海馬を求めて潜水を――作家と神経心理学者姉妹の記憶をめぐる冒険
ヒルデ・オストビー(著)
,イルヴァ・オストビー(著)
,中村冬美(訳)
,羽根由(訳)
/みすず書房
作品情報
探究心旺盛なノルウェー人姉妹がコンビを組んで、記憶の不思議をめぐる旅へ。海馬はいつ見つかった? 記憶と思い出す場所の関係は? 記憶力をよくする方法とは? なぜ人は忘れるの? 未来を想像するのにも記憶力は必要?――ときに記憶研究の歴史を紐解き、ときに記憶に問題を抱える人たち(テロの生存者、海馬を損傷した人など)を訪ね、ときに記憶のスペシャリストたち(研究者、タクシー運転手、チェスのグランドマスター、舞台女優、オペラ歌手、記憶力チャンピオン、未来予測家など)の門を叩く。生きることと記憶のよき関係を探る、人生の処方箋になること請け合いの一冊。ヒルデ:私はもっと忘れたいわ。つまり、人生における否定的な経験を。そんなの永遠に消えてくれたらいいのに。忘却は過少評価されている。イルヴァ:悲しい思い出だって真珠のネックレスの一粒なのだから、忘れることが必ずしもよいことだとは言えないわ。それでも私は、日常生活の忘却については異議を唱えたかったの。いつでもどんなことでも記憶しておこうという試みはやめるべきよね。
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商品情報
- 著者
- ヒルデ・オストビー, イルヴァ・オストビー, 中村冬美, 羽根由
- ジャンル
- サイエンス・テクノロジー - 数学・物理学・化学
- 出版社
- みすず書房
- 書籍発売日
- 2021.06.21
- Reader Store発売日
- 2021.06.25
- ファイルサイズ
- 0.6MB
- ページ数
- 320ページ
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この作品のレビュー
平均 4.6 (5件のレビュー)
-
小説家の創造性と描写力で記憶の謎に迫る
記憶をめぐる小説としては『失われた時を求めて』のプルーストが有名だが、記憶の特性を理解するのに、研究者による数値を用いた精緻な科学的分析よりも、実は作家による自身の感覚から掴んだ描写の方が、脳の作用を…的確に表現していることがある。
しかも記憶と物語は深く関わり合っていて、小説家が真実と作り話を組み合わせて物語を創作するように、私たちの記憶も回想と事実をごちゃまぜにする。
記憶とは正確な思い出がいっぱい詰まった鍵付きの箱などではなく、いわば創造的なスポンジで、なんでも吸い込んで、新しいものを生み出しているのだ。
この印象的なタイトルにあるように、中心にあるのは海馬だ。
記憶がどのように蓄えられ、想起されるのか - 脳内のタツノオトシゴ(海馬)に、記憶を理解するための鍵がある。
記憶とは静止したものでも信頼できるものでもない。
また、山のように動かざるものでもない。
常に詳細な事柄を加えて生まれ変わっていく。
曖昧で移ろいやすく、時に物事をひっくり返す。
海藻の間でゆらゆらと踊っているタツノオトシゴのように。
MRIで明らかになったのは、私たちが何かを想像している時の脳の活動は、実際に体験している時のものとほぼ変わらない。
想像も記憶も、虚偽記憶でさえ、実際に観察すると、脳内では同じような動きを見せている。
まるで願望によって創られているように、本当の記憶とは想像の一形態で、想像による再構築だ。
生きた有機体のごとく、心象風景を取り入れ、新しい構成要素が入ってくると元々あった記憶の映像と縫い合わせてしまう。
自分の想像力のせいで、縫い目もなくひとつになるため、真実と作り話の境界は常に曖昧だ。
しかもそれを無意識に、何も考えずにやっている。
ドキュメンタリー映像のような正確性を求めても無駄。私たちの記憶は司法制度のためにできていない。
記憶は、将来起こりうる危険を予測し、それに向けて備えるために進化したのであって、事件の目撃者として間違いのない証言をするようにはできていない。
思い出す度に、筋書きは必ず再構成され、隙間はもっともらしい事柄で埋められる。
しかし過去を思い浮かべ、未来予想図を描くことができるという、人間だけが持つ能力は、一種の記憶の副産物だ。
「未来は暗黒の”時の深淵”の向こう側にあるのではなく、川の中に配置された飛び石のようなもので、常に私たちの目の前にある。私たちはその一つ一つに足をのせることで先へ進む」
ノルウェーの姉妹による作品であるためか、同国のウトヤ島で起きた2011年のテロ事件の被害者が抱えるトラウマは、かなり詳細で生々しい。
