この作品のレビュー
平均 3.9 (273件のレビュー)
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あなたは、”W不倫”をしていますか?
(^_^;)\(^。^。) オイオイ..
そんな質問に”はい!”と答える人はいませんよね。一方で、
あなたは、”不倫”をしていますか?
そんな風…に質問を変えると、”ドキッ!”とされた方はいるかもしれません。そもそも”不倫”という言葉があるわけですし、世界最古の長編小説とされる「源氏物語」にさえ、そこには”不倫”な物語が普通に描かれています。”不倫は文化”と大胆な発言をされた芸能人の方もいらっしゃいましたし、それ自体は決して珍しいことでもないのだと思います。
しかし、そんな”不倫”をしているあなたは、旦那さんに、奥さんにその現在進行形な現実を隠すはずです。自分にやましいことがあればあるほどに相手のことは見えなくなってもいきます。そう、そこに”W不倫”が進行する可能性が生まれもします。夫婦となる二人が、お互いに他人と恋に落ちていく現実。自らに起こる出来事と考えるとそれは悍ましい現実ですが、それを他人事として聞く分には、一つの娯楽としてのドラマが生まれます。
さて、ここに、
『夫の一浩が、その女との関係を、ついに白状した時、私は、呆気に取られた』。
という先に展開していく物語が描かれた作品があります。その一方で『妻だって恋に落ちることもある。夫にもそういうことがあるように』という先に十歳年下の郵便局員と付き合う一人の女性が主人公を務めるこの作品。『a』から『z』で始まる英単語がそんな女性の物語を彩ってもいくこの作品。そしてそれは、そんな主人公と夫が”W不倫”な日常を送るその先に、大人な恋をあなたが目にする物語です。
『ね、母国語って英語で、マザー・タンって言うって、ほんと?』と『ベッドの中の成生(なるお)』に訊かれて『そうだよ、でも、どうして?』と返すのは主人公の夏美。『おれの知らないこと、いっぱい知ってる』と言う成生に、『それは…』と言いかけたものの、『十年余分に生きてるから、などというのは、ただの事実で理由にならない』と思い黙った夏美は、『夕方から打ち合わせ』があると言うと成生の部屋を後にしました。『会社の向い側にある小さな郵便局で出会った』成生のことを思う夏美は、『窓口』で働く彼に『切手やら葉書やらを買いに行きさえすれば会える』日常を『素晴らしい』と思う中に生きています。『出版社勤務。既婚』の三十五歳という今を生きる夏美。場面は変わり、『夫の一浩が、その女との関係を、ついに白状した時、私は、呆気に取られた』という夏美は、『目の前で交通事故 accident を目撃してしまったような驚き』を感じます。『いつからなの?』、『一年ぐらい前から』、『名前は?』、『知ってどうするのか解らないけど、本宮冬子さん』と冷静に語り合う二人。そんな中、『コンビニ』で出会ったこと、『女子大』に通う学生であることを説明され『かがみ込んだ』夏美に『大丈夫か』と声をかける一浩に『夫に女作られたら普通泣くよ』と返す夏美。しかし、一浩はそんな夏美に『やっぱり、おれ、ナツのこと好きだよ』と話しますが、『冬は?』と訊かれ『冬ちゃんも好きだよ』とも言います。思わず『側に積んであった本を投げつけた』夏美は、それを素早く避けた一浩の姿を見て『彼の敏捷な身のこなし方が、たまらなく好きだ』と思った過去を思い出します。『恋人同士だったのは二年間程』、『別々の出版社に勤め、たまに同じ作家を担当することもある』という夏美と一浩は、『子供のいない私たちは、いつもやんちゃな仲間同士である』と二人の関係を考えてきました。『いつから気付いてた?』と訊く一浩に『しばらく前からだよ…いつもと違ってたもの』、『魂抜かれてた』と返す夏美。『ナツ、今、恋人は?』と訊く一浩に『いない。私は、カズに会ってから恋人なんて作ったこと、ない』と返す夏美。そして、一浩は、『おれ、ナツとは別れたくない。でも、彼女とも別れられない』と言います。『遅かれ早かれ、こういう事態は、二人の間で起きたのかもしれない』と思う夏美。そんな夏美と一浩が”W不倫”の危うい日常を生きていく物語が描かれていきます。
