VTJ前夜の中井祐樹
増田俊也(著)
/イースト・プレス
作品情報
平成元年(一九八九年)四月。まだ雪が残る北海道大学キャンパス。十八歳の柔道未経験、白帯の青年が柔道場に見学にやってきた。札幌北高校レスリング部出身の中井祐樹であった。中井は増田俊也ら上級生による関節技のデモンストレーションに感動し、その場で入部を決める。六年後、北大柔道部を引退後、大学を中退してプロ格闘家となった中井は、一九九五年、日本武道館で行なわれたバーリトゥードジャパンオープン95(VTJ95)という過酷なワンデートーナメントに一七〇センチ、七〇キロという小柄な身体で出場、北大柔道部で身に着けた寝技を武器に戦っていく。ヒクソン・グレイシーから「サムライ」と呼ばれた男が得たものと、失ったものとは──。格闘技史に残る伝説の大会を軸に、北大柔道部の濃密な人間関係を詩情豊かに謳いあげた表題の『VTJ前夜の中井祐樹』。さらに、天才柔道家・古賀稔彦を八年かけて背負い投げで屠った堀越英範の生きざまを描いた『超二流と呼ばれた柔道家』、東孝、ヒクソン・グレイシー、猪熊功、木村政彦ら、生者と死者が交錯する不思議な一夜の幻想譚『死者たちとの夜』、そして巻末に北大柔道部対談を併録。人間の生きる意味、生き続ける意味を問い続ける作家、増田俊也の原点となる傑作ノンフィクション集。大宅賞&新潮ドキュメント賞をダブル受賞したベストセラー『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』、自伝的小説『七帝柔道記』に続く、「柔」三部作の完結篇。
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商品情報
- シリーズ
- VTJ前夜の中井祐樹
- 著者
- 増田俊也
- ジャンル
- スポーツ・アウトドア - 格闘技
- 出版社
- イースト・プレス
- 書籍発売日
- 2014.12.22
- Reader Store発売日
- 2015.11.06
- ファイルサイズ
- 3.8MB
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この作品のレビュー
平均 3.9 (11件のレビュー)
-
☆3(付箋10枚/P189→割合5.29%)
いやー、この人はいいなあ。
前2/3くらいが短編集なのですけれど、今後の壮大な物語の序章を感じます。そして後半が七帝柔道記で本当に味があった和泉主将との…対談、生の声が聞けるとは。
***以下抜き書き**
・人は、春に生まれ、盛夏を生き、秋を迎えて冬となり、やがて死んでゆく。
人は生き、死んでゆく。
ただそれだけのことだ。
春に死ぬ者もあれば、夏に死ぬ者も秋に死ぬ者もいる。
一歳に満たぬうちに死ぬ者もあれば青春の直中で死ぬ者もある。寿命がまだ尽きぬのに自ら命を絶つ者もある。まだ生き続けたかったのに人生の最盛期なのにアクシデントで死ぬ者もある。逆に、死にたくても死にきれず、生きたくもない後半生を苦しみながら生き続ける地獄の人生もある。
『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』は、人の生き死にのあり方を迫った本である。
…東の言葉はあまりに強かった。
「俺なら力道山を殺していた」
はっきりとそう言った。
「でも、なぜ木村先生は…って考えるんだ。あれほどの人だ、殺すことも切腹することも怖くなかったと思う。それがなぜって思うんだよ。あの題名は未来永劫、読者の胸に問いかけてくる言葉だ」
・増田 大宅賞のときも僕がめげそうになって、電話で「やっぱりダメです…無理です…」って言ったら、「何言うとるんじゃ、獲りにいきんさい」って。一つひとつの仕事に向き合う姿勢を教えていただきました。
