ほたるいしマジカルランド
寺地はるな(著)
,福田利之(イラスト)
/ポプラ社
作品情報
大阪の北部に位置する蛍石市にある老舗遊園地「ほたるいしマジカルランド」。「うちはテーマパークではなく遊園地」と言い切る名物社長を筆頭に、たくさんの人々が働いている。アトラクションやインフォメーションの担当者、清掃スタッフ、花や植物の管理……。お客様に笑顔になってもらうため、従業員は日々奮闘中。自分たちの悩みを裡に押し隠しながら……。そんなある日社長が入院したという知らせが入り、従業員に動揺が走る。
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この作品のレビュー
平均 3.9 (126件のレビュー)
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『遊園地ってなんのためにあるんやと思う?』
かつては日本全国のそこかしこに点在した遊園地。その数は、ここ二十年ほどで三分の二へと激減しているようです。鉄道の駅名にその痕跡をとどめるだけのものなど、…私たちが非日常を求める場所の栄枯盛衰を感じるのは悲しいことでもあります。そういう私自身、そんな場所へと足を運んだのがいつのことかすぐに思い出すことができません。自ら足を運ばないにも関わらず、そんな場所が減って行くことを嘆く資格はないのかもしれません。
さて、そんな非日常の場を提供してくれる遊園地のことを思い浮かべるとそこにはどんなイメージが思い浮かぶでしょうか?カラフルに彩られた園内、思わず顔が綻ぶキャラクター、そして私たちに非日常を感じさせてくれる数々のアトラクション。それらが一体となって、私たちは、辛い日常を忘れて『ひとときの夢』をそこに見ることができます。しかし、よく考えてみてください。そんな夢の世界は自然に出来上がるものではありません。興奮に満ち溢れたゲートで私たちを優しく出迎えてくれる人、チリ一つない美しい園内を維持してくれる清掃員、そして私たちに決して姿を見せずその裏側で様々な問題を管理しているスタッフたち。そう、私たちが非日常の舞台に心躍らすその舞台裏には実に多くのスタッフの存在があるのです。しかし、そんなスタッフもそれぞれは一人の人間です。夢の舞台を提供する一方で、私たちと同じように、悩み、苦しみ、そして喜びを感じる、そんな人としての生活を営んでいます。
この作品は、そんな遊園地のスタッフに光を当てる物語。そんな遊園地のスタッフの喜怒哀楽を感じる物語。そして、それはそんなスタッフが作り上げて行く夢の舞台の裏側を見る物語です。
『「ほたるいしマジカルランドまであと529歩」という巨大な看板を横目に、改札を通り抜けた』のはこの短編の主人公・萩原紗英(はぎわら さえ)。『大阪北部に位置するこの蛍石市』にある『ほたるいしマジカルランド』のインフォメーションで働く紗英は、『迷子の預かり、落としものの受付、その他諸々』を担当しています。『大学に入った年に』アルバイトを始めた紗英は、『そろそろ就職活動をはじめなければというタイミング』で『社員登用試験』を受け社員になって五年の歳月が流れました。『制服に着替え、髪をひとつにまとめ』、毎日行われる朝礼に臨む紗英。そんな朝礼に『出張などの例外を除いて』欠席したことのない社長のことを思う紗英は、『トレードマークである白いフリルつきのワンピースとつばの広い帽子』を思い出して『むりやり詰めこんできた朝食が胃の中でずしりと重く』なるのを感じます。社長のことを『胃もたれをおこさせるにじゅうぶんなあくの強さをもつおばさん』と感じている紗英。しかし、そのあくの強さが『地方都市の、よくある地味な遊園地』に注目を浴びさせるきっかけとなりました。『テレビコマーシャルに自ら出演し』、『名物社長と呼』ばれる社長の国村市子。しかし、『最近、気になる噂』を耳にした紗英。それは、『蛍石市』出身の女優・木村幹が『ほたるいしマジカルランドの広告』に起用されるというものでした。そんな木村のことを『特別な存在』と考えている紗英。そんな時、朝礼が始まり、『社長の姿が、今日は見えない』ことに疑問を抱く紗英。それ以外はいつも通りの流れで進んだ朝礼で『最後に報告があります』と主任が語り出しました。『本日よりしばらく、社長が休養に入られます』というその内容に『顔を見合わせる』スタッフたち。『入院中なんです』と続ける主任は『たいした病気ではありませんので、皆さんはいつもどおり業務に集中してください』と話を終えました。『社長はたぶんもっと重い病気やと思う』と噂話の中に『社長交代かもしれへんね』という声も聞こえるその場。そして始まった遊園地の一日。そんな時、狼狽した一人の『白髪の男性』が入ってきました。『ゆうに八十歳』を超えているその男性は『孫となあ、はぐれてしもてなあ』と写真を取り出して話し出しました。『お名前は?』『年齢は?』と訊いても『芳しい回答が得られない』状況の中、『日本語が話せない』数名の男女が入ってきてその対応に気を取られた紗英。気づくと先程の老人は姿を消していました。『やってしまった』と思い、外に飛び出した紗英。そんな紗英の働く姿とともに『ほたるいしマジカルランド』の一日が描かれていきます…という最初の短編〈月曜日 萩原紗英〉。作品全体の導入パートも担う短編として、『ほたるいしマジカルランド』の全体像が自然と頭の中に浮かび上がってくる好編でした。