“文芸編集者・夏美は、年下の郵便局員・成生と恋に落ちた。同業者の夫・一浩は恋人の存在を打ち明ける。恋と結婚、仕事への情熱…AからZまでの二十六文字にこめられた、大人の恋のすべて”と内容紹介にうたわれるこの作品。まさかのW不倫が描かれていく物語は、内容紹介に触れられている通り、『a』から『z』の26文字に分けられた26章から構成されています。読み終えて、これは上手い!と山田詠美さんの構成の見事さに、読売文学賞を受賞されたというその受賞歴含めなるほどと納得しました。
では、そんな作品を三つの側面から順に見ていきたいと思います。まずは、『a』から『z』のアルファベット26文字が章題になる26章の構成についてです。この作品は主人公の夏美視点で最初から最後まで展開する物語ではありますが、そんな物語は細かく26の章に分かれています。そして、その章題に『a』から『z』のアルファベット小文字がまず記されています。これだけでは意味不明です。私もちんぷんかんぷんな思いの中に読み始めましたが、そこに唐突に登場したのがアルファベットで記された一つの英単語でした。『夫の一浩が、その女との関係を、ついに白状した…』と修羅場を予想させる場面が描写される冒頭の『a』の章。そんな時の夏美の内面をこんな一文が表します。
『テレビ番組の衝撃映像特集を見たような気分というのか。と、いうより、むしろ、目の前で交通事故 accident を目撃してしまったような驚きに近かったかもしれない』。
そうです。『目の前で交通事故を目撃してしまったような驚き』とするのではなく、そこに『accident』という英単語が挿入されているのに気づきます。
『事故』=『accident』
特にひねりがあるわけでもなくそのまんまの英訳とも言えるこの表現。それは、『b』以降の章でも同様です。少しだけ見てみましょう。
・〈d〉 → 『ここが目的地 destination だったのだ』
・〈m〉 → 『近頃の私、まるで、彼のあやつり人形 marionette みたい』
・〈s〉 → 『あなたが来ると、私が孤独 solitude の楽しみを失ってしまうというのに』
このような感じで、『a』から『z』までさまざまな英単語が登場していきます。正直なところ、字句そのまま訳の英単語が26個登場しても、だから何?という感じもします。しかし、この繰り返しは不思議と読書を進める中で一つのリズム感を生み、また、次はどんな単語が登場するんだろう?『q』は?、『x』は?、そして『z』は?と候補が浮かべづらい文字から始まる英単語を思い浮かべながら読み進める読書はなかなかに楽しい時間を与えてくれるのに気づきます。上記の通り26分の4をお伝えしましたが、これから読まれる方には上記も参考に、他のアルファベットにどんな英単語が登場するのか、是非楽しみにしていただければと思います。
次に二つ目は、この作品の主人公・夏美、そして夫である一浩の職業が出版社に勤める編集者だということです。小説を書かれる作家さんにとって一番身近にいる存在、それが『編集者』です。そんな作家と『編集者』の関係性は額賀澪さん「拝啓 本が売れません。」に詳述がなされてもいますし、大崎梢さん「プリティが多すぎる」には、編集者が主人公となって雑誌が出来上がるまでの舞台裏を鮮やかに描かれてもいきます。一方で、この山田さんの作品に描かれるのは、主人公でもある夏美と夫の一浩が『別々の出版社に勤め、たまに同じ作家を担当することもある』という絶妙な設定の上に編集者の仕事が生々しく描かれていきます。
『仕事中、外で偶然出会う時、こいつには負けたくないな、と思ったりする。彼も同じように感じているのが解る』。
そんな二人がそれぞれの出版社に働く時、彼らは間違いなくライバルとなります。そんな関係性を描くワンシーンを見てみましょう。
『あいつ、今度の城山千賀夫先生の書き下しやるそうじゃない』、と同期の山内に言われた夏美は『そんな筈はない。城山千賀夫の書き下しは、私が担当することになっている』と思い、『ここ数日、顔を合わせていない』一浩に電話します。
夏美: 『城山さんの書き下しのことだけど』
一浩: 『あ、もう耳に入った? うちでいただくことになったから。悪いな』
夏美: 『どういうことよ』
一浩: 『うちみたいな新しくてパワーある出版社から本出してみたいってことだろ。ナツんとこは老舗だけど売れねえからな』
