ニセ札つかいの手記 - 武田泰淳異色短篇集
武田泰淳(著)
/中公文庫
この作品のレビュー
平均 4.0 (5件のレビュー)
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はずれなしの異色短篇集
武田泰淳といえば『ひかりごけ』の作者で、戦後文学の重苦しいイメージや、人間の根源に関わる、なんだか小難しい話を書く人・・・と思っていたのだけれど、本書を読んでガラリと印象が変わりました。
眼の悪い男女…の恋愛を描いた『めがね』、ゴジラを倒すために編成されたチーム内で起こる事件を追う『「ゴジラ」の来る夜』、はずみで殺人罪を犯してしまった人の、驚きの一瞬を切り取った『空間の犯罪』、ニセ札を受け取って使うことを仕事にしている男の『ニセ札使いの手記』などなど、バラエティに富んだ珠玉の短編集です。続きを読む投稿日:2013.09.28
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このレビューはネタバレを含みます
『ニセ札つかいの手記 武田泰淳異色短篇集』 武田泰淳 (中公文庫)
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“異色”とある。
武田泰淳は「ひかりごけ」ぐらいしか知らず、しかもちゃんと読んでもいないので、これがどう異色なのかは正直よく分か…らないのだが、分からなくても十分異色と思えるぐらい、奇妙で奇怪な短編集だった。
面白いかと聞かれると何とも言えないが、読後じわじわと妙にあとを引く何かがある。
私は普段、本を読むのがすごく遅いのだが、それはなぜかというと、とても丁寧に文章を味わってしまうからで、今回もいつものように文章に寄り添って熟読してしまった結果、あまりに自由奔放すぎる筆運びに常識がついていけず、頭の中が、!や、!? や、?でいっぱいになってしまったのだった。
どうやら、この小説の持つ目に見えない瘴気にあてられてしまったようだ。
少し斜に構えてやや俯瞰気味に読むと、色々と見えてくるものがある。
人間の心理の最奥、誰も気づかないような、もしかして当事者すら分かっていないかもしれない意識の淵の小さな心の動きが、とても緻密に描かれている。
近視同士のカップルの話「めがね」。
“視覚”に焦点が当たっているため、空間の伸び縮みや色の濃淡の描写が映像的で、視覚の曖昧さが相対的に心の中身を浮かび上がらせているのがよかった。
主人公がめがねをはずして外の世界を歩くシーンは、“見えること”と“見えないこと”の間にある何かを感じさせて、不思議な余韻が残った。
ゴジラに対抗するために特攻隊を結成する話「『ゴジラ』の来る夜」。
何なんだこれは……(笑)
SFとミステリーと乱痴気騒ぎのミックス。
外連味たっぷり。
結局どういうことなのかさっぱり分からない。
そのわけの分からなさが逆に気になる、変な話だった。
不具者の主人公が、自分を侮辱したヤクザに見せるためにガスタンクに登る話「空間の犯罪」。
うーん……
ものすごく煮詰まっている……
これは一種の復讐譚だが、それが本人だけで完結してしまっているところが悲しい。
ガスタンクの頂上での主人公の切迫した心理状態がひしひしと伝わってきて怖くなる。
落ちていく場面の無音の美しさに、思わず身震いした。
教会堂の鐘の音がきこえる狭く汚い部屋に住む女の日常を描いた「女の部屋」。
不穏な世情、退廃的な空気、戦争や暴力。
そんな中、主人公の花子が飄々としたたかに生きているところがいい。
大島渚監督で映画化された「白昼の通り魔」。
二度の心中の生き残りである「篠崎シノ」という女性の手記という形をとっており、方言で語られているがゆえに生々しく、どす黒いものが胸にたまり気分が悪くなる。
“追記”の中の、「篠崎シノさんの生存の意味」という一文が心に残った。
方舟に乗るべき人間の選定についての考察が面白い「誰を方舟に残すか」。
が、なぜか途中から突然、「旧約」創世記の話になり、ノアと三人の息子ヤム、ハム、セペテが登場する戯曲になってしまうのだ。
父上(ノア)の“かくし所”をたまたま見てしまった次男のハムが、子の代まで呪われるという……
いや。
なんで?(笑)
ゴジラの次にわけの分からない変な話だった。
最後は、表題作「ニセ札つかいの手記」。
これはよかったな。
ギター弾きの「私」は、「源さん」から渡されたニセ札を使う役目を与えられている。
渡された額面の半分の本物のお札を源さんに返さなくてはならないが、それ以外のきまりはない。
「私」と「源さん」の関係性が面白い。
「私」は、自分の真価を認めてくれた源さんがとにかく大好きで、源さんのお札を使うことを誇りに思っているのだ。
源さんとの別れの日、最後の一枚だと言って渡されたお札は、本物かニセ物か……
源さんはニセ札を渡す人なのだから、本物のニセ札かニセ物のニセ札かということになるのだが(あーややこしい)、ニセ物のニセ札というのは本物なのに、本物のニセ札、つまり“源さんのお札”のほうが「私」にとっては価値があるわけで、お金というある意味もっとも分かりやすい価値観が、簡単にひっくり返ってしまう錯覚に陥ってしまう。
「“戦後文学の巨人・武田泰淳”という旧態依然のイメージを良い意味で覆すような、読むことの愉悦をたっぷりと味わわせてくれる逸品ぞろい」
と解説にある。
もう一回読みたくなる何かがある。
作者本人の言葉を借りれば「グロテスクにしてロマンティック」。
やっぱり妙にあとを引く一冊なのだった。続きを読む投稿日:2022.07.08
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