スパイス、爆薬、医薬品 世界史を変えた17の化学物質
ペニー・ルクーター(著)
,ジェイ・バーレサン(著)
,小林力(訳)
/中央公論新社
作品情報
小さな分子が社会を変えた!
化学構造式の読み方も身につくユニークな世界史
砂糖、綿、抗菌剤、ゴム、ニコチン、PCB…身近な物質の化学的な働きが、
東西交易や植民地支配、産業革命、公衆衛生、戦争と平和、法律など
人類の発展に与えた影響を、エピソード豊富に分りやすく解説。
文明の発達を理解するための独創的なアプローチ。
こんなあなたにお勧めします。(「訳者あとがき」より)
1 化学を学び損ねた人(本日が再スタートのチャンスです)
2 化学が嫌いだった人(分かれば好きになるものです)
3 知識を増やしたいビジネスマン(すぐには役立たない知識にこそ価値がある)
4 国立大学めざす受験生(一冊で世界史と化学の二科目はお得です)
5 大学に入ってこれから化学を学ぶ人(スタートダッシュが大事です)
6 化学を専門にするが人文科学も好きな人(私でした)
7 授業用に雑学ネタが欲しい化学科の教授(ネットで簡単に深く掘れます)
8 偶然これを手に取ったあなた(家に帰って構造式を実際に書いてみましょう)
<目次より>
一章 胡椒、ナツメグ、クローブ――大航海時代を開いた分子
二章 アスコルビン酸――オーストラリアがポルトガル語にならなかったわけ
三章 グルコース――アメリカ奴隷制を生んだ甘い味
四章 セルロース――産業革命を起こした綿繊維
五章 ニトロ化合物――国を破壊し山を動かす爆薬
六章 シルクとナイロン――無上の交易品とその合成代用品
七章 フェノール――医療現場の革命とプラスチックの時代
八章 イソプレン――社会を根底から変えた奇妙な物質
九章 染料――近代化学工業を生んだ華やかな分子
十章 医学の革命――アスピリン、サルファ剤、ペニシリン
十一章 避妊薬――女性の社会進出を後押しした錠剤
十二章 魔術の分子――幻想と悲劇を生んだ天然毒
十三章 モルヒネ、ニコチン、カフェイン――阿片戦争と三つの快楽分子
十四章 オレイン酸――黄金の液体は西欧文明の神話的日常品
十五章 塩――社会の仕組みを形作った人類の必須サプリメント
十六章 有機塩素化合物――便利と快適を求めた代償
十七章 マラリアvs.人類――キニーネ、DDT、変異ヘモグロビン
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商品情報
- ジャンル
- サイエンス・テクノロジー - 数学・物理学・化学
- 出版社
- 中央公論新社
- 書籍発売日
- 2011.11.25
- Reader Store発売日
- 2018.10.12
- ファイルサイズ
- 12.9MB
- ページ数
- 372ページ
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この作品のレビュー
平均 4.1 (41件のレビュー)
-
【感想】
「世界史を変えた化学物質」というタイトルを目にして、私が真っ先に思い浮かんだ――少なくとも何故世界史を変えたのかと、どれぐらい世界史を変えたのかをはっきりと思い描くことができた物質は、「香辛…料」だった。これは本書で紹介される17個の化学物質の中でもトップバッターを飾っている。
中世ヨーロッパにおいて爆発的な人気を集めた香辛料は、北イタリア商人を始めとしたヨーロッパ人がこぞって買い集めに走る。その結果、遠方の国との貿易がさかんに行われるようになり、大航海時代の幕が開ける。当時の地政学をひっくり返しヨーロッパ世界の拡大を促した、まさに「世界史を変えた物質」であると言えるだろう。
なぜ人々は香辛料に惹かれたか。本書では2つの要因が語られている。
①食品の保存と香りづけに重宝されたから
②単純においしくて癖になるから