トラウマはありとあらゆる手段で記憶と結びつき、被害者の感情を強く揺さぶり続ける。
予告もなく飛び出すびっくり箱のように、記憶は元のままの残酷さを保ちながら、何度も何度も飛び出してきて、決して箱を閉めることができない。
考えずにいろというのは困難で、それは「象のことは考えるな」と言うようなもの。
いない振りをしたところで、象は地面を踏みならし、辺りのものをひっくり返す。
トラウマの犠牲者はまるで象使いになったように、ずっとそばに象がいつづけるため、考えずにはいられない。
そしてある日自分が象になってしまう。
トラウマと同化して、自らの一部になってしまうのだ。
親が我が子に幼児期の様子を話すと、それが子どもの記憶として定着する話が興味深い。
ただし親の話し方が重要で、それが子どもの記憶の維持には関係してくる。
「子どもに覚えておいてほしいことがあれば、そのことをお子さんに話してください。そして、お子さんの体験のポジティブな面に重きを置いてください」
そうやって親は、すてきな幼児期の思い出を子どもに贈ることができる。
「幸せな子ども時代を送るのに遅すぎることはない」続きを読む投稿日:2021.11.30
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人間に宿るタツノオトシゴ…脳にある海馬を、つまり記憶のしくみについて書かれた本。
タイトルと表紙の雰囲気に惹かれて手に取った。
神経科学や認知心理学など、科学の本でありながら歴史、文学、心理学、建築学…、神話学、生物学、環境問題などいろいろな分野の話題を組み合わせながら、情緒的でユーモラスでもある。
そんな本書はノルウェー人の作家&神経心理学者の姉妹によって書かれている。姉妹同士であることの屈託のなさから、時には喧嘩をしつつも、好奇心旺盛な彼女らはとことん記憶について突き詰め書いたとのこと。とても愛着の湧く本だ。
姉妹は様々な記憶に、海馬に関する過去の事例や先行研究を紹介しながら、自身らでも実験の再現をしたり、それらを鑑みた上で、どんなことでも記憶しておこうという試みはやめるべき。と記憶の衰えに日々憂える私たちに寄り添うように語りかけてくれる。
第1章 海の魔物――海馬の発見
第2章 二月にタツノオトシゴ(海馬)を求めて潜水を――記憶は脳のどこに定着するか
第3章 スカイダイバーが最後に考えること
――個人的な記憶とは
第4章 カッコウのひな
――虚偽記憶はいつ(正常な)記憶の中に忍びこむか
第5章 大掛かりなタクシー実験とかなり奇妙なチェス対決――記憶力をよくする方法
第6章 忘却は思い出の真珠を作る――なぜ人は忘れるのか
第7章 脳内のタイムマシン
――過去を思い出すことも未来を想像することも
どの章も面白かった。
記憶の捏造は誰でも簡単にしてしまいがちであることがとてもよくわかった。
とりわけ目から鱗が落ちたのは第7章だった。
記憶は過去にも未来にも双方に働くというのは、薄々生活の中で分かっていたはずなのに、このようにわかりやすく科学的に説明されるとハッとしてしまったのだ。
過去の記憶があるからこそ未来を想像できる。
未来が想像できるからこそ、文学が生まれたのだ。
また、うつ病などを患うと未来の想像があやふやになり難しくなる。孤立を深めても未来の想像があやふやになる。生き詰まりそうになる。
そんな時は「物語」に触れるのが良いのだそうだ。
物語に、他者の人生に多く触れることで、生き詰まっていたところに、「今」以外の未来を見ることができる。
そうか…だから私はこんなにも物語を欲しているのか。とものすごく腑に落ちた。物語に触れるのは私にとって、とても大事なことだ。
具体的に未来をシミュレーションすることで、さまざまなシナリオの細部が明確になりどれを選ぶか判断しやすくなるという未来思考を「エピソード先見(⇔エピソード記憶)」と、トーマス・ズデンドルフ氏は呼んでいるらしく、とても興味深かったので書き留めた。
またノルウェーでの事例・研究やノルウェーで活躍する人物などもたくさん知ることができるのでそこもいい。
本書ではたくさん先行研究を調べていて、それでもまだ未知数な部分の多い記憶。人間の脳のしくみ。
もっともっと知りたいと思った。
そして何度でも本書を読み込みたいと思った。
もちろん、多くの人に読まれてほしいとも。 続きを読む投稿日:2022.06.23
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