ヒトラーのオリンピックに挑んだ若者たち ボートに託した夢
ダニエル・ジェイムズ・ブラウン(著)
,森内薫(訳)
/早川書房
作品情報
上流階級のスポーツとされていたボート競技。労働者階級の若者たちの集まりだったワシントン大学ボート部が、なみいる東部の強豪を打ち破って全米チャンピオンに輝き、ベルリン・オリンピックへの出場権を獲得する。だが、 “ヒトラーのオリンピック”とも呼ばれる同大会では、ドイツ、イタリアと対戦する決勝で、アメリカは思わぬ苦境に立たされる――。手に汗握る感動のノンフィクション。
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商品情報
- 著者
- ダニエル・ジェイムズ・ブラウン, 森内薫
- ジャンル
- 教養 - ノンフィクション・ドキュメンタリー
- 出版社
- 早川書房
- 書籍発売日
- 2014.09.25
- Reader Store発売日
- 2014.11.05
- ファイルサイズ
- 30.2MB
- ページ数
- 608ページ
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この作品のレビュー
平均 4.7 (7件のレビュー)
-
「訳者あとがき」にもあるが、たしかに誰かに薦めたくなる本
ボートにまるで興味がなくても、読めばこの競技のもつ肉体的・精神的な過酷さがわかるし、その果てにある思いがけない神秘や美に出会える。
大著のノンフィクションに尻込みするかもしれないが、まるで青春小説を読…んでいるようにグイグイと物語に引き込まれる。
綿密な取材を感じさせない著者の力量もあるのだろうが、幸福な両親の昔話に熱心に耳を傾けた娘の存在が大きい。
耳を澄ませば「エイト」の奏でるシンフォニーや観衆の喝采が聞こえてきそうで、読みながら何度も目頭が熱くなった。
本書を手に取る前にどれほどのアメリカ国民が、この物語の主人公であるジョーを知っていただろうか?
彼は幼くして母を失い、義母から嫌われ、父親から見放され、捨てられる。
地下で暮らし、「教会のネズミのように貧乏」だが、生活のため学業のためボートのために必死に働いた。
両親を恨むでも自身の不運を嘆くでもなく、ひたすらタブでポジティブな若者。
「他の人が見落としたり置き去りにしたりしたものの中」に価値を見いだし、樵夫として丸太を割りながら、ボートと相通ずる「心と筋肉を注意深く調和させること」のすばらしさに気づく。
「四つ葉が見つからないのは、探す努力をやめちゃったときだよ」
恋人はジョーがくれたクローバーを手元にラジオの実況に耳を傾けた。
口べたなポーカーフィスであり、記者から「この男の血管には、氷水が流れている」と評されるアル・ウルブリクソン・コーチも魅力的だが、イギリスから来たボート職人であるジョージ・ポーコックはそのさらに上をいく。
ボートを単に「つくる」のではなく、「造形していた」というほうが正しいと評されるほど、彼のシェル艇はもはや芸術の域に達するほどの職人なのに、ちっとも気難しくなく、誠実で謙虚。
そのくせボートの生き字引のような存在で、諸々のテクニックから勝敗の心理に至るまで深い洞察を持っている、ボート界の神のような男。
すでにアメリカでは評判を呼んで映画化も決定しているらしいが、ともすれば自由の国のアメリカの善良な若者たちが、自由の制限されたヒトラーのいる悪のドイツ帝国に挑むという安易な構図に陥ると、本書の魅力が半減する懸念を感じる。
その意味で、日本語訳のタイトルにもう少し配慮があれば良かったと思われ残念。続きを読む投稿日:2014.12.01
-
これは美しく、切なく、温かい物語だ。スポーツ・ノンフィクションで
あり、政治の話であり、戦争の話であり、ひとりの青年の成長の
物語でもある。
著者は著作を通してひとりの老人と知り合う。ふたりを…巡り合わせた