和泉 「しっかり準備をする」という考えになったのは、わしの二年の時の負けに尽きる。自分のせいで先輩たちに迷惑をかけたんが許せんかった。医者の世界でも自分の生涯の師である亀山正邦先生に教わったのが、「何かを発表するにも三つ四つ、常に準備しておかなきゃダメだ」と。急に「今度、発表をしないか」って言われることがある。ところが、ほとんどの人は準備しとらんし、準備しとっても一個か二個じゃ。まさか自分が出るとは思わんかった、そういう気持ちの人間はきっちり負けるんじゃ。
…増田 そこからあの地獄の練習に繋がったんですね。今、和泉さんが仰ったようなことは小菅正夫(旭山動物園前園長、和泉の十五期上の北大主将)さんも、中井祐樹君も言うんですね。僕が気づいたのは卒業してからでした。理想とする自分以上にはなれないと。
和泉 そうじゃの。それは明らかじゃ。
・増田 本当にすごい選手だった。でも、竜澤が後ろのほうで出て二人抜き返した。竜澤が二人目が腕絡みで折ったじゃないですか、平然と。一年目のとき、道警で「なんの意味があるんですか!」と怒っていたあの竜澤が。後輩が肩を折られたというのもあった。よく「なんで参ったしないんですか」って聞かれますけれど、もうそんな雰囲気じゃない。先輩は「肥やし」っていう言葉をよく使われますけれど…。
和泉 そういうのはホント社会に出てもいっぱいある。侮辱されたり、軽く見られたりいうのは。そこでそのまま受け入れるか、なにくそと思うかで大きく違う。
・和泉 それはね…まぁわしもいっぱい痛い経験しとるけえ。わしは北大五年間と徳島大六年間、合わせて十一年も学生しとったから、本当に親不孝者じゃ。しかも大学院にそのまま入って無給じゃ。それからしばらくして初めて給料をもらった。親父はわしが医者になるのをずっと楽しみにしとってくれて、おふくろからよく「安心して喜ばせてやってくれ」って言われとったから、給料から十万円を入れて袋を持って渡そうとしとったんだけど、何かそのとき、口論になって…。
増田 電話でですか。
和泉 いや、親父が入院しとった病院へ見舞がてら金を包んでいって、つまらんことで口論になったんじゃ。それで「わかった。じゃあ、わしゃあ、もう帰る!」言うて袋を渡さずに帰った。そうしたら、明けた朝に吐血してそのまま死んでしもうた。金を入れたまま渡せなかった。すごく後悔が残った。親鸞も言うとるが「明日ありと思ふ心の徒桜」ゆうてね。明日があると思うと、それが徒になる。
・和泉 そうじゃの。抜き役の人がずっと取っていても、最後に取られたら悔いが残る(団体戦では抜き役と別け役がいる。抜き役が一人抜いても次に取られると±0になるため、抜いた次にきちっと分ける必要がある)。
そういう意識はわしも医者になってからも持ち続けた。わしは柔道では抜き役ではなかったけれども、今の診療でずっと外来の患者が来るじゃろう、同じ感覚じゃ。大変な患者が来ても、そこでハッと息を抜いちゃいけない。また次にとんでもない病気が直後に来とるかもしれないし、絶対に気を緩められない。負けて終わるのは医師として絶対にあっちゃいけないことで、それは今の分に完全に生きとる。
・和泉 大学病院とかにおったらあんまりすることがないんだけども、率先してやっているのは家に行って、その人たち(ALS患者)の顔を見て環境を知ること。まだ健康だと思っとるわしたちには、どうしても実感できん部分が多いから。でも、患者さんにとって治療法開発は本当に切実な願いなんじゃ。なかなか来てくれんなと思っていることもあるし、そういうところで時間を割いて診療に行けば、どれだけ治らない病気に対して治療が望まれているかいうのがわかる。そうすると、また治療法の開発研究にも力が入る。患者さんよりこっちの方が人生の後輩じゃ。ナンボ医者として色々知識がある言うても、そんなものは治らない病気になった患者さんにとっては何にもならない。一人ひとりこういう気持ちをお持ちなんだということに向き合う時間が必要じゃ。今、技術がすごく進歩しとるけ、研究室で一生懸命やればもしかしたら成果が上がるかもしれん時代じゃ。しかし役割分担がなされすぎてその人たちは患者さんと会うことは少なくなっとる。じゃが、両方しなきゃいけんのじゃ。
