンハンスメント」をベースに、いのちの捉え方を私たちに問う本作。
医療技術が飛躍的に進化している昨今。治療できなかった病気が治療…でき、救えなかった命が救えるケースが増えてきました。ニュースでそれらを目にする度に単純に人間にとって「良いもの」が生まれた、と思っていました。本書では医療技術が人間にとって「より良く」利用された時、つまり治療を越えて「増強」として利用された時に「何が変わり、何が問題となるか」という課題や問題点が、さまざまな側面から投げかけています。
世の中には賛否両論ある技術がすでに実用化されているのも現状です。個人単位で見ると気分が落ち込んだ時に処方された薬で「健康な精神」を取り戻したり、出生前診断や堕胎手術などで実質的に「命の選択」が可能になりました。利用するしないは個々で判断するものですが、やはり怖いと感じるのはそれらがエスカレートして利用されることです。
その例として本書では1932年刊行のディストピア小説『すばらしい新世界』(オルダス・ハクスリー著)が挙げられています。医療技術・最新科学が「人間管理」として使用される恐ろしさの果てを描いた本作は、個としての人生や人間らしい生き方について読み手や社会に一石を投じる内容になっています。もちろん現代には無い技術も多々描かれていますが、昨今の飛躍的な技術進化を考えると、そう遠くない未来に起こり得るのではないかと背筋が冷たくなるものがあります。
「いのち」の扱いは本当に難しく、良い悪いの一言で語られるものでもありません。だからこそ個人では自身の狭い倫理観に縛られずに様々な意見を耳にすること。学術的には目先の成果に囚われず国の垣根を越えて、広い視点で意見が飛び交う必要のある課題なのだと思います。
著者の提言する「個のいのち」から「つながりのなかにあるいのち」。他者から学び、他者との関わりのなかで喜怒哀楽を感じること。さらに経験から社会性や倫理観を育み、予期せぬ事態も受け入れ新たな喜びを見出すこと。これらは確かに他者との関わり・交流があってこそ為し得る経験のように思います。
生命倫理という分野は読むのも考えるのも難しいと思っていましたが、平易な言葉で身近な問題として捉えらえることのできる興味深い内容でした。続きを読む投稿日:2019.02.07
宗教学、死生学を研究分野とする島薗進 氏の著。
バイオテクノロジーによって人間の遺伝子や生殖に介入する行為、ES細胞などの「胚」を用いた科学的技術の発達について、「はじまりの段階のいのちを壊す」とい…うキリスト教的な側面と東洋(日本)の「つながりのなかの命」を対比させて論じた本。
(イラスト、題名などから)生命倫理を中高生向けに発信する本のように思っていましたが、中身はガッツリ大人向け。大学生以降を想定して書かれているのかなと感じました。
序盤~中盤まではバイオテクノロジーが進んだ未来にはどんなことがありうるだろう? という話で、中盤以降はキリスト教的な視野から見た中絶・人工妊娠中絶について、終盤では欧米と日本を比較しながらそれぞれの違いと特徴についてまとめられています。
この本の主題には大きな2つの問いがあって、
Q:ES細胞やiPS細胞などの研究・利用は、どこまで許容できるのか
Q:エンハンスメントがもたらす弊害とは何なのか、そしてそれにどう歯止めをかけるべきなのか
というものなのですが、個人的に今まで欧米諸国の判断や医療的指針について「どうしてそう判断したんだろう?」と思っていた疑問がぱっと明らかにされる思いがしました。
キリスト教圏では隣人愛というものがあり、日本は基本的には神道もしくは仏教が主体の無宗教の人が多い国で、その「隣人愛」がキーワードだったのだなとわかったときには目から鱗でした(単なる勉強不足ですが)。
また、私も読んだことがあるのですが「楢山節考」についての記載もあり、日本の死生観というものを改めてしっかりと見直したような気持ちになりました。
生命倫理そのものを深く穿つという本ではないようですが、東西でまず考え方の背景がまったく違うと示していること、そしてどこがどう違うかを具体的に示しているという点で、お勧めできる本だと思います。続きを読む投稿日:2021.06.22
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