夏美: 『許さない。あんたって、ほんと、こそこそするのが得意なようね』
一浩: 『勘違いするな。最終的に決断するのは作家だからな。でも、決断させたのはぼくだけどね…甘いなあ、澤野くん』
ライバル社の編集者同士の会話とすればありうることだと思いますが、この二人が夫婦であるというところが強烈です。私などが言うまでもなく、この世は同業他社をいかに出し抜き、仕事をとってくるか、どんな業界でもそれは同じことだと思います。そんな関係性にあるライバル同士が夫婦であるということ自体、悲劇とも喜劇とも言えなくもありません。この本が刊行されたのは2000年1月のこと。そんな四半世紀前の時代感も漂わせながら編集者の”お仕事小説”の側面も見せるこの作品。”大人の極上の恋愛小説”という宣伝文句からは決して見えないこの作品のもう一つの魅力を是非お伝えしておきたいと思いました。
そして、最後に三つ目として取り上げたいのが、”恋愛小説”としての側面、まさかの”W不倫”を描く物語です。”W不倫”と聞いて目をぱっちり開かれた方もいらっしゃるかもしれませんが(笑)、この方面の需要はそれなりにあるようで私が読んできた作品にも複数思い浮かぶものがあります。一見修羅場が展開すると見えた”W不倫”のその先をコミカルに描く井上荒野さん「それを愛とまちがえるから」、二組の夫婦が相手のパートナーと”官能世界”に溺れていく村山由佳さん「花酔ひ」などが思い浮かびます。そして、この作品「A2Z」で山田さんが描くのはあくまでそんな”W不倫”をする夫婦の妻側、夏美視点の物語です。『知り合って十年近く、その内、恋人同士だったのは二年間程』という中に結婚した相手、一浩とは『いつもやんちゃな仲間同士であるのを自分たちに許』す中に夫婦として生活を続けてきました。そんな中にコンビニで出会ったという女子大生と深い関係にあることを夏美に告げた一浩。そんな一浩に『夫に女作られたら普通泣くよ』とかがみ込み、労われる夏美。しかし、そんな夏美も作品冒頭に描かれるように『会社の向い側にある小さな郵便局で出会った』十歳年下の成生と深い関係にありました。
『私たちは結婚しているけれども、結婚生活を送って来ただろうか。結婚生活って何だろう』。
『ひとつの家に帰り、そこで笑い合うことだけがルール。それを守るために、私たちは結婚した筈だ』。
結婚というものをそんな風に冷静に見る夏美。しかし、その一方で、自らの内側にこんな感情が潜んでいることにも気づきます。
『一浩に、私を失わせたくない。そして、私は、成生を失いたくはない』。
“W不倫”と聞くと、そこには修羅場を見る物語が浮かび上がります。この作品では、上記した通り、そこにライバル出版社に務める編集者同士というさらなる対立の軸が描かれてもいきます。しかし、そんな愛憎極まりない舞台設定がなされているにも関わらず、この作品はもう信じられないくらいに清々しい結末を見せてくれます。これには、違う意味で衝撃を受けました。そう、どこまでも山田詠美さんの圧倒的な物語作りの上手さに舌を巻く、そんな鮮やかな”W不倫”の物語がここには描かれていました。
『本来、夫とは愛すべき味方であるべきなのだろう。でも、私には、それだけではつまらない』。
『別々の出版社に勤め、たまに同じ作家を担当することもある』という夏美と一浩が”W不倫”をする中に夫婦という関係性を続けていく様が描かれるこの作品。そこには、夏美視点から見る夫・一浩と、恋人・成生への心の揺らぎが鮮やかに描かれていました。『編集者』の”お仕事小説”の側面も見せるこの作品。『a』から『z』を頭文字に持つ英単語が物語に絶妙なアクセントを与えていくこの作品。
『恋』とは何か、『愛』とは何か、そんな根源的な言葉の意味を読者に問いかけもする、美しい表現の数々に彩られたこの作品。洗練された大人の”恋愛小説”を強く感じさせてもくれる素晴らしい作品だと思いました。続きを読む投稿日:2023.05.22
夫婦の関係性がなかなか理解し難く、共感し難く、不倫相手との恋愛描写もあまりきゅんと出来ないというか…感情移入出来ず、うーん…?という読後感。
投稿日:2024.03.27
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