本の話は、いつしか老人の人生へと移って行った。それが本書を
書くきっかけとなった。
老人の名前はジョー・ランツ。1936年、ナチス政権下で開催された
ベルリン・オリンピックに8人漕ぎボートのアメリカ代表として同じ
ワシントン大学ボート部の仲間と一緒に出場した。
このジョー・ランツを核として物語は進む。ランツの人生だけでも
充分過酷なのだ。大恐慌後のアメリカで実母を早くに亡くし、叔母の
元に預けられ、やっと家族の元に戻ったと思ったら義母との軋轢が
原因でわずか15歳でひとりで生きることを余儀なくされる。
根無し草のような生活の中でランツがやっと自分の居場所を見つけた
のは学費の工面に苦労しながらも入学したワシントン大学のボート部
だった。
ボート競技と言えば上流階級がたしなむスポーツだった。19世紀や
20世紀初頭を描いたイギリスの映画なんかによく出て来る、あの
イメージだ。確かにアメリカ東部では家柄のいいお坊ちゃんたちが
多く参加していた。
しかし、アメリカ西部、カナダと国境を接するワシントン州(ワシントン
DCにあらず)・シアトルは東部から見れば僻地であり、田舎者の住まう
場所だ。
そして、そのシアトルにあるワシントン大学ボート部の選手たちはランツ
ほどではないにしろ、富裕層からは遠く、ランツ同様に次の学年の学費
を自分の手で稼がねばならない選手が多くいた。
ランツたちは1年生の時から驚異的なレース展開をした。「最強の1年生」
たちではあったが、オリンピック出場の切符を手に入れるまで順風満帆
であったのではない。
スランプもあった。ワシントン大学最強のメンバーを選抜する為に、
何度もメンバーの入れ替えが行われ疑心暗鬼に陥る選手もいた。
誰もが皆、自分が第1ボートに選抜されるのか不安だった。
そうして迎えたオリンピック代表を決めるレースでワシントン大学の
選手たちは圧倒的な力を発揮し、ベルリン行きの切符を手中にする。
決して恵まれた環境にいたとは言えない若者たちはオリンピックと言う
晴れの舞台に赴く。ナチスが完璧な街として作り上げたベルリンへと。
「エピローグ」を除く全19章のうち、実際にベルリン・オリンピックに割か
れているのは僅か4章。だが、ベルリンへ辿り着くまでの長い描写も
飽きさせない。
なんといってもクライマックスはオリンピックでの決勝レースなのだが、
文字で書かれたレースの模様でも手に汗握る…という感じだ。あり得な
いほど不利な条件でレースに臨まなくてはならなかったアメリカチーム
に感情移入してしまい、思わず泣きそうになった。
スポーツは人を成長させる。それは本書の中核をなすランツも同じだ。
家族に捨てられ、人に頼ること、人を信じることを止めてしまったランツ
が、同じボートを漕ぐ仲間たちを無条件に信じ、心も体もボートに捧げ、
後には父親とも和解する。
既に本書がアメリカで発行された時、ランツはこの世を去っていた。
同じボートを漕いだ最後のひとりが2009年に他界すると、あのベル
リンでのレースを体験した者は誰もいなくなった。だから、本書は
貴重な記録でもあるのだろう。
ただ、彼ら9人が漕いだボート「ハスキー・クリッパー」は、今でもワシン
トン大学の艇庫天井に下げられており、毎年、ボート部の門を叩く若者
たちを迎えていると言う。
「でも、私のことだけ書くのはだめだ。ボートのことを書いてくれ。
ぜったいに」
生前のランツとの約束を、著者が忠実に守った本書は近年まれに見る
秀逸なスポーツ・ノンフィクションだ。ボート競技の知識が一切なくても
読めるのがいい。
ただし、邦題は少々気に入らない。尚、文庫版ではもっと気に入らない
邦題になっているのが残念。続きを読む投稿日:2017.08.23
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