私と踊って
恩田陸(著)
/新潮文庫
作品情報
パーティ会場でぽつんとしていた私に、不思議な目をした少女が突然声をかける。いつのまにか彼女に手をひかれ、私は光の中で飛び跳ねていた。孤独だけれど、独りじゃないわ。たとえ世界が終わろうと、ずっと私を見ていてくれる? ――稀代の舞踏家ピナ・バウシュをモチーフにした表題作ほか、ミステリからSF、ショートショート、ホラーまで、彩り豊かに味わい異なる19編の万華鏡。
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この作品のレビュー
平均 3.7 (55件のレビュー)
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早速ですが質問です。あなたは、次のどちらを選ぶでしょうか?
『A. 八〇万円もらえる。
B. 一六〇万円もらえるが、五〇パーセントの確率でゼロになる可能性がある。』
いかがでしょう?私なら…『A』を選ぶような気がします。『八〇万円もらえる』ことが確約される方が良いかなあ…と。では、次の質問はどうでしょう?
『A. 八〇万円損する。
B. 一六〇万円損するが、五〇パーセントの確率で損失ゼロになる。』
さて、どうでしょうか?先ほどの質問と似てはいますが、今度は『A』を選ぶと『八〇万円損する』ことが確定してしまいます。う〜ん、これはなんだか『B』を選びたくなってきます。一か八かで賭けに出る!というヤツですね!
まあ、どちらを選べば良いかということに決定的な答えはないと思います。それは、それぞれの人の価値観であるとも言えます。しかし、これは『プロスペクト理論』という『人間の行動』が合理的でないことを説明するのに使われる例でもあるようです。そう、私の選んだ回答は合理的ではないようです(笑)。
さてここに、上記したような話題も含んだ短編集があります。”ダンスをテーマにした短編を一度ぜひ書いてみたいと思っていた”という恩田陸さんが、表題作の〈私と踊って〉を含む19もの短編に挑んだこの作品。恩田さんらしくさまざまなジャンルに触れることのできるこの作品。そしてそれは、恩田さんの小説世界にサクッと気軽に触れることのできるノンシリーズな短編集です。
『誰も樺島が出て行くのを見てはいないんだね?』と『頭を掻き、隣に立っている営業企画部の若い男を振り返』るのは主人公の城山(しろやま)。『どうして樺島さんが会社から姿を消さなきゃならないんです?…誰にも何も言わずに、ですよ。ありえません』と語る『樺島の助手をしていた江藤』。そんな中に、『さっきから、上空をバラバラと音を立ててヘリコプターが旋回している』のを聞く城山は『なんだかヘリがうるさいな』と江藤と『窓の外を見上げ』ます。『ヘリコプターだけではない。近くで工事もしているらし』いと、窓の下に目を移す城山は、すぐ下を走る『首都高速道路』の『防音壁に挟まれた道路の向こう側から』その工事の音が聞こえてくるのを聞きます。そんな城山は『樺島のデスクのオフィス電話の受話器を取り上げ、リダイヤルボタンを押』すと、そこには『城山の内線番号』が表示されます。『やっぱり、俺に掛けたのが最後か』と首をひねる城山。『何か事情があるのかも』とも思う城山ですが、『仕事を放り出すような事情を』『誰にも伝えないなんて信じられない』とも思います。そして、樺島の『デスクの前に腰を下ろし』た城山は『違和感を覚え』ます。『なんだ、これ…椅子が低い…どうしてこんなに椅子を低くしてあるんだ?』と思う城山。そんな城山が『そっと机の下を覗きこ』むと、『小さな段ボール箱』の上に『軍手が一組載せて』あります。『また違和感を覚える』城山が座り直すと今度は『首都高速道路防音壁工事のお知らせ』という切り抜きに気づきます。『反射的に窓の外に目をや』り、『T字形に壁が交換されている』箇所に気づいた城山は『あそこのことだろうか』と思い『もう一度その切り抜き』を見ると、そこに写真がありました。『防音壁が欠けた写真』を手に取り、『窓の外の壁と見比べてみる』城山は、『どうしてこの写真を?』と見つめます。『すると、防音壁の欠けたところから、向こうに一軒の家が見えることに気付』いた城山は、それが『お屋敷というのがふさわしい』豪邸だと思う中に、『だんだん気味が悪くなってき』ます。そして、『突然、腑に落ちた』という城山は『奴は、俺がここに来るよう望んでいた。ここに俺を座らせたいと考えていた』と考えます。