米国の作家デイモン・ラニアンは日本ではほとんど知られていない。今回紹介する4巻の短編集「ブロードウェイ物語」が初めての登場である。訳者は「まずここに収めてある短編を先に読んでほしい、作家について知る前に。〈サン・ピエールの百合〉〈血圧〉〈ブッチの子守唄〉をすすめたい。これらはラニアンの最初期の作品だから」と語る。ラニアンはジャズエイジ時代の雰囲気を濃厚に伝える新聞記者あがりの作家で、当時は英国やフランスでももてはやされ、愛好者によるラニアン・クラブまでできた作家だった。
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米国の作家デイモン・ラニアンは日本ではほとんど知られていない。今回紹介する4巻の短編集「ブロードウェイ物語」が初めての登場である。訳者は「まずここに収めてある短編を先に読んでほしい、作家について知る前に。〈サン・ピエールの百合〉〈血圧〉〈ブッチの子守唄〉をすすめたい。これらはラニアンの最初期の作品だから」と語る。ラニアンはジャズエイジ時代の雰囲気を濃厚に伝える新聞記者あがりの作家で、当時は英国やフランスでももてはやされ、愛好者によるラニアン・クラブまでできた作家だった。
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訳者はまず読者に、これらの物語を楽しんでもらうことを願っている。元来、私は面白い物語、巧みな話が好きであり、それは日本の落語からはじまり、やがてモーパッサン、モームからラードナーやフォークナーやマラマッドまで、いまだに私を追いたててやまぬ。ラニアンももちろんその一人で、私の楽しみ方は、フォークナーにたいする時も少しも変わらない。最初の動機はこんな面白い作品を訳したかったのだ。あのジャズ時代という不思議な一時期を、裏側からユーモアとペーソスと大胆さとで描いたラニアンの物語は自分だけで楽しむばかりでなく、その楽しさを日本の読者に伝えたい。
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ラニアンは「ジャズ・エイジ」をもっとも深く味わい、もっとも生彩にとむ表現で語った作家だった。それは1920年から33年までの禁酒法の時代でもあり、この法を破って酒を売るギャングたちが勢力を伸長した時代だった。彼の作品でもっとも目立つのは無法者たちlawbreakers、すなわち酒の密売人、ギャング、賭博師、競馬のノミ屋、詐欺師、金庫破り、女たらし、などである。むろんその出入りする場所は、もぐり酒場、ナイトクラブ、競馬場、賭博場などだ。そしてすべての作品がなんらかの形でブロードウェイの裏表と関連している。
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百年も前に書かれた風俗小説で忘れられずに生き残っているのはリング・ラードナーとデイモン・ラニアンくらいのものだ。その理由はなにか。当時の「生きた庶民の声」をとらえたことで、いつの時代にも通じる庶民の感情を再生したからだ。それは語り手と語り口の絶妙な融合からくる。彼のすべての作品は「語り手」の一人称形式で語られる。その語り口がまさしく「生きている」のである。そこにあるのはすべて現在で、過去や未来はそこにはない。本書のタイトル「街の雨の匂い」は夜明け前の冷たい舗道が好きだと歌った賭博師の言葉だ。
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