『大阪北部に位置する』蛍石市にある『ほたるいしマジカルランド』。大阪に実在する”ひらかたパーク”をモデルにしたという、そんな夢の遊園地を舞台に六人の人物を各短編に主人公として登場させながら、彼らが働く遊園地の日常が連作短編の形式をとって描かれていきます。まず舞台となる遊園地です。作品にもある通り『地方都市の、よくある地味な遊園地』だという『ほたるいしマジカルランド』。昨今、少子高齢化も相まって、日本各地にあった遊園地が次々と閉鎖されているのはよく報道されるところです。この作品で取り上げられる『ほたるいしマジカルランド』は、そんな中で『マジカルおばさん』、『名物社長』と呼ばれる社長の国村市子の強烈なキャラクターによって注目を浴びている、そんな設定がなされています。『ただのパートタイマーから社長にまでのぼりつめた』というエピソード付きで人々の関心を集める社長の市子。埋没しないためには何かしら、世の人々を振り向かせるきっかけが必要です。そんな遊園地は、『石好き』な『社長の趣味』もあって、その『アトラクションの多くは、石の名前がつけられてい』ます。私は石に特に興味はありませんが、一方で石といっても例えば美しい宝石を見て無関心というわけではありません。そんな宝石の名前がアトラクションと合体すると、何故か気持ちが掻き立てられるから不思議です。そんなアトラクションを幾つかご紹介しましょう。
・『オパールのマジカル鉱山』: 『鉱山を模した建物内の数カ所に設置されたクイズを解』いて『クリアすると景品として宝石(樹脂製)がもらえる』という『謎解き型アトラクション』
・『サファイアドリーム』: 『高台にあって、首をひねると下方の広場が見渡せ』、園に来る人々を迎え、見送るという『観覧車』
・『フローライト・スターダスト』: 天井部分に『ヴェネチア』の街並みが描かれ、『あざやかな緋色の鞍は白馬』を映えさせるという『二階建てのメリーゴーラウンド』
という感じで絶妙なネーミングをもってアトラクションの数々が紹介されていきます。そこに浮かび上がるのは、キラキラとした美しい宝石のような、『ひとときの夢』を来場者に見せてくれる、そんな遊園地の魅力溢れる光景です。こんな遊園地があるのであれば是非行ってみたい!、一貫した雰囲気感に包まれる遊園地の描写の数々にとても魅せられました。
そんなこの作品は、六人のスタッフが一人づつ登場する〈月曜日 萩原紗英〉から〈土曜日 三沢星哉〉までの六つの短編と、物語を締めるかのように位置づけられる〈日曜日 すべての働くひと〉の合計七つの短編から構成されています。私たちは遊園地を訪れて、そこにスタッフの存在を感じるでしょうか。『遊園地を訪れる多くの人にとって、そこで働く人間は風景の一部にしか見えない』というのが実際ではないでしょうか?受付、遊具の係員、清掃員、植栽の管理員、そして管理業務にあたるスタッフ…と遊園地を運営していくためには数多くのスタッフが必要です。この作品ではそんなスタッフの視点から、自分たちにも『彼らと似た、けれども同じではない日常と生活があり、その積み重ねてきた人生がある』という側面でスタッフたちの人生が描かれていきます。そんな物語は、一方で一人の人間でもあるスタッフが主人公となる物語でもあります。『清掃スタッフとしてこのほたるいしマジカルランドに通うようになって、もう一年以上経つ』という清掃員の篠塚八重子は、『自分と世間とのあいだには、いつもすこしだけずれがある』と感じながら生きています。『母親失格や』と言われ、夫と離婚し、息子を手放し、つつましい生活を一人送る八重子。そんな八重子は『目の前のことをやるしかない』と仕事に誇りを持って取り組んでいきます。そんな八重子がささやかな幸せを見る物語は、頬に温かいものが流れる瞬間を感じさせる物語です。また、『ほたるいしマジカルランドの植物を管理するようになって、もう二十年近くになる』というガーデナーの山田勝頼は、一方で『玲香の父親としてしっかりせねば』という家庭での役割に悩んでいました。そんな勝頼が『日曜日に、山田は四十二年勤めたほたるいし園芸を退職する』という人生の一区切りを迎える瞬間を見る物語は、普段私たちの意識の外にあるスタッフにも自分たちと同じような人生の営みがあることを感じさせてくれました。そして、それらスタッフたちのその後を描く最後の短編〈日曜日 すべての働くひと〉が物語を締めくくります。物語の大団円としてスタッフ全員が登場するその物語には、『ひとときの夢を見るため、人びとは遊園地にやってくる』という私たちのために、それぞれの持ち場で遊園地を支えていくスタッフの頼もしさと、優しさを感じさせる物語が描かれていました。
『たいていの人生は、ドラマチックではない』という私たちの人生。そんな私たちに『ひとときの夢』を見せてくれる遊園地。この作品では、そんな遊園地の舞台裏で今日も働き続けるスタッフの人生を見ることができました。『遊園地ってなんのためにあるんやと思う?』という問いの答えを求めながら今日も私たちを笑顔で迎え入れてくれる遊園地のスタッフ。そんな問いには『正解など』ありません。それは、私たちの人生のあり方に決して正解などないことと同じなのだと思います。
夢に遊ぶかのような遊園地を舞台に、その舞台を地道に作り上げていく人たちの生き様を丁寧に描いたこの作品。美しく彩られた遊園地の世界観の中に、人々のささやかな人生の営みを感じた、そんな素晴らしい作品でした。続きを読む投稿日:2021.12.04
みんな色々な想いを抱えながら仕事を頑張っている。
何だかんだと言いながらもみんな人と人との関わりを大切にしていて、読みながら私も頑張ろうと思えました。
投稿日:2024.03.17
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