そんな中に『小さな鏡』に気付いた城山がよく見ると、そこには『樺島の上司、玉田』の姿がありました。『玉田の動きがよく分かるような位置に置かれていた』というその鏡。『どうして玉田を?』、『玉田と首都高速の工事が関係あるとでも?』と思う城山は『数ヶ月前にヘッドハンティングされてきた』という玉田のことを思います。そこに、一つの矢印の存在に気付いた城山はマグカップに書かれた矢印の先に目をやります。そこには、『小さな鉢植えが二つ並』んでいます。『ひとつは普通に咲いているのだが、もうひとつのほうは枯れている』という鉢植え。『薬品を掛けたかのような枯れ方』が気になる城山は、その前に『コーヒーの染みのよう』なものにも気づきます。『毒。コーヒーに毒が入っていた』と『稲妻のように直感が閃』く城山は『ここでいったい何が起こっているのだろう。樺島に、いったい何が起きたのだろう』と思います。そんな時、『ねえねえ、聞いた?最高裁判所長官、撃たれたんだって』と『若い女性の声が耳に飛び込んでき』ました。『この近くらしいよ…公邸にいるところを撃たれて重体』という会話を聞いて『頭の中に、くっきりと何かが像を結』ぶ城山。いきなりの緊張感が読者を包み込む冒頭の短編〈心変わり〉。この短さで読者の気持ちを作品世界に釘付けにする好編でした。
“ミステリからSF、ショートショート、ホラーまで、彩り豊かに味わい異なる19編の万華鏡”と内容紹介にうたわれるこの作品。一部の作品が繋がりを持つとはいえ、基本的には独立した19もの短編が収録された短編集となっています。恩田陸さんというと直木賞と本屋大賞をダブル受賞した「蜜蜂と遠雷」(上下巻900ページ超)、大作ファンタジーの「ネクロポリス」(上下巻900ページ超)、そして、ジャングルを舞台にしたサバイバル小説「上と外」(上下巻1,000ページ超)など、長編にかける物量が際立つ作家さんだと思います。その分、一冊一冊を読破するのにかなりの時間を要する印象がありますが、そんな恩田さんは短編小説でも素晴らしい作品世界を提供してくださいます。
また、恩田陸さんという作家さんは変幻自在な作風が際立っているとも感じます。ホラー、ミステリ、青春もの、学園もの、SF、ファンタジー…ともうなんでもごじゃれという感じに幅広い作品世界を見せてくださいます。私の読書のきっかけは恩田さんの「蜜蜂と遠雷」を映画館で見て、その作品世界に魅せられ、単行本を手にしたところ、文字を読んでいるのに頭の中に音楽が流れ出したという経験がきっかけです。そういう意味でも恩田さんは私にとっては特別な方であり、コンプリートを目指してこの作品で52冊目となります。上記した通り、恩田さんはさまざまなジャンルの作品を書かれる方であり、それが短編になると一冊の中にジャンルが鮮やかに混在するという贅沢な読書が待ってもいます。そして、手にしたこの作品ですが予想通り幅広い作品世界を楽しむことができました。では、そんな19もの短編の中から三つをご紹介しましょう。
・〈骰子の七の目〉: 『今日は月に一度の戦略会議の日』と、公開で行われる『ファッションビルの一階』へと訪れたのは主人公の『私』。『ソフトな物腰の若月教授』、『幅はよいが威圧的でない城間さん』などいつも通りの面々、『都民の平均的な意見を代表する、都民の良識』とも言える人たちの中に自らがいることを『誇らしく思』う『私』ですが、『今日は何かが違』うと、見回す中に『初めて見る』女の姿に気づきます。『みんなにこやかな顔』の中に、ひとり『笑っていない、影のような若い女』を見て、『不快な気分にな』る『私』。そして、『今日のテーマ…柱時計か、腕時計か』と始まった会議で、いずれかを指示する面々。そんな中に『別に、どっちだっていいじゃありませんか』と『感情のない声』を発する若い女に不穏な雰囲気が場を包み込みます…。
・〈協力〉: 『いつも ありがとう ここいい おうち…』という手紙を『枕もとに見つけた』のは主人公の『女』。『エプロンのポケットに隠し、キッチンの隅でそっと開』いた『女』は、『ひと月ほど前に、この辺りの住宅街にUFOがやってきて、謎の光を浴びたペットたちが人間並みの知性を獲得したという』『噂は本当だった』と興奮します。『主人の危険を察知した犬が主人に手紙を書いて、あやうく主人は難を逃れたという』新聞記事を半信半疑だった『女』でしたが、この手紙によって、『うちのココも光を浴びたのだ』と思います。そして、手紙の続きを読みはじめた『女』は『ところで ごしゅじん うわき してゆ…』という文面に『こめかみに血が昇るのを感じ』ます。『やはり。やはり、ココは見ていた』と思う『女』は『許せない』と怒り…。