まずは①について。
大航海時代は人々の移動距離が飛躍的に伸びた時代である。そのため、食品の保存に目が向けられるようになるのは当然のことであった。長い航海をする上で、船に持ち込むことができるのは、塩漬け品かカラカラに感想させた干物が主流である。前者は昔からメジャーな保存食であったが、塩味が濃くなりすぎるため、食べる前には一度湯にさらして塩を洗い流していたほどであった。また、後者は長期間の保存がきくものの、味に変化が無い。
そこで登場したのが胡椒である。胡椒は食品の変質をごまかし、塩辛い味に文字通りスパイスを加え、味気ない干物を香り高く美味しいものに変化させた。その魔法の粉が現れると、香辛料貿易による富を求めて、貴族・貿易商が中央・南アジアに殺到することになった。
②については、本書の核の部分――化学物質とそれを構成する分子の話になる。
そもそも、胡椒が何故食品のうま味を引き出すかといえば、ピペリンという活性分子を含んでいるからだ。ピペリンの分子式はC17H19O3Nであり、これを口にすると辛味を感じる。
ただし「辛味」とは言うが、辛さは味ではなく痛覚の一種である。ピペリン分子はその形により、口や身体のほかの部分(主に粘膜)にある痛覚の神経終末に存在するタンパク質にぴたりとはまる。するとタンパク質の構造が変わり、信号が神経を通って脳に達することで、辛さ(痛さ)を感じる。
そして、痛みに対する自然な反応として、脳内にエンドルフィンが生じ、それが麻薬のような役割を果たすのだ。
「麻薬」という例えは決して誇張ではない。例えば、代表的スパイスであるナツメグは「狂気のスパイス」と呼ばれていた。ナツメグにはミリスチンとエレミシン分子が含まれており、これらが幻覚作用を産む。ナツメグは1つ食べただけで吐き気、大量の汗、動悸、幻覚を産むと言われている。別種の香辛料である黒コショウにも微量であるが含まれている。
この2つの理由から、世界中の人々は香辛料を求めたのだ。スパイスが作った富、引き起こした紛争、そして植民地に対する収奪は、まさに「世界史を変えた化学物質」だったと言えるだろう。
以上は一例だが、このほかにも、ニトロ化合物、シルクとナイロン、医薬品、カフェイン、塩など、世界史の中で重要な位置を占めた化学物質を計17個紹介している。
全体を読んでみての感想だが、「化学物質が世界史を変えた」というよりも、「世界の転換点にたまたまいた物質」、というほうが近いかもしれない。なぜなら、紹介されている中には塩やセルロースなど、多くの物質の基礎になるものも含まれているため、化学物質の範囲を無限に広げてしまっては、世界史を動かさなかった物質を見つけるほうが難しいのではないか、と思ってしまったからだ。「まず最初に歴史を変えた一連の出来事があり、そこに付随していた商品はこういうものだった」と紹介する本である、と捉えるほうが自然かもしれない。
対して、本書のユニークなところは、化学物質というニッチな目線から世界史を柔軟に解釈しなおしている部分にあるだろう。
教科書化学が分からなくても、世界で起こった出来事を化学の視点から網羅的に眺められるため、単純に面白い。また、随所に「なぜ世界史を動かし得たのか」と「世界史がこの物質のおかげでどう転換していったのか」という物語が入るため、難しい化学式と構造式を前にしても飽きがこない。そして、化学部分も既知の教科書的知識だけでなく、改めて学べるほど密度が濃い。
歴史とサイエンスの面白い部分が絶妙にマッチした一冊であった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【まとめ】
1 香辛料
黒コショウも白コショウも活性成分はピペリンで、分子式はC17H19O3Nである。
一方、トウガラシの化学物質はカプサイシン。分子式はC18H27O3Nで、化学構造にはピペリンと共通点がある。辛いという感覚はジンゲロンという分子の形から来ていると考えられている。
