マルヌの会戦 第一次世界大戦の序曲 1914年 秋
アンリ・イスラン(著)
,渡辺格(訳)
/中央公論新社
作品情報
政治家と軍人の軋轢、第一線の兵士の辛苦、失策、偶然、そして英雄的行為……。錯綜する戦況を俯瞰し、臨場感たっぷりに人間模様をも再現。大戦の帰趨を決した「奇跡」の舞台裏を活写する、稀有の戦記発掘。〈主要線戦闘地図収録〉
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商品情報
- ジャンル
- 教養 - 戦記(ノンフィクション)
- 出版社
- 中央公論新社
- 書籍発売日
- 2014.01.10
- Reader Store発売日
- 2016.06.03
- ファイルサイズ
- 1.5MB
- ページ数
- 368ページ
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この作品のレビュー
平均 4.0 (4件のレビュー)
-
著者はアンリ・イスラン。経歴を読んでもどんな人だかいまいちわからない。
研究者?作家?いずれにしても、その両者がよく融合された作品だったように思う。
「開戦間もなく、短期決戦を目論みパリを目指して殺…到したドイツ軍の奔流を、フランス軍はいかにして遮ったのか- 錯綜する各局面を俯瞰しながら、入り組んだ戦況を詳細に解説。政治家、軍人、兵士達の人間模様や心理の綾をも生き生きと再現する一大軍事叙事詩。」(本の帯より)
第一次世界大戦初頭。前任のシュリーフェン参謀本部総長の壮大な戦略プラン-すなわち動員が早いフランスをまず倒し、返す刀で動員の遅いロシアを叩く。フランス戦線ではドイツ軍左翼でフランス軍を拘束しつつ右翼をもって大鎌のごとくパリを含む大包囲戦によりフランス軍を殲滅する-を改編し、右翼の強大な戦力から左翼の要塞戦に戦力を配分した上でフランスへ大攻勢を仕掛け、さらに右翼から対ロシア戦へも兵力を分散させた小モルトケ参謀本部総長。
にもかかわらず、右翼の基幹であるフォン・クルック将軍率いる第一軍とフォン・ビューロウ将軍率いる第二軍は怒涛の進撃でパリ目前まで迫る。
怒涛の進撃の前に緒戦で敗退したフランス第六軍とイギリス遠征軍は後退を続けることになる。それを追うドイツ第一軍。
ここにドイツ前線の突出部分が生まれ、フランス軍総司令官ジョッフルは一大反転攻勢の絶好の機会を掴むこととなる。
後に「マルヌの会戦」と言われ、長きにわたる第一次世界大戦のその後の様相(つまり塹壕戦)を決定付けた一大決戦がここに始まった・・・。
本書では著者がフランス人であるため一応、フランス軍の動向を主体においてはいるが、これに匹敵するくらいにドイツ軍の動向にも多く記述を割いていて、割と公平な視点で両者を分析しているものと思われる。
会戦の前段階における両者のデメリット部分の分析からして興味深い記述となっていて、フランス軍総司令官が工兵出身であるにもかかわらず共和国の政治バランスで選ばれた過程やジョッフルの性格や日常生活、ジョッフルが次々と幹部を左遷(リモージュ)したことや、かつての上司であるパリ軍事総督ガリエニとの確執、また、フランス軍が騎兵と歩兵による突撃を主体とし野砲を軽視した旧弊な軍事思想を持っていたことや、標的になりやすいド派手な軍服であったことなどを挙げている一方において、ドイツ軍ではカイゼルが総司令官であり小モルトケの権限はその配下にすぎず、左翼の基幹である第四軍司令官はヴュルテンベルク公、第五軍司令官は皇太子ということで命令が貫徹しづらい構成となっていたこと、小モルトケが伯父の名声からカイゼルのお気に入りとなり参謀本部総長になれたこと、本人は文化的素養が高く趣味人であったことなど、両者の軍事トップの比較や軍制の比較、前夜における状況などその前段階の諸相がよくわかる出だしとなっている。
戦いの経緯については当然ながら様々な状況が生まれるのだが、最も印象に残ったのはまあみんなよく歩いたなということ。
まあみんな歩く歩く!後退も追撃も当時は徒歩が基本なので、1日に何十キロとか重い装備を身につけてよく歩いたなあ。
また、ただの戦略分析の本ではなくて、一兵卒や一部隊の動向などの記述がところどころに垣間見られ、汗や脚の痛さや草木の匂いなども感じられるような細部な記載が、一層、臨場感と緊迫感を与えてくれている。
あるフランス軍将軍のドイツ軍の機関銃を前にした突撃命令にはやっぱり憤りをおぼえるし、そこかしこで放たれる野砲の威力にも戦いの凄まじさを感じさせてくれている。
それから決定的に意外だったのは、当時の電波状況が著しく悪かったということ。
特に顕著にあらわれたのが最も重要な回転翼であるドイツ第一軍とドイツ参謀本部との連絡の多大な遅延で、この会戦での決定打になっていると思われる。
いまどこに第一軍がいるか把握しきれない参謀本部。第一軍の現時点での報告と参謀本部の命令に大きなちぐはぐさがあったことの影響ははかり知れない。
結果として連携すべき第二軍との開きが拡大し、さらに突出することでフランス軍の戦略的反撃のチャンスを生み出すことになってしまった。
そしてさらに、小モルトケがこういう状況にもかかわらず前線視察も含めて現状確認を怠ったことは重要である。幕僚であるフォン・ヘンチ中佐を「巡察使」として派遣したのはいいが、一介の中佐である彼に戦略的退却を命じる権限を与えてしまったことはこの会戦における敗北に大いなる責任があると言って良いだろう。
会戦の結果はフランス軍が一定部分押し返すことで戦略的勝利を収めたと言えるが、整然とした退却をドイツ軍に許し、この戦勝を拡大できなかったことはその後の塹壕戦を招く結果となってしまい、フランス軍にも大きな禍根を残すことになってしまった。
本書ではその後の大戦のゆくえと結果分析、小モルトケやフォン・ヘンチ中佐、ジョッフルなどの後日談が描かれており、この「マルヌの会戦」を多角的に記述した好著であると言えるだろう。
著者の続編である大戦を終結に導く契機となった『ルーデンドルフ攻勢』もあわせて読みたい。続きを読む投稿日:2020.08.02
第一次世界大戦の軍事面に関する本 古め
開戦から始まりドイツの攻勢がマルヌで止まるまでを詳細に記述投稿日:2020.07.12
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