・〈二人でお茶を〉: 『今となっては、本当に夢のような話』と語り始めたのは主人公の『僕』。『音大のピアノ科』で『日本でいちばん権威のある音楽コンクールに出た時の、二次審査に出場する、その前の晩』のことと話す『僕』は、『左上の親知らずが突然痛み出し』、『脳天をつくような激しい痛み』に襲われます。『鎮痛剤も効かない』という中、『一瞬、気絶するほどの激痛』が『僕』を襲いました。『その瞬間、頭が真っ白になって、奇妙なことが起き』ます。『誰かが頭の中に入ってきた』、『覚醒した、という感覚』。翌日の『二次審査』を受けたはずが記憶がないという『僕』ですが『これまでにない素晴らしい演奏をした』という結果の先に審査を通過します。続く三次審査は『あとで「神がかり的だった」と言われ』、『本選の六人に残りま』す…。
三つの短編をご紹介しました。レビュー冒頭に取り上げた〈心変わり〉は”ミステリ”を強く意識する内容、一方で〈協力〉はいきなり動物が手紙を書くという”ファンタジー”の極地という内容と、作品の振り幅が広いことに驚きます。ここに恩田さんらしさが垣間見えます。同じ一つの短編集と言っても読者を飽きさせないようにさまざまな内容を散りばめていくその構成には頭が下がります。そして、そんな作品にも恩田ファンならどうしても期待してしてしまうあの言葉が登場します。
『ここはデジャ・ビュの街だ。何を見ても既視感を覚えずにはいられない』。
恩田さんの作品にはもう必ずといって良いほどに登場する魔法の言葉、『デジャ・ビュ』。ご本人は絶対に意識して使われているのだと思います。この短編集も『デジャ・ビュ』という言葉によって安心の恩田印が保証された作品です。これから読まれる方には是非、この言葉がどの短編に登場するのか?、宝探しのようにお読みいただければと思います。この作品では四箇所に登場します!のでお見逃しなきように(笑)。
そんな作品は他にもさまざまな工夫がなされています。上記で短編間に関連はないと書いていますが、うち二編 × 二組の短編が繋がりを見せます。これは二つ目の短編で一つ目の短編で突き放されて終わった内容を補足するように繋がるものであり、上下巻のような味わいを見せます。また、〈東京の日記〉では、まさかの横書きで物語は書かれています。思えば私たちは小説を縦書きで読むことを普通にしていますが、これが横書きとなった時にどんなイメージがそこに現れるのか、それを体感できるのがこの短編です。そして、最後の短編〈交信〉は、掲載場所に工夫がなされているという一編です。
『どこにいる / どこにいる / 返事をしてくれ / 返事をしてくれ / 捜している / 捜している…』
そんな本文は一見摩訶不思議ですが、これは『小惑星探査機はやぶさの帰還を記念して書』かれたもののようです。なかなかに最後まで飽きさせない恩田さんの工夫に頭が下がります。19もあると人によって当たり外れは当然に感じると思います。それは悪い意味でもありますが、良い意味でもあると思います。どんな人でも必ずや楽しめる作品を見つけることができる、そう、それがこの短編集の魅力でもあるのだと思いました。
『昼寝中の私の頭を踏み越えようとした散歩中の猫が、私の左の耳の穴に落ちてしまった』。
そんなかっ飛んだ始まり方をする短編など19の短編が収録されたこの作品。そこには、「図書室の海」、「朝日のようにさわやかに」に続く、恩田さんの三作目のノンシリーズ短編集の姿がありました。さまざまなジャンルをつまみ食いできるこの作品。そんな作品の中に恩田さんらしさを垣間見ることのできるこの作品。
短編でも消えない恩田さんの魅力溢れる作品世界の独特さに、恩田さんの個性の強さを改めて感じる、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2024.02.07
短編集。でもついになる作品が収録されていたりして面白かった。
なんとも言えない雰囲気の作品が多く、ふわふわしているものや、最後に急に驚かせてくるようなものがあって楽しめた。
最初の作品と、猫の話と、私…と踊ってが好き。続きを読む投稿日:2024.04.15
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