キメラ 満洲国の肖像 [増補版]
山室信一(著)
/中公新書
作品情報
一九三二年三月、中国東北地方に忽然と出現し、わずか一三年五ヵ月後に姿を消した国家、満洲国。今日なおその影を色濃く残す満洲国とは何だったのか。在満蒙各民族の楽土を目指すユートピアか、国民なき兵営国家なのか。本書は、満洲国の肖像をギリシア神話の怪獣キメラに譬えることによって、建国の背景、国家理念、統治機構の特色を明らかにし、近代日本の国家観、民族観、そしてアジア観を問い直す試みである。吉野作造賞受賞。
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商品情報
- シリーズ
- キメラ 満洲国の肖像 [増補版]
- 著者
- 山室信一
- 出版社
- 中央公論新社
- 掲載誌・レーベル
- 中公新書
- 書籍発売日
- 2004.07.25
- Reader Store発売日
- 2014.12.21
- ファイルサイズ
- 4.9MB
- ページ数
- 428ページ
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この作品のレビュー
平均 4.1 (18件のレビュー)
-
京都大学人文科学研究所教授(近代日本政治史)の山室信一(1951-)による「満洲国」の成立と変容。
【構成】
序章 満洲国へのまなざし
第1章日本の活くる唯一の途-関東軍・満蒙領有論の射程
第2章在…満各民族の楽土たらしむ-新国家建設工作と建国理念の模索
第3章世界政治の模範となさんとす-道義立国の大旆と満洲国政治の形成
第4章経邦の長策は常に日本帝国と協力同心-王道楽土の蹉跌と日満一体化の道程
終章 キメラ-その実相と幻像
驚愕の歴史研究である。
「満洲国」と呼ばれる国は、わずか12年の間しかこの世に存在していなかった。にも関わらず、その実相についてある日本人は王道楽土を追求した理想郷といい、ある中国人は傀儡の「偽満洲国」であるという。
本書は、その満洲国を「頭が獅子、胴が羊、尾が龍という怪物キメラと想定してみたい。獅子は関東軍、羊は天皇制国家、龍は中国皇帝および近代中国にそれぞれ比」して、その胚胎していた要素が刻々と変化しながら表層に浮かび上がる様を記している。
明治の山縣以来、国家の利益線が主張されてきたが、第一次大戦後の満洲における軍閥割拠・反日運動激化への相乗効果として関東軍が肥大化した。そして、そのために内地の人口問題、食糧不足、朝鮮経営の安定化、そして来るべき大国との経済・軍事的競争に打ち克つために、広大な満洲を手中に収めることが必須と妄想されるようになった。
満洲事変は林銑十郎司令官隷下の朝鮮軍が越境したことにより軍事的成功を収めたことはまさにこの欲望を充足するためである。
そのような剥き出しの欲望とともに、蒋介石政権や馬賊の抑圧から満洲人民を解放し、日漢満鮮蒙の民族が相和す五族協和・王道楽土を満洲の地に築こうという理念も1920年代末から生起した。多数ではないが、満洲在住の漢人・満人の一部も満人の開放・独立を志向ししていた。
石原完爾・板垣征四郎が主導し純軍事的な行動であった満洲事変ではあったが、その裏には満洲独立を彩る道義的な理念がなかったわけではなかったことを第2章は示している。それ故に、ラストエンペラーであった愛真覚羅溥儀を執政として迎え、翌年には工程として即位させることがその理念実現には不可欠であった。
しかしながら、できあがった満洲国は総務庁を中心とした日系優位が貫徹した組織であり、重要ポストにおける日満比率は次第に日本側に傾斜し、建国時の理念を唱えた満人・漢人たちはことごとく排斥されていく。溥儀を補弼すべき国務総理大臣ですら、有能でもない、日本語も解さない人物が補せられ、全くの骨抜きとなっていく。無論その実験を握るのは関東軍司令官であった。
そして王道と唱えた、建国理念すらも日満一体の名の下に、八紘一宇という皇道に吸収され、皮相すら消え失せた。
五族協和といいながら、満人・漢人を徹底的に侮蔑し、労働力として駆り出し、収奪した作物を内地へ移入して満洲には還元せずに吸い上げていく。一方で、理想国家・計画経済の実験場としての満洲国に数多くの日本人テクノクラートが入り、辣腕をふるった。皮肉なことに、それを模倣した高度国防国家・国家総動員体制という名の下に、内地の日本に照射される。日本人が歴史上手にした最もエゴイスティックな国制が満洲国だったと言えるだろう。
その国家がソ連の侵攻により最期を迎える時、搾取の対象であった満人・漢人だけでなく、大号令をかけて内地から移民させた日本人農民すらも遺棄して国家中枢である関東軍首脳は逃亡した。
雲散霧消した国家の後に残るは、理想的な都市計画によって築かれた都市部の壮麗な建築物、あとは蹂躙された戦死者の遺体、遺された未亡人・子ども、シベリアに抑留された兵士、そして恨みの記憶であったろう。
文学的とも言える文章によって紡がれたこのどす暗い歴史。
思想史であり、政治史であり、社会史でもある。歴史学が総合的な学問であることを思い知らされる。
一つになりそうもないテーマを著者の実力で何とかまとめあげた、そんな印象を受ける。
何にせよ、新書か単行本かを問わず、「満洲国」を知る上で避けられない文献であり、時代を経ても読み継がれる古典となる一書である。続きを読む投稿日:2013.11.24
まず初めに、新書レベルとしてはかなり専門的な内容であり、大学受験程度の知識を持っている人間でも予備知識なしに読むのは難しい。巻末の増補解説がかなり分かりやすいのでまずはそちらを読むことをすすめる。本編…は学術的でありながらも(良くも悪くも)感情の起伏に富む面もあるが、増補解説についてはかなり冷静な分析がなされているので、そういう意味でも増補解説から読んでもらいたい。
その上でこの本は満洲国がどのような実体を持つ国家体であったのかについて非常に示唆に富む内容である。一部に関して被害者側に重きを置いている感はあるが、それは仕方のないことであろう。
満洲国がなぜ傀儡政権と言われたのか、その実情がどのように変容していったのか、日本に与えた影響などを細かに分析し、「キメラ」と言う1単語に集約させている。学術論文にかなり近い内容でありながら小説のようなテーマ性を持たせた筆者の力には舌を巻く。
日本史、中国史では聞き慣れない人名が多く、読み進めるのに苦労するとは思うが、後半になればなるほど「キメラ」という言葉に向かって綺麗に収束されていくので是非読み進めてほしい。
続きを読む投稿日:2023.11.07
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