これらの分子は唾液の分泌を促し、消化を助ける。
我々がときに辛いものを食べたがる理由は、痛みに対する自然な反応として、脳内にエンドルフィンが生じ、それが麻薬のような役割を果たすからだ。
クローブとナツメグは、違う種類の植物から取れるが、両者の匂いの元になっている二つの分子は非常に似ている。クローブ油の主成分はオイゲノール、ナツメグ油はイソオイゲノールで、どちらも「芳香性」を持っている。これらの匂いは防虫剤、とくにノミの忌避剤として働き、ペスト予防に一役買ったとも言われている。
冷蔵装置が登場しなかったら、スパイスをめぐる大交易とそれに伴う紛争は、今でも続いていたに違いない。
2 アスコルビン酸
大航海の天敵である壊血病は、アスコルビン酸分子、すなわち食事から摂るビタミンCの不足で起きる病気である。
壊血病を治療するにはレモンやオレンジといった果物が有効である。
大航海時代当時から果物による予防法は認知されていたが、費用がかかることや長期保存の困難さから、導入が遅かった。
イギリス海軍のジェームズ・クックは、航海における壊血病の怖さを熟知していた。密閉された船員居住区を清潔に保つよう指示し、しきりに接岸しては果物や生野菜を船に運び込んでいた。こうした努力もあって、3年の間で乗組民は1人しか死ななかった(その1人も壊血病による死ではない)。彼によってハワイやグレートバリアリーフが発見され、南極圏が初めて突破されたと考えれば、アスコルビン酸の功績は計り知れないだろう。
3 グルコース
「グルコース(ブドウ糖)」は、我々が砂糖と呼ぶ物質、「スクロース」の構成分子だ。15世紀、砂糖の価格低下が始まると需要が増大し、16世紀になると急速に甘味料として大衆に普及した。
砂糖に対する需要は奴隷貿易を引き起こした。サトウキビ栽培は大きな労働力を必要としていたため、新世界の植民地経営者たちがアフリカ人奴隷に目を向けたのである。推定によると、新世界にいたアフリカ人奴隷の約2/3はサトウキビ農場で働いていたとされる。
甘さへの憧れは、人間の歴史を作って来た。奴隷制の時代においては巨万の富を生み出し、奴隷制が終わった後も、食品業界はグルコース分子の異性体である人工甘味料の開発に勤しみ、「より甘い物質」を求め続けている。
4 セルロース
砂糖を生産するために、3世紀以上にもわたって奴隷貿易が続いたが、ヨーロッパ市場に向けた他の作物の栽培も奴隷制に依存していた。綿(セルロース)である。
1760年にイングランドは250万ポンドの綿花を輸入したが、80年もかからぬうちに、この国の紡績工場はその140倍以上の綿花を処理するようになった。この増加は綿工業という一大業界を作り出し、イギリスの機械化におおいに貢献した。
19世紀においてイギリスの繁栄を支えたのは、綿製品の需要である。綿花需要の増大は、アメリカの奴隷制度を拡大することにつながる。
1860年、綿花の輸出がアメリカの全輸出額の2/3を占めるようになると、奴隷は400万人になった。その後、奴隷制の廃止をめぐってアメリカ大陸で起きた歴史的戦争が、南北戦争である。
ニトロセルロースは、人類が作った最初の白髪性有機分子の一つである。この物質は、爆薬、写真、映画産業と言った多くの近代産業の出発点になっている。
5 ニトロ化合物
爆発性分子の構造は多岐にわたるが、多くの分子は共通してニトロ基を分子内に持つ。窒素原子1つと酸素原子2つからなる小さな原子団、NO2だ。この分子から作られた物質が火薬である。
原初の火薬は黒色火薬であり、燃焼が遅いもの、早いもの、とさまざまな用途に応じて作られていた。
爆発力の強さは結合しているニトロ基の数による。ニトロトルエンはニトロ基が一つだけだが、二つ、三つとなるとそれぞれジニトロトルエン、トリニトロトルエン(TNT)となり、破壊力が増してゆく。
