京都学派
菅原潤(著)
/講談社現代新書
作品情報
西田幾多郎に始まる「京都学派」の思想は、西洋哲学にも匹敵するオリジナルな哲学として、高く評価されています。しかし一方、戦前日本の海外侵略的姿勢に思想面からのお墨付きを与えたとして、厳しい批判にもさらされています。本書では、いったん彼らの「政治的な誤り」はカッコに入れた上で、客観的なその哲学的評価を試みます。その上で、なぜ彼らは過ちを犯すことになったのか、その深い理由に迫ります。
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この作品のレビュー
平均 3.7 (7件のレビュー)
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「京都学派」とは、西田幾多郎、田辺元をはじめ、世界水準と評される西洋哲学研究者を輩出しながらも、1942年に「近代の超克」を掲げて行われた座談会などが、戦後、日本の軍国主義を擁護したものとみなされ、知…的A級戦犯という扱いを受けてきた、京都大学に基盤をおく哲学研究グループのこと。
その悪名高い存在は知っていても、彼らの思想の難解さゆえに、「日本が西洋近代を超克する存在になる」というくらいの思想なのだろう程度で、本当のところ何を論じていたのか、実はよく知らなかったのです、恥ずかしながら。それが新書でわかりやすく解説されているというのだから、よし今こそ宿題をかたづけてやろうという勢いで読み始めました。
実際、本書は問題の京大グループだけでなく、明治初期の東大に始まる日本の西洋哲学研究の流れから書き起こし、彼らと反目しつつ関わりのあった他大学の研究者、さらには戦後、京都学派の「主犯」たちが学会を追われて以降の京大における哲学人文研究の流れまでを抑えつつ、それぞれの議論を、もとになっている西洋哲学もあわせて解説するという離れ業を行っており、門外漢にとってはまことありがたい限り。しかし……
やっぱり、あまりに難解すぎる!まあこれは著者の問題というより、やたらに抽象的な言葉を使って論じたがる当の哲学者たち、それ以上に西洋哲学についての素養が足りなさすぎる読む側の問題なのでしょうが。
とはいえイントロダクションでは「第2次世界大戦という言葉になじみがない若い読者でもアメリカと日本が戦争をしたことくらいは知っていよう」と書かれているのだけど、さすがにそのレベルの基礎知識ではまったく歯が立たないでしょう。
まあしかし、わからないなりにも本書で学んだことをまとめておこう。
京都学派が世界水準での哲学研究グループとして確立されることになったのは、西洋への留学経験をもたない西田幾多郎がただ独自の思索のみを通して著した『善の研究』を、ドイツに留学しハイデガーとも交流のあった田辺元が新プラトン主義やヘーゲルなど西洋哲学の流れに位置づけながら批判をくわえたことによるという。その後に続く「京大四天王」たちは、西洋哲学の最先端の議論を参照しつつ、西田、田辺の仕事を引き継いで発展させていくことになった。
なるべく素人にもわかりやすく記述されているとはいえ、これら哲学者たちの思想はあまりに難解で入り込み難いが、問題はこうした一見、非政治的な純粋哲学と「時局」との関わり方である。
ハイデガーのナチス協力に見られるように、哲学者が戦争と抜き差しならぬ関係を持つようになったのは、ヘーゲル哲学の流れを汲むマルクス主義の影響の克服が、帝国主義国家において大きな課題となっていた世界的背景がある。
そもそも数理哲学者であった田辺がヘーゲル研究へと足を踏み入れたのも、治安維持法により京大の学生たちが多数検挙された京都学連事件を機に、マルクス主義思想にかぶれた学生たちを「善導」しようとの意図から弁証法研究に向かったのがきっかけだったという。
また、哲学者の三木清が国策研究会で「東亜共同体論」の旗振り役を務めることになった背景には、1930年代になると、マルクス主義の強い影響下にあった左派知識人が次々と「転向」を迫られるようになっていた事情があったという。三木の「東亜共同体論」には、「マルクス主義者およびそこからの転向者を保護するという意味での抵抗を試み」(p.113)るものという側面もあったが、日中の積極的混血により文化的にも一体の「東亜民族」を生み出すことまで主張する三木の議論は、日中戦争を哲学的に正当化する意味を強く持っていたといえるだろう。
このように日本の知識人階級全体が、国家暴力の矛先がどちらに向くのか不透明な中で翻弄されながら西洋と中国との間で〈日本〉の位置付けに苦心するという状況の中で、京都学派は国策研究会がお膳立てした座談会に参加し、勇み足気味に壮大な歴史哲学を提供したというふうに見ることができる。
であるからこそ、著者が論じるように、ただ京都学派のみを「知的戦犯」として責任を負わせ蓋をするような態度は、今日にも続く問題から目を背けることにしかならないだろう。
たとえばコラムで触れられているように、日本を西洋および中国と区別される独自の文明として記述するために非常に問題の多い「風土」論を展開した和辻哲郎は、『国体の本義』執筆にも参加するなど、日本ファシズムの育成に大きな役割を果たしながらも公職追放を免れ、今日まで俗流文化論に大きな影響を保ち続けている。
この意味でも、本書のもっとも重要な指摘は、「中国との差異と中国に対する優位性を示そう」とするさまざまな知識人の試みに、今日における「日本スゴイ」言説に見られるような自文化礼賛の源流を指摘している点である。日中文化の差異を風土の違いに求めた和辻哲郎しかり、イギリスと日本を同じ文明圏に位置付けてみせた梅棹忠雄の「文明の生態史観」しかり、「知識人は自分の専門の都合でイギリスを利用したりドイツを利用したりと、実にさまざまなアプローチを試みた」のであった(p.233)。
「日本スゴイ」論はしばしば教養のない者たちがふりかざす俗論として蔑まれているが、本書の議論は、より知的に洗練された形態をまというることに改めて注意を促すものといえるだろう。続きを読む投稿日:2020.08.10
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