一度きりの大泉の話
萩尾望都(著)
/河出書房新社
作品情報
12万字書き下ろし。未発表スケッチ多数収録。
出会いと別れの“大泉時代”を、現在の心境もこめて綴った70年代回想録。
「ちょっと暗めの部分もあるお話 ―― 日記というか記録です。
人生にはいろんな出会いがあります。
これは私の出会った方との交友が失われた人間関係失敗談です」
――私は一切を忘れて考えないようにしてきました。考えると苦しいし、眠れず食べられず目が見えず、体調不良になるからです。忘れれば呼吸ができました。体を動かし仕事もできました。前に進めました。
これはプライベートなことなので、いろいろ聞かれたくなくて、私は田舎に引っ越した本当の理由については、編集者に対しても、友人に対しても、誰に対しても、ずっと沈黙をしてきました。ただ忘れてコツコツと仕事を続けました。そして年月が過ぎました。静かに過ぎるはずでした。
しかし今回は、その当時の大泉のこと、ずっと沈黙していた理由や、お別れした経緯などを初めてお話しようと思います。
(「前書き」より)
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商品情報
- シリーズ
- 一度きりの大泉の話
- 著者
- 萩尾望都
- 出版社
- 河出書房新社
- 書籍発売日
- 2021.04.21
- Reader Store発売日
- 2021.04.21
- ファイルサイズ
- 31.5MB
- ページ数
- 352ページ
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この作品のレビュー
平均 4.2 (84件のレビュー)
-
「ひとつ屋根の下に作家が2人もいるなんて聞いたこともないよ。とんでもない話だ」(「少年の名はジルベール」より)1970年10月、萩尾望都、竹宮恵子の2人が一緒の借家に住む予定を、共通の編集者の山本氏に…告げた時に、彼は上のように警告したという。
「あなたね、個性ある創作家が二人で同じ家に住むなんて、考えられない、そんなことは絶対だめよ」1973年5月、大泉で傷ついて埼玉に引っ越した時に、萩尾望都は木原敏江にそう言われたという。(本書167p)
‥‥結局はそういうことだったのだ。
その2.5年間。萩尾望都と竹宮恵子が共通の知人・増山法恵を通じて出逢い、増山家隣の二階建てのボロ屋に一緒に住みながら新しい少女マンガを描き始めた。その家はのちに大泉サロンと言われ、前途有望な若手漫画家が集ったことで知られている。その2.5年間(大泉サロンは2年間)、2人の才能は急速に開花した。萩尾望都は「トーマの心臓」の300pの習作を既に書いていたし、「ポーの一族」のシリーズ連載を始めていた。竹宮恵子は「少女マンガに革命を起こす」戦略の下「風と木の詩」連載を勝ち取るために、頭の固い編集局と闘っていた(連載開始は1976年)。次々と新しい少女マンガ雑誌が創刊され、健康な学園ものやスポーツもの、可哀想な少女だけが描かれる時代ではなくなっていた。2人の作家が目指す作品は、その編集者の思惑の遥か前にあった。そこでは、頭のいい竹宮が、天才肌の萩尾を、憧れ畏れ妬む要因も産まれていただろう。
「少年の名はジルベール」には、竹宮の嫉妬心理は詳細に告白されているが、実際に何があったのかは曖昧にされた。本書で、その具体的な経緯が初めて明らかになった。事実経過は2人とも同じことを書いている(そのあと派生した噂の真相については別)ので、2人が決別した契機は本書に書いている通りだと思われる。
決別は大泉解散の後、竹宮が萩尾の「ポーの一族」の「小鳥の巣」の第一回連載を見て、竹宮が公然の秘密にしていた「風と木の詩」の設定をパクったと非難したことがキッカケである。数日後竹宮は萩尾宅を訪れ「あの日言ったことはなかったことにして欲しい」と言った上で「距離を置いて欲しい」という意味の手紙を置いて帰るのである。全く意味がわからず、その後萩尾は心因性ショックの貧血で倒れ視覚障害を起こし入院する。
盗作かどうかは、普通のマンガファンならば簡単に「違う」と言えると思う。明らかに全く違う作品だからだ。ただあの頃の萩尾作品は、大泉の環境がなかったら(特に増田法恵の影響がなければ)生まれなかった事も確かである。それにしても「小鳥の巣」が、そんな悪条件で生まれたとは思いもしなかった。私は既存「ポーの一族」シリーズの中で最高傑作だと思っている(詳しくは「ポーの一族復刻版(3)」のマイレビューを読んで欲しい)。「盗作とは認めさせない」という緊張感がかえって良かったのか?
そのあと、萩尾はこの出来事を永久凍土に埋めて封印した。竹宮と増山には極力出会わない様にしたばかりか、竹宮の作品は一切目に触れない様にした。竹宮を恨み、自分が暴走することが怖かったのである。今回一旦解凍したのは、「ジルベール」の為にあまりにも周りが姦(かしま)しくなったからである。
少女同士ではよくある、気持ちの行き違いによるケンカだった気がする。問題は、2人は少女マンガ界を代表する漫画家だったということだ。竹宮はそのあと、スランプから脱し自分のスタイルを確立し念願の「風と木の詩」も勝ち取り、次々と代表作品を発表した。自己肯定感薄い萩尾は一時期漫画家を辞めるかどうかを逡巡し、画風を変えて漫画家として生きることを決心する。私は、基本的には竹宮恵子の拙い嫉妬が原因であり、彼女が悪かったのだと思っているが、萩尾望都が後になって分析しているように、人間関係には理屈の通らない「排他的独占領域」というものは確かにあり、その地雷を踏んだ萩尾が、二度と踏まない様に3人の関係を修復させる意思を持たない決心をしたというのも充分に理解できるところ。トラウマは何年経っても治らない。
だから、私は萩尾望都には「そのままでいい」と言いたい。もう決して大泉時代を語って欲しいとは言わない。いや、語ってほしくない。このまま無事に「ポーの一族」完成を目指して欲しい。改めて言っておきたい。萩尾望都、貴女は天才です。
けれども、2人の著作で70年代初めの新しい少女マンガ揺籃期の内実が分かったことは、大きな収穫だったと思う。
本書は資料的な価値も高い。
傷心のまま英国語学留学していた時に、全て1人で描いた「ハワードさんの新聞広告」は、いろんな意味で貴重な作品だったことがわかった。原作付きの作品だったが、何処から見ても萩尾望都作品になっている。特に「知ってるでしょ ただの子どもはみんな飛ぶんだ」と言いながら消えてゆくジルの姿は、その数年後の「ポーの一族」エドガーの先駆形である。
今回、10数ページも、「トーマの心臓」と「ポーの一族」の未発表のクロッキー帳画が出ているのも貴重である。
2021年6月7日読了
続きを読む投稿日:2021.06.09
竹宮氏の自伝と併せて読みました。
お別れした当時のことは、御本人方しかわからない部分があるでしょうから、それぞれそういう想いがあったんだ…と納得しながら読みました。
しかし、竹宮氏がなぜこの時期自伝…を出し、のみならず、それに付随する様々な事を起こそうとしたのかが疑問でした。
竹宮氏御本人というよりはその周辺の方というべきでしょうか?非常にきな臭く感じました。
「トキワ荘」に対抗し、「大泉サロン」という象徴を残そうとしてるのか…。
また、最近有名漫画家さんがご自身の作品の扱いについて傷つき、生命を絶たれた事件とリンクするような作品を創り出すことへの苦しみを萩尾氏も述べられております。続きを読む投稿日:2024.02.12
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