ノーベルがTNTと珪藻土の混合物でダイナマイトを発明したように、またフリッツ・ハーバーが空気からアンモニアを合成し、それが全世界で肥料として使われる硝酸アンモニウムを作りだすように、戦争においても平和においても、破壊においても建設においても、爆発性分子は文明に変化を与えている。
6 シルクとナイロン
シルクは、羊毛や毛髪など他の動物性繊維と同様、タンパク質からできている。
シルクはその構造上の複雑さから、複製が困難であったため、非常に高価で需要も高かった。19世紀の終わりからこの合成代用品を作ろうと、実に多くの試みがなされた。
そうして1938年に登場したのがナイロンである。ナイロンにはシルクの持つ良い点がいくつもあった。綿やレーヨンのように、たわんだり皺になったりすることはなく、何より安価だった。
女性用のストッキングとして作られたナイロンは爆発的に普及し、釣り糸、網、ガット、手術糸などに使われた。また、靴下用の細い繊維を太くすることで、ロープやパラシュートも作られた。
7 医薬品
●アスピリン
20世紀初め、ドイツとスイスの化学業界は、染料の製造に投資したことで繁栄した。そしてこの成功は化学知識と言う新しい富も蓄積し、医薬品という新規のビジネスへの足掛かりとなった。
当時、衣料品ビジネスの先端にいた分子がサリチル酸である。サリチル酸には解熱鎮痛作用だけでなく、炎症を抑える作用もあったことがわかっていたが、胃の粘膜を激しく傷めるため、医薬品としての価値は低かった。そこでホフマンが、サリチル酸にあるフェノール性OHのHをアセチル基CH3COに置換した。これがのちの「アスピリン」である。
今日、アスピリンは病気やけがに対するすべての医薬品の中で最もよく使われている。アスピリンを含む製剤は優に400を超え、アメリカだけでも年間2万トン近いアスピリンが生産されている。
●ペニシリン
ペニシリンは最初の抗生物質である。1928年、スコットランド人医師アレクサンダー・フレミングが、研究中だったブドウ球菌の培養皿に、ペニシリウム属のカビが生えたことに気が付いた。そして、それがブドウ球菌に対して抗菌活性を示していた。この時点ではペニシリンの化学構造は分かっておらず、合成ではなく天然のカビから抽出せねばならなかったが、工場生産に成功させると、世界中の人々の平均寿命を大幅に伸ばした。
8 オレイン酸
オリーブオイルはオレイン酸を多く含む。油と脂は数多くあるが、オリーブの実から取れる油ほど、文化や経済に大きな位置を占めたものは無い。食用や薬用、燃料だけではなく、しばしば富、純潔、繁殖のシンボルとされてきた。
オリーブに多く含まれるのは不飽和脂肪酸だ。これには抗酸化作用があり、血中のコレステロールを下げる働きをする。もっとも、太古の時代においては健康にいいかどうかよりも、交易中に油が劣化しないという意味でたいへん重宝された。また、オリーブ油はローマ時代から石鹸の原料として使われていた。
9 塩
歴史が始まって以来、多くの時代で塩は貴重品であり、人類は常に塩を集めたり作ったりしてきた。中世を通じて、ヨーロッパ各地でさかんに塩の製造や採掘が行われた。主要な貿易品となり、保存のための塩を求めてたびたび戦争も行われた。続きを読む投稿日:2021.08.13
化学という切り口から歴史を語る本。香辛料や薬など身近にあるものに新たな視点を加えてくれる。単なる読み物としてではなく、化学の構造式まで書かれており、構造式をしっかり理解できる人はより本書を楽しめるかも…しれない。とはいえ、身近なものを扱っているので、化学にまったく疎い人でも、歴史的な背景を知ることができため、十分読み応えがあり、楽しめると思う。続きを読む
投稿日:2022.09.03
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