・増田 『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』が単行本として出て、まだ大宅賞にノミネートされる前ですが、出版後すぐに和泉さんが名古屋に学会で来られた時に、ぶらぶら駅前を二人で歩いて「この寿司屋が美味そうじゃのう」って、ふらりと店に入ってカウンターに座ってビールを注いでくれたんです。「あんたが入部した日も、みちくさのカウンターにこうやって二人で座ったのう。あれからもう四半世紀も経ったんじゃのう」って。それで和泉さんが「これだけの本を書いたんじゃ。これだけのことを一人の人間のためにやったんじゃけえ、これからどんなに苦しいことがあっても、辛いときでも、天国の木村先生が助けてくれるじゃろうて」って…。
・増田 すべて柔道に替わるんです。僕がちょっと辛いときがあったんですけど、竜澤が電話で「増田君、胸に“北大”っていう刺繍が入った道衣を着ていると思って歩いてみ。そうしたら、どんなことだって耐えられるから」って言ったときに、スーッと楽になったんです。
和泉 それは、誇らしいよね。
増田 誇らしいです。和泉さんが「畳を前に見てる」と仰ったように。
和泉 あの空間のイメージ。そう思うと緊張感も取れるし、神聖な気持ちになる。患者さんと接するときに、畳に上がるように最初のドアを開けて入ることは、わしにとっては本当にいいことじゃと思う。
・増田 僕が入部したときに和泉さんが「自分のために頑張れんことでも人のためなら頑張れるんで」って言ってくれましたよね。
和泉 本当にのう、人間ちゅうのは自分のことより人のための方が頑張れる。不思議なもんじゃ。自分のことはナンボでも妥協を付けられる。ここぐらいでいいと。それが人に対しては頑張れる。
…わしも医者で手先は器用じゃなかったから、同じことをしつこく繰り返した。例えば採血いうのは、あまり皆したがらない。いずれはナースがやる仕事じゃけ。それを徹底して、しつこく率先してやった。柔道によって培った発想で。繰り返しやってものにすると、その先が広がっていく。必ず生きてくる。
・増田 和泉さんは、僕だけにではなく、どの後輩にも同じように愛情を注いでくださいます。随分前に僕が後輩のことをちょっと悪く言ったんですよ。そうしたら、すごく怒られました。「後輩のことを悪く言いんさんな」って。僕はそういう一言を忘れられない。続きを読む投稿日:2015.03.29
◇電車の中で読み始めたところ、夢中になってしまい、乗り過ごす危険を感じて、電車の中では読むのをやめました。
以前、読んで気になっていた『七帝柔道記』の、その後を知ることができたのが嬉しいです。
おー…、竜澤が主将、筆者が副主将になったのか。
それにしましても、タイトルから何てマイナーな話題なのか、
とかねがね思っていたのですが、読んでみて納得。
衝撃的な内容で、何度も読み返してしまいました。
やはり順番としては、時系列にそって、『七帝柔道記』を先に読むのがおすすめですかね。
◇さて、対談が収録されている、和泉唯信て、誰だこれ。何か聞いたことあるけど。
と思ったところ、『七帝柔道記』に登場する、印象的な著者の先輩でした~
この対談を読んで、初めて、下級生視点で書かれていた『七帝柔道記』の
先輩側の心がわかり、狭い視野だった自分を反省させられるのでした。
◇ちなみに、この和泉唯信氏、なんと浄土真宗の僧侶なのですね。
対談にも、親鸞の言葉が引用されていました。
「・・そうしたら、明けた朝に吐血してそのまま死んでしもうた。
すごく後悔が残った。
親鸞も言うとるが、「明日ありと思ふ心の徒桜」ゆうてね。
明日があると思うと、それが徒になる。
本当に真理だと思う・・・」
本書は冒頭、一周忌のシーンから始まりますし
いくつかの死が登場します。
無常観が漂っていることもまた感じました。続きを読む投稿日:2020.01.28
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