この作品のレビュー
平均 4.2 (42件のレビュー)
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臨場感があって自分も漂流しているような気分になった。星や宇宙や内蔵の話をミランダとしてるシーンが好き
投稿日:2022.10.05
とても美しいタイトル。こういう言葉の使い方は、とても好きだ。
『スティル・ライフ』の次に読んだ池澤作品。
『スティル・ライフ』で池澤作品の世界観に触れ、そこから興味をもってこの本にたどり着いた。
美し…いタイトルと、文庫本の装丁(真っ青なバックに、黄色いインクで無造作に点が打たれている、抽象的な絵)に惹かれて購入した。
使われている言の葉は、繊細で美しい。ただ、デビュー作ということもあって、その言葉の扱い方にどことなく微かにぎこちなさを感じる(ように個人的には思った)。
そのせいか、前半は無人島に漂着したたった一人の男の(あえて三人称表記ではあるが)独白形式なので、なかなか読み進められなかった。
ただ、中盤で彼がもう一人の男と出会ってから、つまり彼が文明との繋がりを徐々に取り戻してゆくところから、だんだんと話が面白くなってきた。
前半は読み進めるのに少々難儀したとはいえ、彼の「孤絶の生活への無意識の願望」には、個人的に共感を感じている。
彼が恐怖と混乱の中で夜の海を漂い、無人島に漂着し、時刻の感覚を失い、食べ物を探し、椰子の繊維を剥く過程を読みながら、自分も追体験しているような気持ちになっていた。
なお、以下は本筋ではないが、読んでいて印象に残った箇所がある。
1つは、p12の、言葉の限界について述べられた部分だ。
(引用)
「夕焼けがないところでは言葉で夕焼けを作ることもできよう。死んだもののことは言葉で語るほかない。しかしこの瞬間に目前にある物を捕える力は言葉にはない。記述や描写や表現は、過去の事物と、遠方と、死者を語るためのものだ。言葉の積木をいくら積んでも、この世界は作れない。」
この部分は、『二十億光年の孤独』の解説に書かれていた、谷川俊太郎氏の詩観によく似ていると感じた。
いずれも言葉を紡ぐことを生業としている人間が、言葉の限界について同じように感じている、ということが興味深い。
限界があるからこそ、限りのある中でいかに表現するか、言葉の紡ぎ方に細心の注意を払うのだろう。
煌めくような美しい言葉たちが、繊細で(しかしピンと芯のある)透明な糸で紡がれている、そんな文章が、私は好きだ。
本書のタイトル「夏の朝の成層圏」をとても美しいと感じるのも、そういうキラキラしたものを感じるからだ。
もう1つは、『スティル・ライフ』を読んだ時にも感じた、理系的な感性を感じる部分だ。
(引用)
p73「彼は(中略)この建物の角ごとの精密な直角、壁の平面の仕上げ、左の方に二つ並んだ同じ大きさの窓の完全な合同などを感心してながめた。こんな平板な白さはこの島にはない。椰子の木も砂浜も彼自身の身体もこのように平面や直角からはできていない。この島にはあの二つの窓のようにまったく同じ形のものは絶対にない。二枚の葉も二個の貝も同じ形ではない。内側から生成してくるものは決して同じ形にはならない。外側から機械によって削りこまれ、形づくられるものだけが、まったく合同という、自然にない形をとるのだ。」
こういう物事のとらえ方は、理系の素養をもった著者の作品ならではのように思う。
また、この部分は、なんとなく福岡伸一先生の『生物と無生物のあいだ』を連想させる。
こうして、今まで出会ってきた別の作家の別の作品との繋がりを感じるところも、読書の面白いところだなと思う。
レビューブログ
https://preciousdays20xx.blog.fc2.com/blog-entry-529.html続きを読む投稿日:2024.03.21
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